【2】台風の夜
神戸市近隣の市民は、詳細を省く意味やステータスの為に、知名度のある神戸市民と名乗る人が多いらしい。
これはTV番組でもネタにされる有名な神戸あるある話だ。
全ての人が同じ事をする訳では無いが、手っ取り早く「神戸の方…」というのは常套句になっている。
関東で例えれば、横浜市近郊の人が横浜市民を称したり、東京都に隣接している自治体の埼玉県民が東京住みと言うのと同じだろう。
近隣に有名な地名があれば、地理に疎い人を相手にした時に、面倒で言ってしまう事もあるだろう。
神戸市に隣接する明石市に有能な市長が誕生し、“明石モデル”と呼ばれる政策を実施した効果で、神戸市を上回る転居数や人気を得て、明石市のベットタウン化が進み全国の知名度を上げた。
それに危機感を覚えた神戸市が、明石市を中心に近隣自治体を挑発したPRポスターを作り、それが炎上をして話題となった。
指定暴力団の抗争・神戸市教育委員会のイジメ・自殺事件などの問題が、毎年の恒例行事の様に報道される。
トドメに兵庫県知事のパワハラで幹部職員が自殺するという事件まで起きており、全国的に神戸市のイメージは頗る悪くなっている。
日本の有名な観光地で、人口約150万人の政令指定都市である神戸市だから目立つのもあるが、他の政令都市と比べても悪評が多いのは事実だ。
1995年(平成7年)の阪神淡路大震災から、見事な復興を遂げた神戸だけに残念だ。
今後は良い治安維持・行政運営となり、悪いイメージを払拭する事を期待したい。
その様な地域で育ち住み続け、神戸市で働いている事から“神戸住み”と偽るアラサー天然女の物語である。
夏が終わり秋に入ったが、まだ暑さが残っており誰も秋とは感じていなかった。
そんな最中に、大型台風が関西地方に上陸しようとしていた。
神戸港に近い商業ビルとショッピングモールに館内放送が流れた。
“ピンポンパンポン~♪”と定番のメロディが客が疎らなフロアに響く。
『台風14号による上陸の可能性があり、本日の営業時間を短縮し15時閉館とさせて頂きます。』
台風の臨時対応で従業員の出勤を制限していたのと、帰宅を考慮してパートを早退させた為、契約社員であるアヤの一人業務となってしまった。
洋菓子店の館内営業を終了した後、閉店作業とレジ締めをした時に、パートを早退をさせたのが少し早過ぎたかと思ったが…後の祭りだった。
神戸港にあるポートタワーの天辺から、1人の錫杖を持った游行僧姿の老僧が強い浜風を受けながら100万ドルの夜景を眺めていた。
日本三大夜景の1つに数えられる神戸の「100万ドルの夜景」は、六甲山地にある摩耶山の“掬星台”が絶景ポイントの為、ポートタワーから望む夜景は100万ドルの一部でしかない。
100万ドルの由来の1つに、1953年に関西電力の中村鼎副社長が、六甲山から一望できる大阪市・尼崎市・神戸市・芦屋市の電気代を計算したところ、約119万ドル(4億2900万円)だったという逸話がある。
21世紀の現在では、神戸は「1000万ドルの夜景」となり、以前から10倍の規模となっている。
老僧は、神戸駅西側北口(山側)にある湊川神社(主祭神:楠木正成=大楠公)の方を見つめる。
「ほんに(本当に)、楠公さんも神戸の夜がこんな明るいとは、まっしき(全く)思わんやろのー。」
大和弁(奈良弁)訛りが混じる独り言を呟くと、老僧の背後の影が蠢き始め1人の僧侶がムクムクと影の中から現れた。
僧侶も老僧と同じ錫杖に游行僧姿をしており、老僧と同年齢位に見える。
「万事、手筈通りや。」老僧は振り向かずに話した。
「さよか(そうか)。弟子共はどないしてる?」僧侶は聞き返した。
「彼奴等はココじゃよ。」老僧は懐をポンポンと叩いて笑った。
「流石のワレ(おまえ)でも弟子達を連れ立っては、あくもんじゃなーのー(駄目か)…そりゃー法力が持たぬわなー。」
「玄胤よ、あっちゃべら(あちら側)は、まーのむわかや(頼むな)。」老僧は少しだけ後ろへ顔を傾けた。
「しゃーないわー(仕方がない)。弥鑑もヤリ過ぎには気ぃーつけよー(気をつけろよ)。」そう言うと、僧侶は影の中へ沈み消えた。
「ふー…此度の事、丿貫や宗易が知れば苦虫を噛むだろうのー。
道三や弾正ならば、興味津々(きょうみしんしん)であろうな…クッククク。」老僧はニヤリと笑うと、印を結び呪文を唱え始めた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・前・行(臨む兵よ、闘う者よ、皆で陣を列べて、前を行け)
天・魔・神・鬼・光・邪・正・夢・幻」
【天魔波旬】人の命や善を絶つ第六天魔王…が
【神出鬼没】変幻自在の出没…をし
【光芒一閃】一瞬の閃光の様な急激な変化…を与え
【邪正一如】邪と正は同一の心…と悟り
【夢幻泡沫】人生は儚い…と知る
老僧は九字を切ると、カラスに変化して神戸港の空へと舞い上がり、対岸のショッピングモールと大観覧車へ向かって飛び去った。
結局、業務が終わったのは20時近くで、退館して神戸駅に着いた頃には20時を過ぎていた。
台風の影響で前日から電車本数を減して運行しており、今日の18時には神戸線の大阪駅~西明石駅間が運休となっていた。
こんな状況なのでタクシーも全て出払っており、駅東側南口(海側)のロータリーには車が一台も停まっていなければ、人も殆ど居なかった。
強風で仕方なく、駅近くのコンビニに入って時間を潰すことにしたが、店内にも店員以外は客はいない状態で閑散としていた。
暫くファッション誌を立ち読みしたが30分にも満たず、暇を持て余し携帯電話でSNSに届いたメッセージを確認して返信をしたが、こんな時に限って誰からも連絡は無かった。
台風で雨が強くなり始めた頃、コンビニの前に配達用の小型トラックが止まり、運転手が雨の中コンビニへ入って来た。
40歳位の中年の運転手は、買い物をしている時からアヤをチラチラ見て、レジで会計を終えると近寄って来て声を掛けた。
「お姉ちゃんナンボや?」と手をOKマークにして聞いて来た。
アヤは運休となった電車の神戸駅から最寄り駅までの事かと思い‥
「5(駅)!?」と運転手へ向けて手の平を指し出した。
すると、運転手は「5?高っ!…ホンマ5?」と言って驚き、暫く粘ったが諦めて店を出ると、風雨の中をトラックへと乗り込み走り去った。
アヤは全く意味が解らずポカーンとしたが、考えても解らないので直ぐにスマホへ目を戻した。
その後も、コンビニで2人のオジサンに同じ様に声を掛けられたが、アヤは理解できず同じ答えを繰り返した。
こんな体験をコンビニでするの初めてだったアヤは、後日その話を知り合いにしたところ、“立ちんぼ”という売春婦に間違えられたことを知り、無知だった事を無邪気にケラケラと笑って誤魔化した。
カラスが海岸際にある大観覧車へ飛び移り、一声「カァー!」と鳴くと元の老僧姿に戻った。
老僧は玄胤に「弥鑑」と呼ばれていたが、その名は大和国(奈良県)の興福寺に居た時の僧名だ。
興福寺を去った後は、俗に果心居士と名乗った。
果心居士は、懐から巻物を一つ取り出すと、結印をし呪文を唱えた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前
戦乱の世に生まれし者よ。
古の眠りより目覚めよ。
今し漆黒の闇夜より、いざ現れん!」
夜の暗闇に巻物を両手一杯に広げると、そこには七曜の文字紋と七人の行者が描かれていた。
巻物が青白く光ると、七つ光が空へと飛び出して果心居士の前に落ち七人の行者が現れた。
行者達は手に持つ錫杖を一斉に打ち鳴らし、果心居士へ片手で拝んだ。
「七曜よ、手筈通りじゃ行け!」と果心居士が命じると、
「御意!」と応え、弟子の七曜行者は四方八方へ飛び去った
未成年・外国人・漢字が苦手な方にも読んで貰えるように、地名・難解読字・四字熟語以上の漢字に関しては、1回目の表示のみ振り仮名を入れてあります。
作品において、神戸市をアンチで誹謗中傷をしてはいません。
神戸市に在住の親族・知人を含め複数人からの取材と報道・資料をリサーチした結果の為、御了承頂ければと思います。
○参考資料
・『神戸新聞』2022年9月19日+2021年9月16日
・『朝日新聞デジタル』2022年8月19日
・『読売新聞』2020年10月7日
・『日本服飾史』HP
・関西電力広報誌『ひらけゆく電気』1953年10月
・『湊川神社』HP
・『奈良県の方言』東京奈良県人会(2010年7月)
・『JR西日本列車運行情報』2022年9月18日
・『トラック王国ジャーナル』HP