事後処理
騒動の後、武人たちの遺体は後日埋葬されることになり、事態は収束を迎えたのだった。幸いにも敵の主戦力は権兵衛一人によって片付けてられていたため、騒動の中心であった大広間付近以外に被害はなかった。肝心の争いが激化していた広間では、名家の娘である幕幕が筆頭に立って外敵を制圧していたため、被害を最小限に抑えることに成功した。
そして現在は後始末に追われている最中である。鬼士たちが死んでいた原因の説明を天卯には命じられていたが、それに関しては彼女の得意分野である匠の処世術で難を逃れた。
結果的に悪道との繋がりを示す証拠となるものは無く、これ以上追求することも不可能であり、このことは関係者以外に伝わることはなかった。
また今回の一件が、卯柳家の内乱ということで処理されたことで、他の商家や武家も口出しすることは出来ず、事無きを得たが、このことは大きな波紋を呼んたのである。
しかし、その中でも一番の衝撃をもたらしたのは、やはり卯柳家の内紛による当主の裏切りだと言えるだろう。現在は先代の当主であり、真心の父親である勝指揮が臨時の当主を務めているが、このままでは後継者問題が浮上してくることも目に見えていた。
裏切りの子である刻信か、行方をくらました真心か、はたまた別の人物が当主になるのか。そんな憶測すら飛び交い始める始末であった。だがそんな中でも他の事に気を捉われる存在もいた。
それは──
「銀狼殿。よくもまあ、体を剣に突かれたのに生きていたものですね。」
「ははは。俺もそう思うぜ。まあ昔から生き抜くことに関しては俺の右に出るものはいねぇぜ」
銀の髪をした中年の男、元『帝』所属である銀狼は先の騒乱の最中、運良く致命傷を免れた。もっとも、傷が深いため満身創痍ではあったが、それでも軽口を叩くことが出来るのは、さすがの生命力といったところだ。
「それにしても凄えな、あの剣は。幕幕の嬢ちゃんも見たろ?」
「やはりあの剣は元より鈍らの剣だったのではありませんか?」
「ほう、俺が思うに元は業物の剣だったと思うぞ」
「その根拠は?」
「両刃の欠け方が均一だ」
銀狼と幕幕は鬼士たちの亡骸と共に落ちていた剣について話していた。それは黒鬼士が放った刺突技を、権兵衛が鞘内で受け止める際にできたもので、まるでノコギリのように擦り切れていた。
しかし、本来斬ることを目的として造られた剣が、このような傷を付けることは有り得ないことで、不思議でならない二人は疑問に思っていたのである。
「だから俺が思うにあの剣は、大きさの合っていない鞘で受け止められた。それも鞘の中で」
「そんな非現実なこと、あり得ませんよ。そもそも激しい戦闘の中で、敵の剣を鞘に収めること自体が難しいとかそういう次元の話ではないです」
幕幕が言うことは尤もで、実際にそのような芸当をするには、それこそ相当の修練を積んだ人間でなければ、そんなことが可能なはずがなかった。それにもし、それが本当に出来る人間がいたとしたら、その人物は恐らく達人の域に達するであろう。
「そりゃ確かにな。だけども、俺はあり得ると思っている」
「……随分と自信満々なようですね。何か確信でもあるのですか?」
「さっきも言ったろう? 複数者と斬り合った時のように、刃の欠け方が不揃いだったのなら分かる。しかし今回は違った。綺麗に揃えられているんだ。力の加え方も、剣が流れる方向も、全て同じだ。つまり、力の流れに沿って、正確に収められたんだ。そう考えれば、全ての辻褄が合う」
「ではそこまでの境地の方がこの卯柳家を支援しているとでも言うのですか?」
「もし、これが鬼士の仲間割れで、黒鬼士が単独で起こしたものだとするなら、これほど都合のいい話はないだろう?」
「つまり、鬼士を壊滅寸前にまで追い込んだのは、黒鬼士の仕業だと仰りたいのですね」
「その通りだ。俺なりに考えてみると、これはある種、鬼士と黒鬼士の戦いだったのではないかと考えられる」
「鬼士と黒鬼士の戦いですか……」
幕幕は考え込むように呟くと、口を閉ざしてしまった。そしてしばらく経った後に顔を上げると、真剣な眼差しで銀狼を見据えた。
「でしたら、黒鬼士の実力は噂以上ということですね」
「そうだな。これほどの力を持っている人間は滅多にいないだろうな」
そう考える二人の予想は大きく外していた。そもそも卯柳家に名も無き剣豪が存在するとは考えもしなかったのだから、無理もないことである。その上、片腕の浮浪人が成し遂げたことを知った暁には、驚きを通り越して呆れることだろう。
二人がそんなことを話している頃、屋敷の奥にある一室では、一人の男が空気に融けるように坐禅を組んでいた。
その男こそ、先ほど話題に上がっていた剣豪であり名を権兵衛という。睫毛に触らんばかりの長さまで伸びた黒い髪を後ろで一本に束ねており、生え散らかした髭を整えさえすれば精悍な雰囲気を漂わせる美丈夫でもあるだろう。
しかし彼の特徴とも言えるのはそこではない。彼はその左肩から先がなく、袖が垂れていた。左腕が無い状態で平然と座禅を組み続けていることに、誰しもがその光景に目を疑うであろう。幸いにも権兵衛一人しかその場にいなかったことが、彼が奇異の目に晒されることは無かったのだが、万が一誰かに見つかれば騒ぎになるのは明白であった。
そんな折に部屋の外から気配を感じ取ったのか、権兵衛はそっと目を開けて襖の向こうに目をやった。すると、静かに襖が開かれたかと思うと、そこから顔を出した人物は開口一番にこう言ったのだ。
「権兵衛殿。三日の間だけ、表向きは護衛武士として私に付き合いなさい」
卯柳家の出立ちとしては珍しい白髪を簪で纏めた彼女は、そう言うとニコリと微笑んだのだった。




