第42話 今まで、ありがとう
一面に草が広がる平原までやってきた。
青い空と深緑が見事なコントラストだ。
ここまでの道中では一匹もモンスターと出会わなかったし、さらに目の前にはなんとも牧歌的な光景。
ついここは本当に龍封の地なのか?と思ってしまうが油断は禁物。
だいたい俺の異世界生活なんて油断した隙にすぐ死ぬからな。
そんなことを思いながら目の前で荷物から魔道具を取り出したまのっぺを見ていた。
「で、それはなんなの?」
彼女は取り出した板?のようなものを展開させてそこに描いてある魔法陣をくるくる回している。
何か調整しているようだ。
「これはもう取引が禁止されている土魔術を展開する魔道具です。セエレは一体これをどこで手に入れたのでしょうか!」
まのっぺは興奮しながら色々な形の図が書かれた紙を見ている。
どうやら貴重な魔道具らしい。
セエレがどこからそれを手に入れたのかは俺も気になるところではあるが、知らないほうがよさそう...…。
「その魔道具とやらで何ができるんだ?」
「この魔法陣に魔力を流せば、指定された型が呼び出されて土からコップを作ったり、簡単な建物を作ったりできるんです! 魔祝士ダナスの最高傑作の一つですよ! もちろん荷車だってできます。かなり重くはなるみたいですが」
そりゃすごい。
そういえば魔道具を作成する専門の職業が魔祝士なんだよな。
ってことは今頃そのダナスってやつはこの発明で大金持ちか....…。
俺も現代知識で無双とかできればよかったんだけど、生憎引きこもりにそんな知識はないし、この世界の文明レベル結構高いからたぶん無理だわ。
みんなごめんね。
「でも、なんでそんな便利なものが取引禁止なんだ?」
「これのせいで冒険者が宿屋に泊まる事が急激に減っていくつもの街が不況になったんですよ。そのせいでこの魔道具は生産が中止されて、今じゃ取引も世界的に禁止になってしまったんです!」
まのっぺは『ふんふん』怒りながら説明した。
あーそういう大人の事情で。
どこの世界でも行き過ぎた才能ってのは世間から嫌われてしまうものなんだなあ。
出る杭は打たれるってやつ?
あ、でも最高傑作の一つらしいからそのダナスって人は一応他にも作品は残してるのか。
「できました! この魔法陣に魔力を流せば荷車ができるはずです!」
魔法陣の調整が終わったのか、まのっぺは立ち上がった。
「誰が流すんだ?」
「クノスにしましょう! 魔力調整が上手い方が質のいいものが出来上がると聞いた事があります!」
周囲を警戒していたクノスに向かってまのっぺが言った。
「私? それなら代わりに我無に周囲の警戒を頼んでもいいか?」
「はいよ」
そう言ってクノスはまのっぺのそばまで行くと、その魔道具に両手をついた。
俺はそれを視界の端で捉える。
「クノス! 魔力を注げば感覚でわかると思うのでお願いします! 型を作る魔法陣は既に私が設定したのであとは注ぐだけです!」
「わ、わかった。やってみる」
クノスがそう言うと魔法陣が輝きだし、それに反応するようにして接した地面がボコボコと動き出した。
火山の中のマグマみたいな感じ。
クノスが『うーん..….』と悩ましい顔を浮かべながら魔力を調整すると、あっという間に荷車の形が形成された。
「「「はえー」」」
俺とフォルナとテナーデンはそれを見ると思わずそんな声をこぼした。
こりゃ便利じゃん。
なんだか形状記憶合金に熱を加えたみたいだ。
もしかしたらこの魔道具の魔法陣は記憶した魔法を復元する、みたいなしくみになっているのかもしれない。
「な、なんとかできたぞ」
かなりの集中力を要したのかクノスは少しその顔に疲れを見せた。
彼女の力作に触れてみると.…..、
「かった...…てか、おっも」
やはり材質が土なので結構ガッチリそしてドッシリしてた。
「確かにちょっと重すぎますね...…、クノス二回目やりますか? 工夫すればもっと軽くできるかもしれません」
まのっぺに言われると、
「えぇ……」
クノスは渋々また魔力を流し始めた。
すると、先程よりも速い速度で同じ形の荷車が完成した。
「「「おぉ~」」」
それに俺とフォルナとテーナーデンは感嘆の声をあげる。
「あ、さっきよりも数段軽くなりました! これならなんとかなりそうです」
まのっぺ審査の結果は合格。
流石俺たちのクノスだ。
これでいつでも合格点を超える荷車をオールウェイズ出せるようになったわけだ。
———
荷車が完成すると俺たちは次のステップに移行する。
はぐれ小龍の捕獲だ。
作戦遂行のため、まのっぺ以外の俺たちは草むらに伏せてその時をまっていた。
「本当に荷車を置いておくだけでいいのか?」
俺は目の前の平原のど真ん中に置かれた二台の荷車を見て言った。
とりあえず二台置いてはいるが、本命は荷物と伏せたまのっぺが乗っている軽量化された一台の方だ。
テナーデンによればこれで大抵の小龍は姿を現すらしい。
仮にも龍が、そんなゴキブリほいほいみたいな感覚で捕獲されていいのだろうか。
「私は何度か見たことがあるが、小龍は本当に神出鬼没だからな。そのうちすぐに出てくると思うぞ」
隣で伏せるクノスが言う。
「そうよ。まあちょっと大人しく見てなさい」
フォルナも隣で言った。
「ほんとかよ。そんなすぐ現れるなんて俺は..….」
と、
目線を前に戻すとそれがいた。
俺の身体にちょうど巻きつけるくらいのサイズの龍だ。
現れる瞬間を見ていなかったのでどうやって現れたのかは不明だが、浮かびながら荷車の周りを回っている。
(ほんとにでてきてんじゃん。カップラーメン出来上がるよりはやいじゃん)
目の前では龍がどちらの荷車を引こうか悩んでいた。
野良猫がこっちに近づこうかどうか迷ってるあの感じに近い。
「我無、久しぶりに賭けしましょうよ。どっちの荷車が選ばれるか勝負よ」
フォルナはこんな時でもそんなことを言ってくる。
この賭け好き悪魔め。
「やめとくよ。万が一まのっぺが乗ってないほうが選ばれたら二度手間だからな..….。それよりも、そろそろ乗り込む準備をしたほうがよさそうだぞ」
小龍がソワソワしだすと、荷台に伏せていたまのっぺがロープを振り回し始めた。
さながらインディージョーンズ。
あのロープで小龍を捕獲し、そのまま荷車を引かせるのだ。
「とりゃ!」
まのっぺが見事なエイム力でロープを投げるとそれが小龍の首に引っかかった。
《今よ!》
テナーデンに合図を出された俺たちは全力でダッシュ!
まのっぺが小龍に引っ掛けたロープを荷車に固定すると、すごい勢いで荷車が走り出した。
それを俺たちは走って追いかける。
「うぉぉぉぉぉ!!」
(思ったよりはえぇ!)
「ちょっと我無! これじゃ私達追いつけないじゃないの!!」
隣を全力でダッシュしてる高位悪魔が叫んだ。
その揺れてる大きな胸がなければもう少し早くなるような気がしないでもないが..….、
いや、今はそれどころじゃなくて!
「ウィンド!」
全力ウィンドで加速した俺はフォルナを置いて先に飛び乗った。
荷車から手を伸ばしてフォルナをつかんでやろうと思ったのだが..….。
「よっ」
「あらクノス、ありがとう」
クノスがお姫様だっこしたフォルナを抱いて飛び乗っていた。
やっだもー、この人かっこよすぎ。
「よっし、なんとか移動手段は確保できたな。これでスムーズに進めるぜ」
俺たちは一安心して荷車に座った。
目の前にはクノスとフォルナ、右手にはまのっぺが座っている。
ゴトゴトガタガタと結構な速度で荷車は進んでいた。
ちなみに乗り心地はお世辞にもいいとは言えない。
土でできてるからな。
「そうですねボス! これで快適です!」
まのっぺが言った。
彼女も今回は結構活躍してくれたよな。
「まのっぺよくやったぞ」
「やった!」
俺が褒めるとまのっぺは飛び跳ねるように喜ぶ。
「わ、私もこの荷車を作ったんだが...…」
もじもじしながらクノスがぼそっと言った。
「クノスもありがとう」
素直に感謝をする。
「ど、ども.…..」
本で顔を隠したクノスはまたぼそっと呟いた。
目線を移すと、フォルナも足を組んでチラチラとこちらも見ていた。
「お前は今回なにもしてないだろ。俺と同じでお前は今回成果ゼロだからな。何も言うことはないぞ」
そう。
彼女は澄ました顔で偉そうにはしているが、俺と同様何もしていない。
「ふんっ。別に何も言ってないじゃない」
そう言ってフォルナはそっぽ向いた。
可愛げのない女。
「さーて、そしたらとりあえずこのまま次の集落跡地まで向かうか」
《ねえ》
「フォルナ? ここから集落はどっちの方向?」
「集落はあっちの方みたいね」
地図を取り出したフォルナはそれを見ている。
「よし、そしたら方向転換を.......ん?」
俺はそこであることに気がついた。
荷台に乗っているのは俺、まのっぺ、フォルナ、クノス。
俺、まのっぺ、フォルナ、クノス。
俺、まのっぺ、フォルナ、クノス。
あれ?
これって..….。
《ねえ、あなたたちバカなの? なにほっと一仕事終えましたみたいな表情してるのよ。小龍の手綱は誰が握るのかしら?》
「「「「あ」」」」
結構な速度で走る荷車の上で俺たちはそのことにハッと気がついた。
誰も手綱を握っていない。
小龍は今、思いのままに気持ちよさそうに荷車を引いている。
俺たちは今、どこに向かっているのだろう。
「ど、どうする我無! 流石に私でも小龍の手綱は握ったことないぞ!」
慌てたクノスが聞いてきた。
まあ、大丈夫。
こういう時こそ落ち着きが大事なんだ。
「落ち着けクノス、こういう時こそカームダウン。とととt、とりあえず、じょ情報をだ、出し合おう」
「が、我無? 声が揺れているが」
「こ、これは荷車がゆ、揺れてるせいだ」
髪に吹き付ける風がビュンビュン強くなる。
どうやら小龍はその速度を上げているようだ。
運転手のいない暴走機関車に乗ってる気分。
「と、とにかく! 走ってる分にはまだ大丈夫だ。よし! 小龍の操縦できるやつ挙手!」
「「「…………」」」
誰も手を上げなかった。
ですよねー。
その沈黙の間にも小龍は加速する。
体感時速80キロは出てる。
「そもそもなんで乗る前に乗った後の事考えないのよ!! リーダーなら我無がちゃんと考えておきなさいよ!!」
フォルナが叫んだ。
彼女もこの状況に危機感を感じ始めたようだ。
焦りが顔に出ている。
流石の俺もその逆ギレとこの状況に余裕がなくなってきて……。
「なんだと? 誰がリーダーだあ? そもそも俺はこのパーティーのリーダーになった覚えなんかないからな!」
つい叫び返してしまった。
罵声の応酬が始まる。
「なんですって!? いつも偉そうに私たちに指示飛ばしてるじゃないのよこの変態!」
「はぁ? 今この問題と俺が変態であることには何の関係もねえからなぁ! 勝手に論点ズラそうとしてんじゃねえぞ! そういうのなんて言うか知ってるか? 詭弁って言うんだよ詭弁! そのぽんこつな頭にしっかり収納しとけ!」
「ななな! ぽんこつですって!? なに言うのよ! 私は高位悪魔なのよ!!」
「そうだよ。高位悪魔だよ? ただしぽんこつ高位悪魔だけどなぁ!! そもそも俺が指示出してるのだって俺の他にまともな指示出せる奴がいないからなんだよ! てめぇがまともな指示出せるならやってみろって話しですよ!! このぽんこつ高位悪魔さまがぁ!!」
「むむむむぅぅ! ふざけるんじゃないわよ! 百歩譲って私がぽんこつだとして私は高位な悪魔なんだからあなたが私をサポートしなさいよ! 私たちはセエレに一緒に召喚された一蓮托生の身でしょう! あなたが私を支えなさいよ!」
ん?
「んぁ? だぁからぁ!! いつも俺がお前を支えてるだろーが!! いつも俺が指示出してなんとかここまでやってきたんでしょうが!!」
あれ?
「何言ってるのよ! だから! あなたが指示出して………私が……それで……」
何この空気?
「あ。…その…わ、悪かったわ。考えてみたら、少し…言い過ぎたわね…」
ハッとした表情をしたフォルナは頬を赤らめる。
「な、なんだよ……照れるじゃん……。俺もその……ポンコツとか言って……悪かったよ……」
俺たちはそっと目を合わせた。
お互いふっと笑って、いつもの関係に戻ったことに気がつく。
正面からぶつからないと、わからないことだってあるよね!
「が、我無、状況が……」
クノスは苦笑いしながら加速を続ける荷車に揺られていた。
《状況が何一つ改善してないわよ!! この凸凹コンビ!! なに仲直りしてよかったね、みたいな空気展開してるのよ! そんなことよりも目の前の問題なんとかしなさいよ!!》
腕のブレスレットが今までにない勢いでブルブルと振動した。
こりゃかなりお怒りだ。
おー怖い。
「わかりましたよ。よし! じゃあ俺が小龍のロープを握ってなんとかしてみる!」
「がんばりなさーいがむぅー!」
悪魔からの黄色い声援を受けて意気込んだ俺は、揺れる荷車をよろよろと歩きながらそのロープを掴んだ。
(多分要領は乗馬と同じだ。えーっと確か映画では紐を引っ張って……)
「は、ハイヨー! …あ、あれ? じゃあ、ヘイヨー? ん? よ、ヨーソロー?」
小龍はびくとも反応を見せなかった。
全力疾走を楽しんでいる。
《そんなんで小龍が言うこと聞くわけないでしょう! 何やってるのよあなた! そもそもどうしてあなた達は総じてバカなの? あーもうっ!! なんでお父様はこんな人たちに依頼をしたのよ! 私はいやよ! どことも知らない場所に魂のまま置き去りにされるのは絶っ対イヤよ!!》
カッチーン。
「っうるせぇなぁ!! さっきからベラベラベラベラと! 死人は黙っててくださいよぉ!! そもそもねぇ! 俺みたいなこんな引きこもりがねぇ! 龍の手綱なんて握れるはずがないんですよねえ!!」
そうだよ!
引きこもりの登校拒否が乗馬なんて知ってるわけねぇーだろうが!
知らなくてすいませんねぇ?
《開き直ってるんじゃないわよ! 依頼を受けたならそれに全力で応えなさいよ!!》
「お言葉ですが? あなたが言った通り俺たちは全員どっか欠陥抱えたバカなんでぇ? これが俺たちの全力なんだよおおおおおお!!」
《いやああああああああああ!!》
俺がうるさいブレスレットを投げ捨てようと掴むと、まのっぺが俺の服をクイクイと引っ張った。
「どうしたまのっぺ。俺は今からこのお喋りをどっかに投げ捨ようとしてるところなんだが?」
「ボス……」
彼女の方を見ると指を指していた。
それは小龍の向かう先に続いており……。
(あーなるほど。なるほどね。……うん。この先の展開、読めたわ……)
俺はその先を見て外そうとしていたブレスレットからそっと手を離した。
覚悟を決める。
「みんな。今までありがとね..….」
ガタンッ!
その音と同時、搭乗員全員を恐ろしいほどの浮遊感が襲った。
眼下には底の見えない深い闇。
そう、谷があった。
俺たちはそこに向かって……、
「クソオオオオオオオオ!!」
「なんでなのおおおおお!!」
「びゃああああああああ!!」
「ボスウウウウウウウウ!!」
《ふっざけてるんじゃないわよおおおおお!!》
落ちた。
荷車ごと、真っ逆様に、奈落へと。




