第41話 ジャパニーズは俺だけか
フォルナがサリナスを召喚したせいで今日一日俺は復活できない。
この悪魔が意図してそれを行ったのか、それとも本能に従った結果なのかはわからないが、どちらにせよ今日動き出すのは危険だ。
というわけで、後一日は入念な作戦会議の時間となった。
まのっぺが倒した本棚を元に戻した俺達は、現在机の上の蝋燭を囲んでいる。
卓上にはセエレから受け取った地図と、フォルナとサリナスが見つけたダンジョンの攻略本。
そしてバッグから取り出した人数分の食料があった。
「その本の記述とセエレからもらった地図を照らし合わせると、ダンジョンの場所はここで間違いないみたいだな」
俺は地図を指差して言った。
そこは大きな二本の川に挟まれた場所だった。
その間に目的のダンジョンがあるようだ。
「ここからの距離はだいたい...…うーん。ちょっとこの地図だと距離感がわかりづらいな」
地図帳にのっているような正確に測られた地図ではなかったため俺は頭をひねる。
こういうときってどうしたらいいんだろう。
「我無、荷物の中には何日分の食料が入っている?」
クノスが聞いてきた。
そうか、とりあえず食料を人数分で割ってそれから算出される日数以内に往復できる距離ならいいのか。
ダメだったら引き返してセエレにどうにかしてもらおう。
「均等に分けて一週間分。だからざっくり考えて、行きで4日、帰りで3日だな」
俺は荷物の中の食料を取り出して言った。
まのっぺが目を光らせてそれを見ているが、流石にこの場で全部食べるなんてことはしないだろう。
しないよね?
「私達がいる塔がここで、最初に確認した川がここ...…ということはこの間隔はだいたい目分量で……そしたら目的地をこの距離感で逆算すれば.......ざっと約……。道中のアクシデントも考慮してギリギリのラインだな」
銀白色の髪を光に照らしながら、彼女は予測距離を提供してくれた。
え?
この頼れる美人さんは一体誰なの?
「クノス、お前なかなかやるなあ」
「これでも、元は冒険者をやってた経験があるからな。これくらいなら余裕だ」
したり顔をしたクノスは口をニマニマさせている。
その働きには正当な報酬を。
「どうぞ」
俺はサムズアップして、食べていた食料の半分を明け渡そうと手を伸ばした。
すると、
「あ! ボス。クノスにそれ渡すんですか? 私にもなにかください」
なーんてうちの腹ペコ怪獣が文句を言った。
「あのねぇ、報酬をもらうためにはそれ相応の働きが必要なのであって———ってあぇっ..….」
言いながらまのっぺの瞳を覗いた俺は思わず声を漏らす。
薄暗い部屋のなか、そのくりっとした瞳は爛々と輝き、その奥底にあるとてつもなく深い欲望を俺は覗き見てしてしまう。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらをなんちゃら.…..。
今この怪獣の欲望をお預けしてしまったら、俺たちは目的地までの食料を守ることができるのだろうか。
どうせこいつ、腹が空いたらいつもの最終手段.…..、
「教義なので、早くください」
ほら、言ってるそばから使ってるよ。
『教義なので』。
言われるこちらとしてはだからなんだよって突っぱねたい。
でもそれは安易にはできないのだ。
いや、そんなの無視すればいいじゃん。
他人の教義が何だよ。
そういう意見もあるかもしれない。
なら聞こう。
目の前には核発射ボタンで遊ぶ子供、その子供はおもちゃを買ってくれないとこのボタンを押すぞと泣きわめいている。
『ふーんじゃあ、押せば?』と大人気ない青年が言った。
それに応えるように子供が核発射ボタンを押すと、とんでもない轟音が頭上に迫ってくる。
そう。
ミサイルの発射先は子供と青年の頭上で……。
ピカドーン。
こんな未来は誰も望んでいない。
そうだろ?
俺の今の気持ちはこれだ。
「わかった。じゃあ今俺が食べてる分を渡すから、絶対、絶対に道中その日以外の分の食料には手を出すなよ?」
このバーサーカーの手綱は俺しか握れない。
こうなったら俺が犠牲になるしかない。
「わかりました。ぜんしょします!」
こいつ、曖昧な気持ちの時の俺の返答真似しやがって。
何が『善処します』、だよ。
自分が普段使っててなんだが、ちゃんとわかってるんだろうな。
「絶対、絶対だぞ?」
「......はい。もちろんです!」
「なんだ今の間は」
俺から食料をもらった怪獣はそれを嬉しそうに頬張った。
とにかく、なんとかこの魔族っ子バーサーカーとも折り合いをつけていかなければいけない。
このパーティーで数日間の任務は初めてだ。
もう何が起こってもおかしくない。
とりあえず俺はこいつを見張っておくことにしようと思う。
と、そんな事を思っていると、
「ね、我無ちょっとこれ見てみなさい」
最初に俺が渡した魔女の日記を読んでいたフォルナが言った。
見てほしいページを俺に見せる。
「俺読めないから。なんて書いてあるんだ?」
「えーっとね。これなんて面白いわ。読むわよ。『あたし、最強の魔女なので日記とかつけるタイプじゃないんだけど、最近弟子をとってその子に記録はした方がいいです。とか生意気言われたから日記をつけることにしてみたー。日記とかつけたことないから何書いたらいいかわからないけど、とりあえず今日あったことを一言で書いてみる。『王様に、呼び出されてはセクハラ受ける、ウケると言いつつ王城燃やし、今日も今日とて気分は爽快。アハハー』』って書いてあるわ」
「待て、ツッコミが追いつかない」
俺はそれを聞きながら頭の処理機能がズーズーと処理音を出しながら状況を整理するのを待った。
しばらくすると脳内が整理される。
えーっと、その日記の所有者は崩壊の魔女と恐れられる魔神を復活させた人物で、それなのになんかギャルみたいな口調で日記をつけてて、しかもウケると言いつつ王城燃やしてて、さらに一言といいつつ川柳みたいなこと書いてて..。
って、
「ふざけてんのか」
「でも、実際に書いてあるんだからそうだったんじゃないの? 他のも読んでみる?」
フォルナは面白そうに本を眺めている。
「いや、いいわ。胸焼けしそう」
俺が断ると、
《なに言ってるのよ。崩壊の魔女の日記なのよ! 気にならないの?》
テナーデンが言った。
「はぁ」
深いため息をつく。
「らしいのでフォルナ、続きを読んでやってくれ。ブレスレットはここに置いとくから」
俺はブレスレットを外すと机の上に置いた。
もう眠い。
すると、
「ちょっと! 私を置いていくなんてどういうつもり? ちゃんとつけてなさい!」
と言われたので渋々腕に戻した。
(なんなの? ここにいる人達は遠慮って言葉知らないの? ジャパニーズは俺だけか?)
思っている内にフォルナは口を開く。
「じゃ、適当なページ読むわよ。えーっと、それならこれにしようかしら。『弟子が増えて三人になった。人形好きな一人目の弟子とは違い変わった奴だった。部屋の入口に罠なんて仕掛けてる。『プークスクス。そんな罠であたしを止められると思うなぁぁ!!』と叫んで部屋ごと吹き飛ばしたら弟子も一緒に吹き飛んで死んだ。『あちゃーやりすぎちゃったぁ、ごめんっ!』と思ったのが十年前。今日その時の弟子を名乗るやつがやってきた。『マジイミフ。こいつなんなん? きっしょ!』と言いながらも殺したのは私なので謝ってまた弟子に迎えた』って書いて———」
「待て」
俺は眉間を押さえながら喋りかけのフォルナを制止した。
もう何も考えたくない。
ただ、崩壊の魔女の由来が頭が崩壊しているからということだけはわかった。
《なんていうか...…史実通りぶっ飛んだ人だったみたいね。この人なら魔神を復活させて世界をめちゃくちゃにしたのにも納得だわ》
テナーデンはブルブルとブレスレットを振動させながら言った。
そうだね。
めちゃくちゃだね。
もう聞きたくないね。
「もういいだろ。俺はもう眠いから寝たいんだが」
既に簡易布団を出してスヤスヤ眠っているまのっぺとクノスを見た。
今日も色々と疲れた。
本当に色々と.…..。
《そうね。これくらいにしておきましょう》
テナーデンが言うとブレスレットの石の光が弱まった。
魂も眠るのか...…。
「それなら我無、私の布団を広げて頂戴」
「自分で広げろ」
俺は自分の布団を広げながら言った。
どうして俺がこのポンコツ悪魔の布団を敷かなければいけない?
「なによケチね。そんなんじゃモテないわよ」
「..........」
俺は無言で無視した。
コイツのやっすい挑発に乗る気力も体力も今はもう残っていない。
「無視するんじゃないわよ! まさか、寝込みを襲おうなんて..….」
「早く寝ろ」
うるさい悪魔を黙らせると俺は深い眠りへと落ちる。
燭台の灯がぼんやりと影を伸ばし、みんなが寝静まるとその寝息だけが微かに聞こえてくる。
そんな中しばらく目を瞑っていると、
《ねえ、ちゃんとそこにいるわよね?》
腕のブレスレットが震えた。
今度は一体何なのか。
俺は小声で言った。
「うーん。何か話しですか? それなら明日にしてくれません? 俺もう眠いんですよ」
《そうね。……ええ、そうするわ……》
俺はぼんやりとした顔で寝返りをした。
———
二日目の朝。
目を覚ました俺たちは身支度を済ませ出発の準備をする。
クノスが窓から外に出て塔の屋根から周辺を索敵したところ、肉眼ではモンスターは発見されなかったそうだ。
だから今のうちに距離を稼ぐことにする。
「よしそれじゃ、フォーメーションを確認しとくぞ」
塔の一階で出口の前に集まった俺たちは各々の装備を確認していた。
「この先は何が起こるかも道中どんなモンスターに鉢合うかもわからない。移動中はこの陣形で進む」
出口から塔を出た俺達は話し合ったフォーメーションについた。
先頭は荷物を背負った俺。
中央にまのっぺとフォルナ。
一番後ろがクノスだ。
当初は俺が後衛のほうがいいのではないかという話になったが、ここは龍封の地。
モンスターが正面から現れて襲ってくるとは限らない。
そこで後衛の身軽なクノスには後ろから全方位を確認してもらうことになった。
それに大きな荷物を背負った俺が一番うしろを歩いていては後ろの守りが甘くなるというのもある。
中央のまのっぺの役割は俺とクノスから合図を受け次第ビームを放つことだ。
イメージとしては360度向きを変えられる固定砲台みたいな感じ。
フォルナにはその隣で適宜支援魔法をかけてもらうことにした。
とはいっても俺たちで考えたプロからみたら歪にも見えるフォーメーションなので、結局のところこれが最適かどうかはわからない。
まあ、最悪なんかあったら全力ウィンドで逃げるか、俺が囮になってあとで死体を回収してもらうというまさに捨て身のゴリ押し作戦で行くことにする。
もちろんそうならない事を祈ってはいるが……。
とりあえず最初はこれで行ってみて、噛み合わない部分があったら適宜調節しようと思う。
「案内役のフォルナ、ちゃんと方角は覚えたかね?」
俺は地図と攻略本を持ったフォルナに聞いた。
彼女は一応案内役ということになっている。
「もちろんよ。あの3つの岩山がある方角よね。任せなさい」
言ったフォルナは遠くに見える山を指さした。
とりあえずあの大きな山を目印にすれば迷うことはない。
帰りはあの山脈を背にして着た道を戻るだけだ。
俺たちは装備の最終チェックを終えると、目的地のダンジョンに向かう。
出発だ。
———
フォルナが持つセエレから渡された地図はかなり簡略化されたものだった。
冒険ファンタジー小説の挿絵として挿入されている地図を思い浮かべてもらえばわかるだろう。海には蛇みたいなリヴァイアサン、タコの化け物クラーケン、火山ではドラゴンが息を潜めているあれだ。
そんな想像力豊かな地図によれば、俺たちの道中には平原が広がり、その先には集落が幾つかあるみたいだ。
今進んでいる道も先人の足跡が微かに残っている。
足跡と言っても本物の足跡ではなく、ここを人や荷車が通っていたんだろうなと思える程度の痕跡だ。
俺たちはその道なりに歩みを進めていた。
しばらく進む。
「とりあえず何もなければ今日一日で地図に載ってる集落までいけそうだな」
周囲を警戒しながら俺は後ろに向かって言った。
「そうね。でも我無、一つ言っていいかしら?」
俺の声に返答したのはフォルナ。
「どうした? 何か異変が有ればすぐに報告しろよー」
俺は周囲に目を光らせる。
今回の危険な旅では全員が非常事態に備えることが重要だ。
一息だって警戒を怠ることはできない。
その僅かな油断が命取りになるはずだ。
「私もう、足痛いわ」
フォルナは報告した。
はやい。
が、なるほど。
身体状態の報告も確かに重要だ。
いつでも万全の状態で動くためには、どこかに不調があってはいけない。
「もうすぐ平原につくからそこで小休憩をし———」
「いやよ。もう結構歩き疲れたわ私は。我無、私をおぶっていきなさい」
俺の言葉は遮られた。
この人はどこでも平常運転だな。
「そんなことを言われてもな。ここで止まるわけにもいかないだろ?」
「あなたが私をおぶっていけばいいじゃない?」
「お前何様だよ」
「高位悪魔様よ?」
こ、コイツ。
いや落ち着け。
この長い旅路では少しの不和が命取りになる。
なんとか穏便に抑えよう。
「俺が背負ってるこの大きな荷物見えませんか? もうこっちだって限界なんですよ」
「それなら、痛覚無効の魔法掛けてあげるわよ。そしたら疲労も多少は感じなくなるし、どう?」
(この悪魔マジッ!!)
いやー待て待て落ち着け。
ステイクールステイクール。
いつものことだろ。
ふぅ。
いつものことだ。
よし。
「それならその支援魔法を自分にかけてはどうですか? それで万事解決では?」
「……確かに、それもそうね」
言ったフォルナは自分に支援魔法をかけ始めた。
ほーら。
冷静になって話し合えばなんとかなるのよ。
緊急事態ほど落ち着いて対処する事が大事なの。
「でも確かにフォルナが言う通り移動手段が何もないってのはかなりキツイな。クノスー、何かいいアイデア持ってないかー?」
俺は一番後ろを歩くクノスに向かって叫んだ。
これが内地での移動だったら案内人を雇うとか、商隊に乗せてもらうとかいくらでもやりようはあるのだろうが、ここは龍封の地。
人類が立ち入ることを禁じられた場所なのでそれは期待できない。
「うーん。もしかしたらだが、運良くはぐれ小龍を見つけられればそいつに引っ張ってもらえるかもしれないな」
彼女はその眼を光らせ周囲を警戒している。
「はぐれ小龍?」
《あなた知らないの?そもそも小龍はね。どこにでも生息してるのよ》
解説を始めたのはブレスレットのテナーデンだった。
どこにでもって、龍封の地にも生息してるのか。
でもそっか、人間以外には内地とか龍封の地とか関係ないか。
《どこからともなく現れては消えて現れては消えてを繰り返すから、商人にとっては厄介な存在でもあり救いの存在でもあるのよ》
そういえばそんな話昔聞いたな。
確か小龍は荷車を引くのが好きで、勝手に商人の荷車を引くこともあったりするんだよな。
だからこの世界での運送手段は馬じゃなくて小龍だったんだっけ。
「道中その小龍を見つければ、移動が楽になるかもしれないってことか」
《でも仮に見つけたとしてどうやって私達を引っ張ってもらうのよ》
彼女の言う通り今の俺たちには荷物を乗せる荷車などない。
だが、そのあたりは異世界。
「まのっぺ、秘策があるんだろ?」
「はい。セエレの荷物の中で私はとんでもない代物を見つけました。それがあればなんとかなります!」
彼女が見つけたそれは。
自称魔道具マニアなまのっぺが荷物の中から見つけたものだった。




