第40話 スリルジャンキー
目を瞑ったクノスの左手を服で引きながら部屋の奥まで来ると、閉じられている窓を見つけた。
二重窓になっており、割れたガラス窓の向こうには木製の雨戸が見える。
「クノス、窓開けるから手離していいぞ。開ければ光が入ってくるから」
「わかった」
俺は両手で窓を開けた。
すると、外の光が部屋の中に差し込みその全貌があらわになった。
「こりゃすごい」
部屋の中を見た俺は呟いた。
部屋の中はクノスが驚くのも無理がないほど人形で溢れていた。
しかも、その人形は棚の上に飾られているのではなく天井から吊るされる形で漂っている。
呪具かなにかなのか?
「気味が悪いですね...…」
そう言ったまのっぺが好奇心に押され人形に触れようと手を伸ばしたので、
「おい。むやみに触るのはやめとけ、お前が呪われても俺は感知しないからな」
と忠告した。
「むっ。そうですね。触らないほうがよさそうです」
うえーと気色悪いものを見る顔をしたにも関わらず、まのっぺは吊るされた人形に触れないように移動するゲームを始めていた。
人形の間を華麗にステップ移動している。
(スリルジャンキーか)
理解できない宇宙人を呆れた顔で眺めつつ、俺はクノスの顔に目を移す。
まだ目を瞑っていた。
「クノス、もう明るいから目を開けていいぞ」
「やだ」
「なんで」
「吊るされた不気味な人形なんて見たくないし、どうせこの後も下の階に行くんだろ? それならこのままでいい」
そう言ったクノスは目を瞑ったまま、まだ俺の服を掴んでいる。
まぁ、彼女がそう言うなら仕方がない。
服には伸びてもらおう。
《ねぇ、露骨に心拍数あげるのやめてくれない? 私は逃げられないのよ。あなたたちのイチャイチャなんて見たくないの。あなた達は仕事でここにきてるってこと忘れないでよね》
テナーデンがごちる。
俺の心拍数が上がってる?
女の子に服を掴まれただけで?
上がらないほうがおかしいだろ。
だって俺だぞ。
「い...…イチャイチャじゃない...…ぞ。こ、これは...…そ、その、仕事をスムーズに進めるためで...…」
クノスの左手がもぞもぞしだす。
くすぐったいんだが。
《あなたも露骨な反応見せないで。こっちが恥ずかしくなる》
「うぅ」
テナーデンに冷静な指摘を受けた俺たちは部屋の中を歩き回り、人形以外に特筆したものがないことを確認して螺旋階段へと降りた。
そこからはまた闇の中で...…。
「先陣隊長、さっきと同じように頼むぞ」
「任されました!!」
先陣隊長(囮)に先導してもらい階段を降りた。
すると、先程部屋を見つけたときと同じ間隔を降りたところで部屋を見つけた。
「開けるぞ」
先程の部屋にも罠がなかったことから、俺は少し気を緩めてしまった。
扉を開けるとそこには....…。
やっぱり特になにもなかった。
「なーんだ。罠なんてない———ふぁッ!?」
油断して扉から一歩踏み出した俺の身体は、勢いよくグイッと後ろに引き下げられた。
クノスが左手で服ごと引っ張ったのだ。
何事かと思い、クノスの剣が照らす部屋の中を見てみると..….。
「あ、あぶねぇ」
俺が一歩踏み込んでいた場所には無数の槍が天井から降り刺さっていた。
脳内では、頭から槍の雨に串刺しにされ悲惨な死を遂げた俺に、バッドエンドの文字が浮かび上がる。
(クノスが服引っ張っててよかったぁ)
「ありがとうクノス」
俺は心の底から彼女に感謝した。
「これくらいお安い御用だ」
目を瞑ったクノスは自慢げにいった。
キャーかっこいい。
抱いてー。
俺が女の子だったらここでコロッといっているだろう。
「それにしてもどうするか。この槍全部折って中に進むか?」
俺は部屋の入口を塞いでしまった槍を見ながら思案する。
入り口に罠があるということは中には見られたくない何かがあるということになるが...…果たしてそれが俺たちにとって有用なものなのかどうか。
それに罠が一つとも限らないし...…。
「ボス! 私だったらこの槍の下をなんとかくぐって行けそうですよ」
先陣隊長は勇敢にもそんな捨て身のアイデアを提案してくる。
思わずブートキャンプで匍匐前進するまのっぺの姿が頭に浮かんだ。
いつもだったらここで突撃させるところだが、実際に俺の命が刈り取られそうになった直後だ。
今こいつを行かせるのは流石の俺でも気が引ける...…。
「まあこの部屋は保留でいいだろ。俺たちの目的はこの塔の攻略じゃないしな」
《そうよ! こんなところでホラーアドベンチャーしてる場合じゃないの。早く私を復活させて頂戴!》
「お喋りブレスレットもこう言ってることだし、とりあえず出口を目指そう」
《テナーデンだって言ってるでしょ!》
魂少女から勢いのあるツッコミをもらった俺たちは、罠のあった部屋をスルーして階段を降りた。
しばらく降りると何もない空間に辿り着いた。
そこには壁沿いに一枚の扉がついており。
「どうやら一階まで来たみたいだな」
俺たちは出口を見つけた。
俺がその扉を開けて外を確認すると、下には地面、上には青空。
ちゃんと外の世界に繋がっていた。
「ボス! 攻略完了ですね」
俺の脇からひょこっと顔を出したまのっぺ。
確かに出口を発見して攻略は完了なのだが、少し引っ掛かる。
なぜあの部屋にだけ罠が仕掛けられていたのだろうか。
この塔にある部屋は3つ。
その中の一部屋にだけ罠……。
うーん。
ま、考えてもわからないし別にいっか。
あとで必要になったら考えよう。
俺たちは元来た螺旋階段を登り、フォルナがいる最上階の部屋へと戻った。
(あの悪魔はちゃんと本を解読してるのだろうか。心配だ。飽きて寝てたりしないだろうか)
不安になりつつも扉を開けると。
「フォルナ様、こちらなんてどうですか? 魔女のこの地域一帯の調査の記述が載っていますが」
「だめだめよサリナス。高位悪魔に報告する時はちゃんと中身を読んでもっと説得力のあるプレゼンをしないと。じゃないと私は読まな———ッいった! ちょっとー!」
俺は机に脚をのせて偉そうに踏ん反り返っている高位悪魔の頭をはたいた。
「おい! お前なんで自分の仕事をサリナスになすりつけてんだ! あ、お久しぶりですサリナス様」
「久しぶりです我無」
ツッコミを入れた俺はこの世に降り立ちし堕天使に頭を下げて挨拶をした。
そんなことだろうとは思ったが、やはり悪魔。
仕事をしてはいなかった。
「二人でやった方が効率的でしょう?」
どこから持ってきたのかインテリ眼鏡をかけたフォルナは偉そうにそれを手でクイッとした。
「この光景をどこからどう見たら共同作業になるんだよ! お前偉そうに踏ん反り返ってるだけじゃねえか!」
「まあまあ我無、フォルナ様は高位悪魔なのでこれでいいんですよ。私が代わりに働きますから」
サリナスは山積みの本を抱えていた。
我が神にこんな重労働をさせるなんてこの悪魔は俺が成敗しなければ……、
と思ったが、サリナスは結構ウキウキで仕事をしていたのでグッと堪えた。
この奉仕精神は元天使の名残りなのだろうか……。
幸せなら……くっ、俺はそれでオッケーです。
「まあ、サリナス様がそう言うなら、じゃあ俺たちは部屋の隅で待ってます」
「ばっちり私達に任せなさい。高位悪魔と堕天使に不可能はないわ」
「任せてください!」
張り切った二人(ぽんこつと神)を残して部屋の隅っこに俺たちは移動した。
眼前ではフォルナが指差す先の本をサリナスが速読して内容を報告している。
フォルナはそれを『ふーん。なるほどね』と言いながら澄ました顔で天井を見上げていた。
あの顔は何かを考えている……ふりだ。
長い付き合いの俺にはわかるが本人はたぶんなーんも考えてない。
床に座った俺たち。
何もすることがないのでぼーっとしていると、腕のブレスレットが震えた。
《ちょっとあの女はどこから出てきたのよ。当たり前のように話してたけど…》
サリナスを見て驚いていたようだ。
「あれは神だよ」
真顔で言った。
《神? 冗談はよして》
「あれはフォルナの下僕の堕天使だよ。二人は主従関係」
《あなた達一体なんなの? 瞬眼のセエレは一体何を企んでいるの? 世界でも征服するつもり?》
「知らない方が身のためだ。死ぬぞ?」
これは冗談ではない。
《もう死んでるわよ! ……でもそうね。この話には首を突っ込まない方がよさそうね》
叫んだテナーデンは冷静になって呟いた。
それでいい。
うちのボスに関わっても碌なことにならないからな。
「そう言えばクノス。真っ暗闇が無理とはこれまた致命的ですね」
隣で本を開いて読んでいた彼女に聞いた。
フォルナ達が調査してる間の暇つぶしだ。
彼女はかっこいい絵になる座り方をしている。
そのブックカバーはしっかり表紙を隠していた。
新調したようだ。
ちょっと名残惜しい。
「別に問題ない。あの時はたまたま驚いただけだ。気をつけていれば外でも完全な闇に包まれることはない。月明かりがあるからな」
「ふーん。じゃあ聞いていいですか? もしかしてクノスが流魔剣を使う理由って暗いのが苦手だからーー」
「ちがう」
おっと即答。
図星だな。
ちょっと詰めるか。
「あと、テンパると素の口調が出るってことはもしかしていつもの男口調は強がって———」
「ち、ちがうぞ」
《ねえ、このイチャイチャはいつまで続くの?》
ふむふむ。
「その男口調はもしかして男口調になれば怖いものがなくなるとかそんなことを考えてたり———」
「……」
《ねえ。私いるんですけど……》
無言。
クノスは本で顔を隠した。
まあ、これくらいでよしとしますか。
クノスからしか得られない栄養を摂取した俺は、目線を前に戻した。
しばらくすると。
「我無。私とサリナスの働きによって有用な情報を手に入れたわよ」
フォルナは一冊の本を手に持っている。
「お役に立てたみたいでよかったです」
言ったサリナスは消えてしまった。
彼女の現世に滞在できるタイムリミットが来たのだろう。
1日1回30分それが彼女のげんか……あれ?
俺さっき死にそうになってなかった?
ん?
ってことは俺さっき今までで一番のピンチだったってこと?
それに気がついた俺の肌からは冷や汗が吹き出す。
クノスの方を見た。
まだ顔を隠して本を読んでいる。
「クノス……新刊が欲しかったら言えよ。俺のお金使っていいから」
彼女がいなければ危なかった。
まじで命の恩人だ。
「急に優しくなってどうした? そんなこと言っても何もでないぞ」
「ありがとね」
「?」
俺の心の中では尊敬する人No.1にむっつり魔剣士クノスがランクインした。
やっぱりこのパーティーで頼りになるのは彼女だけだ。
俺は彼女を大切にしなければ。
「ボス! これ見てください!」
フォルナから本を受け取ったまのっぺがこちらにそれを持ってきてくれた。
俺は手に取り中身を見た。
「ふむふむ読めない」
「そうでした! しょうわる悪魔説明してください!」
「それは回生の石が眠るダンジョンの攻略日誌よ。どうやらここに住んでた魔女が既に攻略してたみたい」
フォルナは椅子に座ったままあくびをする。
一仕事終えましたみたいな態度だ。
「攻略されてるってことは回生の石はもうないのか?」
ゲームみたいに復活するダンジョンだったらいいのだが。
「問題ないわよ。この世界のダンジョンは時間経過と共に復活するわ。と言ってもダンジョンによって期間は様々だけど」
「その魔女が攻略したのは?」
「世界中のダンジョンが数回は復活できるくらい大昔よ。心配ないわ」
そんなに昔なのか。
でもこれはかなりラッキーじゃん。
これで俺たちは快適安全にダンジョンをクリアするアイテムを手に入れたってわけだ。
なーんだ。
龍封の地、思ったよりもイージーゲームじゃん。
「テナーデン、よかったな。順調に攻略できそうだぞ」
俺はブレスレットに向かって話しかけた。
依頼主もさぞ嬉しいに違いない。
《攻略本が見つかったのはいいけど、攻略する人間があなた達だってこと忘れてない? 攻略法を知っててもダンジョン自体の難易度が下がるわけでも、あなた達が賢くなるわけでもないのよ?》
俺はその言葉にハッとして周りを見渡した。
そこでは……。
本を本棚に返そうとしていたまのっぺが背伸びをしたと思ったら『あっ』と言って倒れてきた本棚に潰され、机に脚を掛けて踏ん反りかえっていたフォルナは『ちょっと!?』と逃げ遅れ一緒に本棚に潰され、隣にいたクノスは本を読みながらニヤニヤクスクスと笑みを浮かべていた。
「まぁ、なんとかなるでしょ……」
こう言う時は楽観的現実逃避だ。
なーんていつも通りそんなことを考えていたら。
《心拍数が上がってるわよ》
と、客観的データを提供された。
そうだよその通りだよ。
俺はこのパーティーでダンジョンクリアできることに胸を高鳴らせているのだよ。
決して、決して、
こんな凸凹パーティーで攻略に行った場合の自分の死亡回数を憂いているわけではない。
あはは……ハッ!
ハハ……。
《あ、また上がったわ》
心拍数を教えてくれるブレスレットを握りながら俺はこれから始まる大冒険に、
ぜつぼうした。




