第36話 馬鹿の帰還
街の城壁を抜けて、
警備ゴーレムに挨拶をし、
屋敷に繋がる死ぬほど長い階段を登って俺は扉の前まで来ていた。
「ぜぇ、ぜぇ、ゴーレムに、挨拶したんだから……俺を向かいに来てくれたって……いいだろ」
俺は息を切らしてそんな文句を垂らす。
セエレの屋敷まで続く階段はもう本当に長い。
おそらくあのボスのことだ、自分は瞬間移動使えるから、人よけのためにあんなに長い階段設計にしたんだろうと考えられる。
「ふぅ」
息を整えた俺は屋敷の扉のノブに手を掛けた。
さて、どうやって挨拶しようか。
サプライズ形式?
それともふらっと当たり前のように登場?
はたまた、あいつらが気がつくまでこの扉の前で捨てられた猫みたいに待機してるとか?
と、そんなことを考えていると……。
バリンッバリンッバリンッバリンッバリーーンッ!!
「ナニッ!?」
突如として屋敷の壁面と窓を突き破ってきた極太殺人ビーム。
その烈火の如き光線が屈んだ俺の頭上数センチを通過した。
(あ……あぶねぇ……)
飛んだサプライズである。
まだ屋敷の中にすら立ち入ってないにも関わらず俺の命は危険に晒されていた。
半壊した扉を恐る恐る開けてみるとそこでは……。
「セエレ!! 逃げてないで早く降りてください!!」
「屋敷をこんなにめちゃくちゃにして……ただでは許さない」
まのっぺとセエレがバトルしていた。
「早くボスを連れてきてください!!」
「だから、さっきから言ってるけどそれは無理! ……私だって大事な実験体取られて怒ってるけど、蒼龍相手じゃ無理なんだ」
どうやら俺の身柄のことで揉めているようだ。
なんか人から心配されるってのは悪くない気持ちなので、もう少し見学してよう。
と、思ったら……。
「あら、我無じゃない。早かったわね」
後ろから声を掛けられたので振り向くと、そこにはチョコレートアイスを舐めるフォルナが立っていた。
どうやら声を取り戻したようで、片手を腰に当ててる。
「よ。で、今どんな状況なわけ?」
「『よ』じゃないわ。見たとおりよ。我無を残してセエレが帰るって言って、本当に帰ってきたものだから、それにまのっぺとクノスが怒ったのよ」
「え? クノスも?」
「そうよ。彼女ならぐるぐる巻きにされて地下牢に入れられてるわ」
えぇぇ。
「まのっぺ!! 我無が帰ってきたわよ!!」
フォルナが大きな声で叫んだ。
なんだ、もう少し見てたかったのに。
「「え?」」
その声に応えるようにしてまのっぺとセエレは俺の顔を見た。
二人共幽霊でも見たかのように硬直している。
「あ、どうも」
俺の第一声を聞いて先に動いたのはまのっぺだった。
「ぼ……ぼす~!!」
彼女はその足で、トテトテと俺のもとに駆け寄ってくる……、
のではなく。
全力疾走で俺のもとまで突っ込んできた。
「あ! ちょっ待て! お前その速度はまず———ぐはッ!?」
直後、俺の腹部に強烈な痛みが走った。
彼女が全力でその二本の角ごと俺にタックルをかましてきたのだ。
「う……うぅ……」
あまりの衝撃に膝から崩れ落ちる。
「ぼ、ボス~!! てっきり私はボスが蒼龍に殺されてしまったのではないかと心配で……」
「うぅ……うん。もうこの短時間で二度……お前に殺されそうになってるんですけど……」
俺の腹にぐりぐり角を押し付けるまのっぺを見て、俺は呟いた。
いたい、いたい。
先っぽが当たってるのよ。
「二号、どうやって帰ってきたの?」
いつの間にやら俺の目の前に瞬間移動していたセエレ。
そんな中、まのっぺは俺にしがみついて離れない。
「実はですね……」
俺はその状態のまま、ここまでの事の経緯を話した。
とてもじゃないがゼトラお姉さんのことまで考える余裕はなかったので彼女のことも普通に全部話した。
「ゼトラが、それで……」
セエレに話し終えると彼女は顎に手を当てて考え込んでいた。
「セエレ、クノスは地下牢に?」
「あ、うん。拘束してるから二号ちょっと出してきて」
そう言われた俺は立ち上がる。
「おい。お前いい加減離れろ」
「はーい」
とんでもない力で俺の腹を締め付けていた怪獣に命令を下し、地下へと向かった。
階段を降りて懐かしさを感じる場所につくと、俺はいくつもある牢屋の中から静かにクノスを探した。
すると、ある牢屋の中に鎖でぐるぐる巻きにされクノスが横たわっていた。
不貞腐れたオーラをその背中から感じる。
「クノスさーん」
俺はそっと声をかけた。
「!? なんだ、幻覚か……」
「おい! 幻覚じゃねえよ!!」
「いや幻覚だな。だって我無は首にそんな酔狂なアクセサリーはつけていない」
アクセサリー?
と思って首に触れると、そこには見覚えのある細い腕が巻き付いていた。
なるほど、先程から妙に首が重苦しいと思っていたら……。
「おいまのっぺ!! お前さっき離れろつったでしょうが!!」
「はーい」
妖怪はキャッキャと俺の首から離れると、床に着地して牢屋の鍵を開けた。
「セエレから鍵を渡されたのでボスの首にくっついて来たんです! クノス! このボスはほんもののボスですよ!」
妖怪殺人怪獣はそう言ってクノスの牢屋の鍵を開けた。
牢の扉が開くと俺はまのっぺからクノスの鎖の鍵を受け取った。
中に入ってクノスの鎖を解く。
「我無……帰ってきたのか」
「不本意ではある……が、帰ってきちゃいました」
「……そうか」
彼女の背中からほっとした安心感を感じていると、
「おかえり」
そう、クノスは呟いた。
「あ! ボス!! おかえりなさい!!」
まのっぺも顔をハッとさせ思い出したかのように言った。
「はいはい。ただいま」
俺は不思議と、彼女たちからの言葉に安堵していた。
なんだかんだと言っても……ってやつだな。
———
クノスを牢屋から解放した俺たちは、セエレの書斎に集合していた。
屋敷の一階部分は結構な崩壊具合だったので、屋敷ゴーレム達が総出で修理を行っている。
「そういえば二号、ゼトラから何か受け取らなかった?」
いつもの椅子に座ったセエレが聞いてきた。
俺は客用ソファーに腰掛けながらその質問に答える。
「あー、そういえばこんな名刺もらいましたけど……」
ポケットから真っ黒い名刺を取り出した俺はそれをセエレに見せた。
「あ、もらちゃったんだ……それ」
それを見たセエレは渋い顔をした。
え、なんでそんな『取り返しのつかないことしちゃったね』みたいな顔するんですか?
また俺なんかやっちゃいました?
「まーいいや。それじゃ、色々あったけど私たちはいつも通りの生活に戻るってことで、みんないい?」
セエレは、ソファに座る俺たち四人を見てそう言った。
まのっぺは足を揺らしながら俺の隣に座り、クノスは取り戻した白い剣の鞘を磨き、フォルナはもう何本目かわからないチョコアイスを舐めている。
「それでいいですけど。俺蒼龍からあの龍前会議? が結構重要だったって聞きましたよ。セエレはその辺大丈夫なんですか?」
「うん。まぁ、世界情勢は大荒れの予感だけど私達には関係なし。世界のことなんてどーでもいいよ。それよりも実験が大事」
そうだった。
この人はこういう人だった。
「よし。面倒事も片付いたってことで。実はね、みんなには朗報があるんだ」
セエレがそう言うと、それまでつまらなそうにしてた全員が顔を上げた。
『実験中止?』
『新しいチョコケーキかしら?それともワイン?』
『借金帳消しか?』
『世界の終わりですか!!』
一人だけとんでもないことを願っている破滅論者がいた気がしないでもないが、話は続けられる。
「朗報っていうのは、これ」
セエレが取り出したクエスト表を見て、俺は前もってまのっぺの口を塞ぐことにした。
瞬間移動してきたそのクエスト表をキャッチしたフォルナが読み上げ始める。
「えーっとなになに。『資本家からの依頼! 未知のダンジョンから回生の石を回収、帰還せよ!!』って書いてあるわ」
『むーむー』言ってるまのっぺの口を抑えながら俺とクノスはまたも吹き出した。
だって、また手書きで子供っぽいイラストと文字でそんなこと書いてあるんだもん。
「そう。実はさ。首都で古の転移魔法陣が見つかったでしょ。そのことと魔法陣の座標をその依頼主に話したら、まさか本当に見つかるとは思って無かったらしくて依頼の内容を変えてきたんだよね」
じゃあ、最初のなんとかってモンスターの角の件は破棄になったってことか。
でもなんでいきなり依頼を変えたんだろう。
「朗報というのは依頼内容が変わったことか」
クノスが嬉しそうに呟いた。
血をみたら失神するクノスさんからしてみれば、モンスター相手よりもダンジョン攻略のほうがいいですよね。
「多分だけど、アジャムスよりはこっちの方が難易度は低いんじゃないかな? 回生の石があるとされているのは結構有名なダンジョン。一応龍封の地にあるんだけど、大まかな位置は割れてる。だから探し回る必要はない。で、その場所は転移魔法陣の座標から近い」
なるほど。
それで座標を知った資本家は依頼を変えたってわけか。
こっちのほうが確実だと踏んだわけだ。
「ってわけだから早速、いやもう夜か。なら明日でいいや。明日になったらその資本家の家に顔合わせに行ってその後教会の魔法陣から龍封の地に出るから。そのつもりで。はいかいさーん」
セエレの号令を聞いた俺達は書斎から退出した。
各々の部屋へと戻り(といっても二人部屋でかつ隣同士なのだが)俺たちは明日に備えて早めに寝ることにした。
二段ベットの一段目に俺は寝っ転がる。
すると、上からこんな声が聞こえてきた。
「ね。我無。私もあなたが思ったよりもはやく帰ってきてくれて嬉しかったわよ」
フォルナだ。
やけに素直なことを言うじゃないか。
「そりゃどーも」
俺は淡白に返答した。
「サリナスも喜んでたわ」
「ひゃっはー!!」
「ちょっと、なんで私の時よりも嬉しそうなのよ! 高位悪魔であるこの私がお気持ちを表明してるんだから素直に受け取りなさい。この人間としては最底辺の、悪魔に片足一歩踏み込んでる変態男!」
「ふっ、高位悪魔様の減らず口が聞けて大変光栄でございます」
「よろしい。褒めて遣わすわ」
いや、別に褒めてないのだが。
まあいいや。
「明日も早いわよね。もう明かりを消しても———」
「早く消せ」
そうして俺たちは暗闇の中、眠りにつくのだった。




