第33話 また牢屋ですか
煽り男の声が会議室に響く中、完全にひるんだ男の首根っこを俺は掴んだ。
「わ、わらってる、誰か助けてくれええ!! この男笑ってるううう」
「王様、これなかったことになりませんか?」
遠くにいるセエレが王様に聞いた。
ポケットに手を突っ込んで呆れた顔でこちらをみている。
「ならんでしょ、これは……」
「ですよね」
大きなため息をついたセエレの顔が見えるが今はそれどころじゃない。
目の前でぷるぷる震えだしたこの煽り男を全力で地獄に叩き落さなければ……。
「お、おい! ちょっとまて!! 俺はアイアンロードの上級大臣の付き人だぞ!! 大臣!! 大臣助けてください!!」
胸ぐら掴まれた男は大臣とやらの方を向いて叫んだ。
アイアンロード?
どこそれ知らんね。
「大臣? 彼をご存知で?」
うちの国の王様が訪ねた。
「いーや。知らんね。あんな男」
「なんだとおおおおお!!」
煽り男は切り捨てられた。
はい。
これでコイツが消えても悲しむやつなしっ!
思う存分殺れちゃうぞ!
「セエレ様ぁ?」
俺は確認を取るようにセエレの名前を呼んだ。
「ここでやられるのは困る」
「へ? ちょ、ほんと勘弁してくださ———ッ!!」
セエレが手をかざすと、煽り男と俺は瞬間移動した。
そこは何も障害物がない空間。
青い空に白い雲。
戦うにはうってつけの場所だった。
全力空中落下中。
「あああああああ!! 落ちてる落ちてるうううう!!」
煽り男は悲鳴を上げながらその空間を落下する。
「まだまだ落ちるぜ!! クソ煽りやろうがあああ!!」
俺は吹き付ける風に逆らうように拳を握って男に近づいた。
そして、
「おらっ!!」
「ぐはっ!?」
上空を落下しながらの戦闘が始まった。
「まだまだ!!」
俺はウィンドで空中を移動しながら殴り飛ばした男に近づく。
「おっ、お前! 正気なのか!! 俺たちは空中を落下してるんだぞ!!」
男は顔を真っ青にしながら叫ぶ。
「正気も正気ィィ!! 大正気ィィィ!!」
俺はそんな男に全力ウィンドで発射されたミサイルのように接近した。
「クソッ!! ファイアボルト!!」
男の両手から火の玉がガトリングガンの球のように連続発射された。
この男もそれなりの戦闘能力はあるようだ。
だが、俺はその攻撃をウィンドで体勢移動しながら華麗に避けた。
(あれ? 俺ってもしかして空中戦最強なのでは?)
そんなことを考えながら笑みを浮かべて煽り男に近づく。
「お、お前は悪魔か!!」
「おいおい、本物の悪魔はこんなもんじゃないぜえええ!!」
ガシッと男の肩を掴んだ俺はそのまま落下スピードを上げていく。
どんどんと風切り音が増す。
「狂ってるのかお前!! このままじゃ二人共落下死だぞ!!」
「そうかもなあ!! でもこれは聖戦だからさぁ!! 仕方ないよねえ?」
「くっそおおおおおおおおお!!」
信仰を掛けた命と命のぶつかり合い。
衝突すれば両方壊れることだってあるさ。
まあ、俺は生き返れるけどねっ!
「こんなところで死んでたまるかああああ!!」
煽り男の腕が熱を帯びていくのを感じる。
どうやらこいつは火属性の使い手のようだ。
炎上が得意なだけにってか!
「ファイアーーーぐへっ!?」
「弱い弱い!! お前さっきの煽り口調の割には弱いなあ!! あの威勢はどこ行ったんだぁ?」
なにやら魔法を放とうとしていたようだが、俺はマッハパンチを顎にブチ混んでそれをキャンセルさせた。
俺が他の魔法使いよりも圧倒的に有利なのはその魔法発動速度なのだ。
俺は感覚的にできるが、スキル持ちじゃない他の魔法使いはそうはいかない。
攻、防、静、を一度頭で考えてから発動までタイムラグが生じる。
だから接近戦では俺が圧倒的に有利なのだ。
「もっと俺を楽しませてくれよ……ってあれ? ……もしもーし」
空中を落下しながら、俺は煽り男の肩を揺すった。
男からの反応は無かった。
(まじで? 一発KOかよ……)
口ほどにもないとはまさにこのことでは無いだろうか。
目の前の男は俺に顎一発入れられると即失神してしまったのだ。
俺はそこでトー・グリムスが相当の手練れだったということを再認識した。
(うーん。これどうなんの?)
俺は失神して泡吹いてる男と一緒にスカイダイビングをしながらふと冷静になってしまった。
アドレナリンが切れた。
(この高さから落ちたらどーなる?)
おそらくぺちゃんこという表現では済まないことになるだろう。
グシャでもないし、ベチャでもないし、多分ゴォギャッになる。
そんな結末を想像すると冷や汗が全身から吹き出してきた。
(これちょっとやりすぎちゃったなぁ……)
そんな後悔をしても地面は急速に近づいてくるわけで……。
(シラフに戻らなきゃよかった)
せめてハイのテンションのままだったらなと思いながら俺は目を瞑った。
「二号終わった?」
そんな呼びかけに目を開けるとセエレがまったく同じ速度で落下していた。
青い髪が風にビュンビュンなびいてる。
瞬間移動でやってきたのだ。
「あ、はい。終わりました。なんかすいません迷惑かけちゃって。ついカッとなっちゃったんですよね。次からは気をつけます」
今すぐ助けてもらうために全力で謝罪する俺。
ここが空中でなければ土下座しているところだ。
「反省するのはいいんだけどさ。言い訳なら蒼龍にして。君たち二人、当分龍天宮の中で監禁らしいから」
「監禁ですか? そんな部屋あるんですか?」
「うん」
と、次の瞬間、
一気に景色が転換した。
青い空は消え、硬い石床に俺は腰を打ち付けられた。
「いだっ」
どうやら牢屋の中に転送されたらしい。
隣を見れば煽り男が泡吹きながら倒れていた。
「ここで当分留置だって。蒼龍の命令だし私にはどうすることもできないよ」
「また牢屋ですか……」
俺は柵の向こう側にいるセエレを見て嘆いた。
龍天宮の壁突き破っちゃったし、多分それで怒ってるのだろう。
他にもあるだろうけど。
「多分殺されはしないだろうけど、それなりのことは覚悟したほうがいいかもね。私達は会議が終わったら屋敷に帰るから。二号も無事で……ってまあ死んでもフォルナに復活させればいいか」
おもちゃを取り上げられた子供のように、かなり不機嫌なオーラを発しながらセエレは言った。
「セエレ様? もしかして怒ってます?」
「ううん。怒ってないよ」
「怒ってますよね?」
「怒ってないよ」
いつも以上に淡白な返事をした彼女はそのままどこかに消えてしまった。
あれは絶対怒ってた。
「あーあ、やっちゃったよ。まあ、今回の件は自業自得……」
俺は目の前に倒れてる煽り男を見つめながらひとりごちた。
壁にもたれ腕を頭の後ろに回す。
「……いや、こいつのせいだろ」
そんなひとりツッコミも虚しく牢屋に響いた。
俺は一体どうなってしまうのだろうか。
なんかこの世界にきてからこんなんばっかだな。
と思いながら俺は床に腰を下ろした。
———数時間後———
煽り男が目を覚ました。
「おはよ」
まずは元気よく挨拶。
「ひっ!?」
男は俺の目を見ると怯えて壁際まで後退りした。
「おいおいそんなに怖がるなって。俺もやりすぎたよ。日記に触ったくらいであれはやりすぎた。謝るよ」
俺は謝罪の意を表して男に右手を差し出した。
「し、信用できな……できないっす! お、お前は悪魔かなにかなんじゃないんすか?」
男はブルブル震えている。
今にも漏らしそうな顔だ。
っていうかいつのまにか敬語になってる。
「まあ、この差し伸べられた手を掴むも掴まないもお前の自由だけどさ、これから俺たちしばらくこの牢屋で過ごすらしいぞ? いつまでもいがみ合ってるわけにもいかないだろ?」
「……そ、そうっすね。わかりました」
なんだその舎弟みたいな口調は、と思っていると元煽り男が俺の差し出した右手を掴んだ。
固い握手を俺たちは交わす。
「これで一応仲直りだな」
「そ、そうっすね」
男は手を離した。
俺はもう一度右手を差し伸べる。
「ん? まだなにか?」
「ああ、さっきのはお前が日記に触れた件について水に流しただけだから。こっちは俺の服に料理ぶちまけた分だから」
「ちゃんと根に持ってるじゃないすか」
男はそう言いながら俺の右手を掴んだ。
そりゃそうだろ。
あんなことされて何も感じなかったら今頃俺はガンジーだ。
いやガンジーでも助走つけて殴るね。
俺は右手を掴んだその瞬間、男の身体をこちらにグイッと引き込んで、
「次あんな真似したら、ぶち殺すからな?」
「ひゃ、ひゃいい」
男の耳元でそう囁いた。
「よし! これで一件落着! 俺疲れたから寝るわ」
俺はそう言って硬い床に寝転んだ。
あーつかれたつかれた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! これから俺たちどうなるんすか? 龍前会議であんなことしたんすよ! 大問題ですよ! きっと蒼龍が怒って……それで俺たち……」
「もーお前うるさいなあ。あんなに煽ったのはそもそもお前だろうが」
「そ、それはそうっすけど」
「それにな。起こるかもわからないこと不安に思ってたってしょうがないだろ。人間死ぬ時は死ぬんだよ」
「い、一体あんたはいままでどれほどの修羅場を……」
男からの声色が明らかに変わった。
なんだか畏敬の念のようなものを感じる。
が、俺がこの異世界に来て感じたことをそのまま口に出しただけだ。
尊敬される要素なんてどこにもないのだが。
「あ、あなたの名前を教えてください。俺はアジットって言います。さっき裏切られる前まではアイアンロードって国の上級大臣の部下やってました!」
「興味ない。寝る」
なんでこんな煽り男の情報を知らなければいけないのか。
俺はもう眠い、仲直りはしたんだし寝させてくれ。
バッサリ切り捨てた俺は腕を枕にして横になった。
懐かしい固さを感じる。
「そんなこと言わないでください師匠!」
「おい。もう弟子は取らないって決めてんだよこっちは」
弟子なんてあの魔族っ子バーサーカーで手一杯だっつうの。
「じゃあ、先輩! 俺に人生の生き方を教えてください! 俺の人生なんかいっつも上の人間に利用されて損な役回りばっかりさせられてきたんすよ! 今回だって、大国に喧嘩売って国際問題を誘発させろなんて命令されて……それでこんな目に……俺の人生こんなんばっかなんすよ! 助けてください先輩!!」
「…………」
「あれ? せんぱーい?」
俺は寝た。
男の人生なんて聞きたくないし、助言できるほど長生きしてないからだ。
———
しばらく経った。
目を覚ました。
すると、アジットと言った男が正座して俺のことをじっと見つめていた。
「なにしてんの?」
「先輩の行動に感銘を受けました! だから、こうやって誠意を身体で表現してるっす」
ぷるぷる震えながらアジットは正座を断行している。
「あっそ。それが本当だろうが嘘だろうがどうでもいいけどね。教えることなんて何もないし」
俺はジト目でその姿を眺めていた。
この男の変わり身の早さ、処世術?には少しだけ感心するが。
「嘘じゃないっす! 煽った件は心のそこから謝罪します! このとおりです」
男は正座の姿勢のまま床に頭をつけた。
なんだかここまでされるとこちらの方が申し訳なくなってくる。
こいつも仕事で煽ってたんだろうし。
「おい頭上げろ。もう許してるから」
「ほんとうっすか!」
「うん。仕事なら仕方ないよな」
「ありがとうございます!!」
アジットはいい笑顔をこちらに向けた。
まあ、男の笑顔見ても何も思わないんですけど。
「それでアジ君は一体なにが知りたいんだい?」
俺は床に寝転がって肘で頭を支えるとアジットもといアジ君に質問した。
時間はあるし、誠意は少し感じたし、これくらいはいいだろう。
「そりゃもう先輩の人生論っすよ! なんでそんなに肝が座ってるんすか!」
「人生論とかめんどくさ。そんなん自分で考えなきゃ意味ないだろ」
こういう答えがないものは自分で考えることに意味があるのであって人から聞いても意味なくないか?
「参考に、参考までに聞かせてください!」
なんだか引き下がりそうもないし、引き下がる場所もここにはないので俺は答えてやることにした。
なんかこういうのは適当にそれっぽいこと言って大枠与えれば勝手に解釈するだろ。
そう考えた俺は適当に話し始める。
「いいかーアジ君」
「はい! 先輩!」
「人生で一番大事なことはな、受け入れることだぞ」
「う、受け入れることっすか?」
「そうだぞー。例えば、お前が異世界に転生したとするだろ?」
「異世界転生!?」
「そう。でもそれは転生ではなくて召喚だった。それでな、お前は理不尽なボスの実験モルモットにされるんだよ」
「そ、それは酷い話っすね」
「ああ、でもそんな生活を受け入れて続けている内に仲間に出会うんだ」
「おー! 仲間! 出会いっすね!」
「その仲間がな、使えないポンコツと血を見たら失神する魔剣士と、なんでも破壊したがるバーサーカだったらどうする?」
「どうするって、そんなの耐えられるわけ無いじゃないすか! 実験生活にそんな仲間じゃ身が持ちませんよ」
「そうだろ? 普通の人間だったらこの生活から逃げ出すためになんとかしようと努力する。たとえば実験の研究所から脱走する計画を練るとかな」
「まあ、それが妥当っすよね」
「でも俺はしない」
別に瞬間移動できるセエレから逃げることは不可能だーとか思ってるわけじゃないからな。
「な、なんでっすか?」
アジ君は唾をゴクリと飲んだ。
「受け入れているから……だよ」
「う、受け入れている……からッ!?」
「そう。どんなにポンコツで凸凹しててもな、その歪な形がぴったりはまる場所ってのがどこかに存在するんだ」
まーずい、自分でもなに言ってるかわからなくなってきた。
っていうかまだちょっと眠い。
「例えばアジ君。世の中で求められている形は何だと思う?」
「形っすか? うーん。それはやっぱり綺麗な丸じゃないっすかね? 円滑な人間関係には摩擦は必要ないっすよね。俺も今までそうやってのし上がってきたっすよ」
よし繋がった。
これでいこう。
「そう。丸だ。だがねアジ君。丸というのは確かに引っかかることなくなめらかに滑ることができるかもしれないが、他の形とは点でしか接することができないんだ」
「点でしか……接することができない……」
アジは顎に手を当てて考え込んだ。
俺もそれを見て考え込む。
頑張れ俺の脳内コンピュータ『陰』、なんか良い答え出してくれぇ。
「そう。だが、これが凸凹した形だったらどうだ? 円が点でしか接することができないのに対して、歪な形はその出っ張りを受け入れてくれる場所があったりする。それを見つけた時、円では成し得なかった強い繋がりを凸凹なら見つけたことにならないか?」
うーん。
なんかいい感じじゃないか?
来世は宗教でも立ち上げようかな。
「それと受け入れることと一体なんの関係が?」
ゴクリと唾を飲む音が牢屋に響く。
「つまりだねアジ君。私が言いたいのは、円のまま転がるよりも、自分の出っ張りを受け入れて、かつ他人の出っ張りも受け入れ続けるほうが結果的には大きな力を発揮できる可能性が高いということだよ」
どうだ?
いい感じですか?
「……な、なるほどッ!! 見えてきました! 俺には見えてきましたよ先輩ッ!!」
なんか見えちゃったみたい。
それならいっか。
「つまりそういうこと。わかった?」
「わかったような気がします先輩! 凄い……なんていう人生哲学なんだ……」
なんか勝手に痺れてる。
ふぅ、なんとかなったぜ。
「なははは!! お主、おもしろいのお!」
痺れたアジ君を見つめていると柵の向こう側からそんな幼い声が聞こえてきた。
俺は目線をそちらに向けた。
そこに居たのは、おでこから丸い角を二本生やし、身体と同じくらい太くて大きい鱗のついた青い尻尾を持つ幼女だった。
「誰?」




