第27話 これわしのまごぉ
セエレの能力で首都まで転移した俺たち。
ついた場所は屋敷に戻るときに使っていた路地裏だった。
そこには彼女の転移魔法陣が刻まれているのだ。
「それじゃ、早速案内をお願い」
本を閉じてそれをバッグにしまったセエレは俺の顔を見て言った。
「こっちです」
教会までの道のりを俺たちは歩く。
俺、クノス、まのっぺ、そして最後にセエレ。
なんだかこのメンバー構成は新鮮だ。
低身長が二人、高身長が二人なので、はたから見たら子連れの親子のように見えているかもしれない。
そんなことを考えて歩いていたら、おっさんに声をかけられた。
朝っぱらから酒臭い親父だ。
「おいおい。ヒック。朝から仲睦まじく……ヒック。家族でお散歩ってか~?」
おっさんは俺たちに突っかかってきた。
クノスが『かっ家族!? 私と我無は……そんなことはしてない!』とかなんとか言っているが無視。
どうやら酔っぱらったこのおっさんにはやはり俺たちが家族のように見えていたらしい。
しかしその実情は、奴隷と飼い主。
しかも飼い主は背の低い子供の方だということを教えてあげたい。
「ちょっと俺たち急いでるんで……てかくっさ! いや、ほんとこのへんで失礼しますよ……」
俺は説明する暇もないし聞き届けられる耳もないと思ったのでその場を後にしようと急ぐ。
「はぁ? そんな幸せ空間見せつけやがって……ヒック。こっちとら昨日娘と嫁に逃げられたっていうのによぉー」
どうやらこのおっさんは夜逃げでもされてしまったらしい。
気持ちはわかる、気持ちはわかるが、今はとにかく離れないと……。
「なぁー俺のどこが駄目だったんだ~。せこせこ身を粉にして稼いだぜぇ俺はよぉーそれなによぉー」
(クソッ、このおっさんめちゃくちゃ酔っぱらってるじゃねえか! 早くどっかいってくれよー。じゃないと今度は物理的にその身体が粉になっちまうぞ)
俺は爛々と目を光らせるまのっぺと、足を地面にトントンして苛立っているセエレを見て思った。
おっさん、今あんたは人生で最大の危機、中年の危機以上のそれに直面していることに気が付いてくれ。
「ひっく。もぉーいいよぉ。悪かったなぁ邪魔してよぉー。でもよぉー、俺はお前にこんなふうにはなってほしくねぇと思ってよぉー」
おっさんはもういいと言いながらも、俺の身体に寄りかかってきた。
多分こういう未練がましいところが嫌われる要因だったのではと勝手に推測してしまう。
すると、隣にいたセエレがおっさんに触れた。
「おぉ? 娘ちゃん? 俺のことを慰めてくれんのかぁ? えらいでちゅねぇ? ほら、おじさんとはぐしようかぁ?」
(止めろおっさん! それより先は『死』だぞ!)
「百歩譲って私が二号の娘だったとして、人の娘に抱き着こうとするのは駄目でしょ」
(やめてセエレ様! その人には娘がいるのよ!)
「キモい」
セエレは言い放った。
直後、
おっさんは俺たちの前から忽然と姿を消した。
そう、飛ばされてしまったのだ。
一体どこに飛ばされてしまったのかって?
そんなこと考えたくもない。
「早く行くよ二号。私もむやみに人を飛ばしたくはない」
「……はい」
俺はこれ以上犠牲者を出さないためにも足早に教会へと向かった。
———
教会へとたどり着いた。
「ここが例の教会? 牧師は中にいるの?」
「はい。いると思いますよ」
俺たちは教会の扉へと近づいた。
セエレがその扉をノックしようとすると、中からモンスターが泣きわめくような声が聞こえてくる。
「ん? この声はなに?」
「なんでしょうか……とにかく普通じゃありませんね。早く中に入ってみましょう」
俺はボロボロな扉を開け教会の中へと入った。
すると、そこにいたのは……。
「ぶびゃあああああ!! どぉーしてぇー、どぉーしてぇー、おじいちゃんをおいてぇー、旅立ってしまったのですかぁ~!! ヒック。ミ゛ナ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
ロー爺さんだった。
教会内にそのけたたましい叫びを響かせている。
しかもこいつも酒に酔ってやがる。
みんな何かに酔っぱらってないとやってられないよな。
その気持ち、痛いほどわかるよ。
「これが……牧師……?」
その姿を見てセエレが真顔で聞いてきた。
これが牧師です。
彼女の顔はいつも無表情だが、今はいつも以上に冷たい何かを感じる。
「はい。あの耐え難い奇声をあげてるのが牧師です」
俺は答えた。
「この様子じゃ話どころじゃないね。ちょっと待ってて」
そう言ったセエレはロー爺さんに近づいていった。
(一体何するつもりなんだ……)
俺はその後ろ姿を固唾をのんで見つめる。
さっき酒臭いおっさんを飛ばしたことといい、この人は容赦ないからな。
「はっ! ミナ……ではなく。一体あなたは……ヒック、誰なんですかぁ? この教会はもう閉鎖ですよぉー。聖女もいない今、こんなじじい牧師一人でやっていけるわけが———ッ!?」
スッ。
直後、音もなく牧師とセエレは一瞬で消えた。
(は?)
「ボス! セエレとじじいが消えました! 一体どこへ?」
まのっぺはその光景に驚きの声をあげる。
俺も思考を巡らしその行き先を考えて見るが、そんな間もなく彼らは戻ってきた。
「ぶはあああああああ!!」
水浸しになったロー爺さんがプールの滑り台から滑るようにして俺たちの前に放出された。
その後ろでは、セエレが何事もなかったかのようにして立っている。
「一体どこに……」
クノスが聞いた。
すると、何食わぬ顔でセエレは話し出した。
「こんなことわざがある。大賢者ナジ曰く、『酔いを流したい奴は氷点下のクルナー川に行け。そうすれば酔いと一緒にすべての問題も流せるぞ』ってね。だから私は、酔っぱらいを覚ますときはそこに一回放り出して回収することにしてる」
多分、そのクルナー川に身投げすれば酔いと一緒に人生からも解放されるっていう皮肉の効いたことわざなんだろうけど……。
(このロリボスマジで容赦ねぇ。そんなことわざあっても普通実行するかよ……っていうかだから大賢者ナジって誰?)
解説すると、今セエレはロー爺さんを連れて一緒にクルナー川まで瞬間移動。
そこで川にロー爺さんを投げた。
その後すぐに回収して、瞬間移動でまたここに戻ってきたというわけだ。
「つめたっ」
水浸しのロー爺さんに触れるとめちゃめちゃ冷たかった。
本当に川に流されていたようだ。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ、……一体私は何を……どうしてこんなに水浸しなのですか?」
ロー爺さんは正気を取り戻したようだ。
効果はてきめん。
セエレの顔を見ると当然でしょという顔をしていた。
今まで何人がその川に流されたのだろう。
「それじゃ牧師さんも正気に戻ったみたいだし。話しを進める」
「話し……ん? これは我無殿ではないですか! どうしてここに?」
ロー爺さんは状況が上手く呑み込めていないようだった。
それも仕方がないことではあるが……。
「ローさん。今はとにかく彼女と話してください。お願いします」
彼が二度目の氷点下スイミングに駆り出されないよう、俺はそっとファイアのスキルで温めながら促した。
———
ロー爺さんは訝しげな表情を浮かべながらセエレと通路を挟むように向き合って教会の椅子に座った。
「私が聞きたいことは二つ。この事件に心当たりはある?」
セエレがバッグから取り出したのは今日俺たちの前で読んでいた新聞だった。
その一面には崩壊したトー・アクネスの隠れ家の写真が載っていた。
「そ……それは、私も読みましたよ。我無殿たちがやったのでしょう? 私に聞く必要がありますか?」
「一応確認しただけ。問題は次の質問ね。二号たちと一緒にいた今ここにいない女について何か言うことはある?」
『二号?』と言いながらロー爺さんは俺のほうを向いたので、俺はそっと『それは俺のことです』と手をあげた。
「……というのはフォルナさんのことですか?」
「そう」
「……まぁ、今更ですよね。彼女は悪魔なのでしょう? 長年牧師をやっているので、そうなのではないかと思うことはありました」
本当にバレていたようだ。
まぁ、あいつ自分で言ってたしな。
ミナは信じてなかったみたいだけど。
あれ? そういえばミナはどこに?
「いくら払えば黙っててくれる? 私としてもなるべく穏便にしたいんだけど」
腕を組んで足も組んだセエレはそう言った。
はたからみたら可愛い子供が背伸びしているような光景だが、今さっきの行動を目撃していた俺としては普通に恐ろしい。
「お金なんて払われなくても黙っていますよ」
「なぜ」
「私もその悪魔に復讐を願ってしまったのですから。わかっていながらやってしまった。これではもう牧師なんて務まりませんよ。廃業です」
「そう。でも口でいうだけなら簡単だよね」
「はぁ」
深い溜息をつくと、牧師ローは語り出した。
過去の話を。
「そもそも私は元は冒険者だったのですよ。そこそこ名の売れた冒険者でしてね。かなりの金額を稼いでいました。しかし仲間だと思っていたとあるパーティーから追放されてしまい人間不信になったんです。一丁前に復讐してやろうとも考えましたが、それではあいつらと何も変わらないとも思いうだつが上がらない日々を送っていました。そんな時です。とある教会で聖女様に優しい言葉をかけてもらったんですよ。その程度で、と思われるかもしれませんが、その時の私にはその言葉が見えない針のようにスッと胸に刺さったのです」
それからも、ロー爺さんは今ここで牧師をしているところまでのその半生を語った。
貯めていたお金で当時ボロボロだったこの教会を買い取ってここまで直したことや、それからしばらく経つと、ミナが教会の前で捨てられていて悲しい気持ちになった半面、自分がやってきたことには意味があったと嬉しい気持ちになったこと……その後の、自分にはもったいないほどのミナとの幸せな生活。
そして、あの日のこと。
「結局ね。こんな牧師の皮を被っていても性根は冒険者のままだったんですよ。大切な人が傷ついたら殴り返したくなってしまうのです。それが、私がフォルナさんが悪魔だったと口外しない理由です。長々となりましたが、わかってもらえましたか?」
「あ、おい……我無……」
「ボス、泣いてるんですか? ハンカチ使います?」
「べ、別に泣いてねぇよ。あ、そのハンカチもらうぞ。ズビュー!! ……これはあれだよ。目にゴミが入っただけで……ズビュー!!」
「あぁ、ボスの体液でべちょべちょです」
俺は鼻をかんだぐちょぐちょのハンカチをまのっぺに返した。
泣いてない! 俺は別に泣いてないもん!
「ふーん。まぁ、そこまで言うなら信じてあげてもいいけどさ。確かに口外してもあなたにメリットはないしね。でもそのミナって子は今どこに行ったの?」
そうだ。
それは俺も気になっていた。
ミナはどこいちゃったのよ?
「ミナは……ミナは……うっ、うえっ」
するとロー爺さんまで泣きだした。
「まのっぺさん。うっ、そのハンカチを……もらっても?」
「いやです」
「貸してやれよ……」
渋々ロー爺さんにハンカチを貸したまのっぺ。
不機嫌な顔で『返さなくていいです』と言っていた。
「ミナは『冒険者になってもっと強くなる』という書き置きを残して行ってしまいました。うっ、保護者としては喜ぶべきなのですが……うっ、こんなにも孫の独り立ちが苦しいものだとは……うっ。今はどこで何をしているのかすらわかりません。せめて手紙はおじいちゃんに出してぇ……うっ」
「そのミナって子。この子じゃない?」
セエレは先ほどの新聞のページをぺらぺらとめくり、該当ページを見せた。
「ほら。小さいコーナーだけど。ここに書いてあるよ」
爺さんは涙目のまま目を細め、そのページを読んだ。
「『駆け出し冒険者パーティーが村の危機を救った。その立役者はミナと呼ばれる回復魔法の使い手で、その圧倒的な力でパーティーメンバーだけでなく村の住民も癒し、村の子供たちから大人気となった。そんな彼女は冒険者情報部からの質問に『今はただ、強くなるだけです。あの人のために』とコメントしておりこれからの期待が注目される新人として、情報部はこのパーティーを追跡取材することに……』って……」
そこまで読んだロー爺さんはまた泣き出した。
「これぇ、これぇ、わしが育てたわしのまごぉ、なんじゃがぁ? ミナァァがんばるのじゃぁぁ!」
ロー爺さんはその記事のページを大事そうに抱えて、
「情報部のページはお金がなくて買ってないんです。どうか……これからこのページだけでも送ってもらえませんか?」
と言った。
「いいよ。その代わりフォルナのことは他言無用ね。私も対価があったほうが安心できる」
「あ、ありがとうございますぅ!!」
ロー爺さんはセエレに向かって土下座した。
これがうちのボス。
圧倒的交渉力だ。
「よし。それじゃ用事も済んだことだし。みんな帰るよ」
「「「はーい」」」
「ちょっと待ってくだされ。こんなに気持ちが晴れ渡ったのは久しぶりです。どうか、みなさんの祝福を祈らせてはくれませんか?これでも何十年と牧師をやっていますから、ミナほどではないにせよ、気休め程度にはできます」
「そういうのいらない。それじゃ」
容赦なく切った。
すぐさまその場を後にしようとしたセエレを俺は止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。少しくらいいいじゃないですか? ね? 年寄りの好意を受け取ってあげましょうよ」
「何秒かかる?」
「それでは短縮コースで十五秒ほどあれば……」
「それならいいよ。はやくして」
そうして、ロー爺さんの祈りは始まった。
しかし!
ミナほど絵面的にもセリフ的にも映えなかったので容赦なくカット。
やっぱりプロとは違うわ。
「へー教会内にある魔法陣に魔力を送ってこんな演出をねー」
セエレが興味なさそうにそんな感想を吐いた。
ミナと同じように教会内の魔法陣は室内を照らし出している。
「……ん?……ん?」
すると、そこまでつまらなそうにしていたセエレの顔がどんどんと魔法陣に引き付けられていった。
「どうしたんですかセエレ? 確かに俺ももうちょっとましなものが見られると思いましたけど、まあもうお爺ちゃんなので許してあげてくださいよ。そんなに露骨に顔を背けなくても」
「あー!これ!……転移魔法陣だ」
一瞬子供みたいな声を出して興奮したセエレ。
ぽつりと呟き、すぐに元に戻った。
「それがどうかしたのか?」
クノスが質問した。
確かに、転移魔法陣がなんだっていうんだ?
「これは、私が探してた古の転移魔法陣……だよ」
「「え?」」
なんだっけ、それ?




