第24話 復讐の味は……
「フォルナ様。我無目が覚めたみたいです」
「ええ。お疲れ様。サリナス」
「はい」
目が覚めた。
辺りを見渡せばもう真っ暗だった。
どうやら今は教会の敷地内、ミナの家のすぐ外にいるようだ。
「やっと起きたのね。心臓貫かれてたけど大丈夫?」
「息してるってことは大丈夫ってことだろ」
「そう。ならいいんだけど。で、どうするのよ?」
つまらなさそうな顔でフォルナは聞いてきた。
どうするも何も、そんなこと決まってるだろ。
俺が立ち上がると、家の中から声が聞こえてきた。
ミナの家の壁は薄いようだ。
『これは私の独り言なのですが……』
ロー爺さんの声だった。
正直彼に合わせる顔がない。
命を張って壁になったとはいえミナが傷ついたことは事実なのだから。
『私は今は牧師です。牧師になってからというもの暴力で物事を解決することは控えてきましたし、そうあってはならないと思い続けてきました。しかしどうでしょう。何もしていない孫娘が血まみれになって帰ってきて……この怒りは一体何度祈りを捧げれば消えるのですか? 一体どうすれば彼女の痛みを私が代わりに受け止めることができるのでしょうか?』
ロー爺さんは震えた声で淡々と語る。
俺たちはそれを黙って聞いていた。
「ですからこれは独り言です。復讐をしても何も得るものがないことはわかっています。牧師としても復讐など望んではいけないことはわかっています。しかし、もしたまたま、偶然に、この私の不敬な心を、真に迫るこの怒りを、悪魔が覗き見ていたとしたら私はその悪魔にこう言ってしまうと思うのです。どうか……ミナを傷つけた者たちに『復讐』を……と」
その言葉が終わると家の中の扉が閉まる音が聞こえた。
ロー爺さんはもう、この壁の向こうにはいないようだ。
「だってよ。高位悪魔さん?」
「馬鹿ね。牧師の願い事なんて私が聞いてあげるわけないでしょう。それにこれに関しては完全に時間外労働よ。報酬が出ないのにタダ働きはごめんだわ」
髪の毛に隠れてしまったフォルナの瞳は見えない。
悪魔である彼女は、今その心に一体なにを思っているのだろう。
「でも我無は行くんでしょう? だからあなたに支援魔法をかけるくらいはしてあげてもいいわ。それなら何の問題もない……でしょう?」
そう言ったフォルナは俺にリミットブレイクと痛覚無効の魔法をかけた。
「我無、ちゃんと心臓と頭は守りなさいよ」
「わかってますよ。フォルナ様」
「あ、あと。はいこれ」
俺はフォルナから三人分のサングラスを受け取った。
「顔ばれしたらまずいでしょう? 乗り込むときはこれつけていきなさい」
「用意周到だな」
「だって、高位悪魔ですもの」
俺はフォルナに背を向けると教会の敷地の外に出た。
その先では、まのっぺとクノスが待っており。
「ボス!! その眼はリベンジですね! 復讐ですね!! やってやりますよー! めちゃくちゃにしてやります!!」
やけに張り切った様子のまのっぺが言った。
「我無。復讐は勧めないぞ。そんなことをしても、ミナの痛みがなかったことになるわけじゃない」
クノスは腰の流魔剣に触れながら言った。
クノスの意見もその通りだと思う。
でもこれは気持ちの問題だ。
「それじゃあクノスは行かないのか?」
「いや。ただ一般論を言っただけだ」
口角をあげながらそう言ったクノスの瞳は、怒りで満ち満ちていた。
俺は振り返り目的地のほうを向くと、
「行くぞ」
そう言って走り始めた。
———
グリムスに教えてもらったトー・アクネスの隠れ家までやってきた。
確かに、隠れ家というよりかは酒場か何かに近いかもしれない。
中からは騒がしい声が聞こえてくる。
その建物は堂々と大通りに面した場所に立っていた。
「中には魔法使いと剣士の傭兵がうじゃうじゃいるはずだ。グリムスによれば魔法使いと剣士は水と油。トー・アクネスは一緒の部屋にはしないだろうって言ってた」
俺はグリムスに場所を教えてもらったとき簡単な建物の見取り図も教えてもらっていた。
その見取り図によれば、中には大きな部屋が三つ。
左右に一つずつ、奥に一つだ。
そしてトー・アクネスは奥の部屋にいる。
「まのっぺは左の部屋の魔法使いをやってくれ」
「せんめつコースですか!」
「好きにしろ」
「やった!!」
喜んだまのっぺは俺からサングラスを受け取る。
「クノスは右の部屋の剣士を頼む」
「ああ」
「俺は雑草の根っこを抜いてくる」
フォルナから受け取ったサングラスを俺たち三人は装着した。
歩みを始め静かに建物の扉を開くと、中には酒を楽しむ客が大勢いた。
わかりやすいカモフラージュというわけだ。
しかしその客たちも俺たちの様子をみるとただ事ではないと気づいたようだ。
その多くはクノスを見ると震えていた。
おそらく烈気をクノスが放っているのだろう。
一人、また一人と席を立ち、その場には誰もいなくなった。
しんとした部屋に俺たち三人だけが立つ。
「それではボス!! リベンジです!!」
そう言ってまのっぺは意気揚々と、左のまだ騒がしい声のする部屋へと入っていった。
「我無、あまり無茶は……といっても意味ないか。私も私のやり方でケリをつける。我無も頼んだぞ」
クノスは右の部屋の中へと消えていく。
「やりますか」
そして俺も中央の部屋へと立ち入った。
———傭兵A視点———
俺は、その日最高の気分だった。
傭兵としてここで雇われたのはいいものの。
仕事は大聖女の監視だの、才能のあるガキの発見だの、拉致だの。
意味が分からなかった。
給料がいいからここで傭兵なんかやってるが、そうじゃなきゃ辞めてるところだ。
俺は人を殺して金がもらえるから傭兵をやってんのに、人殺しできないなんて意味がない。
でも今日は本当に偶然、ぶち殺しターゲットに出会うことができた。
聖女リストの端っこに載ってた弱小聖女、上からの命令じゃ一応監視対象ということになっていたが、別にこの程度の聖女が事故で死のうがなんともないと思った。
というか、最近フラストレーションが溜まりまくってて誰かを殺したくて仕方がなかった。
そんな時、俺は発見したのだ。
ベンチにガキと座る聖女。
恰好の的だ。
そしてこれまた幸運なことに剣士のやつが俺と同じ考えだったのか、俺よりも先にその聖女に魔法を放ちやがった。
うっかり撃っちまったのか、それともあいつには聖女を殺す命令が下っていたのかは知らないが、実に好都合だった。
護衛と思われる冒険者がその魔法を盾ではじいてスキができた。
超ラッキー。
後ろががら空きだったから俺はそこにスキル『マニピュレートアロー』を打ち込んだ。
威力は低いし単発だが、命中率は百パーセント。
俺は今まで一度もこの矢を外したことがない。
神から与えられた人殺しの才能だ。
当然その時も、俺の矢は見事に心臓を貫いた。
が、
それは聖女を護衛する冒険者の心臓だった。
本命じゃなかったが、人殺しノルマは達成だ。
そんなわけで俺は魔法士傭兵仲間と気持ちよく酒を飲んでいた。
「でよー、その冒険者が命張って聖女守ってやんの!! 一体いくら積まれたんだって話だよなー!! 俺の矢でそいつの心臓ぶち抜いてやったぜ! あー爽快だった! ははは」
「マジかよ。うげぇ、俺も十億くらい積まれたら命張るかもな! あははは」
人殺し自慢をするのが一番気持ちいいや。
と思っていると、突然。
部屋の扉が開いた。
入ってきたのは角の生えた魔族のガキだった。
「おい! 誰か魔族のガキでも奴隷にしたのか?」
ジョークを飛ばした。
『あはははははははは!!』
『どんな趣味だそりゃ、あひひひー』
俺は気持ちのいい笑いを取る。
「あの。道に迷ってしまって……」
一瞬間をおいて、
『『『あはははははははは』』』
魔族のガキがそう言うと、どっと部屋中に笑いが起こった。
『ちょっ、しかもこのガキ目が見えねえんじゃねえか? サングラスなんかしてよぉ、あははは』
『しかも、今何時だと思ってんだよ』
『おーい! 誰かこいつの保護者になってやれー!』
馬鹿を笑いの種にして飲む酒ほど旨いものはない。
ここにいる奴らは全員そう思っている。
もちろん俺もでーす。
「はいはーい。俺が立候補しまーす」
酔っぱらった俺はジョッキを片手にそのガキに近づいた。
「おーい。どこから来たんですか? お嬢ちゃん? 俺がパパになってあげようかぁ?」
『『『あはははははははははははは』』』
今日の俺はのってるぜ。
「……やっぱり……ボスの言った通りでした。敵を気持ちよくして油断させる」
「えぇ? なんですかー? 声が小さくてきこえないでちゅー」
「えへへ。てめぇら全員ぶち殺しコースってことです! 私の勇者になるための経験値になってください!!」
「は?」
「貫通咆!!」
光った。
血が出た。
一瞬光が走ったかと思うと、痛みを感じるよりも早く俺の上半身と下半身が真っ二つに分裂したことを認識した。
視界は反転し、視点が少女よりも低くなる。
転がった頭で部屋を見つめると……。
そこでは、
『ぎゃあああああああああ』
『いてぇ、いてぇよおぉ』
『ママぁぁぁーーママぁぁぁぁぁぁ』
伸びた光線が伝播するように俺の仲間たちを一人、また一人と貫いていた。
一瞬でそこは血の海になり、最後の一人が光線に貫かれ爆散した。
臓物が飛び散り。
叫び声も聞こえなくなってしまった。
「こ、これが勇者のすること……かよ……」
「えぇ? なんですかー? 『勝てばかんぐん、負ければぞくぐん』ですよー!! あはははは!! やりました!! やりましたよー! ボス―!!」
少女の嬉々とした叫び声が耳を貫く。
「あ! いいこと思いつきました! どうせならこの建物ごと……」
朦朧とする意識の中でそんな声が聞こえたのを最後に、俺は死んだ。
———傭兵B———
俺は、その日迷っていた。
このまま傭兵なんてやっていていいのだろうか。
あの日、俺がついカッとなって人を斬り殺してしまったあの日から、俺は紅滅流の流派を破門にされた。
剣も人生も一瞬の判断ミスが命取りになる、そう何度も教えられてきたのに。
いまじゃ、傭兵崩れのそこそこ腕の立つ剣士だ。
だが俺の実力は道を踏み外した底辺野郎共の中じゃトップだった。
それも、そうだ。
自分の信じるもののために戦ってない奴らが強いはずがない。
少なくともここにいる魔法士どもは、ただ、己の快楽に従って生きている屑共だ。
だから、俺は魔法士が嫌いだった。
その点、ここのボス(トー・アクネス)は俺たちの扱いが上手かった。
魔法士と剣士は絶対に寝食を共にさせないし、金の払いも傭兵にとっちゃかなり魅力のある大盤振る舞いだった。
傭兵としては文句ない。
文句ないのだが、やはり俺の心にはどこかしこりのようなものが引っかかっていた。
その日、俺はいつも通り大聖女の監視任務を終えて帰還していた。
するとベンチに座る女と娘が見えた。
リストにあった顔なので覚えていた。
弱小聖女だ。
力もそんなに強くなく暗殺の対象ではなかった。
だから普通にスルーして戻ろうとしたのだが、路地角に魔法使いの姿が見えた。
俺の嫌いな魔法使いの中でも選りすぐりの屑だ。
あいつはいつも人が殺したいだの、今まで何人殺したのだのよく自慢していたので覚えていた。
そしてその視線の先にいる聖女が狙われていることもわかった。
だから俺はその聖女をビビらせようと魔法を放った。
剣士が魔法を使うなんて終わりだなと思ったが、せめてもの罪滅ぼしになればいいと思った。
その魔法は冒険者に弾かれ、その仲間が俺を追ってきた。
かなりの速度に俺はここで捕まると思ったが、その女剣士は踵を返すと、元の方角へと引き返していった。
俺を殺すよりも仲間を守るほうが重要だと判断したのだろう。
的確な判断力だ。
俺にもその判断力があれば……。
そんなことを思い出しながら酒を飲んでいると、驚いたことにその女剣士が扉を開いてやってきたのだ。
なぜかサングラスをしていたが、俺はその特徴的な銀白色の髪と圧倒的美貌、その立ち姿から一瞬でわかった。
凄腕の剣士は所作でわかる。
『おい、誰だよ。女呼んだやつ』
『いや、よく見ろ腰に剣がある』
『なんだぁ? 道場破りの真似事か?』
部屋中がざわついていた。
現時点で彼女の腕に気が付いているものは半数もいない、といった反応だ。
「この中で一番強い奴は誰だ」
が、女剣士がそう言った瞬間、一瞬で部屋の中は静まり返った。
誰かが固唾をごくりと飲む音が聞こえるほどに。
ここにいるのは全員が剣士の端くれ、急に彼女から放たれた烈気にただ者ではないことを察したのだ。
「それは俺だ」
静寂の中、俺は立ち上がった。
この中では俺が一番強い。
「お前か。それなら剣銘を名乗れ」
剣銘の名乗りだと?
そんなの修練場でしか聞いたことがないぞ。
外の世界でそんな恥ずかしいことをするやつはいない。
「名乗ってどうする? 何が目的だ?」
「私が勝てば、お前たちはこっちの用事が済むまでここでおとなしくしていろ。私が負ければ、お前たちの要求をなんでも聞いてやる」
『な、なんでもぉー?』と下卑た笑みを浮かべる剣士が数人、『一体どういうことだ』と状況を飲み込めない剣士が数人、『俺がこいつと戦いたい』という顔をした剣士が半数といったところだった。
俺もその半数の中に入っていた。
目の前の彼女の実力は眼で推し量れるだけでも師範代以上、いや、龍滅級かもしれない。
それだけの上玉が目の前にいるのだ。
剣に魅入られたものなら一度手合わせしたいと思うのは当然だった。
「わかった名乗る。だがな……」
俺は周囲を見回して言った。
「ここにいる連中は俺がやられたところでお前の言うことは聞かないぞ?」
既に周囲の傭兵連中はその剣を抜き、我先にこの女剣士を下そうとその目を光らせていた。
かくいう俺も、どさくさに紛れてこの剣士の首を取ることができれば、と思ってしまう。
「そうか。なら黙らせるだけだ。実力で」
「な———ッ!?」
直後、女剣士がその剣を鞘から抜くのが見えた。
その瞳と同じ蒼色の剣だった。
それが舞った。
そう舞ったのだ。
あまりにも美しく洗練されたその剣技は、彼女に斬りかかる才能のない有象無象の剣を蹴散らしていった。
一人、また一人とその剣と心は砕かれていく。
一瞬だった。
いつの間にか最後の一人になった俺に、彼女は向き直った。
他の剣士たちは自分の砕けた剣を見て、唖然としてしまっている。
膝をつく者もいれば、笑い出すもの、嗚咽しながら泣き出すものさえいた。
「最後はお前だ。どうする?剣銘を名乗るか?」
しかも、魔剣士……。
圧倒的過ぎて、言葉も出ないな。
「いや、名乗る資格は俺にはない……来いっ!」
「そうか」
直後、俺の剣が一瞬震えた。
そして、俺はその震えからすべてを悟ってしまった。
「傭兵うんぬんの前に、俺には剣士が向いてなかったんだな……」
首に彼女の流魔剣の切っ先を突き付けられ、
俺は握っていた剣を手をあげるのと同時にその場に落とした。
そしてそれが地面に落ちた時、
俺の剣と俺の剣士人生は、跡形もなく砕け散ったのだ。
———
部屋に入ろうとすると、あることに気が付いた。
「やっべ、鍵かかってんじゃん」
開かないドアを前に俺は一瞬思考停止してしまった。
「あ、そっか。殴って開ければいいのか」
ドーーン!!
俺はファイアパンチで勢いよくドアを殴り開けた。
風通しの良くなった部屋に入り込むと、奥の椅子に大量の金貨に囲まれて座る男が見えた。
ローブにフードを被っており、その表情は伺えない。
だがここまで来ればあいつがトー・アクネスだということくらい俺でもわかった。
だって、めっちゃ偉そうに椅子に座って金貨を磨いてるんだもん。
特徴に合致しすぎだろ。
あいつがここのボスだ。
「一体誰ですか? こんな夜中に。私は金貨を数えるので忙しいのですが」
アクネスは一瞬チラッとこちらを見た。
「どーもー。しがない冒険者です」
「はて? 私は人に因縁をつけられるようなことをした覚えはないのですが」
「お前じゃなくて、お前の部下にだけどな」
距離が遠いと判断した俺は、会話を続けじりじりとその距離を詰める。
「ああ、なるほど。私の部下が何か粗相をしてしまいましたか。それは大変申し訳ありませんでした。何分お金で雇った駒なので、躾が行き届いていなかったようです」
奴は必死に金貨の汚れを拭いている。
その金貨磨きに余程忙しいのか俺とは目も合わせない。
「誰かが殺されちゃいましたか? それとも、傷つけられた? それとも拉致でしょうか? こちらも手広くやらせてもらっているので心当たりが…………くそっ、この汚れなかなか落ちませんねぇ」
まったく目を合わせないのには苛つくが、こちらとしては好都合だ。
距離を縮める。
「ああ、知り合いがちょっとな。だからここに来たんだよ」
「わかりました。私は物事はスマートに進めたい質なんです。いくら払えば帰ってもらえますか? そうですねー。現金でお支払いなら百万……いえ、五百万は出してもいいですよ。あなたのその勇気を讃えて……ね」
「こりゃ助かったよ」
現金で五百万あれば、食費何年分になるんだろう。
いいねぇ、お金があるってのは。
「おおー思ったよりも話が通じてこちらも助かります。では、早速交渉に———」
「ああ。てめぇが、ぶっ殺しても後味の悪くないクソ拝金野郎で助かっちゃったなぁぁぁ!!!!」
俺は爆風を両腕から出し加速すると、お決まりのムーブで一気に距離を詰めた。
滑空すれば奴まで二秒。
距離を詰めればこっちのものだと思った。
だが。
「ぐっーーー!?」
「はぁ、もう一度言いますよ?」
俺の体は奴に届く前に空中でその動きを止めた。
なるほど、これが透明の鎖ってわけか。
「お金をもらって立ち去るか、それとも何も利益が生まれない戦闘をここでするか? さあ、どちらにしますか?」
いつの間にか立ち上がっていたアクネスにじっと睨まれた。
奴の顔はぶら下がる俺の目の前だ。
「無利益さいこぉー」
「なぜ? そんなに復讐がしたいのであればそうですねー。あなたに危害を加えた傭兵を呼び出してもいいです。彼を殺せばそれで———」
「馬鹿かお前は? 雑草ってのはな。根っこ抜かなきゃ後味悪く何度も生えてくるんだよ」
「……一理あります。それでは、復讐の連鎖はここで断ち切ることとしましょうかっ!」
ニカッ。
奴が笑った。
直後、身体が引き絞られる感覚が俺を襲った。
鎖が締めあげているのだ。
ぎゅっと引き締められた俺の身体は、豪華な調度品を壊し、壁を壊し、天井を壊し、そして最後に思いっきり地面に叩きつけられた。
「ぐはっ!!」
サングラスはとっくにどこかに飛んで行ってしまった。
「こんな馬鹿は久方ぶりです。腕がなりますねぇ」
ポキポキと首を鳴らしフードを脱いだ奴の頭からは耳が生えていた。
オオカミの耳だ。
首には首輪をはめている。
手には鋭い爪、歯は狼牙、腕には真っ黒い体毛が見えた。
「半人半魔のトー・アクネスです。牙狼種の血が混ざっています。以後お見知りおきを」
「我無でーす。今からてめぇをぶち殺しまーす」
「弱い犬はよく吠えるって知ってます?」
「ワンッ!!」
「それは残念です」
直後、俺は爆発を起こした。
俺が鎖に繋がれてめちゃくちゃにしたこの部屋の残骸を一気に宙に巻きあげたのだ。
今の俺はフォルナの支援魔法で痛覚は無いが、それ以外の五感はマックス敏感ビンビンになっている。
だから透明な鎖、その本体は見えなかったとしても、宙に浮いた瓦礫のほんの僅かな動きを捉えれば浮かび上がったシルエットを捉えることができるのだ。
(しっかり見えたぜぇ! てめぇの腕から伸びる二本の鎖がぁ!!)
スローモーションの世界の中で、俺は奴から伸びた鎖を搔い潜るようにして奴に近づいた。
絶妙な風魔法による体勢移動だが、俺は何度もこれを繰り返して来た。
最短距離でやつの一歩手前まで近づくと、その顎に一発強烈な一撃を入れる。
「ホローガウジ!!」
狙ったのは横からのアッパーカットだった。
これが決まればノックアウトできる。
が。
「———ッ!?」
俺の拳は奴の顔寸前のところでその動きを止めてしまった。
「おっと危ない。とんでもなく素早い動体視力をお持ちのようですね。流石に焦りましたよ」
「は?」
「伏線ですよ。あなたがこの部屋に殴りこんできていた時点であなたには二本の鎖を巻いておきました。商売じゃ常識ですよ。前もった根回しはね?」
(二本の鎖……? いや、こいつの腕から延びる二本の鎖は確かに避けたはずだ)
「ああ、腕のじゃなくて…………私の両足のですよ」
直後、奴は二足歩行から四足歩行へと体勢を瞬時に移行した。
ドンッ。
すると、俺の両腕はものすごい勢いでやつの後ろ脚に引っ張られた。
とんでもない力に身体全体を持っていかれると、
四足歩行の奴の身体の真下を通り抜け、
背後の壁に打ち付けられ、
円を描くように一回転した俺は最初の位置に叩き落とされた。
「グへッ!?」
「これで終わりです」
直後、今度は奴の腕から伸びた鎖が俺の両腕を縛ったのを感じた。
片腕ずつ二重で縛られた腕は既にピクリとも動かすことができず、その圧迫感に俺の身体から冷や汗がにじみ出る。
「あなたみたいな近接格闘馬鹿との戦闘は何度もシミュレーション済みですので、少々こちらに軍配がありましたね」
まったく動かせない腕と鎖越しに伝わる奴の剛力、
それに俺の脳は最悪のシナリオを想定しだした。
「さぁ、ここで質問です。私が今、この四足歩行の状態で、まるで犬が自分の尻尾を追いかけるかのようにぐるぐるとコマのように回転したらあなたの腕は一体どうなるでしょうか? あ、ちなみに私の回転力は凄まじいですよ。目にもとまらぬ早さと定評があります」
「や、やめてくれ……」
(いや、ちょっとほんとそれだけはまじで……)
「え? なにか言いましたか?」
「い、犬みたいに吠えるからさ……ほ、ほんと……ば、ばかみたいに尻尾振るから……だから……ほ、ほんと———」
「自虐ネタは自虐だから許されるのですよ?」
直後、凄まじい勢いでアクネスは横回転デスローリングを断行した。
その回転力に俺の鎖は猛スピードで巻き上げられ……。
「もってかれたあああーー!!」
俺の両腕は第二関節からざっくり抉り取られてしまった。
宙に二本の腕が飛ぶ。
大量の血がしぶきをあげて吹き出す。
始めてみる自分の腕の断面に驚愕しながら、俺は悲痛の叫びとともにその場に膝をついた。
痛みはないが、叫ばなければ正気を保てるとは到底思わなかった。
「ハハハハハ。これは掃除が大変ですよー。クリーニング代はいくらになるのでしょうかーハハハハハ!」
奴は腹を抱えて笑っている。
「ぬあああああああああああっ!!」
「一体今どんな気持ちですか?自分の商売道具である腕を持っていかれて、しかも復讐は失敗! あなたみたいなリベンジ野郎を返り討ちにするのがこんなにも気分がいいことだとは!! なんだかハマってしまいそうです」
それまで笑っていたかと思うと、急に静かになったアクネスは俺に近づいてきた。
「それでは先にあの世で待っていてくださいね。遺族にお金は送ってあげますよ。お金だけはね」
絶体絶命のピンチに俺はなんとかしようと思考を回転させた。
が、
そもそも俺が魔法を発動するための道具である丸盾が、腕が持ってかれた時に一緒に地面にカランコロンと落ちてしまったのだ。
もうどうしようもない。
死んだわ俺。
もうちょっとちゃんと作戦立てておけばよかった。
海に沈められた俺の死体を、フォルナ達は回収してくれるのだろうか。
———ミナ———
「ミナ! どこに行くのですか!」
私が怪我をした状態のまま、なんとか部屋を抜け出そうとするとローおじいちゃんに呼び止められた。
「どこにって! 我無を助けに行くに決まってます!! この音が聞こえないの?」
遠くからはまのっぺの放つあのビームの音が鳴り響いていた。
「どうしてですか! あの男たちはあなたとは関係がない。もう契約も破棄しました」
どうしてって、そんなのもう決まってる。
「信じてるから!!」
私は今まであげたこともない声量で怒鳴った。
「……話してみなさい」
「私はここに捨てられた時からずっと! 信じてないものを信じてきた! ここにやってくる人のために……でも、そこには私の意志なんてこれぽっちもなかった! 体のいい嘘をついて、罪を許したふりをして、願いが叶うなんて嘘を吐いて!! そもそも、私は聖女になんて生まれたくなかった!!!!」
「ミナ……」
「でも、今はちゃんと、何を信じればいいのか……私にはちゃんと見えてるんだよ! やっと、自分で自分が信じたいものを見つけたんだよ!! それが例え人から馬鹿にされるようなものであっても、私はそのためにこのクソみたいな聖女の力を使いたいの!!」
言い切った。
心の中に溜まっていた膿を全部吐き出してやった。
これはもう絶縁確定だ。
「ミナ、もし行くというのであれば。そのクリスタルはここにおいて行きなさい」
私は首にかけたクリスタルに触れた。
両親が私と一緒にこの教会に置いていったクリスタルだ。
ブチッ。
紐を切り、首からそれを思いっきり外すと、ローおじいちゃんに投げ渡した。
「これでもう、私は必要なくなったみたいですね」
牧師であるローおじいちゃんにあんなことを言ったんだ。
失望されても仕方がない。
「今のあなたには、大きくて頑丈な柱が一本しっかり立っているようです。それは誰にも、傷つけさせてはいけませんよ。ミナ」
震える手で私のクリスタルを握るおじいちゃんはそう言った。
これは応援と受け取っていいのだろうか。
思い返せば、牧師には似つかわしくない屈強な手で、私は今まで何度も背中を押されてきたのだ。
そうだ。
きっとこれも彼なりの応援に決まっている。
「わかっています。例え傷つけられることがあったとしても、この忌々しい力で何度だって立て直してみせます」
「ええ。頑張ってください……大聖女ミナ」
おじいちゃんと一瞬目を合わせると、私は踵を返し教会を後にした。
全速力で向かわなければ……あの変態が殺される前に。
「ミナ、あなたは愛されていたのですよ」
後ろからは、そんな声が聞こえたような気がした。
———
「といっても、ちょっと限界かも……」
流石に完全に治り切っていなかったみたいだ。
聖女の力を自分に使ってもいいが、できることなら我無のために限界まで残しておきたい。
「うぅ、こんなことなら素直におじいちゃんに手伝ってって言えばーーーってあれ?」
「あら?」
道中にはフォルナがいた。
ぽつんと。
「あの、急いで我無たちを助けに行かないと……ですよね?」
「そ、そうね! 私もそろそろ私の出番かしら? と思っていたところよ!」
「そ、それなら一緒に……あ、いてっ」
駄目だ、つまづいた。
この体力じゃ……もう……。
「ひゅーひゅーひゅー」
「な、なんで口笛吹いてるんですか?」
「あ、私今から我無のところまで行くんだけど……その、肩……空いてたりするわよ?」
「はい?」
「だから! 私は超個人的な理由で我無を助けに行くのだけど、肩が空いてますっていってるのよ!」
ど、どういうことだろう?
どうしてこんな切羽詰まった状況でこの人はこんなにふざけているのだろう。
こんな時まで冗談は止めてほしい。
もしかしてかなり場慣れしてたりするのかな?
こんな状況は日常茶飯事……みたいな?
と、とりあえず我無のところに行かないといけないから……。
「じゃ、じゃあ、その肩?を使わせてもらいますね?」
「許可制じゃないわよ! さっさと使いなさい」
こうして私はフォルナの肩に寄りかかって、二人三脚で我無のところまで急いだ。
———
(あーやばい。これじわじわ死ぬやつだー)
床に半目でよだれを垂らしながら俺は思った。
目の前で勝利を確信したアクネスが俺を無視してて金を袋に入れ始めた時点で俺は察した。
これ、放置プレイだ。
まのっぺが暴れているのか、この建物は崩壊寸前。
とんでもない揺れが起き、天井が崩れ出している。
このままじゃ出血死するか、まのっぺのせいで瓦礫に潰されて死ぬかのどちらかだ。
「あなた、先ほど後味がどうとか言ってましたよね」
狼男は袋にせっせと大量の金貨を詰めている。
逃げる気満々だ。
「私もあなたを殺して夢に出てこられるのは嫌なので、このままほっとくことにしておきます。残酷かもしれませんがそれが人生。受け止めてください」
(くそぉ、もう身体に力が入らねぇ)
かなりの量の血を垂れ流した俺は身体から熱が奪われるのを感じつつ、すぐそばまで近づいた死に首を横に振り、もう少しだけ待ってくれと嘆願した。
もう少し待てば……きっとあいつが……。
「我無!! 助けに来たわよ!!」
「我無さん無事ですかって——————えッ!?!?」
驚愕した顔のミナと目線があった。
「たす…………タスケテェ……」
「『ホーリーエクスリカバリーー!!!!』」
フォルナの肩にしがみついたミナが俺に魔法をかけると俺の腕はみるみるうちに断面から生えてきた。
復活も復活。
大復活だ。
(これが聖女の力ってやつかああ!!)
復活した俺は駆け出すと、すぐに丸盾を拾って装備した。
そしてアクネスへと全速で向かう。
「リベンジだぜえええええええ!!」
「我無!! 止まらずにそのまま突っ込んでください!!」
ミナの言葉を信じて俺は透明の鎖を無視して突っ込んだ。
「本当に馬鹿ですねええええ!!」
鎖が俺の身体に絡みつき奴は横デスローリング、俺の身体は真っ二つに……
なった。
が、
瞬時にくっついた!
「なにッ———!?」
「ははははは! おい! こりゃ最強だぜえええええ!!」
「ふざけるなあ!!」
奴の鎖は赤い熱を帯び出し、その軌道にあるものすべてを真っ二つにし始めた。
だが俺は止まらない。
なぜなら、もう止まる理由はないからだ!!
「うらああああああ!!!!」
奴の鎖が俺の身体を通過する。
そのたびに血しぶきが溢れ、俺の身体は二つに分離する。
が、瞬時にその傷はくっつく。
「喰らええええええええ!! ホローガウジィィィィ!!!」
奴の四本の鎖の攻撃を全て受け止め、切り刻まれながらも俺は進んだ。
「クソッ、ここまでとは!! ウォーターボール!!」
が、巨大な水の塊が出現。
飛び上がった俺は突如現れたそれに飲み込まれてしまった。
「はははッ!! 商売は水物ですからねええ!! 臨機応変に対応することが大事なんですよおおお!! さあ、この中でも回復させられますか? もし、蘇生できたととしても彼はひたすら窒息死を繰り返すだけですよ!!」
奴は勝利を確信した眼をミナに向け興奮しながら語った。
「がっ我無……私は……」
ミナの表情が怯む。
水の塊の中に閉じ込めれた俺はもう身動きがとれない、呼吸もできない。
だが!!
チラリと見えた。
あいつの角が!!
『ぐぼぼぼぼ。まのっべえええええええええ!!!!』
「ボスゥゥ!!!! 貫通咆!!!!」
どこからともなく発射された極太ビームが俺の左半身ごと水の塊を吹き飛ばした。
「喰らええええええ!!」
「ちょ、待てッ———!!!!」
【スキルナンバー0005】
「ヘルファイアァァァァッフィストォォォッッ!!!!」
直後、周囲に舞った水分はジュワッと一瞬にして蒸発。
俺はその熱気を拳に宿し、地獄の業火で目の前のアクネスを殴り飛ばした。
「グハアァァァ———ッ!?!?!?」
俺の拳が触れるまでもなく、奴の体はその熱に耐えきれずに周囲の水と共に体毛ごと蒸発。
そして跡形もなく消し炭になった。
「はあ、はあ、はあ」
俺はビリビリに破けた服を触りながら、五体満足であることを確認。
そしてこちらに笑顔を向けるミナの顔を見た。
「がむっ……」
(声がでません)
「あっ我無!!」
倒れた俺をミナが走って受け止めた。
「本当にあなたは馬鹿です。変態ですよ……こんな服じゃ……うっ」
涙を流すミナ。
彼女の頬から落ちた涙は下にいる俺の頬をつたい、俺の唇に触れた。
「あ、しょっぱ……」
「はははっ。本当に変態ですね……はい。聖女の涙もしょっぱいです!」
崩れ落ちる瓦礫の中、彼女の目からこぼれた涙に救われるように、俺はその場で意識を失った。
復讐の味はスッキリとした塩味だった。




