第16話 俺の罪を……数えろッ
教会の扉を両手で開け中に入った。
ステンドグラスがあるが、光量が少なすぎてその幻想感は微々たるものだった。
天井には大きな鐘がぶら下がっている。
「が、がむ? 私なんだか身体がヒリヒリするから中にはいるのはやめておくわ」
後ろにいたフォルナがそう言った。
そういえばこいつ悪魔だった。
神聖な空間とは相性が悪いのだろう。
「ああいいぞ。くれぐれも、大人しくしてろよ、な?」
「わかってるわ」
依頼で来たのはいいものの、なんだかこんな教会で大声出して依頼主を呼ぶのもどうかと思ってしまう。
「とりあえず座るか」
俺たち三人は横並びに長椅子に座ると、誰か来るまで少しの間時間を潰すことにした。
時間ならある。
ゆっくり待とう。
「そういえばクノス、この世界の神は龍族に殺されたんだよな? それでもまだこんな教会が残ってるもんなんだな」
神が殺されたのならばその信仰は殺した龍族に移りそうなものだがどうなんだろう。
「確かに史実ではそういうことになっている。しかし、そんな大昔のこと確かめようもないだろ? それに、信者の中にはいつか神が復活すると考えている者もいるらしい。あと、天使と悪魔は実在するからな。聖都の方では何人もの天使が未だに神の教えを説いて回ってるとか。まあ、その教えはバラバラらしいが」
なるほど。神は死んでも天使は生き残ってる。
だからその神聖力は失われていないわけだ。
で、生き残った天使の間で神の教えに対する解釈違いみたいのが起きてるんだろうな。
俺の世界の厄介ファンみたいに。
それをそのまま下界の人間に教え回ってるってことか。
「そうです。その教えの内容は天使によってバラバラです。ほんとにデタラメですよ! 自分の信じるものくらい自分で一本決めるべきです! 人から説かれるのではなく、自ら見つけ出すべきです!! そうは思いませんか!ボス!!」
「そうだな。そう、だな……」
至極真っ当な意見ではある。
あるのだが……。
色々とツッコみたい気持ちがしないでもなかった。
言ってることそれ自体は間違っていないような気がしたのでやめておこう。
(だけどおまえ、お前の場合信じてるものが人としてまずいのよ。なんか他にもっとなかったのかよ。それ勇者の教えじゃなくて盗賊の教えなのよ)
彼女にとっての教義が書かれた本を誇らしく足をブラブラさせながら読むまのっぺを見てそう思った。
「教会で天使様の悪口とは感心しません」
突如、聞こえてきた声。
その声はステンドグラスを背にして現れた彼女から発せられていた。
真っ黒のストッキングにスカート。
白と黒を基調とした服装と、フードが見えるがそれを頭には被っていない。
薄い桃色の髪に、琥珀色の瞳、神が遣わした天使だと言われてもおかしくない程の神聖さを纏っているように感じる。
胸は……貧相だった。
そんな彼女はこの世界での修道女的な立場なのだろうが、ラフな着こなしをしている。
それが彼女の美貌と見事なコントラストとなって、より一層彼女の存在感を高めていた。
「すいません。でも、僕らはここに懺悔しに来たわけじゃないんですよ」
さらっと謝ると、俺は本題に入ろうとする。
が、
「ここに来る人はみんなそう言いますよ。懺悔しに来たわけじゃない。悪いことなんてしていないって。ですが、身体は正直です。なにか悪いことをしてしまった。でもそれは大きな教会に行って懺悔するほどのことでもない。もしくは、大きな教会で懺悔するのが恥ずかしい。だからこんな弱小教会に足を運ぶんですよ」
うーん。
なんだか、俺たちがここに懺悔しに来たと勘違いしているみたいだ。
「わっ、私はその神とやらに誓ってやましいことなんかしてない……から! やましい本も持っていないし、やましいこともしていないっ!」
急にクノスが自白を始めた。
ちょっと待ってよ。
まだ修道女さん、『あなたやましいことをしていますね?』って聞いてすらいないんですけど。
自意識過剰すぎんだろこのむっつり魔剣士。
っていうかこの人焦るとたまに素の口調が出るな。
「私も悪いことなんてしてないです。そもそも神なんて信じていません。私が信じるのはこの本に書かれていることとボスだけです。いじょうっ!!」
まのっぺは修道女の顔すら見ずに、本に目を落としたままそう答えた。
あれで悪いことしてないならお前にとっての悪いことって一体なんなんだ。
「あなた達、教会に来ておきながら随分な物言いですね。まあたまにこういう人もいるので別にいいですが。救われる気がないならさっさと帰ってください。それでは、中央に座るそこのあなた。あなたはお仲間さんと違って何かあるのでしょう?」
彼女は俺の瞳を見ると首を傾けてそう言った。
「俺の……罪……?」
こんな機会滅多にないので俺は真面目に自省してみた。
(セエレのスカートをめくってパンツを見たこと? いや、違うな。あれは俺もやりたくてやったわけじゃない。あっちが仕掛けてきたから仕方なくやったんだ。それなら、元名家のお嬢様魔剣士に官能小説を勧めてむっつり魔剣士に進化させたこと? いやでも、あれは別に勧めたわけじゃないし、完全な不可抗力だ。こいつは生まれながらにしてこういう素質を持ってたんだ仕方がない。俺はそれを気づかせただけ。じゃあ実はこっそりフォルナの食費配分券をバレないだろうと思ってくすねていたことか? いや、でも実際バレてないし、これからもバレないだろうから問題ないか。うーん?)
俺は何度も自省を繰り返すが、これといった罪が思いつかなかった。
俺はまったくの潔白だったのだ。
白の中の白。
だから。
ここで罪を作ってみることにした!
「ウィンド」
俺はセエレに言われた通り感覚にすべてを任せウィンドを放った。
するとどうだろう。
俺の掌から放出された風が目の前にいる修道女のスカートをひらりめくった。
以前にも増して微調整ができているような気がする。
バサッって全部めくれるのは俺は好きじゃない。
ギリギリ、ギリギリのラインを攻めるのが好きなんだ。
「おぉ~、純黒かー」
見えたのは以外にも真っ黒いショーツだった。
え?なんでいきなりそんなことしたのかって?
だってここ教会なんだろ?
ここに来たら懺悔しなきゃいけないんだろ?
俺は罪を持っていなかった。
だからわざとここで罪を作って懺悔できるようにしたってわけ。
これはわざとだよ。
決して本能的にやったわけじゃない。
「は? は? は?」
修道女さんの頭がフリーズしてる。
「が、我無、お、お前……」
「やっぱりボスです!! 天使のお膝元の教会で、まさに神をも恐れぬしょぎょうです!! 流石です!! 流石ですよ!!」
クノスとまのっぺ、それぞれから意見をもらうと。
「さあ修道女さん。俺の罪を……数えろ」
キリッ。
俺はそう言い放った。
すると……。
「お前ええええ、うちの孫に何してくれとんのじゃアアアアああああああ。ウィンドロルアップッ!!!」
「はぇ!? えぁ?」
風が俺の身体を持ち上げる。
突如現れた爺さんの風魔法に俺の身体は宙に浮かされ、
「おらああああああああああ!!」
「いだぇぁっ!?」
ゴ―――――ン。
物凄い勢いで天井にぶら下がる鐘に頭をぶつけられた。
そのまま俺は地面に落下。
ドンガラガッシャーン!!
そのまま意識を失った。
———
「だから私言いましたよね!! あんな依頼じゃまともな冒険者は受けてくれないって!!」
「で、でもミナちゃん。ミナちゃんは爺ちゃんにとって大事な孫であるからして……」
大声に目を覚ますと、俺は頬に伝わる懐かしい感触に安堵を覚える。
「ああ、サリナス様」
「サリナス様? 私はクノスだが」
目を開け上を見ると、クノスの端正な顔立ちが見えた。
十分美しいけど、サリナス様と比べると、
「なんだ、クノスか」
って感じ。
「なんだとはなんだ!!」
身体を起こした俺は身体の節々に痛みを感じていた。
(いってぇー、ちょっと調子乗りすぎたか……)
「おい! 貴様ぁ! 次に儂の孫、かわいいミナに手を出してみろ。命はないからな!!」
カジュアルな修道服を着た爺さんが血相を変えて俺を睨んだ。
「す、すいませんでした」
俺は素直に謝罪した。
ん?
今孫って言った?
ってことはもしかして……。
「我無、彼が今回の依頼主、この教会の牧師ローさんだ。そして、彼女が護衛対象のミナだ」
(やっべぇやらかしたー。これはやらかしたぞ)
「あのぉ、依頼キャンセルとかって、しません……よね?」
俺は恐る恐る牧師さんに確認した。
今回の件は完全に俺が悪い。
誰が裁くまでもなくギルティだ。
「あの、土下座でもなんでもするんで、キャンセルだけは……」
「ボス!! キャンセルなら私と一緒にゴールデンビートルの採取に———」
「ちょっと黙ってろ」
「キャンセルしたい。できるならば、したいところだが……」
ローさんはそのとても聖職者とは思えないゴツい拳を握りしめている。
「もういいですよ。彼らで」
ミナと呼ばれていた彼女が気だるげにそういった。
「しかし、ミナ! こんな男にお前を任せるなど———」
「そもそも、うちみたいな弱小教会の弱小聖女なんて誰も狙ってないって何回もいいましたよね? 護衛なんて必要ないんですよ!」
「しかし———」
「もう! この人たちに護衛をしてもらうのか、それとも依頼ごとキャンセルするのか決めてください!! 早く!!」
「うっ、うぅー」
孫の方が発言力は強いようだ。
歯噛みしながらロー爺さんは俺たちに言った。
「君たちに依頼を頼むことにします。明日からミナの学校への送り迎えの護衛をお願いします」
「それなら時間を教えてくれるか?」
早速クノスがローさんと二人で話している間、俺はこの状況を整理してみた。
ミナはこの教会の聖女で、ローさんは牧師。
二人はおじいちゃんと孫の関係で、この教会は弱小なのか資金繰りが上手くいっていない。
それでも孫が心配なロー爺さんが無い金出して、学校までの送り迎えの依頼を出した。
しかしミナはそれを快く思っていない。
護衛なんて必要ないと思っているようである。
んー。
よくあるすれ違いだな。
過保護すぎる愛情と思春期特有の素直になれない照れといったところか。
「それでは、明日の朝からお願いします。くれぐれも遅刻はしないように。一度でも遅刻をしたらその時点で依頼失敗とさせていただきますので」
ローさんが俺を睨みつけながら言った。
「わかりました。俺は我無です。明日からよろしくお願いします。ミナ」
俺は先程のことなどまるでなかったかのように彼女に挨拶をした。
なぜなら、なかったことになってほしかったからだ!
「我無……ですか。なかったことにしようとしてますけど、気持ち悪いです。普通に死んでください」
んー、なるほど。
好感度ゼロじゃなくてマイナススタートだわこれ。
まあ、全部俺が悪いんですけど。
でも俺は挫けない。
こんな罵倒じゃ挫けない。
「死んでも守りますのでご安心を、それでは」
ミナのゴミを見るような目から逃れるように、そう言い残して俺たちは教会を後にした。
教会から出るとフォルナと合流する。
「随分と時間がかかったわね。何かあったの?」
「色々とあったんだよ」
「まーた我無がなんかしたんじゃないの? もー程々にしなさいよね。悪魔なら許されるけど我無は悪魔じゃないんだから。ちなみに何があったのか聞いてもいいかしら?」
横並びになって夜の街道を歩く。
フォルナの質問に答えたのはクノスだった。
「ああ。我無が教会の聖女のスカートを魔法でめくって気絶させられた」
それを聞いてゴミを見る目を俺に向けるフォルナ。
俺はその辺に転がってる芽キャベツじゃないんだが。
「我無、やっぱりあなた。悪魔としては素晴らしく百点だけど、人間としては最底辺のゴミだわ。そしてあなたは人間よ」
「ほんっとすいませんでした」
はっきり言おう。
ぐうの音も出ない。
今回はフォルナが正しい。
俺はゴミだ。
だがやっちまったものはしょうがない、切り替えてこう。
ところで切り替えスイッチどこですかー?
「ボス! これからどうするんですか?どこかで宿でも探しますか?」
そんな話しはどうでもいいから早くご飯食べたい、といった顔でまのっぺが聞いてきた。
宿探すと言ってもね。
もうあなた達がお金ぜーんぶ使ったせいで宿代なんてないの。
「お金がない。屋敷に戻るぞ。マーク出てこい」
とりあえず屋敷に帰ろう。
そう思いマークを呼ぶと、彼はひょっこりと顔を出した。
俺のパンツから。
「あ、えっ!! 今までどこにマークがいるのかと思ってたけど、そんなところに収納されていたのかっ!? ずっとか! ずっといたの!?」
クノスが驚嘆の声を上げた。
セエレにマークを渡された俺は他に入れる場所もなかったのでパンツの中に入れておいたのだ。
いや、もちろんバッグを持ってたらその中に入れたけどね。
でも俺バッグなんかもってないし。
「我無様。大変窮屈でしたよこの中は! 次からはバッグかなにかに入れてもらえると助かります」
なんかマーク、ほっこりしてる。
「それならセエレにバッグ支給するよう言っといてくれ。こっちはもう金が無い」
「わかりました。それでは、屋敷への帰還ですね。セエレ様の転移魔法陣への道をお教えします。あ、その道を右でございます」
腰から肩まで登ってきたナビゲーターに案内され俺たちは裏路地へと入った。
「セエレはどこにでも転移魔法陣を刻んでるのか?」
目から光を発し、暗い路地を照らしてくれるマークに俺は質問した。
「はい。セエレ様は世界中、ありとあらゆる場所に転移魔法陣を刻んでおります。他の人間は使用できません。ですから、他人に乱用される危険はないのです」
「でも、近所のガキンチョとかがなんだこれっていって魔法陣ガシガシ削ることはあるよな?そしたら使えなくなるのか?」
「過去にそういったこともありました。そこでセエレ様はこのように……」
肩から降りたマークが路地の行き止まり部分へとトタトタと走っていく。
地面にマークが手をつくと、何もなかった場所から魔法陣が浮かび上がった。
「このようにセエレ様の魔力を流し込むことで、その姿を表す仕掛けを施したのです。私はセエレ様の魔力によって稼働しているので、このようなことができます。安全対策はばっちりというわけです」
へーそうなんだ。
俺たち四人と一体はその陣の上に乗り、マークによって稼働された転移魔法陣で屋敷へと転移した。
———
「ふぁぁ~」
風呂から出て自室に戻った俺は、明日の予定を確認していた。
とりあえず、朝は転移魔法陣で首都サナリアまで移動してそこでミナと合流。
そこからミナを学園まで護衛して……あれ?
そしたら学校が終わるまで暇だな。
それなら、首都サナリアかギルド都市サークルの観光でもするか。
それが終わったら、今度はミナを学園から教会まで護衛して、おしまい。
報酬に見合った簡単なお仕事だ。
報酬には護衛後の夕飯も書いてあったが、あの様子じゃたぶん夕飯は貰えないだろうな。
「我無? お風呂上がりの牛乳飲む?」
風呂から上がってきたのかタオルをその頭にのせたフォルナが火照った顔でそんなことを聞いてきた。
そういえば今日なにも食ってねぇ。
限界を迎えた腹の虫はいつの間にかストライキ状態になっていたようだ。
「クノスに渡してこい。あいつなにも食ってないから」
「我無も食べてないでしょう? クノスなら食堂で余り物もらってたから問題ないわ。ほら、こうやってこの私が気を利かせてるんだから、ありがたくいただきなさい」
「ありがとうございま———って、お前のせいで今日何も食えなかったんだろうが……」
「だから、こうやって牛乳あげようとしてるじゃないの」
「しかも……おま……これ……」
お前の飲みかけじゃねぇか!
もう半分も入ってねぇ。
「お前は悪魔だよ。本当に悪魔だ」
「あら、ありがとう。ほら、早く飲みなさい」
俺はその牛乳瓶をぐいっと飲み干すと、飛び込むようにベッドに入った。
「ねえ、我無?もう明かり消しても———」
「早く消せ」
そんな感じで俺はいつもより早く、明日に備え眠りにつくのだった。




