あるワームの生活 その6
・・・・体が揺れる。体の節々が痛いどうやら全身が筋肉痛のようだ。そして特に後頭部が痛い。鈍器か何かで殴られたような痛みだ。・・・殴られた?俺は確か野営地で皆としゃべっていて、それで・・・ッッ!!!
「うわああああああああああ!!!!」
コーギルが飛び起きるようにして目を覚ますとそこは洞窟内の簡易的な洞穴のようだった。広さは前の野営地の10分の1にも満たないような小さなスペースで大の大人二人がやっと入れる程度であった。
「っ!目が覚めたか!ここは安全だ、落ち着け。いいか?まずは深呼吸をしろ。ゆっくり、落ち着いて、冷静になるんだ。」
コーギルは首をかくかくうなずかせるとアルナスのいう通り、スーハースーハ―とゆっくりと深呼吸を繰り返した。
しばらく時間が過ぎ、コーギルがだいぶ落ち着き始めたのち、アルナスが現在にいたるまでの経緯を話し始めた。コーギル以外の隊員は全員死んでいたこと、グリードが時間を稼いでいるが長くはもちそうにないこと、現在の生存者はおそらくアルナスとコーギルの2人だけであるということを順を追って説明した。コーギルは静かに話を聞いていたが、しばらくすると、その目からは絶え間なく涙がこぼれはじめた。――
「――――よし、もう大丈夫です。出発しましょう。」
「・・・もういいのか?もう少し休んでいても大丈夫だぞ?」
「いえ、早く戻ってここで何があったのか報告しないと・・・それに、あの化け物、この洞窟の出口に連れていけなんて言ってやがった・・・もしかしたらこっちに来ているかもしれないんです。」
「なんだと!?なぜダンジョン内にいる魔物が外なんかに出ようとしているんだ!?」
「・・・多分、俺たちと出会っちまったからでしょう。あいつは最初言葉を喋れなかった。だが、殺した仲間の死体に触手を突っ込んだら、あの化け物はぺらぺらと人間の言葉を喋るようになったんですよ!信じられますか!?多分、その時に殺した奴の持っていた知識や記憶なんかをすべて吸収しちまったんだ・・・それで奴はこの暗がりの中だけが世界のすべてじゃないことを知っちまったんだ・・・くそっ!俺たちが奴と出会わなければ・・・いや、そもそもこんなダンジョンなんて発見されなければ・・・」
なにを馬鹿なことを・・・と、アルナスはその仮説を否定しようとした。だができなかった、あの時なぜ、初対面のはずの私とグリード様を知っていた?なぜほかの隊員は殺したのにコーギルだけは生かしたのか?といった疑問もこの仮説通りならすべて辻褄が合うのだ。
「・・・とにかく今はこの洞窟からの脱出に専念しよう。考えるのはそのあとでいい。」
「そうですね。とにかく今は生き残らないと、こんなところでくたばっちまうのはごめんだ。」
そうつぶやくと二人は小さな洞穴から出ると再び出口に向かって進みだした。
「照明類は予備のやつも含めて全部あの化け物の巣の中においてきてしまったから暗闇の中を進むことになる、コーギル、お前は私の肩に手をおけ、何があっても離すなよ、私が前方、お前は後方の警戒を頼む。」
「了解です、副隊長殿」
それから会話は一切なく、2人は黙々と来た道を引き返していった。
「とまれ、コーギル」
前方を歩いていたアルナスが立ち止まり、小声でそうつぶやいた。そして、前方を静かに指さす。
30mほど離れたところだろうか、3~4メートルほどの大きさの真っ黒な毛に覆われた巨大なクマが、2~3メートルほどはある巨大なクモを捕食している最中であった。
「・・・まじかよ、よりにもよってダンジョンベアーがいるなんてよ・・・」
ダンジョンベアーは文字通りダンジョンにいる巨大な熊だ。ダンジョン内で生活しているため視力が退化している代わりに鋭い聴力を持っており、わずかなを音にも敏感に反応することができる。ダンジョン内に生息する魔物の中でもトップクラスに危険な魔物だ。
「・・・・このまま正面から行くのは危険すぎる。右の道から迂回しよう。幸いあっちの道も出口につながっていたはずだ。」
「了解です。」
二人は音をたてないように慎重に迂回をし始めた。ダンジョンベアーは鋭い爪で巨大なクモの体を引き裂き夢中で捕食していた。時折聞こえる肉を引き裂く音と咀嚼音はダンジョンベアーに見つかってしまった時の自分たちの末路を容易に想像させた。
「Gyuwaaaa!」
「・・・ッしまった!」
もう少しで迂回ルートにたどり着けるところで突如、上から体長1メートルほどのクモが襲い掛かってきた。アルナスは冷静にクモの前脚をつかむとそのまま地面に叩きつけ、すばやく直剣でクモの腹を突き刺した。kyuuuu......とクモは小さく鳴くとそのまま動かなくなった。その直後、
「GUWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!」
巨大な咆哮が洞窟内を響き渡ったと思うとダンジョンベアーがすぐ目の前まで迫っていた。
「副隊長!!!」
コーギルが咄嗟にアルナスの前に出るとダンジョンベアーの鋭い爪の斬撃を直剣で受け止めた。
ガキイイインンン、と硬いもの同士がぶつかる甲高い音とともにコーギルは衝撃で横に吹き飛ばされた。
「ッッがはッッ」「コーギル!」
コーギルの心配をする暇もなく今度はこちらに鋭い爪が迫っていた。
直剣では間に合わないと判断したアルナスは体を丸めると両腕を組みガードの態勢をとった。恐らく両腕は使いものにならなくなるだろうが、足が生きていれば動くことはできる。コーギルは強い衝撃は受けているものの五体は満足なはずだ。あいつを生かすために時間くらいは稼がねば。そう思考しながらやがて来るであろう強い衝撃と痛みを待っていた。
しかし、いつまでたってもその時は来ず、恐る恐る目を開けると目の前のダンジョンベアーの体から何本もの黒い触手が突き刺さっていた。
ダンジョンベアーは何をされたのか分からず口を何回かパクパクさせると声を上げることもなく倒れた。
「・・・おい、人間とはこの程度の魔物も満足に倒せないほどにか弱いのか??」
薄暗がりから現れた黒い化け物は体中から何本もの触手を生やしながらこちらへ来ると、あきれるようにそう言った。