あるワームの生活 その4
「なっ!?」「こいつしゃべりやがった・・・」「まじかよ!?」
突如としてしゃべりだした黒い化け物に驚愕する騎士たち。
その声は男性の声にも女性の声にも聞こえ、頭の中に直接語り掛けてくるような、なんとも不思議な声であった。
「先ほど、貴様らの同族を少し調べさせてもらった。・・・非常に興味深いな、空気の振動を利用して声を出す生物は何度か狩る機会があったが、ここまで精密なのは貴様らの種族が初めてだ。」
クツクツと笑う黒い化け物に一人の騎士が恐る恐る尋ねる。
「な、なあ言葉がわかるんだったらもういいだろ・・・?頼む、俺たちを見逃してくれ・・・こんなとこで死にたくなんかないんだ・・・。」
「ん?・・・ほう、なるほど、高度な知性と文明を持っていても死に対する本能的な恐怖はそこらの生物と変わらないのか・・・。いいだろう、ただし条件がある。私をこの洞窟の出口まで案内しろ、そして貴様らがその頭部とやらに持つ情報をすべて私によこせ、ああ、あと最後に・・」
よかった、帰れる・・・ここにいる全員が極度の緊張から解放され肩の力を抜いたその刹那、
シュン
「・・・え?」
先程、黒い化け物に見逃してくれるようお願いをしていた男が恐る恐るあたりを見回すと自分以外の仲間が頭から黒い触手を生やして死んでいる光景が視界に広がっていた。
「・・・この洞窟から帰れるのは貴様だけだ」
「な・・・な・・・・」
男は絶句しながら地面に膝をついた。全身が震えだし、呼吸がままならない。下半身からは暖かいものがたれ流れてきた。なんてことを、と憤り剣を携え斬りかかる・・・などという考えはもとからあるはずがなく、男は黒い化け物の存在をただただ恐ろしいと感じた。
そんな男とは裏腹に黒い化け物は死体となった男たちの頭部を触手でいじり始め、
「ほう、貴様らの種族・・・人間は他の生物に名前を付け区別をするのか、言葉や、文字のような媒体が発展するとこのような・・やはり貴様らの種族にがぜん興味が湧いてきたなあ・・?」
「っひ・・」
異常だ。何なのだこの化け物は??何なのだこの知識の吸収速度は、こんなものが地上に出てしまったらいったいどうなってしまう??けど、俺もまだ死にたかねえよクソ!どうする?どうすればいい!?グリード様、早く助けに来てくれ!!
男はぐちゃぐちゃになった思考を落ち着かせようとするが極度の疲労と緊張によりひたすら短い呼吸を繰り返すばかりであった。
すると黒い化け物は突然触手を動かすのをやめ、入口に顔を向けると巨大な口をニイッ・・と歪ませ、
「・・・来たか」
と愉しげに嗤った。
「・・・・何者だ貴様」
野営地の入口に立ったグリードは油断なく自身の長年の愛武器であるハルバードを構え黒い化け物と相対した。
グリードは冷静に野営地の状況を確認する。上半身を失った死体が1つ、頭をするどい何かに貫かれた死体が10体転がっていた。焚火が数か所あるのみの薄暗いこの空洞の中ではこの化け物の全貌を完全に視認することはできなかった。
「ぐ、グリード様こっちに来ちゃだめだ!!こいつは正真正銘の化けも」「うるさいぞ」
何かを伝えようとした男はしかし、化け物の触手によってゴスンという鈍い音とともに後頭部を強打され地面に倒れた。
「コーギル!!」
「ずいぶんと遅かったようじゃないか、お仲間はこいつ以外全員殺してしまったよ。」
「な!?こいつ言葉を!?」
隣でアルナスが驚きの声を上げた。
「・・・なぜ殺した?言葉が通じるならほかにやりようはいくらでもあったじゃろうに」
「やりようね・・・魔物と見たら問答無用で殺しにかかってくるお前たちには言われたくないな。・・・それで、どうする?私としてはこの転がっているやつを見捨ててくれるなら見逃してあげてもいいけど?」
黒い化け物は口角を上げながら愉しそうに、そう提案してきた。
「ふん、あいにく化け物と交渉することなど何もないわ、貴様をぶち殺せばそれですべて解決じゃろ?」
「いいぞ、さすがは騎士団の団長にして最高峰の冒険者!その自信から見るに数々の修羅場を潜り抜けているようだな!」
こやつなぜ儂の肩書まで知っておる?人質を取るところから見るに本当に儂を強者だとみておるのか?いや、だとしたらあの言葉の余裕はなんだ?わからぬことだらけだがまずはコーギルの回収、そしてこの化け物の討伐を最優先にするのじゃ。
様々な疑問が浮かび上がる中、すぐさま今なすべきことを思考したグリードは隣のアルナスに向けて
「・・・アルナス、お前はコーギルを回収したらすぐに地上を目指せ、儂は化け物を引き付けておく、洞窟の入口付近で合流じゃ。ついてから半日立って儂が戻らんかったら二人で帰還しろ。よいな?」
「・・・は。グリード様、御武運を。」
「互いにな」
そういうとアルナスは長剣、グリードはハルバードを携え化け物の巣窟へと足を踏み込んだ。