第3輪 駒たちの処分②
ま、間に合った・・・
トーマスとガドルフは直哉を置いて、魔王城入口へ走っていた。
「早く!走ってください!」
先ほどまでいた3つ目の部屋と2つ目の部屋を抜け、1つ目の部屋にたどり着くとガドルフはトーマスに引かれていた腕を振り払う。
「一体どうしたんだ!手を離せ!何があったんだ、トーマス。1回落ち着け。勇者を置いていくにしても早すぎる。」
ガドルフは腕をさすりながら足を止める。
「立ち止まってはダメです!早くここから逃げなくては私たちは無駄死にするだけです!」
「だから何なんだよ。確かに勇者の様子はおかしかったが、尻尾巻いて逃げることはないだろ。それともなんだ、あの女はそんなにやばいのか。」
「そうです。私たちではどうしようもない相手です。だから・・・!」
(・・・そういえば、ガドルフさんは彼女を凝視していたのにも関わらず、平然としていますね。)
ふと、ガドルフが魅了されている可能性を考慮する。このまま後ろを走らせるのは危険だと判断して、トーマスも1度足を止めた。
「ところで、どうしてあなたは彼女に魅了されていないのですか?あんなにも睨んでいたではありませんか。」
「魅了?何のことはわからんが、別に睨んでいたわけでないぞ。見えなかったんだ。」
「見えなかった?どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。視界が霞んでいて、はっきり見えなかったんだよ。城に入る前に言っただろ。」
「・・・そういえばそんなことを言っていましたね。」
(何故こんなにも調子が悪いのでしょうか。確か、こちらに来てから症状が出始めていたはずです。疲労?それとも魔族領だけの風土病?いや、私にそういった症状はありません。彼と私の違いは・・・)
「いえ、とりあえず魅了されていなくて安心しました。では早くここを去りましょう。私たちはもう充分な情報を得ました。この情報を早く聖女様に届けなくてはなりません。」
「俺にはわからないが、トーマスが言うならそうなんだろう。よし、だったら早くこんなところから出るとするか。」
『それはできないかな。』
突然暗闇から女性の声が発せられる。
「誰だ!」
ガドルフはすぐさま腰に帯びていた剣を抜き、声の聞こえた方向に切っ先を向ける。警戒する2人と対照的に、闇の中から不敵な笑みを浮かべた中性的な顔立ちをした女性と、その後ろをついて歩くフリルのついた服を纏う幼い少女が現れる。
「何者だ、お前たちは。」
「失礼、私はナイト。君たちにわかりやすく言えば、四天王というやつだよ。第二席さ。ほら、お姫様。自己紹介の練習だよ。」
「・・・ココナ。四天王。第三席。」
ナイトの陰に隠れ、おずおずと名乗る。
「うん、よくできたね。偉いよ。」
ナイトがココナの頭を撫でると、ココナの強張っていた表情が緩み、気持ちよさそうな表情に変わる。
「こんな幼い子供が四天王だと?子供が四天王とは魔王軍は余ほど人材が足りないと見えるな。」
「あまり四天王を甘く見るのは褒められたことではないね、ガドルフくん、トーマスくん。」
「なっ!?何故私たちの名前を知っているのですか?」
「何故って、私たちはずっとこの部屋にいたのに、気づかずに話していたからね。悪いね、盗み聞きするつもりはなかったんだよ。」
(最初からこの部屋にいただと?まったく気配を感じなかったぞ・・・!)
2人は先ほどのナイトとココナの様子から緩ませていた警戒を再度引き締める。ガドルフはちらりとナイトの後ろにある魔王城の入り口を確認し、振り返ってトーマスと目くばせをする。トーマスがうなづき、意思の疎通を確認すると、ナイトへ向かって問いかける。
「そこを通してはくれないんだよな?」
「そうだね。ただで通してあげるつもりはないかな。」
「ならば、押し通るだけだ!」
言うな否やガドルフはナイトに向かって走り出し、勢いを乗せて剣を振り下ろす。それを最低限の動きで避けると、ココナを抱え上げ、ひょい、と後ろへジャンプする。
「お姫様、少し待ってくれるかな。」
「ナイト、私も闘うよ?」
「いいや、ダメだ。約束、覚えてるよね?」
「・・・うん、わかった。気を付けてね、ナイト。」
抱えていたココナを下ろし、少し不満げながらもおとなしく後方へ下がったのを確認すると、ナイトはガドルフたちに向き直る。
「待っていてくれるなんて優しいね。それじゃあ、続きと行こうか。」
対するガドルフは額に汗をにじませる。
(待っていた?冗談じゃない、こっちに背を向けていたのに隙なんか全くなかった。だが、外へと繋がる扉は四天王の後ろだ。なら俺が今しなきゃいけねえのは・・・!)
「うぉぉぉぉぉ!!」
ガドルフが大声を上げながらナイトに切りかかる。
1回、2回、3回・・・、10回にも及ぶ剣戟は全てナイトを捉えることなく空を切る。
「ナイト~!頑張れ~!」
その後ろではココナが何処からか取り出したナイトを模した『がんばれナイトちゃん人形(サキュア作)』を胸に抱えて応援している。抱えられた『がんばれナイトちゃん人形』も眼がキリッとしていて心なしかやる気に満ちているように見える。ナイトはそんなココナをちらりと見てにこっと微笑みかけた後、ガドルフに話しかける。
「遅いね。それではいつまで経っても当たらないよ。」
「くそっ!これが四天王第二席の実力というわけか!だが、これならどうだ!」
ガドルフが軍用魔導器を起動させると、魔導器に装着された火の魔石が紅く光を放つ。すると、ガドルフの体がわずかに紅い光を帯び、心臓が強く鼓動する。
「はぁぁぁ、行くぞ!四天王!」
剣を上段に構え、力任せに振り下ろすと、室内に高い金属音が鳴り響く。
「さっきまでよりはまともになったね。けれど、その程度では僕には届かないよ。」
ナイトは左手に逆手で持ったマインゴーシュで軽々と受け止める。
「これを片手でだと!?・・・だが、今だ、トーマス!」
ガドルフの後方には、練り上げた水色の魔力を纏い、詠唱をするトーマスがいた。
「大いなる水よ、我が意思に代わりて敵を打ち砕け!水球!」
水を圧縮した巨大な水球がトーマスの頭上に浮かび、ナイトに向かって蛇行する軌道を描いて勢いよく飛んでいく。水の初級魔導だ。
「人間でこれほどの速さで魔法が使えるとは珍しいね。」
「魔法ではありません!魔導です!」
「どちらでもいいよ!」
ナイトは自分に向かってくる水球を空いている右腕で薙ぎ払う。撃ち落された水球は普通の水に戻り、ナイトとガドルフに降りかかる。水球によって歪むナイトの視界の向こうに、水色のまばゆい光を捉える。
「行け!トーマス!」
ナイトの視界を奪った一瞬の隙に軍用魔導器を起動させたトーマスはナイトの横を全力で駆け抜ける。トーマスはそのまま魔王城の扉を押し開くと、一度も振り返ることなくランジア王国へ続く道へ走り出した。
「自分を犠牲に仲間を逃がすなんて、今までの勇者たちとは違うね。『他の人はどうなってもいいから自分だけ助けてくれ』なんて命乞いをするのが常なのに、君はどうやら違うみたいだね。それとも何か別の狙いがあるのかな?」
「なんてことはない、別にトーマスを助けるためなんかじゃねえさ。命を懸けるだけの価値が、約束があるんだよ。」
トーマスはナイトに向き直る。2つの約束を果たすために。
妻と出会ったのは当時地方の一衛兵に過ぎなかった頃だった。
魔族領だけでなく、ランジア帝国にも魔物は現れる。ただ魔族領にいる魔物とは比べる必要もないくらい弱い、獣が魔物化した『魔獣』くらいだ。ただそれは魔物に比べての強さの話であって、ガドルフたち人間にすれば魔獣だって充分な脅威だ。
そんな魔獣に帝都付近で商人の馬車が襲われているとの報せが届いたのは、ガドルフがまだ王都の衛兵ではなく、地方の街の衛兵をしていた頃だった。
その街は田舎であったが、王都と遠方と繋ぐ中継地点となる街であったため、農作物や特産品を積んだ商人たちの往来が多く、それなりに栄えた街だった。特になりたいものなどなく、街の衛兵だった父親の口利きで衛兵になった。そんな理由で衛兵になったわけだが、ガドルフ本人にとっても意外なことに性に合っていて、特に人助けは衛兵という職のやりがいを感じた。ただ、日頃の訓練は面倒だった。
なんてことのないある日の午後。ガドルフは駐屯所で仕事をさぼって昼寝をしていると、訓練から慌てて戻って来た同僚に起こされた。どうやら商隊が魔獣に襲われたようで、急いで装備一式を身に着けて現場へ駆け付けると、馬は食い殺され、護衛だと思われる冒険者が魔獣と戦っているところだった。
「きゃーーーーーーーーーー!!!」
悲鳴が聞こえた方を見やると、魔獣が女性へ鋭い爪を振り上げていた。護衛の冒険者はそれぞれ別の魔獣と交戦中で、同僚も他の魔獣への対処で助けに入れそうにない。
「間に、合えっ!」
支給されたばかりの軍用魔導器を起動させると、全身の筋肉が発達したかのような力が沸き上がる。慣れない力に違和感を抱きながらも、両足で地面を強く蹴って彼我の距離を瞬時に詰める。自分の剣の腕では物語のように抜剣しながら間に入ることなんて無理なことはわかっていたため、魔獣にスピードより一層加速して体当たりをする。
「ゴホッゴホッ!っっつうぅぅ!!こりゃあ何本か折れたか・・・。」
予想以上の反動に体が悲鳴を悲鳴を上げていた。冷たい地面から気合で身を起こす。どうやら間一髪間に合ったらしく、女性に目立った外傷は無かった。
ほっとしたのも束の間、視界の端で魔獣が起き上がったのが見えた。振り向いてこちら睨みつける眼差しは怒りに満ちていた。
「おいおい、勘弁してくれよ。こっちは利き腕が折れてるんだ。」
腰の左側に下げた鞘から左手で悪党苦戦しながら引き抜く。ぶらりと垂れ下がった右腕は使い物にならなく、左腕一本で剣を魔獣へ向ける。
「ぐるらぉぉらぁぁぁぁ! 」
魔獣は後ろ足で地面を何度も蹴り上げながら上体を低くして突撃体制を取ると、咆哮をあげながらガドルフへ突っ込んだ。魔獣の突進を受けきれるはずもなく、ガドルフは背中から地面へ倒れ込んだ。
「衛兵さん!」
助けられた女性の悲痛な叫びが響く。魔獣がのしかかった下から大量の血が溢れ出し、周囲には赤い血溜まりが拡がった。
「そんな・・・。」
自分を助けるために亡くなった名も知らぬ衛兵へ罪悪感と再度襲われる恐怖から、女性は魔獣から目を離せない。すると、様子がおかしいことに気が付いた。
魔獣が動かない。衛兵にのしかかったまま、ピクリとも微動だにしない。いや、目を凝らすと少し震えているようだった。恐る恐る近寄ると、急に魔獣が横に倒れ込んだ。
「ゴホッゴホッ!まさか陸地で溺れ死にそうになるとはな。」
全身血塗れで口に含んだ血をペッペッと吐き出すのはガドルフだった。顔にまみれた血を手で拭い、隣で横たわった魔獣を見やると、丁度心臓の辺りにガドルフの剣が刺さっていた。咄嗟に魔獣の胸の辺りに切っ先を向けたのが功を奏したようだ。利き腕が使えない以上そうする他無かったのだが、賭けには違いなく、一歩間違えば死んでいたのは自分だっただろう。
死と隣り合わせだったことへの実感が今さら沸き上がり、背筋が冷たくなる。そんな冷たさを癒すようにガドルフは温もりに包まれた。先程助けた女性がガドルフを強く抱きついた。
「よかった!衛兵さんが生きててよかったぁ!」
「お、おい!どうしたんだ。」
「だって私のせいで死んじゃったかと思ったんだもん!」
「『だもん』ってあんたいくつだよ。てかいい加減離れろ!あんたまで血塗れだろうが!・・・お前らも面白がってないで助けてくれ!」
周囲を見渡せば冒険者や衛兵、それだけではなく女性の家族だろうか、こちらをニヤニヤと意味ありげに見ていた。周りには魔獣が転がっているので、討伐は済んだようだった。ガドルフは自分に抱き着いたままわんわん泣きじゃくるこの年齢不相応な女性をどうしようかと空を見上げた。
それからガドルフはその女性、アンナと世帯を持つことになった。ほどなくして一人娘のミナが生まれ、守るべきものが出来た生活は何物にも代えられない幸せな日々だった。
ただ、生活は苦しかった。ランジア帝国全土にわたる不作のせいで、ぎりぎりの生活が続いた。年々高騰する食料に、一衛兵の給料では食っていけなくなるだろうことは明らかだった。このままではミナに満足な食事を与えられなくなる。そう判断したガドルフはアンナと相談の末、帝都へ移ることにした。ランジア帝国で生産された帝都に集められる。そのため田舎でも貿易の中心である今いる街よりも帝都の方が安くなるようになっていた。
だから、帝都の衛兵への鞍替えをした。給金も帝都の方が高く、他の衛兵も同じような事情で帝都の衛兵になっているようだった。
家族ができると以前はさぼっていたばかりの訓練も真面目に打ち込めた。帝都は噂よりも治安はよかったが、不気味だった。昨日立ち話をした住民が翌日に消えるなんてことは日常茶飯事だった。手がかかりもつかめず、家族を守るためにより一層熱心に職務に取り組んだ。そのおかげか階級が一つ上の兵士長へ昇格できた。
帰れば愛する妻と娘が笑顔で出迎えてくれる。そんな当たり前の幸せが続くはずだった。
その日は突然来た。王命で魔王討伐の旅に同行することになった。勇者と共に魔王討伐へ向かった奴は誰一人として生きて帰ったことは無い。行けば死ぬことはわかっていた。だが、行かなければアンナとミナが危険にさらされる。選択肢は無かった。
代わりに一つの約束をした。無理を承知でアンナとミナの生活の保証を願い出ると、拍子抜けなことにすんなり受け入れられた。
そしてもう一つの約束は・・・
自分に抱き着き泣きじゃくる娘と、泣き顔を見せまいと必死に笑顔を見せる妻に見送られた出立の日を、自分の両肩にかかる家族の未来を込めて、剣の柄に強く握った。
「『必ず帰る』って約束したんでな。トーマスには先に帰る準備をしてもらわねばならないんだよ。」
「良い眼だ。・・・はぁ、これからすることを思うと気が重たいね。」
「見逃してくれるってのならそうしてくれてもいいんだぜ。」
嫌々と言わんばかりにため息をつくナイトに、ガドルフは鼻を鳴らす。
「それは無理な相談だ。僕たち四天王のことを今のランジア帝国に知らせるわけにはいかないんだ。君もわかってるだろう。だから悪いけど君の旅はここが終点だよ。」
「そうかい!だったらあんたを倒してトーマスに追いつくだけだ!」
言うや否や、ガドルフは再度ナイトに切りかかり、ガドルフの剣は低い風切り音を鳴らす。しかしその刃はナイトのマインゴーシュで受け流されるばかりだ。
「くそっ!当たりさえすれば!」
「ならやってみるといいよ。」
そう言うとナイトは左腕を下げて構えを解く。
「なんの真似だか知らんが、あまり舐めるなよ。これでも一発で兵士長に抜擢されたんだからな!」
ガドルフは両手で握った剣を左後方へ引くと、大きく踏み込みながら横なぎに振るい、ナイトの左腕を確かに捉える。
「なっ!」
ガドルフの渾身の一振りは、まるで大木に打ち付けているかのような痺れを腕にもたらすだけだった。ナイトの服に一筋の切れ目を入れただけで、ナイト自身には傷ひとつ付けられずにガドルフは驚愕に目を見開く。
「相当の覚悟をしてきたのは伝わってきたさ。魔導器の質も悪くない。人間にしては十分な強さだ。でもね、僕は『四天王』だ。格が違うんだよ。」
「困ったな、今のは俺の全力だったんだがな。だったらこれでどうだ!うぉぉぉぉぉぉ!」
ガドルフは腕にはめた軍用魔導器に手を伸ばして操作すると、魔導器にはめられた魔石が激しく輝きだした。ガドルフの身体も淡く赤く光を纏い、体中の血管が強く鼓動を打つ。
「はぁはぁはぁはぁ・・・、さっきまでの俺とは違うぞ。これなら・・・・・・うっ!」
突然ガドルフは呻くと手から剣が零れ落ち、部屋の中にカランと高い音が反響する。
「な、なんだ、体が熱い・・・いや、痛い!うあぁぁぁあぁぁぁぁ!」
苦しみだしたガドルフの体から紅い魔力が炎のように吹き出すと、ガドルフは痛みに耐えきれず膝から崩れ落ちる。
「思っていたより早かったね。」
「な・・・何をした!?」
「私は何もしていないよ。ただ、こうなるまで待ってくれって頼まれていたんだ。」
「な、なにを言って・・・あぁぁぁああぁあぁ!!!」
まるで体の内側から焼かれるような痛み苦し悶えるガドルフのもとへ、ナイトは歩きよる。
「もう充分だ。君は頑張った。だから今、楽にしてあげるよ。」
そう言うとナイトはガドルフの心臓にマインゴーシュを突き刺す。
「ごぷっ。」
刺された胸から大量の血が溢れだし、咳とともに吐血する。胸と口から血を吹き出しながら、ガドルフは最期の力の力を振り絞り、魔王城の入り口から差し込む光に手を伸ばす。
「アンナ・・・・ミナ・・・・。」
(すまない・・・約束は果たせそうない。)
ガドルフは最期に愛する妻と娘の名を呼ぶと、その伸ばした手は血だまりに落ち、2度と動くことは無かった。
「どうして君たちはいつもその優しさを他の誰かに向けることができないんだろうね。」
ナイトはガドルフの胸からマインゴーシュを引き抜くと、駆け寄るココアのもとへ歩き出した。
どうしてこうなったんだ・・・!
「魔王軍幹部は百合だらけっ!!」は初期構想では、可愛い女の子たちの百合を中心にした尊い優しい世界を描いた作品でした。誰も傷つかず、誰も哀しまず、書いている私も読んでくださっている読者の方々もみんな笑顔になれる作品の予定でした。
改めて言わせてもらいましょう。
どうしてこうなったんだ!?