第3輪 約束の果て①
「第3輪 駒たちの処分」から「第5輪 勇者召喚」は少し内容がえぐいです。
苦手な方は「第一章 第7輪 恋は『盲目』と言うけれど、度が過ぎれば『耄碌』と同じ」をお待ちください。
扉を押し開くと行く先に見えたのは、奥に佇む人影へ歩き出す勇者の後ろ姿だった。直哉の後ろのドアが独りでに閉まりだしぴったりと閉じると、直哉の姿は見えなくなった。
2人は全速力で2つ目の部屋を駆け抜け、3つ目の部屋へ続く扉にたどり着く。ガドルフが腰を入れて扉を開くと、部屋の奥には1人の女性がこちら側を向いて立ち、直哉は部屋の中心部辺りで立ち尽くしていた。
「勇者!無事か!?」
ガドルフが叫ぶ。しかし、直哉はなんの反応も見せないまま、1歩ずつゆっくり、ゆっくり歩いていく。
「聞こえないのか!ちっ、仕方ねぇ!」
ガドルフが抜剣し、前方の女性に注意を払いながら、直哉のもとに駆け寄る。それでも直哉は、1歩、数秒停止して、1歩を繰り返し歩いて行く。
「おいどうした勇者!?」
ガドルフが直哉の肩に手を掛けて強く揺する。すると、直哉は歩くのを止め、初めてガドルフに気付いたかのように振り返る。その眼には激しい怒りに満ちており、直哉は突然ガドルフの腕を強く握り振り払うと、振り向きざまにその腹を蹴り飛ばす。
「がぁっはっ!お前・・・何しやがる・・・!」
腹を抑えながら苦しむガドルフに駆け寄るトーマスごと睨み付ける直哉は、鬼の形相で叫ぶ。
「俺の邪魔を・・・俺の邪魔をするな!この女は俺のだ!俺から奪おうってんだろう!誰にも、誰にも渡さねえ!邪魔する奴は全員殺す!ぶっ殺してやる!」
「お前・・・何を言って・・・ゴホッ、ゴホッ。」
「大丈夫ですか、ガドルフさん!?何をしているんですか!?勇者様!?」
「黙れ黙れ黙れ!俺の、俺のもんだ!やっと手に入れたんだ!邪魔を、邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
直哉が2人の方へ薙ぐように腕を振るうと、炎の壁が3人の間に立ちはだかる。
「なっ!お前、魔導は苦手だったんじゃなかったのか!いや、これはっ!」
「『祝詞』を挙げていません!これは魔法です!」
トーマスは魔王城に来るまでの魔王軍との戦闘を思い出す。
(彼は道中の戦いでは魔導を積極的に使おうとしませんでした。異世界から来た彼は魔導に触れたことがないせいで自らの属性の火の魔導をうまく扱えず、魔導を使用すれば時に暴発、時には自分で火傷をする。だからこそ、彼は魔導を使わずに直接体を使った攻撃手法を好んでいました。なのに、今の彼は魔導どころか魔法を使いこなしている!)
「あらあらぁ、なんだか暑くなってきちゃったわね~」
炎の壁が部屋を明るく照らし、奥の女性の姿が映し出される。艶のある髪は、見つめていると吸い込まれてしまいそうな少し紫を帯びた夜のような色を帯び、すべての女性の憧れを体現したような魅惑的なスタイルをしている。目尻の泣きボクロが相対したものの視線を釘づけていた。
「あ、あの女性は!まさか!ありえません!」
トーマスはサキュアを視認してすぐに視線を外す。心臓は激しく高鳴り、瞼には一瞬見ただけのサキュアの姿が焼き付いていた。まるでハンマーで頭をガツンと殴られたような衝撃が理性を揺るがし、トーマスは必死に自分を保つために唇を噛みしめる。嚙み締めた唇からは鮮やかな血が流れ出た。
(馬鹿な、ありえません!あり得るはずはない!忘れるはずがない・・・。あの日、10年前に初めて見かけたあの日以来、忘れたことはありません。王国中の男性の心を奪い、虜にした姿は今でも鮮明に覚えています。しかし、彼女は確かにあの日に死んだはず!?)
「あらぁ?私を見ても平気な人間なんて珍しいわぁ。一度どこかで会ったことがあったかしら?それにあなたもどうして〈魅了〉にかからないのかしら~?。」
サキュアは頬に手を当て、不思議そうに首をかしげる。その視線の先には腹を抑えてうずくまりながら、サキュアを睨みつけているガドルフがいた。トーマスはそんなガドルフを起き上がらせると袖を掴み、もと来た道へ走り出した。
「お、おい!トーマス!逃げるにしてもまだ何も分かってな・・・」
「充分です!彼女には私たちでは絶対に勝てません!いや、勇者もこれから来るであろう異世界人でさえも勝てないんです!!」
小さくなる2人の背中を少し驚いたようにサキュアは見送っていた。
「えっ~と、逃げられちゃったかしら?今までも逃げようとした子たちがいたけれど、こんなに早くに逃げた子達は初めてだわぁ~。困っちゃったわね~。」
言葉とは裏腹にあまり困った様子はないサキュア。
(でも、あっちにはナイトちゃんがいるから大丈夫ね~。だから私は・・・)
「ハハハハハッ、あいつら逃げやがった。だが、邪魔な奴らはいなくなった。今行くぞ、今すぐ俺のものにしてやる。やっと夢が叶うんだ。」
直哉がゆっくりとサキュアに向かって再び歩き出す。だが、次第に直哉の体に異変が現れ始めた。1歩ずつ歩みを進めるごとに、肌の潤いは失われかさつき始め、髪も白髪が混じり始める。若々しく健康的な肉体は見る見るうちに衰えだし、棒のように細くなってしまった足でふらつきながら歩く。1歩、また1歩、歩きサキュアに近づいていくほどに老衰していき、彼は死に近づいていった。
「俺のだ・・・。誰にも渡さねえ・・・。」
焦点の定まらない眼でサキュアを見つめ、うわごとの様に繰り返す。サキュアを求めるように両腕を前に突き出して歩き続けていたが、自重を支えきれなくなった体はついに前のみりに倒れこんだ。
直哉の脳裏には走馬灯のように過去の記憶が浮かび上がっていた。ほんの一週間前までの仲間と遊んで過ごした日々。サツだろうと臆せずに殴りかかる兄貴に憧れて不良グループに入ったあの日。
学校を停学になっても充実した日常だった。ただひとつだけ未練があった。
兄貴が気に入った女は兄貴の物だった。初めてできた彼女だって兄貴に取られた。だから自分の女が欲しかった。だから願った。ランジアの王と約束した。魔王を殺した暁には『王国中の女を自由にしていい』、と。
「お・・・れの・・・だ・・・。俺の・・・女・・・なん・・・だ・・・。」
それでも直哉はやせ細った腕で、最後の力を振り絞りサキュアへと近づいていく。
「俺・・・が・・・ずっと・・・理想の・・・。」
その言葉を最後に、サキュアの5歩先の場所で直哉の鼓動は止まり、短い人生は終わりを告げた。そこには魔王城に来た時とは変わり果てた老人の姿あるだけだった。サキュアは遺体に近づくと開いたままの目を、手で閉じて告げる。
「おやすみなさい。次はもっといい夢を見るのよ。」
〈生命吸収〉。サキュバスが使う特殊技能〈精気吸収〉の最上位互換であり、サキュアのみが扱える特殊技能である。
通常サキュバスは相手を魅了して性行為を媒介とし、相手の精気を吸収する種族であるが、サキュアは自分に魅力を感じる相手を魅了して視線を交差するだけで相手の生命を刈り取ることができる。
サキュアは魔王軍四天王第一席としてリリィに降りかかる火の粉を、この能力で振り払うのである。
「全然百合じゃないじゃないか!?タイトル詐欺じゃないのか!?」と思ってるそこのあなた、すみません。第5輪あたりからいい感じに登場キャラが出そろっていい感じになっていく予定なのでもう少しお付き合いください(-_-;)
でも、第6輪あたりになっても怒らないでください(-_-;)