第2輪 勇者《しんりゃくしゃ》③
魔王城へ続くメインストリートは、シンと静まり返り、おそらく露店であろう道の両側にある屋台には商品は並べられておらず閑散としている。強いて言えば城下町にある家屋からは魔族の気配と、軽蔑と憎悪に満ちた視線を感じるくらいだ。
「ったく、胸糞悪ぃ。いるなら出てこいや。おい、てめえら、さっさと魔王をぶっ殺して帰るぞ。」
「おう。」
「ええ。」
旅に着いてきたガドルフとトーマスが応える。俺様1人で充分だと考えていたが、存外使えたためここまで連れてきた。ガドルフは魔導が使えなくても俺様ほどではなくともある程度戦えたし、トーマスは魔導と魔族に対する知識が役に立った。
(魔法じゃねえのかと言うと『野蛮な魔族の使う魔法と同列に扱わないでいただきたい』なんて説教してきやがったが、使えるもんは使うのが俺の主義だ。邪魔をしなければそれでいい。
それにだ。気に入らねえが魔王を殺せばランジアとの約束がある。そのためなら、多少のことは多めに見てやる。)
「てめえら!ちんたら歩いてんじゃねえ!先行くぞ!」
直哉は2人に向かって叫ぶと、1人で魔王城へと駆け出した。
「まったく、血の気の多いガキだな。」
ガルドフが言う。
「まったくです。そのうえ、品性のかけらもない。いかにも異世界人といったところですかね。」
トーマスがガドルフの隣を歩きながら応える。
「まあ、このまま直哉が魔王のところに行けば・・・」
「十中八九死ぬでしょうね。」
別にあの野蛮人が死んだところで計画に支障は無いとトーマスは考えていた。もとより、想定済みだ。今回の目的はあくまで魔王並び魔王軍四天王の偵察である。ランジア王国は戦争開始時から、度々偵察部隊を魔族領に送っているが、1人たりとも帰ってきた者はいない。
そこで白羽の矢が立ったのは、異世界人だ。
異世界から召喚した異世界人は何故か能力が高いことを利用し、王国を救う勇者に祭り上げ魔族領への攻撃に利用してきたが、両国の国交が立たれた後の情報を得ることはできなかった。そのため、今回は異世界人を囮とし、残る2人は少しでも情報を得たらすぐさま王国へ帰還する手はずとなっていた。
(魔族は人類より強靭な肉体と魔力を持つが故に戦闘は可能な限り避けるように言われていましたが、実際魔王軍と戦ってみれば有能な私としては大したことは無かったですし、単にうわさが誇張されただけでしょう。ガドルフさんは魔王軍はこんなに弱いはずがないといぶかしんでいましたが、おそらく強いのは四天王のみ。それさえ気を付ければ生還するのは容易いでしょうね。それに、もし危なくなったら・・・)
トーマスはちらっと左腕につけたブレスレット型の軍用魔導器を見る。魔導器には宝石のように透明感のある水色の魔石が取り付けてある。聖女マリー様から直々に下賜されたこの魔導器は、王国軍が装備する魔導器とは一線を画す性能を誇るらしい。
(いざとなったら二人を囮としてこの魔導器を使って逃げればいいだけです。情報を持ち帰れば司教の座を確約していただけましたし、私の信仰心をお認め頂いたのでしょう。)
「さあ、ガドルフさん。我々も行きましょうか。」
「ん?あぁ。行くとするか。」
「どうしました?体調でも悪いんですか?」
「ああ、こっちに来てから3日目あたりからどうも体が重い。それに今日は視界が少し霞んで見えるんだ。」
よく見るとガドルフの目元には濃い隈ができている。
「まあ心配するな。転移して来てから毎日魔王軍と戦ってきたせいで疲れてるだけだろ。それに俺にはこいつがある。」
そういうと腕の魔導器を指さした。衛兵の兵士長だからか、一般兵が支給されているものより新型のようだった。
「無理はしないでくださいよ。私たちには任務があるのですから。」
「まあ任せな。国民を守るのが俺の仕事だからな。」
(最悪足手まといになるようでしたら捨ておきましょう。露払い程度になれば、問題ありません。)
ふう、と小さくため息をつくと、先に魔王城に入った直哉を追うべく少し早めに歩を進めるのであった。
先に魔王城に侵入した直哉は城内の異様な静寂に不気味さを感じていた。城内は薄暗く、壁に取り付けてあるランタンの炎がゆらゆらと揺れている。床に敷き詰められた石畳は、冷たく揺らめく炎の影を映している。室内の光の届かない場所には、例え何かが潜んでいたとしても気づけないくらいの闇が広がり、何かが襲い掛かってくるのではないかと神経を尖らせる。
しかし、いくら進めど魔王軍は現れず、直哉を苛つかせた。
魔王城に入ってから3つ目の金属製の両扉に体重をかけて押すと、ギィィィと音を立てて鈍重に扉が開く。視界に入るのは今までと同じく、薄暗い部屋の先に今開けた扉があるだけであった。
「ああぁっ!!どこにいんだよ!魔王はよお!!」
今開けた扉を力任せに叩くと、ゴォォォォン、と低重音が室内に響き渡る。
「あらぁ、やっと来たのかしらぁ。なかなか来ないから待ちくたびれちゃったわぁ~。」
奥の扉付近の暗がりから艶のある声が聞こえる。目を凝らすと女性の近くには椅子があり、どうやらその女性は先ほどまでその椅子に腰かけて眠っていたようだった。
んぅー、という声を出しながら背伸びをするとふくよかな胸が揺れるのが灯りの影に映る。その光景に直哉は無自覚に唾を飲み込む。女性がこちらへ歩き出すと、コツ、コツ、と靴音が反響する。それにつれて暗くて見えなかった姿が灯りに照らされ、その美貌があらわになっていく。光が当たらずその表情は伺えないが、絶世の美女であろうことは直哉の想像に難くなかった。
(おいおいおい!こんなところに良さげな女がいるじゃねぇか!魔王なんか相手にしなくても問題ねえ!ランジアなんかとの約束ももう必要ないんだからな!)
自らの興奮を抑えられず、目の前の女性を己が物にするべく、直哉は一歩女性へと踏み出した。後ろで閉じていく扉にも気が付かずに。
「静かすぎはしないか、トーマス。勇者が先に行ったはずなのに、戦闘の痕跡もありやしない。まさかもう死んでたりしないだろうな。」
「まさか、彼の強さと性格を考えれば抵抗1つせず死ぬことは無いでしょう。」
「それはそうだ。人格には問題があるが、腕っぷしだけなら勇者として充分すぎるほどだ。魔導はちっともの上達しなかったけどな。」
直哉の後を追い魔王城に侵入したガドルフとトーマスは、1つ目の部屋に入っていた。警戒しながら奥へと歩いていくが、接敵は無い。
「もぬけの殻、なんてことは無いでしょうね。」
「ああ、魔王軍がいないはずはないから、あいつの方に行っているんだろう。しかし、囮としては十分すぎるくらいだが、魔王に会う前に死なれては困る。先を急ぐぞ。」
2人は駆け足で部屋の最奥の両扉にそれぞれ手をかける。いざ力を入れ、押し開けようとしたその時、
『ゴォォォォン』
と低い音が扉の奥から鳴り響いた。
「今のは!?」
「きっと勇者だろうな。行くぞ!」
2人は顔を見合わせると、扉に掛けた手に力を込めた。
設定を考えて伏線を張るのが物凄く楽しいです。
しかし、伏線の回収予定が第2章ならまだいいのですが、第3,4,5章辺りだと、いつ回収できるのやら・・・(-_-;)