第2輪 勇者《しんりゃくしゃ》②
「ふぅ、やっと着いたってのに、なんだよこれは。誰もいねぇじゃねえか。」
勇者・浅木直哉は王国から供としてつけられた兵士長のガドルフと神官のトーマスと供に、長い旅路の末、魔王城の城下町正門前にたどり着いた。直哉は召喚されてからここに至るまでの出来事を思い出していた。
時刻は18時。路地裏。高校生二年生の三月半ば、いつものように学校をさぼってゲームセンター、パチンコなどで遊んだ後、寂しくなった懐を温めるために同じ不良グループに所属する仲間と仕事帰りのサラリーマンに因縁をつけて路地裏に連れ込む。痛めつけて相談すれば、今夜遊ぶための潤沢な軍資金はすぐに集まった。
相談のせいで拳が血で汚れてしまい、そのまま表通りに行くのは厄介事になりだなと思い、適当にその辺りを見やると布が落ちているのに気が付いた。近寄って手に取ると汚れてはいるが血を拭くには充分そうだ。
「ちっ、汚えのは面だけにしておけよ。」
血を拭いながら先ほどのサラリーマンに毒を吐く。吐かれた本人はとっくに意識を手放しており反応は無い。
しゃがみ込みなかなか取れない血をゴシゴシと意識を集中して拭き取る。だから気が付かなかった。
直哉の後ろの地面に魔法陣が刻まれ、そこから光の柱が空へと延びていた。
「んぁ?誰かいんのか・・・?ってうおっ!?離しやがれ、このっ!」
背面からの光に気が付いた時には遅かった。光から伸びてきた腕に襟首を掴まれると、光の中へ引きずり込まれていく。腕を殴り、引っ搔くも抵抗虚しく直哉の姿は路地裏から消えたのだった。
それから魔王城への道中は、長く険しいものだった。
どうやら俺が召喚された場所は俺がいた世界と異なった世界、つまり異世界であり、人間以外に魔族なんてものがいるらしい。意味が解らなかった。ただ、『勇者として魔王と魔族を殺してこい』なんてこの俺様に命令しやがった王様みたいな男には立場をわからせてやろうと思った。理由はわからないが、召喚されてからというもの体中から力が溢れてくる。今なら何でもできそうだった。
だから俺は椅子に偉そうにふんぞり返るそいつに飛び掛かった。そいつの他にも大勢の人間がいたが俺の速さに止められる奴はいないようだった。雑魚しかいねえ。兄貴以外に俺に指図する奴の言うことを聞くつもりは無い。距離を詰めて溢れる力をそのままに拳をむかつく顔に振り下ろした。眼前に迫る拳にも怯えの一切感じられない、そんなどこまでも俺を見下した顔面を歪められる、そう確信した時だった。
横から延びてきた腕に掴まれた。俺の腕を掴む騎士のような服装の男の腕は太く、手のひらは固い皮で覆われていた。
「離せっ!このっ!このっ!」
振り払おうともがいても腕はびくともしなかった。大木に掴まれているかのような感覚に、本能で理解した。俺はこいつに敵わない。
理解したのも束の間、唐突に視界がゆがみ、俺は冷たくかたい床に押し付けられていた。押さえつけられて動かない頭の代わりに眼だけを動かすと、俺の腕を掴んでいないもう片方の腕で頭を掴んでいるようだった。
「よくやったアイゼン。それに引き換えブラドよ、近衛隊隊長の地位のままでありたいならば、この程度誰よりも早く対処せよ。」
「・・・申し訳ございません。」
ブラドと呼ばれた男が俺と俺を押さえつけるアイゼンを憎しみの宿った瞳で睨みつけ、歯をかみしめる。自分への叱責をまるで俺たちのせいだと言わんばかりの表情だ。恨むならアイゼンとそこの王を恨むんだな。俺は何も悪くねえ。
「異世界より訪れし勇者よ。余はゼドリク。ランジア帝国を統べる王にして世界を統べる王よ。貴様には選択肢をやろう。魔王を討ち、真の勇者として名をはせるか、それとも何もなせずここで死ぬかだ。」
「誰かてめえなんかのいうことを聞くかよ。」
「ふむ。」
ゼドリクが顎をしゃくると、ブラドが腰に下げた剣を軽やかな金属音と共に引き抜いた。足音が俺の側で止まると、首元にぞくりと冷たい感触があった。
「貴様、陛下は寛大なお方だが二度は無い。返答次第では命は無いと思え。」
「断るって言ってんだろうが・・・。っ!」
首元にチクリと痛みが走ると、熱い液体が伝う。血だ。
「・・・ひゅ。」
無意識に浅い呼吸が漏れた。唐突な孤独と現実感が胸の奥から沸々と湧いてきた。これは夢じゃない。現実だとようやく頭が理解した。だから急に怖くなった。
元の世界で死ぬかもしれないことなんていくらでもあった。喧嘩を売ってきた別のチームとの抗争で骨を何本も折ったり、バイクで撥ねられたこともあった。それでも俺には仲間がいたし、何より兄貴がいた。兄貴はチームのリーダーで強者の象徴だった。だから怖いなんてことは一度もなかった。
でも、今は独りだ。仲間も兄貴もいない。初めて孤独と本能的な『死』を実感した。一度感じると体が言うことを聞かなくなった。ガクガクと震えて、声も掠れてしか出なくなった。
「もう一度聞こう。陛下の仰せの通りに魔王の下へ向かうのか、このまま首を落とされたいのか。」
「・・・やる。やるから殺さないでくれ。・・・ください・・・。」
情けなかった。俺は兄貴がいないとこんなに弱かったのか。
「ふむ。アイゼン、後はいつもの通りに為せ。」
「はっ!」
アイゼンに声をかけてゼドリクが立ち上がる。部屋から出かけた時にふと思い出したように立ち止まると、直哉に視線を向けることなく告げた。
「魔王を屠ることが出来た暁には貴様の願いを一つ叶えてやろう。貴様は余に何を望む?」
「・・・俺は・・・。」
それからはあっという間の一週間だった。二日間戦闘訓練をアイゼンに仕込まれた後、魔族が溢れる魔族領に転送された。どうやらアイゼンは帝国の騎士団長で帝国最強の人間らしい。人間が生きている大陸のほとんどはランジア帝国が自国の領土にしたから実質人類最強ということだ。そりゃあ勝てないわけだ。つまり俺が弱かったわけじゃねえ。
訓練では武器を使ったもの以外に魔導なんてものを教わった。『祝詞』と呼ばれる呪文のような言葉で魔導が使えると教えられ使ってみると、炎の球を出すことが出来た。初級の魔導らしい。数ある属性のうち一人一つの属性の適正しかなく、俺には火の魔導に適性があるようだ。勉強なんか碌にしてこなかった俺には魔導は一つしか覚えられなかったが、別に構わない。力で圧倒する方が性に合っていた。
ある程度この世界での戦い方を覚えると、監視役なのか男二人と変な魔法陣みたいなもので魔王のいる大陸に飛ばされた。
飛ばされた先は森の中だった。ゲームや漫画で『魔物』みたいな生物と遭うことがあったが、王国から持ってきた金属バットによく似た武器で殴れば一発だった。ついてきたやつら(名前なんか覚える気は無い)が言うには、魔物の強さから魔王のいる城からそう遠くないらしい。魔王の支配から遠のくほど魔物は強くなるとのことだ。
魔物が弱い方へと歩くこと数時間、森を抜けると魔王城へと続く街道を見つけた。
それからは魔物の代わりに魔族と出会った。俺たちを見つけると悲鳴を上げて逃げ出していった。久しぶりに見つけたいたぶりがいのある獲物に胸が躍った。
何人か捕まえて遊ぼうと追いかけようと足を踏み出すと腕を掴まれた。こいつは衛兵をやってる方の男か。
「離せよ。」
「勝手なことをするな。彼らはシルビオン王国の一般国民だろう。俺たちの存在に気が付かれたんだ、時期に魔王軍がここへ来る。見つかる前に移動するぞ。」
「そんなの俺様にかかれば敵じゃねえだろ。見ただろ?森の魔物だって一発だったじゃねえか。魔族だって大したことはねえに決まってる。」
「・・・はぁ。勇者というのはあなたのような頭が空っぽな人間しかいないのですか?」
「・・・なんだと?」
ランジア帝国の神官だという男が向ける呆れたような視線に腹が立ち、詰め寄って胸ぐらをつかむ。魔族の前にこいつを痛めつけようと拳を振り上げるが、振り下ろす前に衛兵の男に止められる。
「時間が無いって言っているだろ。喧嘩なら後にしろ。魔王軍は森の魔物なんか比べ物にならないくらい強いんだ。魔王のところに行く前に消耗するわけにはいかないんだよ。」
「そうです。私たちの使命は魔王の殺害、ひいては四天王と呼ばれる四人の魔王軍の殺害。マリー様の悲願を叶えるため、限られた時間を有効に使うべきです。魔族なんて魔王城へ向かえばいくらでもいます。道中で好きなだけ殺しなさい。」
「ちっ、わぁったよ。さっさと案内しやがれ!」
胸倉を掴まれて脅しても一切の怯えを見せない神官の瞳に狂気が帯びているような気がして、気味が悪くなって手を離した。
「ふんっ、これだから勇者は。さあ、私たちも行きましょう。」
「あぁ。」
前方でわめき散らかしている直哉を追って歩き出す神官のトーマスに聞こえないように、衛兵のガドルフは苦笑いを浮かべて小さくぼやいた。
「勇者が勇者なら、神官も神官だな。最期の旅を楽しくなんていかなそうだ。」
今回は初めてキャラ目線で地の分を書いてみました。
いろんな表現をしてみたいので、今後もこういった手法で書くかと思いますが、ご理解くださいませ。