第1輪 視察という名のお花見③
ミノキチたちと別れてから数十分後、リリィたちは少し小高い丘の上にいた。農耕地を一望できるそこは一本の巨大な桜の木が根付いている。
「とうちゃーく!」
リリィが元気いっぱいに声を上げる。足元には青々とした草が生え、リリィたちを囲うように野花が咲き乱れていた。
「いい景色ね~。風も気持ちいいわぁ。」
サキュアが髪を耳にかけながら、気持ちよさそうに目を細める。サキュアの長い髪が風に揺られ、まるで光の粉が散っているかのように輝いていた。
「サキュアお姉ちゃんの髪きれい・・・。ココナとは全然違う・・・」
ココナはサキュアの髪に見とれながら、ほぅ、とため息をつく。続けて栗毛色のふわふわした髪は緩い癖がかかった自分の髪を指でくるくると巻く。
「そんなことは無いさ。お姫様の髪は確かにサキュアとは違うけれど、私はこのやわらかい髪大好きだよ。」
ナイトはココナの頬に手を当て、髪を梳くように撫でる。初めは気持ちよさそうに撫でられていたココナだが、少しするとナイトの手に頬ずりを始める。
「そこっ!二人でいちゃついてないで手伝って!」
リリィが、びしっ、と指をさして注意する。リリィとサキュアは持参した敷布を広げ、サンドイッチやモグローたちから貰った果物などを用意していた。
「おやおや、怒られてしまったね。お姫様、僕達も手伝おう。」
二人は顔を見合わせると、くすっ、と微笑み手伝いを始めるのであった。
「やっぱりサキュアちゃんの手料理はおいしいね!」
「もしかして、このパンも焼いたのかな?小麦の香りがものすごく鼻に抜けて実に美味しいね。」
「ふわふわ・・・。サキュアお姉ちゃん、お肉のやつ、もっとない?」
「うふふ、そんなに喜ばれるととってもうれしいわぁ。それとココナちゃん、お肉の他にお野菜もはさんでおいたから、ちゃんと食べるのよぉ。」
「野菜・・・きらい。」
ココナがサンドイッチを気難し気に見つめる。すると、ナイトがココナが持っていたサンドイッチを取り、一口大にちぎる。
「ほら、お姫様、口を開けてごらん。」
ココナが小さな口を開けると、先ほどちぎったサンドイッチをそおっと口へ投入する。
「・・・おいしい!」
「そうだろう。モグローが丹精込めて作った野菜とサキュアの愛情が詰まっているんだから、美味しいに決まっているさ。」
ねっ、とナイトがサキュアにウインクを投げる。サキュアも、どういたしまして、とウインクを返す。
「ナイト、もっとちょうだい。」
「はい、あ~ん。おっと、お姫様、口の横にソースがついているよ。ほら、拭いてあげるからこっちを向いて。」
ココナは顔をくいっと上げて、ナイトがハンカチを取り出して口元を拭う。そんな二人をリリィは、じっー、と半眼で凝視している。
「本当に仲がいいよね~。なんだか、羨ましい。」
「そうねぇ~。見ているこっちもどきどきしちゃうわ~。」
リリィもサキュアも生まれてこの方恋人がいたことは無い。片や魔王としての職務を果たすために日々奮闘し、片やそのリリィを支えるとともに、サキュバスとしての才覚がずば抜けているが故に、自分の隣に立てる異性などついぞ表れていない。
リリィはお年頃真っ盛り、サキュアも生まれて20余年と立派な女性にもかかわらず、どちらも恋愛とは無縁の人生を歩んできた。恋に焦がれ、憧れていないはずがないのだ。
「本当に・・・羨ましいわ・・・。」
「サキュアちゃん、何か言った?」
「いいえ、何でもないわ~。」
サキュアの呟きは同時に吹いた春風にかき消され、リリィは、ん?と首をかしげる。
「それにしても今日は平和だね~。明日も明後日もずっーと今日みたいな日だといいね。」
んー、と背伸びをしながらリリィは言う。
「まったくその通りだ。この世の全員が今在る日常を、平和を何より尊く思える、そんな日が来るといいね。」
「ナイト・・・」
苦しげに、そして何処か諦めたような声で呟くナイトを、ココナはさみし気に見つめる。そんな視線に気が付くと、困ったようにココナに微笑んだ。
その時、突如四人に対して通信魔法が届く。それぞれの前の空中に小さな画面が現れ、通信魔法の送り主であるダークエルフの女性が映った。
偵察・情報収集を主な仕事とするダークエルフで構成された魔王軍の影の部隊、ダークエルフ隊の隊長クロエだ。
『皆様、食事中失礼致します。勇者と他2名が魔王領に侵入しました。』
それだけ告げると、通信がプツンと切れる。短い沈黙の後、リリィはゆっくりと立ち上がりお尻を払うように叩くと、
「ちょっと予定より早いけど帰ろっか。」
と困ったように笑うのであった。
ブックマーク・いいね、ありがとうございます。
書く原動力になっています。
メインヒロインと四天王第四席の登場はもう少し遅くなります。
お楽しみにお待ちくださいませ。