第1輪 視察という名のお花見②
「今年は特に豊作モグ。いくつかの作物に限って言えば、王国で消費する分の数年分はとれるもぐ。お一つ食べるモグ?」
そういってリリィたちに真っ赤に実った特大のイチゴを差し出すのは、農作物の管理を統括しているモグローだ。種族はモグラ族。
全身毛むくじゃらで、長い鼻と爪をもつモグラ族は魔族領では主に農作業と建築に従事している。皆頭には黄色いヘルメットを着用しており、マスコットのようで可愛らしい。
「う~ん!美味しいっ!」
「・・・甘い!」
リリィがイチゴに齧り付くと、口の中いっぱいにみずみずしさと甘みが拡がった。あまりの美味しさに瞳を輝かせて『もう一つちょうだい!』とお代わりを所望する。その横でココナが小さな口でリスのように一口づつ齧っていた。
「それにしても、採れ過ぎじゃないかな。こんなに実っているのは初めて見るよ。」
ナイトはイチゴを片手に齧りながら、畑一面をぐるりと見渡す。視界に入るところ全ての畑で数多くの種類の野菜や果物が立派に実っている。いや、実りすぎている。もともとこの辺りは魔族領でも肥沃な土地であったことを考慮したとしても、異常だと言わざるを得ないほどの豊作ぶりだ。
「そうねぇ~、たくさん採れるのはいいことなのだけど、ちょ~と異常よねぇ。もぐちゃんは何か知っているかしら?」
「さっぱりモグね。与える肥料も育て方も例年と一緒モグ。なのに毎年収穫量は右肩上がりで、今年はこの量もぐ。他の隊員に聞いても誰も思い当たる節はなかったモグ。」
『さっぱりモグね。』と両腕を広げ首を横に振るモグロー。
「ミノキチは何か知っているモグか?」
モグローが問いかけた方を見ると、手拭いで額の汗を拭いながら歩いてくる人物がいた。筋骨隆々で2メートル以上ある巨躯とは裏腹に、その表情と相貌は穏やかである。
彼は牛や豚などの畜産部門の管理を統括するミノキチだ。種族はミノタウロス族。
強者との闘争を好むミノタウロス族には珍しく、争いを好まない心優しい人物だ。通常魔王軍は同じ種族で部隊が構成されているのだが、彼の部隊は多種多様な種族が集まって構成されている。魔王軍は王国の防衛という性質と魔族の本能から闘争心の強い者がほとんどであるが、ミノキチの部隊は戦闘を嫌っているために種族の中で居場所を失くした者たちが集っている。彼の穏やかな気質が、そういった者たちの受け皿となっているのだ。
リリィたちが自分に気づいたことがわかると、少し訛った口調で挨拶をする。
「魔王様、はるばる様子を見に来てくれてありがとうだ。これ、採れたの牛乳だ。後で飲んでくんな。」
「ありがとうミノさん!・・・でも『魔王様』はやめて欲しいな。昔みたいに名前で呼んでよ。なんか・・・さみしい。」
「んだこと言ってもなあ、リリィはもう立派な魔王様だべ。おらなんかが呼び捨てにするわけにはいかないんだべ。」
「むぅ・・・」
頬を膨らませて抗議の意を示すリリィにミノキチは困り顔だ。二人の様子を優しげな眼差しで見つめていたサキュアは、何か思いついたのかリリィに小声で耳打ちした。
「だったらぁ、こんなのはどうかしら?」
「・・・うんうん、それ採用!」
サキュアの案にイタズラな笑みを浮かべると、腰に手を当てて胸を張ると高らかに宣言した。
「魔王軍所属ミノさんは、魔王リリィに対して昔みたいに接すること!魔王様命令ですっ!」
堂々と職権乱用をするリリィに、クスクスと笑うサキュア。ミノキチは豆鉄砲に撃たれたハトのように呆けて、モグローは腹を抱えて笑っていた。
「これは一本取られたモグな。諦めるモグよ。」
「・・・はぁ。俺の負けだ。二人には敵わないだ。」
苦笑いを浮かべながら、ミノキチは大きな手でリリィの頭を優しく撫でる。その姿はまるで親子のようだ。その様子をサキュアは優しく、そして哀しげな眼差しで見つめている。
「それで本題に移ろうか。何か変わったことや気になることはあるかな?」
ナイトが話を戻すと、ミノキチは少し頭を悩ませた後言った。
「変わったことだべか・・・。おらが覚えてる限り40年くらい前から、動物や牧草がよく育つようになっただ。んで、ここ数年育ちがもっとよくなっただ。」
「ここ数年・・・か。」
反芻するようにナイトが呟く。特に原因にたどり着くヒントにはならなそうだ。
「おら、役に立てたか?」
「うん、とっても助かったよ。ミノさん、今度遊びに行くね!」
「ああ、いつでもおいで。動物たちもリリィとまた遊びたがってただよ。」
「ナイト・・・。ココナ、お腹空いた。」
くいくいとナイトの袖を引っ張る。気付けばもう昼時だ。
「そうね、そろそろお昼にしましょうかぁ〜。モグちゃん、ミノちゃん、また来るわね〜」
「また来るモグ。」
「モグさん!ミノさん!またね〜」
「・・・またね」
リリィが大きく手を振り、ココナは小さく恥ずかしそうに手を振る。モグローたちも応えるように手を振り、4人の後ろ姿は小さくなっていった。
「サキュア様、やっぱり綺麗だったべ。」
ミノキチが顔を赤らめて、後ろ姿を見送る。
「そうモグか?素敵な方であるのはわかるモグが、そういう目では見れないモグ。全体的に毛が全く足りないモグ。」
サキュアの姿を思い出し、ぽぅと呆けたようにミノキチは思いを馳せる。世の男ならサキュアを一目見た時点でこうなるのは仕方がないことだが、ミノキチはサキュアの内面もよく知った上での状態なのだ。つまり、惚れているのである。
ちなみに、男性であるモグローの恋愛対象は全身毛むくじゃらであることが前提であるため、サキュアにそういった感情を抱くことがない数少ない男性である。
今月休みが5日しかない・・・・
何故?