第9輪 ぐうたら者と聖職者①
〇魔王軍陣営
・エルトナ (外見年齢:20歳くらい)
魔王軍四天王第四席。種族はエルフ。魔王領内をふらふらしていたが、路銀が尽きて魔王城へ3年ぶりに帰ってきた。女の子同士の恋愛を肴に酒を飲むのが大好きな残念美人。
・シスハ (外見年齢:16歳くらい)
ミカリユ教の神官。不思議な力で他者の傷を癒せる。軍用魔導器の毒に体を蝕まれていたところをエルトナに助けられている。
エルトナが魔王城に帰ってきた翌日。太陽も昇りきらぬ早朝にシスハは目を覚ました。
ゆっくりと身を起こしガラス窓を押し開くと、冷たい風が頬を撫でる。窓から眼下に広がる景色は、まだ静まりかえった城下町が広がっていた。ちらほらと揺れ動く光が見えるのは、住民が持つ明かりだろうか。
ランジア王国とは違って魔導器を使わないシルビオン王国で使われる光源は、火属性に適性があれば自ら魔法で火を灯し、適性がなければランタンを使っているらしい。エルトナ様からそう聞いていた。
冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで頭から眠気を吹き飛ばすと、寝間着を脱いで綺麗に畳まれていた修道服に袖を通す。
『衣服の乱れや身の回りの乱れは心の乱れ』
ミカリユ教はマリーが聖女になってからとなる前で教えが2分化される。マリーが聖女に就任した後のミカリユ教を新ミカリユ教とすると、かつてのミカリユ教は旧ミカリユ教と言える。旧ミカリユ教の教えの1つを忠実に守るシスハは、脱いだ寝間着も綺麗に畳んでクローゼットにしまうと、ベットの皺も伸ばして整える。
全ての準備を終えて、壁に掛けられた篝火が淡く闇を照らしている廊下へ出る。寝ている人たちを起こしてしまわないよう気を配り、出来るだけ足音を立てずに大浴場へ続く道を歩き出した。
環境が変わったからといって、教会に入信してから10年来の習慣は消えることなく、毎朝の水浴びをするために大浴場を目指していた。
歩くこと数分、大浴場に到着する。大浴場に隣接した脱衣所で身に纏った衣服を1枚ずつ脱いでいくと、脱いだ服を1枚1枚皺にならないようにたたむ。
全てたたみ終えていざ大浴場に向かうと、どうやら先客がいるらしいことに気が付いた。不思議なことにまるで大浴場へ案内するかのように、脱ぎ捨てられた服が点々と落ちていたのだ。
「この服は・・・エルトナ様でしょうか?」
昨日聞いた話によると何処か異国の服の要素を交えているという服は、ランジア王国でもシルビオン王国でも見かけない特徴を有していた。
この大浴場は普段は魔王軍の幹部専用の風呂場なのだが、リリィたちの計らいで早朝の今の時間と夜の一部の時間をシスハ達が専用で使えるようにしてもらっていた。余談で百合はリリィと一緒に入りたがっていたのだが、リリィとココナの教育に悪いとナイトとクリスティーナの判断で別々に入ることにしていた。
「はあ、このままにしておくわけにはいきませんよね。」
1枚づつエルトナの服を拾い上げながら辿っていくうちに、目的地の大浴場入り口にたどり着く。
「これで全部でしょうか・・・ん?」
何か聞こえた気がして目を閉じて耳を澄ます。音の発生源は目の前の扉の先、大浴場の中からだった。誰かが嗚咽と何かに苦しむようなうめき声をあげていた。
緊急事態と即座に判断したシスハは抱えていた服を放り投げると、入り口の扉を勢いよく開く。視界に入ったのは、黒色の石が綺麗に敷き詰められた床の上で倒れこんでいるエルトナの姿だった。
「エルトナ様大丈夫ですか!?いったい何があったのですか!?」
濡れて滑る床を転びそうになりながらも、1秒でも早くとエルトナの下へ駆け寄って全身を観察する。
荒い呼吸、吹き出す汗、真っ青な顔色、苦しげに歪んだ表情からかなり状態がよくないのがわかる。まるで昨日の自分を見ているようだった。
「まさか軍用魔導器を使ったんですか!?」
シスハが問いかけるとエルトナが苦しそうに首をゆっくりと振る。
(魔導器でないならこの症状は何かの毒物でしょうか?毒だとするならいったい誰が?・・・まさかクロエ様が!?いいえ、先日の様子を見る限りクロエ様がエルトナ様に毒を盛るとは思えません。クロエ様はエルトナ様に恩義を感じているのだと聞きました。それにここは魔王城です。私たち以外は皆さん魔族の方々しかいないはず・・・。)
シスハが高速で思考を巡られせていると、エルトナの口がパクパクと動いていることに気が付いた。シスハが顔を寄せると、エルトナの口からか細い声が漏れる。
「頭が・・・痛い・・・。気持ちが悪い・・・。それから・・・頭に・・・響くから、あまり大きな声は出さないで欲しいんだお嬢ちゃん・・・うっぷ。それと、よかったら、み、水を持ってきてくれないかい・・・。あっ。」
エルトナが急にシスハを思い切り押し飛ばす。
「きゃっ!エルトナ様、何を・・・!」
急に押されて尻もちをついたシスハは、抗議の声を上げる。だが眼前で繰り広げられた凄惨な光景に最後まで言い終えることは無かった。
「お、おえええぇぇぇぇぇぇぇぇ。うぅ・・・。おえぇぇぇぇぇぇ。はあ、はあ、はあ、おえぇぇぇぇぇぇ。」
床に両手を付けて口から、キラキラ~、と決して効果音とは違い綺麗ではないものを吐き出すエルトナ。エルトナが押し飛ばしてくれなかったら、きっとシスハは今頃悲惨な目にあっていただろう。
しばらく吐き続けていたエルトナだったが、胃の内容物のほとんどを吐き出し終えたのだろう。ふらふらとした足取りで風呂に張られた湯を桶で汲むと、自分の吐しゃ物を洗い流した。
「ふぅ。だいぶましになった・・・。流石に昨日は飲みすぎてしまったね・・・。いや~、朝から汚いものを見せてしまって悪かったねお嬢ちゃん。申し訳ついでに、水を持ってきてはくれないくれないかい?・・・あっ。これはまた、おえぇぇぇぇぇぇ。」
再び吐き始めたエルトナ。何故だろうか。普段なら真っ先に心配するシスハだが、四天王としての威厳など全く無い姿に、シスハもまた頭が痛くなって気がしたのだった。
皆様、お久しぶりです。幻夢霞です。
きっと皆さまは、『あいつ書くの辞めたか』と思われていたでしょう。ふっふっふ、私は帰ってきたのだ!厳密に言うと書きたい話はいっぱいあるのに、仕事から帰ってくると書く気力がなくなってしまっていたのだ!悲しい。
さて、そういうわけ続きを心待ちにしてくれていた方には心よりの感謝を申し上げます。定期的な掲載になるかはわかりませんが、死なない限りは書いていこうと思いますので、是非お付き合いくださいませ。
次回は8/16(金)に更新します。




