第7輪 恋は『盲目』というけれど、度が過ぎればそれは『耄碌』と同じ③
〇魔王軍陣営
・花園百合 (外見年齢:13歳くらい)
異世界から勇者として召喚された少女。感情の起伏を表情にあまり出さない、無口系の少女。
・シスハ (外見年齢:16歳くらい)
ミカリユ教の修道女。不思議な力で他者の傷を癒せる。設定上では『神官』と書いてあったのに、いつの間にか修道女になっていた。どうやら過去に何かを抱えているようで・・・。
〇ランジア王国陣営
・マリー (外見年齢:30代前半くらい)
ミカリユ教の聖女。唯一教であるミカリユ教の全権を掌握している。
・セエビア (外見年齢:40代半ばくらい)
聖女マリーの『聖女付き』。『聖女付き』とは秘書のようなお付きの人。
・ハンス
シスハと親しいご老人。穏やかな気性の持ち主。『平和な世界①』で初登場以来の登場。
・ヨーネ
ハンスの妻。ハンスと同様に優しい人柄。
ハンスは妻であるヨーネと一緒に日課の礼拝のためにミカリユ大聖堂に訪れると、大聖堂の外から微かに啜り泣くような声が耳に入った。声の聞こえる方へ行ってみると、小さな幼子が木陰でうずくまって泣いていた。
「そんなに泣きじゃくってどうしたんじゃ、おじょうちゃん。どこか痛いところでもあるのかの?」
ハンスが優しく問いかけるも、幼子は泣いたまま首を振るだけで一向に泣き止む様子がない。
「おやおや、困ったねぇ。そうだ、確かあれを持っていたと思ったんだけど・・・、おっ、あったあった。」
そう言うとヨーネは手に持っていた手提げ袋をゴソゴソと漁ると、なにかが包まれた紙を取り出した。包み紙を開くと砂糖を煮て作られた飴が出てきた。
「ほら飴だよ。甘くておいしいよ。お食べ。」
飴を差し出すと、幼子は恐る恐る飴を手に取りその小さな口へ入れる。
「おいしい!」
口含んだ飴を舐め始めると、途端に泣き止んだ。しばらく夢中になって舐め続ける幼子を温かい目で見守り続けていたヨーネは、頃合いを見図って幼子に問いかけた。
「おじょうちゃんはどうしてこんな所で泣いているのかい?よかったらおばあちゃんに話してみてはくれないかい?」
柔和な笑みを浮かべて問いかけるヨーネに僅かであるが心を開いたのか、幼子はぽつりぽつりと話し始めた。
「わたしがおとうさんとおかあさんと3人でおうちにいたら、たくさんのひとがきてここにつれてこられたの。」
「たくさんの人というのは、もしや、あそこにいる人みたいな服を着た人かの?」
ハンスの指差す場所にはミカリユ教の神官が道を歩く人に話しかけていた。神官はミカリユ教の神官を示す服を纏っている。その人物を確認すると幼子は小さく首を縦に振った。
「何故教会が人攫いのような真似をしているんじゃ。いや、特に不思議でもないかもしれんのう。教会は昔とはすっかり人も教義も変わってしもうた。助け合い、共に支えあい、ワシらに人としての正しき道を示してきた教義も、今となっては魔族邪悪説が主流になってしまったせいで、シルビオン王国との国交断絶を望む声が大きくなってきておる。これも全て聖女が変わってからよのう。」
「滅多なことを言うもんじゃないよ、おまえさん。近ごろの教会のうわさはろくなものがないんじゃ。まだかつての教義を重んじとる神官様がおるからわしらもこうして礼拝に来とるが、若い連中は聖女寄りじゃ。町でもめったなことは言えんのに、大聖堂ならなおさらじゃ。」
「本当に嫌な世の中になったもんじゃわい。・・・のう、おじょうちゃん。おとうさんとおかあさんは無事なのかの?」
飴を美味しそうに舐めていた幼子は、打って変わって悲しみ暮れた顔つきになる。
「わかんない。わたしをよぶこえがきこえたけど、わたしはばしゃにのせられたから。・・・うぅ、おとうさんとおかあさんにあいたいよぉ。おとうさん、おかあさん。」
父と母を思い出し泣き出す幼子。そんな幼子にあたふたするハンスをヨーネがたしなめる。
「お前さんはまた何泣かせてるんじゃ。よしよし、つらかったねぇ。ほら、お前さんもなんか言ったらどうじゃ。」
「そうじゃの、そうじゃの、そうだ!お嬢ちゃんの名前を教えてくれんかの。」
「わたしは、なまえはシスハ・・・、シスハです。としは5さいです。」
「そうかい。ではシスハちゃんや。シスハちゃんのお父さんとお母さんの代わりとはいかんが、ワシらがこれから毎日会いに来よう。寂しいとは思うが、少しは気が紛れんかのう。」
「それはいい考えじゃの。甘いものも毎日持ってくるからの。」
「ほんとぉ!ありがとう!」
ぱぁぁ、と花が咲いたような笑顔を見せるシスハ。ハンスとヨーネにシスハが初めて見せた笑顔だった。
「こんなところにいたのですか。探しましたよ。」
こちらに向かって歩きながら聞こえた声に、シスハの肩がビクッと跳ね上がる。声の主は10歳かそこらの少女だったのだが、その声は年に見合わない感情の感じられない声だった。ハンスがシスハを見ると、シスハの表情が強張っていた。
「なんじゃ、おぬしは。」
「失礼いたしました。私はこの度聖女マリー様から『聖女付き』の任を拝命いたしましたセエビアと申します。お見知りおきを。」
ミカリユ教の正装を身にまとい丁寧に礼をするセエビアと名乗る少女は、挨拶を済ませるとシスハの手を掴んで立ち上がらせる。
「さあ行きますよ。マリー様がお呼びです。」
黙ったまま引きずるように連れていかれるシスハの様子に、ハンスとヨーネはただならぬものを感じて引き止める。
「ちょっと待て。」
「何か?」
「その手を離せ。シスハちゃんがおびえているじゃろ。日頃シスハちゃんに何をしたら、そんな風になるのじゃ。」
鬼の形相でセエビアにハンスは問い詰める。
「はあ、面倒ですね。こちらの方もマリー様のお伝えしたほうがいいでしょうか。」
「やめてっ!」
面倒くさそうに呟くセエビアに、先ほどまで死んだような表情をしていたシスハが叫ぶ。
「いくから!ちゃんということきくから、おじいちゃんたちをつれていかないで!」
「そうですか。ならさっさと歩きなさい。」
「わたしはだいじょうぶだからしんぱいしないでね。またあしたあおうね。」
声と足を震わせながら、それでも必死に笑顔を作って微笑むシスハに、自分たちが小さな幼子に守られているであろうことに気が付いたハンスたちは何も言えなくなってしまった。
シスハとセエビアはハンスたちを置いて教会内部へ続く道を歩き出す。離れて二人の姿が見えなくなると、セエビアは自分に手を引かれた幼子を見る。掴んだ手は震えて、今にも泣きそうな顔をしている。
「マリー様に目を付けられるとは、あなたもついてないですね。」
セエビアの呟きがシスハの耳に届くことはなかった。
百合たちが入浴をしているころ、時を同じくして夜の帳がランジア王国を包み始めていた。
雨がぽつりぽつりと降り始め、道行く人々がそれぞれの職場から家までの帰路に就く中、一人の老人が息を切らしてミカリユ大聖堂へ向かって急いでいた。ハンスだ。すれ違う人々が怪訝な表情で立ち止まってハンスを見るが、降る雨に濡れる前に帰ろうと再び歩き出す。
ハンスがミカリユ大聖堂に到着した時、町はすっかり夜の闇に包まれ、大粒の雨が地面を叩いていた。歩いてきた道沿いには火の魔導器を用いた街頭が建てられているものの、淡い光が発せられるのみで、足元が辛うじて見える程度だ。
そんななか、ミカリユ大聖堂の魔導器は爛々と輝き聖堂内を明るく照らしていた。
ハンスは大聖堂に踏み入れると、鼻息を荒くして年を感じさせない速さでづかづかと聖堂内を歩く。普段穏やかな表情を崩さないハンスらしくなく、鬼の形相である人物を探していた。
目的の人物が見つからなかったハンスは、聖堂内に残っていた神官の胸ぐらを掴んで激しく揺すった。
「シスハちゃんが勇者と魔族領に行ったと聞いた!それは本当か!?答えるんじゃ!」
「ご、ご老人、落ち着いてください!」
神官はハンスの腕を振り払うと、激しく咳き込む。ハンスは逸る気持ちをこらえて、神官の呼吸が戻るのを待ってから問うた。
「それでどうなんじゃ。シスハちゃんは今どこにおるんじゃ!?」
「お聞きのとおり、修道女シスハはミカリユ様の天啓を受けて、今回の勇者と共に魔王討伐の旅に出られました。」
「なんじゃと・・・。何が天啓じゃ。何が魔王討伐じゃ。ふざけるのも大概にしろ!シスハちゃんのような優しい子を死地へ送るなど、ミカリユ様がするはずなかろう!天啓などマリーの戯言じゃろうが!」
ハンスが怒りに拳を震わせていると、大聖堂の奥の扉が開く。
「騒がしいですね、何事ですか。」
扉の奥から出てきたのは、横にセエビアを連れた聖女マリーだった。
「マリー様、こちらのご老人がシスハ様のことでお怒りでして。」
マリーがハンスを見ると、ハンスは怒りで体を震わせてマリーを睨みつけていた。
「ここは私が対処します。あなたは帰りなさい。」
「承知いたしました。」
神官はマリーに深々と頭を下げると、大聖堂の奥へと消えていった。
「さて、何の御用でしょうか。」
「なんのことじゃない!どうしてシスハちゃんを魔王討伐なんぞに行かせた!そんなことをしたらシスハちゃんがどうなるのわかっておるじゃろう!どうしてシスハちゃんだったんじゃ!」
早口でまくし立てるハンスを冷めた視線で見るマリーは、大聖堂内に自分たち以外に人がいないことを確かめると、冷ややかな笑みを浮かべて答える。
「目障りなんですよ。彼女以外に使えない癒しの力で、多くの信徒が彼女を慕って。あの力を研究しても終ぞどんな力なのかわかりませんでした。私にも解らない力で、私の使えない力を使う存在など、ミカリユ教には不要なものですからね。」
「なんじゃと・・・。お主、自分が何をしたのかわかっておるのか!お主のそのちっぽけな自尊心を守るためにシスハちゃんを殺したというの・・・ぐふっ!」
マリーに駆け寄り、マリーの服を掴んで憤怒するハンスは、最後まで言葉を言い終えることなく、腹に大きな衝撃を受けて大聖堂内の長椅子を薙ぎ倒しながら転がる。腹に重く鈍い痛みが拡がり、うまく呼吸ができない。
「汚らわしい。誰が触れていいと許可しましたか。」
マリーが顔をしかめながら放った風魔法がハンスを吹き飛ばし、ハンスの触れた箇所をセエビアが懐から取り出した布で拭いていた。
「ゴホッ、ゴホッ、ま、魔法・・・じゃと?お主、自ら使用を禁じた魔法を使うなど、どこまで腐っていれば気が済むんじゃ。」
ぴくっ、とマリーの眉が歪むと、放たれた風魔法がハンスの片腕の骨を押しつぶす。声にならない悲鳴を上げるハンスをよそに、セエビアがマリーに耳打ちをする。
「マリー様、確かこの老人には妻がいたかと。この老人だけ消すのは少々不信感が拭えないかと。」
「だから何です。それならばいつものように全員消せばいいでしょう。今更そんなこともわからないのですか。」
「失礼いたしました。」
一歩下がり頭を低く謝罪するセエビアにつまらないものを見るような視線を送ると、マリーは右足に違和感を感じて下を向いた。いつの間にか折れていない腕で這ってマリーの足元まで来ていたハンスがマリーの足を掴んでいた。
「ヨーネ、ヨーネに手を出すな・・・。ワシだけで充分じゃろ。」
「・・・誰が触れていいと言いましたか。」
不快感を隠さないマリーは無事な残りの腕も風魔法でへし折る。
「何をしているのですかセエビア。そうして見ている暇があるなら、このごみと関係者もろとも研究所に送りなさい。もっとも、役には立たないでしょうけれど。」
ハンスの折れてもなお離さずにいた腕を足で払いのけると、マリーは大聖堂の奥へと消えていく。その背中にハンスは叫んだ。
「こ・・・こんなことが許されると思うでないぞ!お主にはいつか、いつかミカリユ様の天罰が!お主が犠牲にしてきた全ての者たちの憎しみが!お主に降りかかる、そんな時が来るはずじゃ!」
ハンスが言い終わるや否や、ハンスの身体は宙を舞い、大聖堂内の柱に叩きつけられて、ハンスの口から血と悲鳴が上がった。ハンスの怒号と悲鳴はランジア王国に降り注ぐ鳴りやまない雨にかき消され、雨水と共に地面に溶けていき誰の耳に届くことは無かった。
この日、ランジア王国の町から一組の老夫婦がその姿を消した。
「っ?」
「シスハ、どうかしたの?」
風呂を上がった百合達が食堂に向かって歩いていると、シスハが急に立ち止まった。
「いえ、ただ今声が聞こえた気がして・・・」
「声?私には何も聞こえなかった。」
「そうですよね。すみません、私の気のせいだと思います。」
そうです、気のせいはずです。だって、聞こえた声は、ハンスさんはここにいるはずがないのだから。
第一章が始まってから頭お花畑のような話が多かったですが、シリアスは残念ながら死んでおりません。
さて、今回のお話はどうでしたでしょうか。シスハの過去が少しだけ垣間見える話となっておりました。正直書いている途中はこんな残酷な話が思いつくなんて、自分に人の心があるのだろうかと自問しましたが、そう思えるならきっと良心で満ちているんだろうと結論付けました。ポジティブって大事。
作者都合により、修道士が神官に変更されています。ご了承下さい。正直ただのこだわりなので、ストーリーへの影響はありません。
次回、書くことは決めているのですが、構成がまとまらないため、少し更新に時間がかかるかもしれません。お待ちくださいませ。




