第1輪 視察という名のお花見①
第1輪は誤字ではなく仕様です。
ほのぼの回です。
四月一日。春の暖かな陽気が城下町を包む中、その少女は城の一室で午前中の業務を終えようとしていた。少しだけ高くなった日差しが背後の窓から差し込む。
「ん、んぅ~」
書類の最後の一枚に目を通し、承認のサインを流れるように書いてペンを机の上に置くと、少し固まった体をほぐすように伸びをした。
ゆっくりと立ち上がり窓を両手で押し開くと、柔らかな風が少女の頬を撫でる。細く美しい銀色の髪が風に揺られると、銀糸のようにきらきらと輝く。
少女は窓から身を乗り出して瞳を閉じると、暖かなお日様を感じながらこれからのイベントごとに胸を膨らませていた。少しの間そうしていると、何者かが執務室の扉を優しく叩いた。
「入っていいよ~。」
少女が緩んだ声色で入室の許可を出すと一人の女性が入ってきた。
「あらぁ、書類仕事はもう終わったのねぇ。流石リリィちゃんだわぁ。そ・れ・と・も、今日のお出かけが楽しみで大急ぎで頑張ったのかしら?」
「えへへっ、ばれちゃった?昨日からずっと楽しみで今日は早起きしちゃった。おかげで今日の書類仕事は終わりなのです!ということで私は準備万端だけど、サキュアちゃんはどうかな?」
「私も準備OKよぉ。けれどお昼ごはんのお弁当をちょっとだけ作りすぎちゃったから、リリィちゃんに運ぶのを手伝ってほしいわぁ。」
「もちろんだよ!そうと決まったら善は急げ!」
リリィと呼ばれた少女が執務室から軽い足取りで駆け出していくと、サキュアと呼ばれた女性は微笑みながらその後を追うのであった。
空になった執務室の机には、開いたままの窓から風に乗って一枚の桃色の花びらがふわりと舞い落ちた。
魔王城の中心に中庭はあった。周囲を城に囲まれているにもかかわらず、息苦しさは無く、むしろ広々と感じられる。青々とした草木が風に揺られる中、中庭の一角に建てられた西洋風の東屋には、先客がいるようだった。
「二人ともおまたせ!待たせちゃった?」
「いいや、ぼくたちもさっき来たところだよ。」
リリィに問われ応えるのは椅子に座って紅茶を飲む女性の名はナイト。そしてナイトの膝で気持ちよさそうな寝顔をしている幼い少女はココナだ。ココナの熟睡ぶりから、どうやら二人はしばらくリリィたちを待っていたようだ。
「起きて、お姫様。リリィとサキュアが来たよ。」
「ん…、ナイト?」
眠り眼を擦りながらゆっくりと身を起こしたココナは、少しぽけっとしながら周囲を見渡す。
「おはよう、お姫様。起こしてしまってごめんね。」
「おはよう・・・ナイト。時間?」
「そうだよ。さあ、リリィとサキュアにも挨拶をしようか。」
ココナは椅子から立ち上がると寝起きのせいでふらついた足取りで、リリィとサキュアの前へとゆっくりと歩みを進め、小さい声で挨拶をした。
「リリィお姉ちゃんとサキュアお姉ちゃんもおはよう。」
「おはよう、ココナちゃん。あぁ~、ココナちゃんはかわいいなぁ。ぎゅってしちゃおう!ぎゅ~!」
「もぅ、リリィちゃんたら、ココナちゃんが驚いちゃってるわよぉ。」
リリィがココナを抱き寄せて頭に頬ずりをする。少しだけ驚いた表情を見せたココナだが、悪い気はしないのか、なすがままにされている。
「全員揃ったんだ。少し予定より早いけど、楽しい視察に出かけよう。さあ、お姫様、手を。」
「うん。」
「私たちも行きましょ~。」
「レッツゴー!」
腕を振り上げ元気な号令を上げるリリィに続いて、一同は城下町への道を歩いて行くのであった。
ここはシルビオン王国。魔王領に生きる魔族を統べる魔王がいる魔族の国。魔王の庇護下でシルビオン王国の民は日々の暮らしを享受している。
そんな魔王とシルビオン王国民を外敵から守護するのは四天王をはじめとする魔王軍の役目だ。現在、シルビオン王国は人族のみが住まうランジア帝国と戦争の渦中にあった。
ランジア帝国の攻撃から魔王を己の命さえもかけて護る四天王たちは、いつランジア帝国が攻めてくるのかと気を引き締め、身に纏う空気を常にピリピリとひりつかせて・・・・・
「う~ん、今日もいい天気だね!」
「お昼にサンドイッチを作ってきたから、視察が終わったらみんなで食べましょうね~。」
「やっぱりこんな日にはお花見に限るねっ!」
「フフッ。リリィはすっかりお出かけ気分だね。でも、確かにいい天気だ。お姫様、足は疲れていないかな?」
「大丈夫だよ、ナイト。みんなでお出かけ楽しいね。」
・・・いることはなかった。
元気いっぱいで先頭を歩くのは魔王リリィ。
少し小柄で、年齢は人間でいう十代半ばぐらいだろうか。胸元辺りまで伸びた滑らかな銀色の髪が、太陽の日差しを受けて鮮やかに輝いている。肌色は白く透き通り、身体のラインは控え目な流線を描いている。化粧などしていないだろうに、桃色の柔らかな唇が全体的に色白なためより一層目を引く。明るい笑顔が特徴的で顔を合わせるとつられて笑みを浮かべてしまいそうな魅力があった。魔王という肩書に似合わぬ、暖かな印象を受ける少女だ。
その横でサンドイッチの入ったバスケットを片手に下げて歩くのは魔王軍四天王第一席サキュア。種族はサキュバス。
絶世の美女とは彼女のためにある言葉なのだろう。腰まで伸びたその髪は、見つめていると吸い込まれてしまいそうな少し紫を帯びた夜のような色だ。スタイルは抜群の一言で、すべての女性の憧れを体現したような出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ理想的な体系をしていた。一度サキュアを見れば世の男性はサキュアの色香で虜にならざるを得ないだろう。目尻の泣きボクロがまた彼女の色気を増している。
少し遅れて、ココナの手を握り、歩幅を合わせて歩くのは魔王軍四天王第二席ナイト。種族はヴァンパイア。
美青年とも言えなくもない中性的で整った顔立ちのナイトは、魔王軍随一の美形である。一度その瞳に見つめられながらと耳元で甘い言葉を囁かれでもすれば、彼女の虜にならない者はいないらしい(魔王軍女性調べ)。ただし、引き締まっていながらも服を押し上げる豊かな胸によって男性に間違われることはないようだ。
ナイトに手を引かれて歩くのは、魔王軍四天王第三席ココナ。種族はワーウルフ。
ワーウルフ特有の犬耳をぴこぴこ動かしながらナイトに手を引かれ並んで歩く姿は、小動物的で愛らしい。絵本から出てきたお姫様のようなフリルのついたふわふわなドレスを身に纏い、小さな歩幅でトコトコ歩いている。少し癖のついたふわふわした栗色の髪が風に揺れ、お尻の部分から出た尻尾がたのしげにゆらゆらと揺れているが何とも愛おしい。
そんな魔王と四天王一行は魔族領内の農耕地の視察に向かっていた。魔王城から農耕地までは少なくはない距離があるが、せっかくの遠出の機会のため花見を兼ねることにしたのだ。
魔王城の正門正門をくぐると、眼前に城下町入り口と魔王城を一直線に結ぶメインストリートが拡がる。あまたの種族の魔族や荷を積んだ馬車が行き交い、喧騒に包まれていた。道の両脇には所狭しと露店が立ち並び、客寄せの活気ある声が至る所から聞こえてくる。
シルビオン王国の最高位の4人が姿を見せるとすぐさま声が掛けられた。
「魔王様!今日も可愛らしいね!少し背が伸びたかい?」
「サキュア様っ!今日もなんてお美しいのかしら!何を食べればあんな風に・・・」
「きゃ~!ナイト様~、こっち見て~」
「ココナ様はなかなか大きくならんなあ。ほら、おっちゃん自慢のリンゴだ。持っていきな。」
リリィたちに気が付くと、市場で買い物をしていた人々が集まり思い思いに声をかける。リリィとサキュアはそんな彼らに手を振り答え、ナイトは人見知りなココナの代わりにリンゴを受け取っていた。ココナはナイトの陰に隠れながらも消え入りそうな声で「ありがとう」と応える。
ちなみに、その傍らナイトはファンの女性にウインクを飛ばすと、女性は黄色い悲鳴と共に気絶していた。恐ろしい。
その後も城下町を抜けるまでリリィたち一行は、声を掛けられ続けていた。リリィたち魔王軍幹部は魔族領に生きる魔族にとって魔族領の平和の根幹であり、尊敬の対象である。そして皆、リリィたちのことを家族のように愛しているのである。
そして、そんな彼らの命と生活を守ることが魔王軍の使命であり、存在理由なのである。