第6輪 運命の出会い①
教会で合流した百合、クリスティーナ、シスハの三人は、ぼろぼろのフードを目深に被り王都の路地裏を隠れるように歩いていた。一見すると、浮浪者のような装いで誰も彼女たちが勇者とその一行だとは思わないだろう。足を引きずる百合をクリスティーナが支えて歩く。シスハは口を開きかけては閉じてを繰り返しながら、二人の後をついて行く。
「あっ、あのっ!」
「なんだ。何か用か。」
シスハが意を決して声をかけると、二人は足を止めて振り向いた。
「おっ、お初にお目にかかります、クリスティーナ王女殿下。私はミカリユ教のシスハと申します。」
「ああ、挨拶が遅れてすまない。貴殿の指摘のとおり、私はクリスティーナだ。貴殿のことは民たちから伝え聞いているが、こうして会うのは初めてだったな。よろしく頼む、シスハ殿。私のことは呼び捨てで構わない。」
「でしたら私のこともシスハとお呼びください。それと、そちらの方が・・・」
シスハがちらりと百合に視線を向けると、百合が淡々と答える。
「私は百合。百合でいい。」
「はじめまして!私はシスハと申します。よろしくお願いします。」
「わかった。短い間だけど、よろしく。」
「・・・ところで、その怪我はどうしたのですか?」
シスハが心配そうに尋ねる。
「この国の人にやられた。」
「・・・どういうことですか、クリスティーナ様。」
「それは・・・」
僅かに怒りのこもった懐疑的な視線を向けられたクリスティーナは、王城での出来事を詳細に話した。
「そんな、勇者様の召喚がそのような罪深い方法で行われていたなんて・・・。異世界の方を欺いて戦わせているだけでも非道な行いであるというのに、この国はどこまで人としての道を踏み外すのでしょうか。しかも生贄としてアリア様が亡くなるなんて。ミカリユ様どうか我々をお許しください。」
シスハは衝撃の事実に眼を見開き、開いた口を手で覆うようにして驚く。
「だから早く魔王を倒して、有栖を取り返さないといけない。手伝って。」
「もちろんお手伝いしますが、それですとこの国には・・・。」
「そういえば、シスハ殿は他者の傷を癒すことが出来ると聞く。百合殿の怪我を治してもらうことはできないだろうか。」
何か言いかけたシスハを遮るようにクリスティーナが百合の治療を願い出る。
「そうなの?ならお願いしたい。」
「是非させていただきますが、その、本当に良いのですか?」
シスハは本当にいいのかと念を押すように、クリスティーナに尋ねる。
「ああ。」
「?。何の話か分からないけど、治せるなら早く治して欲しい。」
「・・・わかりました。百合さん、少し待っててください。」
シスハが百合に近づき指を組むと、シスハの体から白い光が漏れだす。その光が徐々に強くなっていき、溢れた光が百合を包むとたちまち百合の傷が癒えていった。
「すごい。痛みが無くなってる。たぶん、骨折も治ってる。」
「ほう。これがうわさに聞く、シスハ殿の奇跡か。確かに奇跡と呼ぶにふさわしい現象だが、これはどういった術なのだ?魔導とも違うようだが。」
腕を振ったり跳ねたりして体の回復を確かめる百合。クリスティーナは初めて見る奇跡に感心していた。
「教会でもわかっていませんがどうやら魔導ではないようです。かつて私と同じことが出来た方はいたようなのですが、そのころには魔導はまだ確立されていませんから。」
「魔導?というのは私にはわからないけど、シスハのおかげで痛みは無くなった。ありがとう。けど、私は一秒でも早く魔王を倒して有栖を助け出したい。だから、早く出発しよう。」
「そうだな。いつまでもここに留まっているわけにもいかないだろう。百合殿の言うとおり、早くここを発とう。ここにいれば民たちに気付かれるかもしれない。いいな、シスハ殿。」
「・・・わかりました。行きましょう。」
歯切れの悪いシスハを不思議に思いながらも百合は歩き出す。クリスティーナとシスハは顔を見合わせると、百合の後に続いて歩きだした。
「着いたぞ。」
クリスティーナの案内で百合たちが連れてこられたのは、ランジア王国の王都からほど近い草原の中にポツンと建てられた石造りの祠のような建物だった。移動中に日は落ち始め、夕日が草原の草を赤く染めている。
「お疲れ様です。クリスティーナ王女殿下。お話はアイゼン隊長から聞いております。どうぞこちらへ。」
祠を守護するように立っていたのは、ランジア王国騎士団の団員だった。百合たちは団員に促されて祠の中に入ると、中には一辺が2メートルほどの正方形の台座があり、百合と有栖が召喚された時に見た幾何学的な文字の描かれた円陣が彫られていた。
「これは・・・。」
全ての始まりのきっかけとなったものを目の前に、百合は無意識に顔が強張る。
「そうか、百合殿は一度見ているのであったな。これは転移魔法陣と呼ばれるものだ。いつ、誰が、どんな技術で作ったかは不明だが、これはランジア王国と魔族の住む大陸を繋ぐ道の一つだ。」
「大陸?」
「魔王率いる魔族は私たち人間が住んでいる大陸とは異なる大陸に住んでいるといわれています。ですが初めて魔族が私たちの大陸に来たときは、転移魔法陣ではなく海を渡ってきたと母から聞いています。当時は初めて見る魔族に相当混乱したそうです。」
「ん?魔族と戦争をしてるって聞いてる。なのに、この場所がばれているのにどうして攻めてこないの?」
「それはわからない。だが、今の魔王が前魔王の意思を継いでいるのなら、もしかしたら・・・。」
「お話中のところ失礼いたします。クリスティーナ王女殿下、準備が出来ました。」
転移魔法陣を見ると淡く光を放っており、近くにはシスハと似た服装をした人たちが息を切らして額から汗を垂らし、全身脱力して壁にもたれ掛かるように座っていた。恐らく急に決定した百合たちの転移のために、突貫で魔力の充填をしていたのだろう。
「行こう。」
百合が躊躇いなく転移魔法陣の上に乗る。それに続いて乗ろうとするクリスティーナの腕をシスハが躊躇いがちに掴んだ。
「本当に話さなくていいのですか。このまま百合さんに黙ったまま行けば、百合さんはきっと私たちを恨むでしょう。」
「だろうな。だが、これは私の願いのために私の意思でそうすると決めたことであり、すべて私の責任だ。貴殿は気にしなくていい。」
クリスティーナの顔は真剣そのものであり、強い意志と覚悟を宿した瞳をしていた。これ以上の説得など無駄であろうことはすぐに解った。
「・・・わかりました。ですが、黙っている以上、私にも責任はあります。ですから、私たちは共犯です。負うべき罪は私も共に背負います。」
「ふっ、なるほど。貴殿は噂通りの清き心の持ち主であるようだな。」
クリスティーナとシスハが転移魔法陣の上に立つと、入り口を守っていた騎士団員が近寄ってきた。
「皆様、準備はよろしいでしょうか。」
「問題ない。」
「よろしく頼む。」
「ミカリユ様、私たちの旅立ちに祝福を。」
騎士団員の問いに百合、クリスティーナ、シスハが応える。全員の準備が整ったことを確認すると、騎士団員は三人に向かって敬礼をした。
「転移が終われば、そこはもう魔族領です。どんなことが待ち受けているかわかりません。どうかご部武運を。」
騎士団員が言い終わると、転移魔法陣が眩い光を放ち起動する。光が収束すると、旅立ちの証に三人の姿はもうなかった。
「そろそろ交代の時間だな。」
「ふぁ~。魔王軍に入って長いが、未だに徹夜は慣れんな。俺もいい加減歳だ。この老体には堪える。」
「何を言ってるんだ。まだまだ若い連中にここは任せられないだろう。この転移魔法陣は魔王城から限りなく近い場所の一つなんだから、俺たちぐらいの実力が無くてはこの役目は任せられないさ。」
「そうだな。」
朝日差し込む早朝。二人の熟練の魔王軍が転移魔法陣の見張りをしていた。通常、転移魔法陣は魔王軍が定期的に巡回するだけに留まるが、魔王城からほど近い転移魔法陣は魔王軍の中でも経験と実力を兼ね備えたベテランの警備隊が交代制で警備していた。
「とは言っても、ランジア王国のやつらは一度使った転移魔法陣は使用してこないからな。ここは侵攻初期に使われているし、そこまで警戒する必要もないのかもしれないがな。」
「警戒することに越したことは無いだろう。・・・ん?おい!見ろ!」
転移魔法陣が突如光を放つのを見た警備隊が、相棒の隊員に警戒を促す。即座に相棒がナイトへの通信魔法を繋ぐのを試みるのを見て、自分は武器を構えて臨戦態勢をとる。洗練された無駄のない行動は日々の訓練のたまものであり、並の兵ではこうはいかなかっただろう。
「緊急事態!緊急事態!5番地点の転移魔法陣が突如きど・・・ぐあ!」
通信魔法が繋がりナイトに報告をしている途中で、転移魔法陣の光の柱の中から小さな黒い影がすさまじい速度で飛び出す。その影は身の丈ほどの両刃の大剣を片手で振りぬくと、通信魔法を使っていた相棒の意識を刈り取った。
「女だと!?」
一瞬驚きはしたものの、すぐに意識を転移魔法陣から飛び出した影に向ける。そこにいたのは、人間であったら大の大人が二人掛でなければ持ち上がらなそうな大剣を軽々と片手で持ち、肩に担いでいる少女だった。
(若いな。そのうえ、辛うじて見えた動きは素人そのものだった。戦闘経験はほぼないと考えていいだろう。ランジア王国からの尖兵は常に軍人か教会の教徒、それか異世界から来たという勇者と呼ばれる人間だけ。つまり目の前の少女は勇者、ならばこちらが取る手は見慣れない魔法と剣技を絡めた一撃!)
瞬時に戦況を判断して、異世界からの勇者に向かって魔法を展開しながら突っ込む。自分と並走するように三つの火球を展開すると、瞬く間に間合いを詰める。
(取った!)
勇者のがら空きの懐に入り、自らの勝利の確信する。この場所でこのタイミングで剣を振れば確実に斬ることが出来る、長年の経験からの確信だった。
(こんな幼子を殺すのは気が引けるが、いさ仕方ない!)
迷いなく振りぬいた剣は勇者を確実に捉えた、と思った。しかし、現実は違った。避けることなど不可能と思えた一撃は空を斬り、勇者は一回のバックステップで距離をとる。
「これを避けるか!だが!」
警備兵はすぐさま展開していた火球を勇者に向かって飛ばすと、追従するように走り出す。
「これが魔法。すごい。」
能天気な感想を漏らす勇者に向かって展開した火球が襲い掛かる。勇者のもとに着弾した火球は、小さな火柱を上げた。警備兵はそれでも一切の油断することなく、勇者がいるであろう場所を斬った。だが、手には一切の手ごたえがなかった。
「魔法に魔族。これが異世界。有栖が喜びそう。」
「なっ!・・・うわあ!」
どうやって避けたのかわからなかったが、気づいた時にはすぐ隣で勇者の振りかぶる大剣が自分に迫っていた。直後大きな衝撃が警備兵を襲い、派手に吹き飛んでいった。
「殺してしまったのですか。」
転移魔法陣の光の柱から、クリスティーナの陰に隠れながらおずおずとシスハが顔を出す。
「大丈夫。峰打ち。」
「貴殿の剣に峰は無いだろう。」
百合のボケにクリスティーナが突っ込む。動きから察するに歴戦の兵だったであろう魔王軍をいとも簡単に大剣の腹で叩いて気絶させた百合に、クリスティーナは心の中で驚愕していた。
(これが勇者としての百合殿の実力か。これまで勇者として召喚された者とは格が違いすぎる。理由はわからない。だが、もしかしたら・・・。)
「アリア、これがお前の言う『希望』なのか。」
クリスティーナは空に向かって、一人呟く。その声は風ともに消えた。
「何か言った?」
「独り言だ。気にしなくていい。それよりも百合殿。無茶を承知で願いたいのだが、出来れば魔族を殺さずに進むことはできないだろうか。」
「最初から誰かを殺すつもりはない。私は魔王を倒して、有栖と元の世界に帰りたいだけ。」
「そうか。ならば、さっそく魔王のもとへ向かうとしよう。私たちが魔王領に入ったことがばれているかもしれない。」
三人は顔を見合わせると、すぐさま遠くに見える魔王城へ走り出した。
皆さん、お久しぶりです。幻夢霞です。
約20日ぶりの更新となってしまいました。お待たせしました。皆さんは今年はどんな年だったでしょうか。いい年だったでしょうか。厄年だったでしょうか。私は詳しくは言えませんが、まさに激動の一年でした。本当に大変な一年でした。苦しい年ではありましたが、その苦しみを撥ね退けるようにこの小説を書き始めることが出来たので、ある意味ではいい年だったのかもしれません。
さて、あと少しで2023年も終わり、2024年となります。ちなみに私は本日も仕事でした。きれそう。そして私は年末まで働かない場所に転職しようと誓うのです。
2024年は皆さんにとっても私にとっても良い一年になることを切に祈っております。それではよいお年を。
次回は1/1(月)に更新予定です。




