第5輪 勇者召喚①
ランジア城の奥深く、城内で王の傍の次に厳重に警備された場所に、異世界人召喚の儀が行われる召喚の間があった。石造りの室内には、魔導器による火が揺らめき、煌々と室内を照らす。
灯りに照らされた人影は、ランジア王ゼドリクや、ブラド第二王子、ヌグリフ近衛隊隊長と近衛隊、アイゼン騎士団長など、この国の上層部たる面々が揃っていた。彼らの前方にの床には、幾何学的な文字の刻まれた転移魔法陣がつなぎ目の無い石畳に刻み込まれ、その上にはアリア第二王女が手錠をかけられ座っていた。
「くっ、離せ!こんなことが許さると思っているのか貴様ら!」
ゼドリク達から見てアリアのいる場所を挟んだ先に、四人の近衛兵に体を押さえつけられ、地面にうつ伏せに押さえつけられるクリスティーナ第一王女がいた。力の限り拘束を解こうと抵抗するが、四人がかりで押さえつけられては日頃鍛えているクリスティーナでも振り払うことはできなかった。
「おいっ!おとなしくしろっ!」
クリスティーナを押さえつけていた一人がクリスティーナの頭を掴んで、顔の側面を床に押し付ける。
「ぐっ!」
苦しげに呻くクリスティーナを、セドリクは肘掛けに肘をつき頬に拳をあてて傍観し、ブラドは恍惚とした表情で涎をすすりながら食い入るように見つめ、アイゼンは眉間にしわを寄せて静観する。
「やめなさい。」
静かな、だが芯の通ったアリアの声が召喚の間にシンと響き渡る。
「父上、お姉さまにこれ以上暴力を振るうのは許しません。」
「何故余が貴様の言うことを聞かなくてはならぬ。」
「聞かぬのであれば、私は今すぐに舌を噛み切って死にます。」
ゼドリクの威圧的な視線をアリアは正面から受け止め、毅然とした面持ちでセドリクを見返す。
つかの間の静寂の後、ゼドリクは低い声で重苦しく口を開いた。
「・・・よかろう。そこのお前、手を離せ。」
近衛兵はゼドリクの命にクリスティーナの顔を抑えていた手をどける。アリアは振り返り、クリスティーナの瞳をじっと見据えると、笑顔で優しく語りかける。
「お姉さま、今までありがとうございました。このような身体でありながらも、お姉さまのおかげで私は人並みの幸せの中で生きることが出来ました。」
「アリア、そんなことを言うな!私が必ず助けてやる!だから・・・!」
二人のやり取りを背に、ゼドリクとヌグリフは粛々と異世界人召喚の準備を進める。
「陛下、魔力の充填完了致しました。いつでも始められます。」
「よし、始めろ。」
近衛隊が転移魔法陣に手を当て魔力を込めると、転移魔法陣が眩い光を放ち始める。
「お姉さま、この国を、民を、未来を頼みます。私にはもう叶わぬことですから。」
「待て!アリア!駄目だ!お前は私の大事な・・・!」
クリスティーナは右腕の拘束を振りほどくと、アリアへ届かぬ手を精一杯伸ばす。
「私はお姉さまの妹で幸せでした。愛しています。」
アリアがクリスティーナに微笑むと、転移魔法陣がより一層瞬き、アリアを包み込んだ。
灰色の分厚い雲が空一面を埋め尽くし、空がいつもより数段低く感じられた。雲から降る大粒の雨が冷たいアスファルトを激しく叩く。視線を落とすと、足元には散ってから時間が経ち、茶色に変色した桜の花びらが雨に流され排水溝に吸い込まれていく。
視線を上げると、ビニール傘越しに見える並木道沿いに植えられた桜は温暖化の影響か、四月であるというのに8割がた新緑の目立つ葉桜になっていた。
ぼーっと、桜を眺めていると、左側から水の跳ねる音が聞こえてくる。
「おはよう、百合ちゃん。待たせちゃったかな。」
「おはよう。そんなに待ってない。だけど、あんまりホームルームまで時間がないからはやく行こう。」
地味な色でありながら、ところどころに花柄をあしらった可愛い傘を差して隣に立つ、友人の佐々木有栖と待ち合わせをしていた花園百合は、表情を変えずに二人が通う中学校への道のりを歩き出す。二人とも真新しい常盤色のブレザーと千歳緑色のスカートに身を包み、胸元にはそれぞれ一年生を示す藍色のリボンとネクタイが着けられている。
「百合ちゃんはリボン着けないの?これ、可愛いから百合ちゃんに似合うと思うんだけど。」
「私はネクタイの方がいい。何かと有用性がある。」
「ええと、そっかぁ。」
おしゃれよりも有用性(?)を優先する百合に、有栖は百合ちゃんらしい、と思いながらも苦笑いをこぼす。
「百合ちゃんはもう入る部活とか決めた?私は運動は苦手で運動部は無理だから、好きな本を読みながらできる図書委員にしようかと思ってるんだ。」
ちらりと横目で小さな声で自分に話しかける有栖を見ると、有栖は長い髪を人差し指でくるくると遊び、年齢の割に女性的に成長した体を隠すように少し猫背気味に隣を歩いている。時折、眼鏡がずれるのか、くいっと、眼鏡の縁を持ち上げると、長い前髪でレンズの上半分が隠れてしまった。
「そう。有栖に合ってると思う。・・・でも、有栖目当てに男子が図書室に来るかもしれないから気を付けて。私のクラスで、『隣のクラスに、前髪が少し長くて暗そうだけど、めっちゃ綺麗な女子がいる!』って昨日クラスの男子が騒いでた。たぶん、有栖のこと。」
「ええっ!私はそんなに綺麗じゃないよ!それを言うなら、百合ちゃんの方が魅力的だよ。身長も小っちゃくて顔も可愛いのに、私より強いんだもん。百合ちゃんこそ、その、クラスの男の子に人気なんじゃないかな?」
肩にかかるくらいの髪は特にケアはしていないというのが信じられないような艶を放ち、キメ細やかな肌にはシミやそばかすなど見当たらない。くりくりとした目は引き込まれるような澄み切った黒で、鼻も小さく可愛らしく、唇は柔らかそうにプルプルしており、和風美少女とは百合のためにあるのであろう。
感情を表情に出さないため、長年一緒にいる有栖でさえもたまに何を考えているかわからない時もあるが、そんなことがどうでもよくなるくらい可愛い、有栖にとっての憧れを体現した女の子だった。
「そんなことは無い。」
「でも、昨日校舎裏で男の子と会ってたって、私のクラスで噂になってるよ?」
有栖の言葉に百合は昨日の出来事を思い出す。
部活見学を終えて帰路に就こうと下駄箱を開けると、そこには『放課後校舎裏に来てください』とだけ書かれた1枚のメモ用紙が入っていた。気は進まなかったが、相手を待たせ続けるのも悪いと思い校舎裏に向かうと、同じクラスの男子が立っていた。あれはクラスの女子がイケメンだとか騒いでいた、名前は確か・・・、忘れた。相手は百合に気が付くと、前髪を手で執拗に整え、いろいろ前口上を述べた後、「一目惚れでした!俺と付き合ってください!」と勢いのまま告白をしてきた。
「『興味ない』って断った。私は恋愛なんかに興味ないから。所詮他人なんて本当に大変な時に助けてくれないのに、恋愛にうつつを抜かすなんて時間の無駄。」
「百合ちゃん・・・。」
感情を感じさせない淡々とした口調で話す百合に、有栖はその考え方がきっと百合の過去に起因するだろうと推測して言葉に詰まる。何と言えばいいのか考えていると、不意に百合が足を止める。百合に続いて急に止まろうとしバランスを崩す有栖の腕を掴み支えると、百合は進行方向を指差す。
「あれ見て。」
百合が指す方を見ると、いつもの通学路がカラーコーンとバーで封鎖されており、『工事中』と書かれた看板が置かれていた。
「どうしよう、この道を通れないと学校に遅れちゃう。回り道は、えっと・・・。」
学校が始まってから日数が余り経っていないために土地勘がなく、別ルートをすぐに思い浮かべることができない。あたふたと慌てる有栖と対照的に、百合は冷静に辺りを見渡す。
「有栖、この道を通ろう。」
「ゆっ、百合ちゃん!?」
百合が有栖の手を引いて、今いる道のどこに繋がっているかわからない脇道へと早歩きで歩き出す。曇天のせいで薄暗く、住宅の塀に挟まれた細道は複雑に入り組んでいた。突き当りを左へ、また突き当りを右へ、そんなことを繰り返す。
「ほんとにこっちで合ってるのかな。それにこの辺りで最近行方不明になってる人が多いみたいだし、迷う前に引き返した方がいいんじゃないかな。」
不安げ表情で後ろを振り返る。もう来た道を覚えてはいなかった。
「大丈夫。方向的にはこっちで合ってるはず。・・・ん?なに、これ。」
曲がり角を曲がると唐突に三方を塀に囲まれた畳二畳分ほどの更地が現れ、地面には幾何学的な文字の刻まれた円陣が描かれていた。
「うわぁ、なんだかちょっと不気味だね。テレビで見た怪しい宗教の魔術みたい。」
有栖が百合の背中にピッタリくっついて、百合の頭上から覗き見る。
「・・・戻ろう。これが何だろうと、行き止まりには変わりない。もう遅刻するのは確定だけど、遅れるにしても早いことに越したことは無い。」
「えっ、百合ちゃん、これがなんなのか気にならないの?」
百合は円陣に背を向けると、後ろに下がるようにと有栖を押す。その時、百合は後方が急に明るくなったことに気が付いた。
「きゃ!眩しい!」
目を手で庇う有栖と急いで振り返る百合。百合の視線の先では、先ほど見つけた円陣が辺り一面を眩く照らすように光り輝いていた。目を潰さんばかりの閃光は、その眩さとは裏腹にどこか美しく清らかな感じがした。
「くっ!有栖下がって。なんだかわからないけど、普通じゃない!」
「う、うん!わかった!」
有栖が一歩下がり百合も下がろうとした時、突如円陣から痩せた白い少女の手が現れ、百合の腕を掴んだ。円陣から出た光は柱のように天へ高く立ち上がり、その腕は百合をその柱の中へ引きずり込もうとする。
「なっ!離して!」
掴まれた腕を力の限り引くが、力に自信のある百合の抵抗をものともせず、百合を着実に光の中へ引きずり込んでいく。腕からは決して離さないという意思が感じられた。
「百合ちゃん!待って!」
百合の姿が光の柱に吸い込まれると、僅かな逡巡の後、有栖も百合を追いかけて光の柱に飛び込む。光の柱がすぅーっと消えた場所には、百合と有栖の姿どころか、謎の円陣も更地もなく、二人が脇道に入る前に目指していた道路に繋がっていた。
ということで、第5輪にしてやっと「魔王軍幹部は百合だらけっ!!」のメインヒロインが登場しました。いや~、長かった!
花園百合は第1輪投稿時から決めていたキャラだったので、こうして登場すると「やっとここまできたか」と感慨深いものがあります。まあ、まだあらすじ部分も書けてないですけどね(笑)
あらすじ部分は第6輪で書き終わる予定ですので、第7輪から第1章が始まる予定です。百合成分を体が求めてやまない方はそこまでお待ちください。私は話が辛すぎて、早く第1章を書きたい衝動に駆られています。
余談ですが、ランジア王国国王『セドリク』とランジア王国近衛隊『ヌグリフ』って名前が似ていて分かりづらくないでしょうか?私はよく読み間違うので、どちらかに改名してもらいたい所存です。




