第4輪 ランジア帝国①
「第4輪 平和な世界①②」は新キャラが多いため、「あれ?既出のキャラかな?」と読み返さなくていいように、新キャラの名前を載せておきます。
・クリスティーナ=ランジア
・アイゼン
・アリア=ランジア
・シスハ
・聖女マリー
・ハンス(多分今回のみの出演)
4月19日。ランジア帝国の王城敷地内の端、ランジア帝国騎士団の修練場では早朝から断続的な金属音が響いていた。
「はぁぁぁっ!」
気合のこもった掛け声を出しながら女性が槍を振るうたびに、頬を伝う汗がきらりと光り飛ぶ。
相対する男性は、次々に繰り出される連撃を受け止め、受け流す。瞬きも許されない連撃の僅かな隙を見逃すことなく、その余すことなく鍛え上げた肉体を駆使し、反撃の一撃を繰り出した。
女性は強烈な一撃を持ち前の槍で受け止め切れずに後方へ弾き飛ばされるも、両足で地面に2本の跡を残しながら踏ん張り耐えきる。
しばしのにらみ合いの後、男性は構えていた騎士剣を下げた。
「強くなったな。姫さん。」
「なに、貴殿に比べれば私などまだまだだ。アイゼン殿。」
姫様と呼ばれた女性は、ランジア帝国第一王女のクリスティーナ=ランジアだ。
柔らかな癖の付いたクリーム色の長い髪を白い紐で縛ってまとめあげ、騎士団の訓練用の簡素な衣服にそでを通している。細く真っすぐとして眉がすらりと伸び、碧い瞳はまっすぐで力強い。成人は過ぎているにも関わらず、化粧などの類はしていない。だが、凛とした顔立ちはそれだけで美しく、特段飾り立てる必要は無い。女性としては上背が高く、手足にはしなやかでしっかりとした筋肉がバランスよくついている。
槍の柄を地面に突き立て、額の汗を拭う仕草一つ取っても、堂々たる姿は王族としての風格を纏っていた。
「何度も言っているがな、『姫さん』。俺はあんたの部下なんだからよ、俺に敬称は不要だ。」
「貴殿の方こそ、『クリス』と呼んで構わないといつも言っているだろう。貴殿は私の師なのだからな。」
クリスティーナを『姫さん』と呼ぶのは、ランジア帝国の最大戦力であるランジア帝国騎士団の団長アイゼンだ。ランジア帝国最強の武人としてその名を大陸全土に轟かせている。
「はっはっ!『姫さん』は相も変わらず頑固だな!」
「それを言うなら貴殿もだろう。」
豪快に笑うアイゼンにやれやれと肩をすくめ、クリスティーナは額の汗を拭うともう一度槍を構える。
「さて、休憩はこのぐらいでいいだろう。鍛錬を再開しよう。」
「いや、今日はここまでだ。姫さんに見せたいもの・・・いや、見てもらいたいものがある。」
「良いもの・・・というわけではなさそうだな。」
訓練以外では珍しく真剣なアイゼンの表情に、どうやらただ事ではないと察したクリスティーナ。
「少なくとも姫さんにとってはそうだろうな。姫さんの用意が出来たら行こう。あんまり遅いと面倒な奴らが来るからな。」
「わかった。すぐに支度をする。」
急いで身支度を整えると、クリスティーナはアイゼンの案内で城下町へと降りて行った。
ランジア帝国。
大陸に数多くの国家がひしめき合い、我こそはと覇権を握るため絶えず戦争が行われていた。『大陸の歴史は戦争の歴史』。そういわしめるほど、戦争は大陸にとって日常であった。そんな目まぐるしく国境が変わる中で、台頭してきたのがランジア帝国だ。
長く苛烈な戦争の結果、大陸全土を掌握し、ランジア帝国は大陸唯一の国家となった。代々領土を拡大していき、最後の国を支配下に置いたのは先先代の皇帝だった。
徹底的な中央集権化によってランジア帝国は安定と栄華が約束された。・・・はずだった。
「また民の数が増えているな・・・。これでは検問所の手が回らないのではないか?」
「少なく見積もって毎日100人は入ってきてはいるが、検問所の衛兵の数は問題になってはいないそうだ。これだけの数が地方から入って来てるんだ、もともと衛兵なんかをやって奴をそのまま使える。問題になってるのはそこじゃない。」
「仕事と住居か。」
「即答とはさすがは姫さんだな。」
「この程度のことがわからぬほど、愚かではないつもりだ。」
帝国最大の都市、帝都と言えども流入してくる民に見合うほど仕事は無い。住居となればなおさらだ。土地には限りがあるにも関わらず、食料品などの物価の安い帝都に住みたがる人は日に日に増えていく。すると当然の問題が出てくる。
クリスティーナの視線の先、裏路地にはボロ布を着た身なりの貧しい者たちが溢れていた。
「帝都への資源の集中。父上が実権を握ってから始めた帝都最優先の方法では、食糧、軍事力、権力、宗教、政治、全てをこの帝都に集め、帝都から国土全土へ分配する。この仕組みこそが帝都の現状を作り出し、この仕組みのせいで帝都から離れるほど物価は高くなる。しかも長年続く不作も加わって安い食糧を求めてここへ来る民が後を絶たない。・・・父上のやり方はとても民のことを考えた国の在り方とは言えたものじゃない。」
「だがその一方で、魔導器の開発に国中の資源を回せるのも事実だ。もともとこの国は他国を戦争で吸収してきたせいで、内乱が起きやすかった。そこに来てこいつだ。」
アイゼンが腕の軍用魔導器をコンコンと叩く。
「軍用魔導器の製造を帝都で独占しているおかげで、国内の反対勢力との戦力差は最早比にならないからな。反乱を起こしたところ蹂躙されるのが解っているからこそ、しばらくは国内の戦争で死人は出てない。・・・やり方は気に食わないがな。」
「・・・戦争で直接死んでいないだけで、帝都から離れれば飢えて死んでいる者も多い。死に方が違うだけで、王家が殺しているのと本質では同じことだ。」
ギリッと唇を嚙むクリスティーナに、アイゼンは肩をすくめた。
「あんまり追い詰めてことを起こすなよ、姫さん。俺たちが今動いたところで何も変えられはしないんだ。どうするかはもう一人の姫さんに任せようや。・・・おっと、着いたな。姫さん、これが姫さんに見せたかったものだ。」
アイゼンに連れられてきたのは城下町の一画、ミカリユ教会の管轄下にある墓地だった。一際人が集まった場所へ近づくと、帝都では見慣れない意匠の一つの棺桶が置かれていた。中には男性が横たわり、胸には刃物で刺された跡が残っている。何処かで見た覚えのある顔に、クリスティーナは記憶を手繰る。
「・・・そうだ。あの者は前の魔王討伐へ向かった衛兵だ。名は確か・・・。」
「・・・ガドルフです。クリスティーナ姫殿下。」
振り向くと虚ろな目をした女が立っていた。感情の抜け落ちた表情をした女は、ジッとクリスティーナを見つめている。娘だろうか、女は10代前半ぐらいの少女の手を握っている。少女もまた、生気のない顔つきをしてこっちを見ている。
「貴殿は?」
「・・・。」
「その元衛兵の妻と娘だ、姫さん。」
「っ!」
クリスティーナの問いに答えない妻のアンナに代わってアイゼンが答える。歪む表情をすぐに押さえつけ、毅然とした態度で親子の前で膝を折ると頭を下げた。
「姫殿下!第二王女たる姫殿下がそんなに安易に頭を下げては王家の威厳が・・・!」
「いいんだ。好きにさせておけ。」
「ですが隊長・・・。」
騎士団の1人だろう。一平民に首を垂れるクリスティーナへ上申するも、アイゼンがそれを片手で制する。
「此度のガドルフ殿の死の責は全て、旅の同行者に任じた我ら王家にある。すまなかった。ガドルフ殿と交わした約定通り、貴殿らの生活はランジア王家が保障する。貴殿らが今後飢えに心配する必要は無い。望むのならご息女の教育もできる。希望する仕事にもつけるようになる。・・・私にできることであれば
なんでもしよう。」
「・・・なんでもですか。なら夫を返してください。あの人がいればそれでいいんです。生活が苦しくたっていいんです。あの人とだから帝都へ来たんです。返してください。あの人を返してください。」
「・・・すまない。それは叶えられない。」
「どうして!?なんでも言ったのに!」
「姫殿下から離れろ!」
険しい表情でクリスティーナへと飛び掛かるアンナを、控えていた騎士団員が引き剝がす。それでもなおクリスティーナへ掻き毟るように腕を伸ばすアンナの姿に、胸の奥をズタズタに引っかかれているかのような痛みを覚えた。
親子との距離はたったの5歩。その5歩がとても遠く感じた。
ふとアンナの隣から視線を感じて目を向けると、アンナの娘、ミナがこちらを鬼の形相で睨んでいた。
「本当はお父さんを生き返らせる方法があるのに言わないんだ。知ってるのに黙ってるんだ。」
「・・・どういう意味だ?人は死んだら生き返ることは無い。貴殿の年ならもうわかっているだろう。」
「嘘だ嘘だ!あの人が言ってたもん!クリスティーナ様は魔族を使えばお父さんを生き返らせる方法を知ってるのに、魔族と仲がいいから皆には黙ってるんだ!独り占めしてるんだ!」
「いったい誰がそんな根も葉もないことを?」
「うるさいうるさい!クリスティーナ様なんか大っ嫌い!」
身に覚えのない言われように、何か知っていないかとアイゼンを見やると、俺もわからんとばかりに首を振る。殺意のこもった視線を2人に向けられて困惑していると、聞きたくない声が耳に入った。
「おや、これはこれは。こんなところでお会いするとは珍しいこともあるのですね、クリスティーナ様。当教会の墓地に何か御用ですか?」
現れたのは神官たちをぞろぞろと連れたマリーだった。いつも誰に対しても絶やすことの無い笑みが、どうにも作り物のように見えるこの女がクリスティーナは苦手だった。
それだけではない、マリーがミカリユ教の教主たる聖女になってから、ミカリユ教はその教義を変えてしまった。国という大きな受け皿から零れ落ちてしまった者たちを掬い上げ、誰でも平等に保護をする。そんな姿勢が多くの人々から支持を受け、大陸一の勢力を誇る宗教となった。
その姿勢は今でも変わらない。だが、何かきな臭い。庇護の不要な人間も強制的に信徒する。中には無理やり両親と離された子供すらいると聞く。
それだけではない。人間こそがこの世界での絶対者であり、魔族は人に非ず、魔物と同一の存在であるとの見解を公表している。
その変化を良いものだとは到底思えなかった。
「貴殿こそ珍しいではないか。最近は専ら大聖堂に籠っていると聞いていたが、こんな帝都の外れの墓地に来るとは。まさか散歩というわけでもあるまいな。」
「散歩なんて、そんな暇があればよかったのですが。今日は私たちの新しい家族となる信徒を迎えに来ただけですよ。」
「迎えにだと?」
クリスティーナの険のこもった言葉を軽く流すと、マリーは親子のもとへ歩み寄った。
「お待たせしてしまいましたね。我らミカリユ教会はあなた方を歓迎いたします。これからあなた方が暮らす寮をご案内いたします。」
「マリー様・・・。娘共々よろしくお願いいします。」
マリーの登場によって緩んだ拘束を逃れたアンナが差し出された手を取ると、続いてミナも手を取った。
「・・・待て。お二方の身は王家が引き取ることになっていたはずだ。いくら貴殿と言えども父上の決定に背くことはできん。」
「そのゼドリク王からの王命ですよ。あれを。」
「・・・バカな。この筆跡と印は父上の・・・。どういうことだ!せめてもの彼の死に報いるべきは討伐を命じた王家の責務だ!それすらも放棄しては、国として、いや、それ以前に人としての道理に背いている!」
マリーの傍に控えていた聖女付きのセエビアから手渡された書簡に目を通し、マリーの言葉に嘘など無いと理解すると共に怒りで手がワナワナと震える。
表情に出してはいないが、瞳の奥に愉悦の浮かべるマリーを見て、クリスティーナは確信を持って言う。
「・・・貴殿だな。魔族には人を生き返らせる術があると偽りをその娘に吹き込んだのは。なんのつもりだ。この書簡だってそうだ。父上は例え自分の命令で死んだ兵の家族であっても、一国民など歯牙にもかけない人間だ。そんな父上がわざわざ王印まで押した書簡を用意するなど異質すぎる。貴殿と父上は何をしている?」
「さぁ、なんのことでしょう?言いがかりは止めていただきたいのですが。」
「とぼけるのも大概にしろ!」
「その辺にしておけ、姫さん。怪しいとしてもこれは王命だ。俺たちがどうこうできることじゃない。」
「理解が早くて助かります。さすがは騎士団長とでも言った方がいいのでしょうか。さて、私たちはこの後も所要がありますので、この辺りで失礼いたします。」
恭しく礼をすると、マリーは親子と取り巻きを連れて来た道を引き返す。だが、マリーはふと立ち止まると、顔を向けることなく言う。
「そういえば顔を見に来てはいかがですか。いつ会えなくなるかわかりませんよ?」
「何の話だ?」
クリスティーナの問いに答えることなく、マリーはそのまま大聖堂へ続く道を歩いて行った。
後ろ姿が見えなくなると、自然と詰まった息が胸から漏れた。
「どこまでも腹の底が見えぬ女だ。貴殿は最後の言葉の意味が解るか?」
「・・・さあな。」
珍しく歯切れの悪い返答に、どうしたのかと訝しげに顔を見る。
「そういえば、姫さんはこれからいつものところへ行くんだろう。その前に伝えておくことがある。これを見てくれ。」
明らかに話を逸らしていたが、聞かれたくないことなど誰しもあるものだと考えて深入りはせず、アイゼンの示す先へ視線を移す。
アイゼンが棺桶に入った遺体の服をめくると、至るところに身体を開いた跡があった。
「うっ、これはひどいな。」
「おそらく解剖でもしたんだろうな。傷口は丁寧に縫われててな。何か危険なものでも仕込まれてないか、俺たちがもう一度開いてみたんだが、驚いたことに中は綺麗なものだった。魔族にも死者を敬う心があるらしい。」
「そうか。なら私たちには可能性が残されているな。」
「それだけだったらな。」
「どういう意味だ?勿体振らずに話してくれないか。」
「悪い悪い。姫さん、ここを見てくれ。」
アイゼンは遺体の左胸、ちょうど心臓の辺りを指差した。鋭利な刃物で貫かれたのだろう、大きな傷跡は身体の中まで見えている。
「深いな。これでは助かるまい。」
「それだけじゃない。何か気がつかないか?」
そう言われて目を凝らす。よほど強い力で貫かれたのだろう、棺桶の底の板まで見えている。・・・何故底が見える?
「・・・心臓はどうした?」
「おっ、気がついたか。正解だ。遺体には心臓が無い。他は腐敗処理までして綺麗に保存してるのに、どうしてだろうな。魔族は心臓を食べるのか?」
「そんな話しは聞いたことがない。」
「あぁ、鍛錬の後に会いに行く予定だったが、ふむ・・・。そういうなら今日はここで切り上げて向かうとしよう。」
構えていた槍を下すと、クリスティーナはアイゼンに向かって頭を下げる。
「本日も指南を感謝する。明日もよろしく頼む。」
礼を終えると、クリスティーナは身を翻し、アリアの暮らす離塔へと歩き出す。その背に向かってアイゼンは声をかける。
「姫さん。」
「どうかしたか?」
「たとえどんなことがあっても、俺はいつでも姫様の味方だ。忘れるなよ。」
いつも通り砕けた口調で話すアイゼンの眼は、いつになく真剣そのものだった。
「私もそう思っているさ。」
それだけ告げると、クリスティーナは修練場を後にした。
まるで忘れられたかのようにランジア王城内の敷地内の端に、蔦に覆われた古い塔がひっそりと一つ建っている。
その塔の長い螺旋階段の先、世間から隔絶されたかのような部屋の窓際には、質素ながらも上質なベットから上体だけ起き上がる少女がいた。全体的に痩せており、長らくこの部屋で過ごしてきたであろうことが容易に想像できる。服装もその地位からはかけ離れた質素な衣服を纏い、部屋にある家具も本の溢れる本棚を除き必要最低限のものしかないことから、彼女に対して帝国の援助がほとんどないことがわかる。開いた窓から太陽のまぶしい光の当たる城下町を見下ろす眼には、弱々しい彼女からは想像できないような強い意志が宿っていた。
城下町の方から、ゴーン、ゴーン、と鐘の音が聞こえてくる。
「時を知らせる時間では・・・ありませんね。ということはまたどなたかが亡くなったのですね。」
彼女は指を組むと目を閉じ、死者の冥福を祈る。しばらくそうしていると、コンコンと誰かが部屋のドアをノックする。
「アリア、私だ。入っても構わないか。」
「ええ。」
ぎぃぃ、ドアが軋む音と共にクリスティーナが部屋の中に入ってくる。
「調子はどうだ、アリア。・・・うん、今日はいつもより顔色がいいな。ほら、これは今日の土産だ。城下町の本屋曰く、民の間で流行っている恋愛小説らしいが、私には良し悪しがわからなくてな。とりあえず進勧められるまま買ってきた。」
「ありがとう、お姉さま。後でゆっくり読ませてもらうわね。」
クリスティーナを『お姉さま』と呼ぶのは、ランジア帝国第二王女のマリア=ランジア。美しいうえに聡明で、器量も人格も非の打ち所がないだけでなく、いつも王族として民の幸福を第一に考えられる理想の王女であった。天は二物を与えずとは言ったものだが、彼女は全てを与えられた少女だった。
ただ一つを除いては・・・。
「げほっ、げほっ、げほっ!」
「大丈夫か!アリア!」
アリアは急に咳き込みだすと、血を一緒に吐き出す。クリスティーナは急いでアリアに駆け寄ると、背中をさする。さすり続けて数分後、クリスティーナはようやく咳が収まったアリアの口元に付いた血を懐から取り出した布で拭う。
「落ち着いたようだな。ずっと起きていると疲れるだろう、横になるといい。」
「いいえ、私は大丈夫です。今日は横になっていたくないんです。それよりお姉さま、今日も町であったことを聞かせてくれないかしら。」
「そうか、それならば・・・。」
クリスティーナは修練場に行く前の城下町の様子をアリアに話して聞かせた。酒場の夫婦の間に二人目の赤ん坊ができたとか、パン屋に居座っている野良猫が今日も可愛かったなど、たわいもない話をすると、アリアはころころと楽しげに笑う。こうしているとただの普通の少女のようだ、とクリスティーナは思う。
それと同時にアリアを苛む衰弱病にかかってさえいなければ、もっといろんな経験をして、そして歴史に名を残す賢王になったであろうと。
(・・・いや、少なくともこの国の現状ではありえないだろうな。父上が王になってからこの国は変わった。女性は公の場からはじき出され、魔族は友人から滅ぼすべき敵へ、民は圧政と飢饉により日々命を落とすこの国では。王族である私たちでさえ、明日生きていられる保障はどこにないというのに。)
それでもクリスティーナはそんな考えをおくびにも出さず、この部屋から出ることのできないアリアを少しでも楽しませようと、できるだけ明るい話題を一つ一つ選び語ってゆく。
(・・・そんな考えなどアリアは気づいているだろうが。)
どれくらいそうしていただろうか、気が付くとミカリユ大聖堂の鐘が鳴り響き昼時を告げる。
「もうこんな時間か。すまないアリア、私はこれから用があってな。」
クリスティーナがアリアのベットの横の椅子から立ち上がると、「また明日来る」と告げドアへ向かう。
「お姉さま。」
「どうかしたのか。」
珍しくクリスティーナを呼び止めて、何かを言いかけ、逡巡するアリアだったが、何かを決心したように笑顔を作る。
「いえ、何でもありません。お姉さま、また明日お会いしましょう。」
「なんだ、いいのか。ではまた明日な。」
誰よりも大切で優しい姉から貰った、最後まで読むことは出来ないであろう小説を胸に抱え、最期となる背中を見送るのであった。
カーテンの隙間から差し込む暖かな朝日と小鳥のさえずりで目を覚ます。ミカリユ大聖堂の側の敷地建てられた教会に属する修道士たちの男女別の宿舎は、まだ誰も起きていないのか静まり返っていた。
シスハはゆっくりと身を起こし、静かに白装束に着替えると、宿舎裏手の井戸へ向かう。井戸に着くなり、縄の付いた木桶を下ろして冷たい水を組み上げ、白装束の上から浴びて身を清める。シスハが教会の修道士になってから11年間、毎朝欠かすことのない日課だ。
「つっ!」
季節は春であるといっても早朝の寒さの中で冷たい井戸水を浴びるのは、長年経験しても未だになれることは無い。身に染みる寒さを堪え水浴びを何回か繰り返し軽く服の水を切ると、宿舎の皆が目を覚ます前に自室へ戻り、風邪を引いて仕舞わぬように身体の水分をよく拭き取る。身体を拭き終え、昨夜のうちに用意しておいた修道服に袖を通す。ミカリユ教のシンボルである白百合の白を基調とし、紺碧色の生地をいたるところにあしらった修道服は、シスハの水色の髪色にとても似合っていた。
食堂で質素な朝食を採り終えると、ミカリユ大聖堂へ赴き、大聖堂の象徴であり信仰の対象であるミカリユ像に朝の祈りを捧げる。
(女神ミカリユ様、この国の民は王による重税と度重なる飢饉により疲弊しております。食料は王宮関係者と軍関係者に優先的に配分され、魔王討伐費用の名目で徴収される税により、人々の暮らしは日を追うごとに苦しくなっております。ミカリユ様、この声が、この祈りが届いているのであらば、どうか皆様をお救いください。)
半刻ほど祈りを続けていると、大聖堂正面の扉が開く。どうやらいつの間にか大聖堂解放の時間になっていたらしく、多くの人々がミカリユ像に参拝するために訪れていた。人々の表情は暗く、疲れたような表情をしているものが多かった。その中に一人、シスハの姿を見つけるとにこやかな表情で近寄ってくる老人がいた。
「おはようシスハちゃん。毎日お勤めご苦労様じゃのう。今日も朝からお祈りかい?偉いもんだのう。」
「おはようございます。ハンスさん。あれから奥さんの足の様子はいかがですか?」
「女房ならシスハちゃんのお祈りのおかげで、家の中くらいなら充分歩けるようになっとったわい。シスハちゃんには感謝してもしきれんのう。ありがとう。」
「そんな!またお祈りしますので、また後日いらしてください。」
「本当かい?シスハちゃんはまるで女神さまじゃのう。女神ミカリユ様もシスハちゃんが聖女様だったらよかったろうに。」
「ハンスさん!めったなことを言ってはいけません!もし誰かに聞かれたら・・・。」
女神ミカリユ像を見上げてぼやくハンスを注意すると、急いで周りを見渡す。幸いなことに今のぼやきを聞いている人はいないようだった。
「よかった・・・、誰にも聞かれてはいませんね。・・・ハンスさん、言葉には気を付けてください。もし誰かに聞かれでもしたら、私では庇いきれません。」
「ほっほっほっ、老人の戯言など誰もまともに相手にせんわい。・・・だが、さっきの言葉は本心じゃよ。あの女が聖女になってからミカリユ教は変わってしもうた。何やら妙な研究をしているなんて噂も耳にしよる。」
「・・・。」
否定もできずにシスハは押し黙る。シスハが教会のシスターになった時にはすでにマリー様が聖女であったが、修道士内や教徒たちもハンスのような意見を持つ人が多かった。
その大半も事故であったり、突如行方が知れなくなったり、果てには原因不明の病などでなくなっており、今やマリー様を批判する者はほとんどいなくなった。噂に関しても教会に属する者ならば、誰もが知っていることだ。
「昔はよかったのう、なんて言ってしまったらわしもいよいよかの。ほっほっほっ。」
ハンスは暗くしてしまった空気を吹き飛ばすように愉快そうに笑う。そんなやり取りをしていると、幼い男の子を抱いた女性が教会に駆け込んできた。
「誰か助けてください!この子が階段から落ちて頭を打ってしまって意識がないの!誰でもいいから、早くこの子を助けて!」
急いで大聖堂まで来たのか、額に大量の汗を浮かべ息を切らす母親に抱えらえた少年は頭から血を流し、苦しげな表情をしている。
「早くこの子をこちらへ!私が治療します!」
少年を教会に敷かれた絨毯に寝かすと、シスハは少年に向かって祈りを捧げる。
「女神ミカリユさま、どうかこの少年をお救いください。」
シスハが祈り始めるとシスハの体から白く柔らかな光が現れる。その光は徐々に大きくなり、シスハの体から溢れ出すと、少年の体を包みだす。するとたちまち少年の傷は癒え、少年は穏やかな寝息をたてる。
「・・・ふぅ、これでもう安心です。じきに目を覚ますと思いますよ。」
「ああ、なんとお礼を言えばいいか!シスハ様!心から感謝いたします。」
母親は何度もシスハに向かって礼を述べて頭を下げる。周りで見ていたほかの信徒も、神の奇跡に頭を垂れる。その時、シスハの頭上で大聖堂の鐘が鳴り響く。
「この鐘は・・・。」
鐘の意味を悟ると、シスハは開かれた大聖堂の扉から外の様子をうかがう。大聖堂の外には黒い喪服姿の人々が、一列に並び大聖堂の敷地内にある墓地へ行進していた。先頭の棺桶には親子であろうか、母親とみられる女性とその娘であろう少女が悲痛な面向きで、亡くなった人が入っている棺桶に寄り添うように歩いている。
「前回の魔王討伐に行った方の葬式みたいよ。確か、兵士長になったばかりの。」
「すると、あの二人は奥さんと娘さんかしら。かわいそうにね。」
「かの者はランジア帝国と女神ミカリユ様のため、悪しき魔族の討伐に行かれたのです。かの者の魂が女神ミカリユ様のもとに還らんことを祈りましょう。」
大聖堂を訪れていた信者と修道士たちが葬式の列をみて囁きあう。シスハは女神ミカリユ像に向かって片膝を立てて指を組むと、瞳を閉じて祈る。
「女神ミカリユ様、どうかあの親子の行く先が明るい道であることを。」
皆様お待たせ致しました。いろいろあって2週間ぶりの更新となってしまいました。
タイトルがいろいろ変更されていますが、詳細は「活動報告」をご覧ください。
参照:「謝罪と謝罪と変更と更新」
今のところの予定だと、明日と明後日も更新の予定ですので、もしよかったら覗いてみてください。
・・・まだ書き終わっていないのですが(泣)。




