第3輪 約束の果て③
「ナイト、お疲れ様。大丈夫?痛くない?」
「どこも怪我はしていないから、大丈夫だよ、お姫様。お姫様こそ大丈夫かな?見ていて気分がいいものではなかったらからね。」
ココナは首を振ると、心配そうな顔でナイトに問う。
「ココナは大丈夫だよ。でも、ナイト、嘘はめっ、だよ。ナイト、とっても辛そうだよ。」
ナイトは一瞬驚きに目を見開くが、すぐ目を細めてココナを抱き寄せる。
「ありがとう、お姫様。私は大丈夫だよ。さあ、お姫様、先に戻っていてくれるかな?私はまだ少しここですることがあるんだ。」
ココナはナイトから体を離すと、ナイトの目をじっと覗き込む。数秒間ナイトの目を見つめると、ココナは魔王城の奥へ走り出した。ココナの姿が見えなくなると、ナイトは暗闇に向かって話しかける。
「そこにいるんだろう、クロエ。」
すると、暗闇から一人の女性が姿を現す。褐色の肌とショートカットの片眼が隠れた白い髪が特徴的なダークエルフ隊隊長のクロエだ。
全体的に機動性を重視した服装をしており、ショートパンツから伸びた脚はすらりと長く、上半身は体の輪郭が浮き出たぴったりとしたオフショルダーの服を纏っている。黒を基調とした衣装を纏った姿は、髪色以外は闇に非常によく溶け込んでいる。片手を腰に当てて立ち、無機質で抑揚が小さいながらも少しだけぶっきらぼうな口調で問う。
「お前らしくない戦いだったな。あんないたぶるようなやり方は好みじゃないだろう?」
「いたぶるか・・・。そうだね、確かに気分のいいものではなかったけれど仕方がない、フィオの頼みだったんだよ。」
「またあいつか・・・。」
額に手を当ててため息をつく。
「だとしても意外だな。お前の性格上そういったことは断ると思ったのだがな。それにお前が大事に護っている『お姫様』の前でやるなんて、どういった心変わりだ?」
「変わったことなんてないよ。フィオだって研究に必要だからあんなことを頼んできたんだろうし、それに、こんなこと他の子達にさせるわけにはいかないからね。お姫様のことは・・・、お姫様が望んだんだよ。自分も四天王だからってね。」
「ほう、あの小娘にそんな気概があったとはな。お前があのやり方に苦しんでいたのも察していたようだし、案外四天王としての素質はあるのかもしれないな。」
「『小娘』って・・・、一応僕らは君の上官に当たるんだけどね。」
苦笑いをするナイトをクロエは鋭く睨みつける。
「勘違いをするな。私たちが仕えるのはエルトナ様と私たちに居場所をくれたリリィ様だけだ。私たちはエルトナ様直属の部隊であることを忘れるな。」
「ああ、わかっているよ。」
「・・・フンッ。」
クロエは短く鼻で息を吐くと、ガドルフの死体に近づいてその腕から軍用魔導器を引き抜きくとナイトに向かって投げる。
「お前はさっととそいつをフィオに持って行け。私たちはお前たちがわざと逃がしたあいつを追う。」
「あれ?気づいていたのかい?」
「あの程度の小物を逃がすお前ではないだろ。例えお前から逃げられたとしても、あの小娘が逃がすわけがないんだからな。まあ、せいぜいうまく使わせてもらうがな。」
そう言うとクロエは入り口に向かって歩き出すが、ふと思い出したように足を止めると、振り返りナイトに告げる。
「あの小娘を心配させたくないならそのしみったれた面でも洗っておけ。」
それだけ告げると、クロエはどこからか現れた黒いフードを被った者たちを連れて、トーマスを追うために魔王城から飛び出した。
「まったく、本当は優しい癖に不器用だね。それと、彼の心意気に敬意を表して『帰して』あげないとね。」
やれやれと首を振ると、ナイトは魔王城の奥へと消えていった。
「はあ、はあ、はあ。くそっ!くそっ!くそっ!」
魔王城から勇者とガドルフを見捨てて逃げ出してから、3日目の夜、トーマスは魔族領の南東部の森林の中を走っていた。魔王軍の襲撃により休む暇もなく3日3晩走り続け、体力は限界などとうに超えていた。しかし、休もうと一度足を止めれば、魔王軍が何処からともなく統率の取れた動きで攻撃を仕掛けてくる。
身体からは汗などとっくに出ず、目元には濃い隈が浮かび視界は霞み、肌は青白く満身創痍で目的の場所へと向かう。そんな状態でも走れているのは、トーマスの左腕で水色の光を放つ軍用魔導器の効果であった。
(魔王軍の質が来た時と段違いすぎます!気配は感じないのに、死への直感が背中から離れません!)
トーマスは必死に逃げながら、魔族領に来た際につけた目印をたどる。 足場が悪いのかうまく走ることができないが、それでも懸命に走り続ける。
(まだ、まだ着かないんですか。ですが、あそこまでたどり着けば後はどうにでもなります。四天王の情報もありますし、帝都まで帰れさすれば約束とこの功績で名実ともに司教の座は確実。追いついてこないことから亡くなっただろうガドルフさんには悪いですが、私の夢のための尊い踏み台として割り切りましょう。)
トーマスは帝都で待っているであろう、かの方との約束を思い出した。
「私が魔王討伐の一員にですか!?」
神官の宿舎に付属した魔導の鍛錬所で修行に励んでいると、聖女付きのセイビエに呼びつけられた。聖女マリー様から直々にお話があるらしく、セイビエの案内でマリー様がいる一室へ通された。
「よく来てくれましたね。聞きましたよ。あなた、司教になりたいんですってね。」
マリー様が聖母の如き微笑みを私へ浮かべている、その事実に心が喜びに打ち震えた。
「貧民街で暮らし、毎日食べるものありつけずに明日生きていられるかもわからないあの日々から、私はあなた様に救っていただきました。その御恩をずっとお返しするために、日々精進してまいりました!」
「ええ、あなたの教会への献身はよく知っています。よく励んでいますね。」
「見ていてくださったのですね!何と身に余る光栄なのでしょうか!」
自分の行いをマリー様が知っていてくれた。それだけでこれまでの苦労が報われたような気がした。いや、確かにこの瞬間に報われた。
「ふふっ、大げさな方ですね。そのうえ向上心もあるとは。何故司教になりたいのか伺っても?」
「それはあなた様のお役に立つためでございます。あなた様に救われたこの命をあなた様に報いるため、私の生涯をあなた様に捧げたいのです。司教になることが叶えば、司教だけの特権・・・魔導の真理を魔導の真祖たるあなた様からお教えいただける、そう噂されております。」
「真理、ですか。真理かどうかはここでは明言しませんが、確かに司教になった者のみに与えている知識がありますね。」
「その知識を得て、私はより一層魔導の高みへと至る。そうしてあなた様の右腕となりたいのです。・・・そこの女ではなく。」
小さく呟くとトーマスはセイビエを横目で流し見る。侮蔑が含まれた視線を知ってか知らずか、セイビエは眼を閉じ無感情のまま、マリーの傍で控えている。つくづく不気味な女だと思った。
「あなたの想いはわかりました。ですが、司教へ任命されるためにはそれに見合う功績が必要なのはもちろん知っていますよね?」
「存じています。そこで魔王討伐という訳ですね。」
「察しがいいですね。」
打てば響く返答に、マリーから笑みがこぼれる。三十代前半とは思えない美貌に、トーマスは顔を赤らめた。
「お言葉ですが、魔王討伐へ赴いて帰ってきた者はこれまで一人もおりません。いくら研鑽を積んできたとは言っても、私の魔導の技量ではとても魔王の討伐は・・・。」
「あなたの言うとおり、魔王はあなたでは・・・いえ、私の魔導でも魔王相手では通用しないでしょう。」
「そんなご謙遜を。」
「謙遜などではありません。魔王とはそれほど強大な力を持った存在なのです。」
「でしたら!あなた様でも敵わないのでしたら、私か赴いたところで無駄死にするだけではありませんか・・・。」
マリーですら敵わないという魔王に、どうやったら敵うというのか。己の無力さにうなだれた。
「いいえ、今回の旅の目的は魔王の討伐ではありません。先ほどあなたも言っていたように、魔王討伐という無謀な目的のために、これまで多くの勇気ある帝国民が帰ってきませんでした。優秀な者がただただこの国に浪費される、それではあんまりです。ですから、あなたの旅の真の目的は情報収集になります。」
「情報収集ですか。・・・いったい何の情報を持ち帰れば?」
「今代の四天王です。先代の四天王が滅びた以上、新たな魔王と四天王が魔族を統制しているはずです。四天王の種族、性別、些細なことで構いません。ほんの小さな情報でもランジア帝国には必要なのです。無事情報を持ち勝った暁には、その功績をもってあなたを司教に任命しましょう。」
「そのお役目、謹んで拝命いたします。必ずご期待にお答えすると誓いましょう。」
椅子から立ち上がると恭しく頭を垂れた。トーマスは顔を伏しながらもにやける顔を抑えきれなかった。暗に自分は優秀な人間であるとマリーに評され、司教へと至る道も確立された。後は他の誰を犠牲にしてでも生きて帰るだけでいい。魔王討伐の勇者一行は恒例であれば、異世界から召喚した勇者と兵士が共に旅立つはずだ。囮として充分だろう。
「そうだ、あれを渡すのを忘れていました。セイビエ、あれをお持ちなさい。」
セイビエが懐から取り出したのは青い魔石がはめられた腕輪だった。マリーがそれを受け取ると、トーマスへ手渡した。
「昨日造られたばかりの最新式の魔導器です。出力は少し落ちましたが、稼働時間が飛躍的に伸びています。是非旅にお役立てください。」
「最新式!そんなものまで・・・!」
感動のあまり膝から崩れ落ちたトーマスは、両手で差し出された魔導器を振るえる手で受け取る。ちょうどマリーの後ろの窓から太陽の光が差し込み、女神ミカリユの祝福を受けている錯覚を覚えた。
「四天王だけでなく、勇者一行として邪悪なる魔族の駆除も忘れ無きようお願いしますね。」
「この命に代えましても!」
天にも昇る心地とはこのことを言うのだろうと、トーマスは己の幸福を噛みしめながらマリーの私室から退出したのだった。
ランジア王国に戻ってからの生活に思いを馳せながら走り続けると、森の木々が少し開けていて、大きな岩が乱立する場所に出た。
「やっと・・・着きましたね・・・。」
後ろに意識を向けるが、先ほどまで自分を執拗に追い詰めていた追手の気配は無い。
(ですが油断はできません。今は1秒でも早くランジア王国に帰らなくては!)
トーマスは岩の中でも、ひと際大きい2つの岩の隙間にできた窪みを埋めるように置かれた小さめの岩に手をかけると、両腕に全身全霊の力を込めて動かす。軍用魔導器が強い光を放ち、非力なトーマスでは到底動かせないような大きさの岩がゆっくりと転がりだす。岩が取り除かれると、現れた窪みにひっそりと隠れるように何者かによって造られたであろう、直径が2メートルほどの正方形型で石製の台座が現れる。台座には魔法陣のような模様が描かれている。
「は、はは・・・。よかった、ちゃんとありましたね。では、急いで魔力を・・・」
「こんなところに転移門あったとはな。」
転移魔法陣に伸ばしかけた手を止め、声が聞こえた方へ振り向く。先ほどまで誰もいなかったはずの森には、木々の枝の上にトーマスを囲うように黒いマントを羽織り、フードを目深く被った集団がいた。そのうちの1人が枝から飛び降りると、トーマスの方へフードを外しながら近寄る。
「ただでさえも数が多いのに、大陸中にこのように見つけづらい場所にあると探すこちらの身にもなって欲しいものだな。」
「ダークエルフ・・・!?」
(おかしい、魔族と交流があった時代の情報によれば、ダークエルフは魔族において異端の存在のはずです!にも関わらずこのタイミングで現れたということは、彼女らは魔王軍の一員であるということ・・・!)
「道案内ご苦労。おかげでお前を尋問する手間が省けた。拷問では転移魔法陣の場所を吐く前にくたばるか、場所を正確に覚えていないやつばかりで見つけられないことが多くてな。泳がせるのが一番効率がいい。」
「拷問とは穏やかではありませんね。荒事はガドルフさんの担当なのですが。」
会話で気を逸らしながら、気づかれないように細心の注意を払い慎重に左腕を背後に手を伸ばす。
(転移魔法陣を起動さえできれば!)
あと少しで手が転移魔法陣に届きそうになった時、クロエはコートで隠していたナイフを引き抜くと、最小の動きでトーマスの左腕へ投げる。
「あぁぁぁ!私の腕がぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな、鬱陶しい。今更逃がすわけがないだろう。あきれたものだな。」
ナイフが刺さった左腕を抑えて止血を試みるトーマスの胸ぐらをつかむと、転移魔法陣から引きはがすように投げ捨てる。
「へぐっ。」
トーマスが呻くと、枝の上で様子を静観していた隊員たちがクスクスと笑う。
「魔族ごときが私を嗤うなぁぁぁ!」
自分を嗤うダークエルフたちを睨みつける。視線を気の上で見下ろしている魔族から外さずに、立ち上がろうと足に力を入れるが力がうまく入れられずに前のめりに倒れてしまう。
「うぐっ、どうして立てないんだ!見るな!野蛮な魔族が私を見下すな!私は聖ミカリユの司教になる人間だぞ!司教だ!聖女マリー様の右腕たる司教だ!貴様らごときが見下ろしていい相手ではないんだよ!」
「化けの皮がはがれてるぞ。それがお前の本性か。いや、実に人間らしく醜い。お前の連れの兵士の方はまだまともなようだったが、お前のようなやつを逃がすために死んだとは、なんとも哀れなものだな。・・・おい、自分の足を見てみろ。立てない理由を教えてやろう。」
ガドルフが亡くなっていることなどこの際どうでもよく、自分を見下す目の前の魔族への憎しみと怒りだけが心を支配する。呆れるように頭を抑えるクロエを睨みつけると、自分の足へ視線を向ける。
その光景にトーマスは目を疑った。
「・・・へっ?え?なんで、私の足が折れて・・・?」
疲労に耐えきれなかった左足はぐにゃりとへし折れ、右足にはいている靴は血で赤黒く染まっていた。
「ずっとその折れた足で走っていたぞ。なあ、本当に気づいていなかったのか?・・・はぁ、フィオに報告することができてしまったな。面倒だ。」
クロエの漏らす愚痴など耳に入らない。自分の足の状態を受けいられずに混乱するトーマスは、先ほどからナイフが刺さり血を流し続けている左腕に意識を向ける。両足と同様に深々とナイフが刺さっている左腕も、痛みも熱さもなかった。
「もういい、転移門の場所が分かっただけでお前は用済みだ。おい、その魔導器をよこせ。殺してから奪うのは面倒だ。」
「・・・・はは、ははははははははっ!」
トーマスは突然狂ったように笑いだすと、奇怪な動きでゆっくりと立ち上がる。
「・・・嫌だ嫌だ嫌だ、まだ死にたくない死にたくない死にたくない。これからなんだ。司教になるんだ。これからこれからこれからこれからこれから。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない・・・」
「ちっ、壊れたか。」
うわごとの様に繰り返すトーマスに、クロエはローブに隠した新たなナイフを取り出す。
始末しようとナイフを振り上げるクロエを睨みつけると、トーマスは急に下卑た笑みを浮かべた。
「・・・ダークエルフ、そうか、知っているぞ!貴様が最弱の四天王エルトナだろう!」
トーマスの言葉に投擲するだけだったナイフの動きを止める。
「貴様が四天王で唯一存在が知られ、そして四天王最弱と謳われるエルトナだ!10年前のあの日、魔導器の性能も今と比べて低かったあの時代に、私たち人間に敗れたいるはずのなかった四天王だ!、魔族一の魔法に特化した種族であるはずのエルフだと聞いたときは何かの間違いかと思っていましたが、なるほど、魔族でありながら唯一魔法を使えないダークエルフだとしたら納得ですね。くふ、ふふふふふふ。」
今自分の目の前の相手が、魔族で、最弱の四天王で、魔法を使えないダークエルフであることから涌いた嘲りで、僅かな余裕を取り戻すトーマス。
「言いたいことはそれだけか。」
「神に見放された劣等種がこの私に軽々しく口を開くな!そうだ、貴様を殺せばあの方ももっと私を認めてくださるはずです!ダークエルフ程度今の私でもできるはずだ!見ていてくださいミカリユ様!聖女マリー様!今、マリー様に授けられた魔導にて、この矮小なダークエルフを・・・!」
「もう黙れ。」
両手を大きく大空へ広げ、大声で発狂するトーマスの口上は、クロエが正確に脳天に投擲したナイフによって中断される。ナイフが刺さった反動でそのまま後ろへ倒れ絶命したトーマスの腕から軍用魔導器を回収すると、終始見学していた仲間の元へと戻った。
「クロエ隊長おつおつ~。とりま、転移門壊す感じ?」
仲間に問われ少しだけ考え込んだ後、否定する。
「いや、この場所は都合よく開けた場所にある。時が来たら使えるはずだ。また使われる可能性はあるが、今までランジア王国は一度使った転移門を使ったことはない。王都から距離もある。」
「はいはーい。りょーかーい。」
クロエが先頭に立ち魔王城へ歩き出すと、黒いローブを纏った仲間たちが集まり皆後ろを歩き出す。
「エルトナ様を愚弄するものは私たちが生かしておかない。」
日は沈み三日月が静かに夜闇を照らす、そんな夜。ここは魔王領のとある辺境の小さな町の酒場。そこには黒いフードを目深く被り、カウンター席で一人、ガラス杯に満たされた琥珀色の酒を傾ける人物がいた。その人物の視線の先には、密会をするワーウルフとケットシーの少女がいる。
二人がいつもこの店に来るたびに、フードを被った謎の人物も何処からかふらりと現れ、いつも同じ席で二人を眺め、よだれを垂らしながら酒を嗜んでいた。普段は青春特有の甘い空気を漂わせて密会を重ねるワーウルフのナナとケットシーのルルだったが、今日の二人は様子が普段と違っていた。
「ルル、こっちよ。」
「ナナ!どうして連絡をくれなかったの?私ずっと会いたかったんだよ。」
「ごめん・・・。ごめんね、ルル。」
「どうして泣いてるの!?私、何かしちゃった?」
「違うの・・・。私、お父さんとお母さんにあなたと結婚したいって言ったの。そうしたら、『女同士で結婚だと!?そのうえ相手はケットシーなど、絶対に認めん!お前には婚約者を用意してやるから、相手が決まるまで、家から出るな!』って・・・。何とか目を盗んで抜け出してきたけれど、私がいないことはきっともうばれているわ。だから、ルル、あなたと会えるのは今日が最後なのよ。」
「そんな・・・。」
涙を流して謝るナナと突然の告白に言葉を失うルル。先ほどまで酒を飲んでいた謎の人物もガラス杯を置き、二人の様子を見守る。
「だからね、私のことはもう忘れて。最初から無理だったのよ。女の子同士で、その上、犬猿の仲のワーウルフとケットシーじゃうまくいきっこなかったのよ。」
「嫌、嫌だよ。ナナともう会えなくなるくらいなら、二人でどこかへ逃げよう。そして二人で暮らそう。」
「駆け落ちするってこと?無理よ。あなたの家族はどうするの?それに手持ちも何もない状態じゃ、生きていくことなんかできないわ。」
「家族は・・・、後で手紙を送るよ!私がいなくても何とでもできるはずだから!お金は・・・、二人で頑張って働こう!最初は大変だろうけど、きっと何とかなるよ!」
「ルル・・・。」
二人の様子を静かに見守っていた人物はスッと立ち上がると、二人の座るテーブルに近寄ると声をかける。
「やあ、お嬢ちゃんたち。話は聞かせてもらったよ。藪から棒にすまないんだけどね、その計画では到底うまくいかないだろうさ。」
「誰よあなた。いきなり現れて何のつもりかしら。」
突然の謎の女性からの接触に、ナナは目尻に涙を貯めたまま、ルルを守るように前に出る。
「失礼、私は・・・、いや、この際私のことなんてどうでもいいさ。他の町へ駆け落ちをするつもりだろうけれどね、この辺りは魔物が出る。こう言っては何だが、お嬢ちゃんたちはただの非力な娘だ。王都に着く前に殺されておしまいだろうさ。」
「どうして私たちのことを知っているの?それに、魔物の危険性くらいわかっているわよ。でも、だったらどうしろというの?私たちには、もうそれくらいしか・・・。」
唇を嚙みしめるナナとナナを慰めるように寄り添うルル。黒いフードを被った女性はコートの内側を漁ると、テーブルにずっしりと重い布袋をガシャリと音を立てて置いた。
「この金で魔王城行きの馬車に乗るといい。魔王軍が君たちを無事に城まで送り届けてくれるはずだ。そうしたら、城に行ってダークエルフ隊のクロエを頼りたまえ。きっと力になってくれる。」
「いったい何を言って・・・って、えっ!?何よこのお金、生活費一か月分はあるじゃない!?こんな額をポンと、あなたいったい何者なの?」
問われた女性は唇に人差し指を立てると、微笑みながら応える。
「そんなことよりも早く支度をするといい。今の時間なら、夜に出発する便にギリギリ間にあうはずだよ。さあ、お嬢ちゃん、迷っている暇はないよ。」
ナナは一瞬迷った表情を見せたものの、ルルと視線を交わすと、その眼差しは覚悟の意思が宿っていた。
「良い眼だね。さあ、行くといい。ここが君たちの『はじまり』だ。」
「誰だか知らないけれど、感謝するわ。ありがとう。」
「城下町に来たらぜひ会いに来てほしいな、親切なお姉さん!」
「あぁ、約束だ。」
ナナとルルは礼を述べると、足早に店の外へと飛び出して行った。二人の背中を見送ると、カウンターの自分の席に座りなおす。
「彼女たちの未来に。」
そう呟くとガラス杯に残っていた酒を一気に呷る。空になったガラス杯を置くと、グラスをキュ、キュ、と音を立てて拭いている白いお髭がダンディーな白熊族の店主に話しかける。
「ということでマスター。見ての通り、一文無しでね。今回はつけにさせてもらうことはできないかな?」
「お言葉ですが、ダメです。それとお客様、これで5度目ですので『今回は』ではなく『今回も』が正しいかと。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
店主は拭いていたグラスを置き、にこっ、と女性に穏やかな笑みを浮かべる。
「え~と、私はこれでもしてんの・・・・」
「存じ上げております。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
店内に沈黙が走り、まるで時が止まったかのような錯覚を覚える。
「では、魔王軍につけては・・・」
「そういった場合は、クロエ様よりお断りするよう承っております。」
「・・・優秀だね、クロエ。」
しばし沈黙が続いたのち、観念したのか、女性は立ち上がると入口へ歩き出しながら店主に伝える。
「後日、クロエに届けてもらうよ。」
「かしこまりました。またのお越しを。」
入り口のドアを開けると、ドアにつけられたベルがカランコロンと音を奏でる。
外に出ると突風が吹き、女性のフードがめくれ落ち、まるで金糸のように鮮やかでさらさらした髪が風に靡く。エルフ特有の先の尖がった耳が長い髪をかき分け、一部分だけポニーテールのように雑にまとめられた髪は月の光を反射してキラキラと輝いていた。人間でいうところの二十歳くらいであろうか、女神と見紛う美しい顔立ちをした彼女は、月を見上げると小さくため息をつく。
「今夜はなんだか冷えるね。まったくどうしてなのかね・・・。」
自分への信用の無さにほろりと涙を流すと、寂しくなった懐をさすりながら魔王城へと向かうこの人物こそ、四天王第四席のエルトナその人であった。
祝!やっとエルトナさん登場です!いや~、長かった!ですが、これで四天王全員が出揃いました。
えっ?クロエの印象が第一輪と違くないか?えっ?メインヒロインはいつ登場するんだ?
・・・まあ、最初はキャラが固まってないことってあるじゃないですか、うん。メインヒロインちゃんはあと二回ぐらい更新すれば、出てくるんじゃないかな、と(多分)。
ところで話は変わりますが、いろんな固有名詞や設定が少しづつ出てきましたが、詳しい話は第一章が始まったら話の中で解説していきたいと思います。少々お待ちを。
えっ、まだ一章始まってないのかって?そう、なんとまだ序章なんです。




