ヴォルドの考え
「えっ……と、ここは……」
姫様が驚いている。
ポカンと口を開けたお顔も、とても愛らしい。
「はい、見てのとおり、厨房ですね」
俺はふかふかのクッションを敷いた椅子に、そっと姫様をおろした。
それから、あらかじめ準備していた大きめ毛織物のショールをしっかりと膝にかけてやる。
「俺は今、料理人として雇ってもらってるんですよ」
「料理人……」
「姫様も聞いていますよね? 俺が討伐隊で炊事番を率先してやっていると」
「はい。とても評判が良いと聞きました」
「討伐隊の食糧事情は悲惨すぎて……少しでも美味しいものが食べたいがために、炊事番を引き受けることにしたんですよ」
限られた食材で、少しでも美味いものをつくろうと試行錯誤を重ねた日々。それはそれで徐々に楽しいと思えるようになっていったんだよな。
「最初は失敗も多かったんですが、討伐隊のやつらは俺のつくる食事を『騎士メシ』だと言って、喜んで食ってくれました』
「それは、素敵ですね……」
姫様が柔らかく微笑む。
ああ、やはり姫様には笑顔でいるときが、一番可憐だ。
だからこそ、俺は──
「姫様、……俺に料理を教えてくれませんか?」
「えっ?」
本気で意味が分からないという顔をする。
戸惑うのも無理はない。
「俺がいる討伐隊は、魔物を倒すのが主な任務なのですが、時には魔物によって大きな被害をうけてしまった街や村に赴いて、支援活動をすることもあります」
「……はい。いつも民のために働いてくださり、討伐隊には心から感謝しています」
真剣な表情で姫様は頷いた。
王族として幼い頃から厳しい教育を受けてきた姫様は、苦しんでいる民にいつも心を寄せてくれる、優しくて立派な御方だ。
今だって
「もったいないお言葉です。……討伐隊が援助するのは、人手不足が深刻な田舎の村や、魔物のせいで家族を失った孤児院で、炊き出しなどをするのですが、それがなかなか難しくて」
「難しい……とは?」
「単純に、どんな食事を用意すればいいか悩むのです。討伐隊の奴らに出すには、下味をつけた魔鳥の丸焼きとかで済むんですが」
「丸焼き……」
「でも年寄りや子供に、同じものを食べさせるわけにもいかないですよね。そこで、姫様に教えて欲しいんですよ」
「わたくしが?」
「はい。姫様もよく孤児院で、野菜がたっぷり入った具沢山のスープを自ら作って振る舞ってましたよね?」
騎士だった頃は、護衛のかたわら俺も手伝ったりしたが、ほぼ姫様がひとりで作っていたように思う。
子供達が何度もおかわりをするくらい、とても評判が良かったし、実際に頬が落ちてしまうかと思うくらい美味しかった。
「見よう見真似で俺も挑戦したんですが、姫様のようには上手く作れなくて」
「まぁ、そんなことが」
「ですから、俺がこれから実際に調理してみるので、違うところがあったら教えていただきたいのです」
こんなこと姫様に頼むのはオカシイと分かっている。
だけど口実が欲しくて、必死で捻り出したアイディアだ。
俺の作ったものなら、姫様は口にしてくれるんじゃないか。そういう期待もある。
しかし、現実ははるかに厳しかった。