姫様との再会
これまでにないくらい、俺は緊張している。
もしも姫様が俺に会いたくないと言ったらどうしようと想像してみる。
「ははッ、そうなったら、間違いなくショック過ぎて死ねるレベルだな」
実際、笑い事ではない。
もしも拒否されたとしたら、俺は生きている意味を失うだろう。なにもかもがどうでも良くなって、この身を贄に暗黒魔法を発動してしまいそうだ。
扉の前で待つこと数分。
ロイが姫様の部屋から出てきた。
「隊長、王女様から面会の許可がおりたっす」
「そうか!」
とうとう姫様に会える……。
もう二度と会うことはないと思っていた姫様に。
喜びに、胸が早鐘をうち。
そして──
「姫様、ご無沙汰しております」
部屋にはいり、大きなソファにもたれる姫様のお姿を見つけたとき、俺は自然と膝をつき騎士の礼をとっていた。
「ヴォルド、お久しぶりですね」
「っ…………」
姫様が、俺の名を……呼んだ。
「ヴォルド、こちらへきなさい」
御心のままに立ち上がり、俺は姫様のそばまで歩いていく。目の前に、すっと差し出された華奢な手を掬いあげるように持ち上げ、小さな爪先にそっと唇をおとした。
姫様の指先が震えている。
嫌な気持ちにさせてしまっただろうか。
「ヴォルド」
「はい、姫様」
顔を上げると、姫様の透き通るような銀色の瞳と目があった。
「ヴォルド……、おかえりなさい……っ」
「っ!」
姫様は震える声で言うと、くしゃりと顔を歪めて涙をこぼした。
「姫様、ただ今、戻りました」
俺も泣きそうだ。
ずっと、ずっと会いたかった。
「姫様、手が冷たいですね。体調は大丈夫ですか?」
「だ、いじょうぶ……ですよ」
なにが大丈夫なものか、と思う。
こんなに指先を冷たくして、こんなに痩せ細ってしまって……顔色だって悪い。
でも姫様の優しい瞳は、二年前とまったく変わっていなかった。
「姫様、……お食事を召し上がられてないそうですね?」
「……」
「それでは、御身がもちませんよ?」
触れられたくないことだっただろう。
姫様は顔を背ける。
俺は繋いだままの手を、ぎゅっと握りしめた。
「姫様、どうか生きてください。このままでは危ない。それとも死を望むおつもりですか?」
「…………」
姫様は何も答えない。
ただ、頬がそげてしまった横顔は苦悶に満ちていて、俺の胸をひどく痛ませる。
「俺に……その苦しみを、分けてはくださいませんか?」
「ヴォルド、あなたは……」
「はい」
「あなたは、もう……わたくしの騎士ではないのです」
「そう……ですね」
「騎士ではないあなたに、分け与えるものなど、ありませんわ」
確かに、姫様のいうとおりだ。
だけど俺は──
「そうですね。今の俺は騎士ではなくタダの料理人でした。なので姫様、行きましょうか」
力を込めて姫様の手を引いて小さな身体を抱えあげる。すごく軽い。
「っ……ヴォルド、なにをするのですっ!?」
「お連れしたい場所があるのです」
「お、おろしなさい!」
「却下です」
腕のなかでジタバタと抵抗をはじめた姫様をしっかりと抱きしめる。
肌が触れ合う距離。
ああ、姫様の香りがする……。
懐かしい甘い香りに胸がしめつけられた。
「ヴォルド、離しなさい。わたくしと一緒にいては、アナタの身を危険に晒します」
「危険? 例えば、こうして歩くだけで毒矢が飛んでくるとか?」
ビクリと腕に震えが伝わってきた。
──まさか本当に……?
血の気を失い、怯えた様子の姫様に、離れていた月日をはじめて後悔する。
「姫様、もうお忘れですか? 自分で言うのもアレですが、俺はこの国で一番最強の男ですよ?」
「そういう問題では、」
「大丈夫ですよ姫様。俺は傷付かない。姫様のことを守らなくてはいけませんから」
そう言って笑うと、姫様はまた泣きそうな顔をした。
どうしてこんなに心が傷ついてしまったのだろう。
もとは、俺に負けないくらい強く、凛とした眼差しが美しい女性だったのに。