姫様の噂
1万5千字の短話です。
別サイト、別名義で書いたものでしたが、こちらに転載します。ゆるく読めます。
「なあヴォルド、姫さまの噂知ってるか?」
「いや、知らない」
「毒を盛られたせいで、まともに食事が摂れなくなっちまったらしいぜ」
「なんだと」
「……知り合いの話だと、食べること自体が、怖くなっちまったらしい」
「…………」
「城の料理人は解雇。新しく雇いいれた料理人たちも色々工夫しちゃいるが、うまくいってないらしい」
「そんな。それでは御身がもたない……」
──食べることは、すなわち生きることだ。
とくに魔物討伐隊で戦うようになってから、俺は身にしみて実感している。
いつ魔物の襲撃があるか分からない。
食べれる時にしっかりと食べ、休息し、戦闘に備えることは大切だ。
美味しい食事は心の栄養でもある。
討伐隊のメシは、正直クソまずかったが、それも致し方ないことだった。
長期間の遠征をともなう討伐は食糧の保存が難しい。
腐りかけの野菜や、生臭い肉でも我慢して食べなければいけないと聞いた時、俺は衝撃を受けるとともに、つねに前線で命をはってきた隊員たちに頭が下がる思いだった。
俺はなんて恵まれた生活をしてきたのだろう、と。
かつての俺は王女の近衛騎士だった。
しかし不祥事を起こしたことで騎士の位を剥奪された。
そして傭兵になった。
忠誠を誓った姫様のことを、想わない日はなかった。
魔物を倒すことが廻りめぐって、いつか女王となられる姫様のためになると信じ、俺は傭兵として戦う道を選んだ。
だが──
どうしてもクソまずい食事だけは無理だった。
だから俺は率先して炊事番を引き受け、改善に改善を重ねた。
その結果、今では日々の食事が隊員たちの楽しみのひとつにもなっている。戦闘時の士気だって爆上がりだ。
食べることは、
誰にとっても大切なことだと思う。
それなのに──……
「姫様が、食事をとられていない……」
ショックだった。
今、この瞬間も、辛い思いをされているのかと思うと、胸がギリギリと痛む。
「ヴォルド、おまえさ、姫さまの騎士だったんだろう? 心配じゃないのか?」
「心配だが、……今の俺は、なにもできん」
「会いにいけば?」
「は?」
「あのさぁ、アホの子を見るみたいな目でオレを見るのやめてくんない? 元騎士さま」
軽口をたたくこいつは、討伐隊をひきいる隊長のサイラスだ。
俺の不祥事を知りながら、ふたつ返事で雇いいれてくれた恩人でもある。
その不祥事に関しても、彼は「どうせ濡れ衣なんだろ?」と笑い飛ばしてくれた。
サイラスの言うとおりだったが信じてくれる者は少ない。
「……会いに、いけるわけないだろ」
「そうかぁ? あ、じゃあ、城の料理人として雇ってもらえば? うん、いけるいける」
「それこそ馬鹿な考えだ。俺は城には入ることすら叶わないだろう」
「協力してくれる奴くらいいるだろ。おまえの作ったメシなら、姫さまは食べてくれるかもしんないじゃん?」
「……だが」
「大丈夫だって! 何かあったら、またここに戻ってくればいいんだからさっ!」
──また戻ってくればいい。
その言葉に背中を押され、俺は討伐隊を離れて王都に向かうことになった。