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後編(猫になりたいかも?)

 そして今。

 危惧していた事態に遭遇し、俺は全身の毛を逆立てて、壁を背に追い詰められたリーリンスを庇っている。


 あの後、公爵家の護衛が整うのを待たずに、馬を鞭打(ムチう)ち走り出した馬車は、リーリンスと俺を乗せてどんどんと細道に入っていった。

 そして奥まった裏通りに止まった馬車は、乱暴にリーリンスを引きずり出し、目立たない廃屋へ彼女を押し込んだ。


 フシャ────ッッ!!


 猫の威嚇を鼻で笑い飛ばし、俺と彼女を囲むのは、下卑た顔をした悪漢(ゴロツキ)たち。


 唯一、従者っぽい服を着ていた男が、扉を開けて人を招き入れる。

 従者に預けていたであろう指輪を受け取ったのは。



 ああ、こんなところで。

 こんなカタチで再会したくなかった、フラニー!!


 

「数日ぶりですわね? 公爵令嬢リーリンス様?」


 

 表れたのは、フラニーだった。

 俺の記憶にある、清純そうな空気は欠片(カケラ)(まと)っていない。

 愉悦に歪んだ口元、優位を誇る下品な眼差し。


 まるで印象が違っていた。


「フラニー嬢。これはどういうことでしょうか?」


 リーリンスが問う。


「もちろん。邪魔なあなた様に身の程を知っていただきたくて、ご招待したのですわ」


 フラニーが言った。


「もう会うこともないかと思いますから、この後のことを少しご説明しましょうか? リーリンス様は、違法な薬の取引をなさっていたの。いま、ヴィクター殿下が探らせている秘薬ね」


(にゃっ?!)

「殿下が?」


「ええ、そう。あなた様がいけないのよ。きっと何か、殿下をそそのかされたのでしょう? 扱いやすいお坊ちゃまだったのに、彼、私を疑い始めたみたいなの。だからまずは、密売の黒幕に死んでいただこうと思ったわけ」


「────」


殿下から呼び出された(・・・・・・・・・・)リーリンス様は、ご自身が疑われたと気づき、痕跡を隠すため、あわてて拠点に立ち寄る。けれどそこで部下の裏切りに遭い、殺されてしまうのですわ。部下たちはリーリンス様が主犯だという証拠をうっかり(・・・・)残したまま逃げ、役人がここを嗅ぎ当てた頃には……。リーリンス様の死体が転がっている」


 "──と、まあ、こんな筋書きなのですけど、いかがかしら?"


 とんでもないことを言いながら、フラニーが笑みを結ぶ。


「もともと薬の密売は王太子妃になる時には止めようと思っていたわけだし、利は惜しいけど頃合いよね? リーリンス様に犯人役をお譲りしますわ」


 フラニーの言葉に、周囲の男たちがニヤニヤと迎合している。


(これが俺の愛したフラニーの正体……)


 衝撃に身が強張(こわば)る俺の後ろから、リーリンスの気高(けだか)い声が聞こえてくる。 


「殿下が、わたくしを呼び出した覚えがないとおっしゃったら?」


「もし指輪の話が出たら、そうね? 私がリーリンス様とお話がしたくてお呼びしたことにするわ。それを、リーリンス様が勝手に勘違いなさったの」


「使用人たちは、ヴィクター殿下がわたくしを呼んだと聞いているわ。食い違いが出るけれど?」


(リーリンス! 気丈に張っている声が、震えている……!)


 それはそうだろう。突然こんな命の危機に、しかも濡れ衣まで着せられそうになっている。

 それでも(ひる)まない彼女の強さに、俺は腹を(くく)った。


(なんとしても、リーリンスを守らなければ)



 フラニーは、そんなリーリンスを嘲笑(あざわら)う。


「公爵家の者が、主人をかばって嘘をついていると突っぱねるわ。本当はこんな手間をかけずに、夜会の婚約破棄で断罪できるはずだった。その時に、他の罪もかぶっていただくつもりだったのに、すっかり計算が狂ってしまったわ」


「何を身勝手なことを……」


「言える立場かしら? 今からあなた様は不名誉のうちに死に()きますの。その足元の騎士(ナイト)気取りの猫と一緒にね。──さようなら、リーリンス様。永久に」


 フラニーは猫の俺に一瞥をくれると、さっと周囲の荒くれ者たちに指示を出し、従者姿の男を伴って、廃屋を出た。


 フラニー……! 言いたいことは山ほど!

 そして俺は今、自分自身に、猛烈に失望している。


(あんな女を、信じ切っていたなんて)


 けれど、その前にまずはこの窮地をなんとかせねば。


 にじり寄って来る男たち剣が、不気味に光る。


 そっとリーリンスが囁いた。


「ニィーニ、逃げて。奴らの目当てはわたくしだけよ」


(リーリンス!?)


 おまえを置いて逃げれるものか!!

 振り上げられた剣をくぐって、飛び掛かった猫の身体は。


「ギィニァァァァァン!!」


 斬り払われて、あっという間に小屋の(スミ)に転がった。

 大量の血と共に、命が流れ出そうになる。


「ニィーニ!」


 リーリンスの声が悲痛に染まる。


(悔しい! 悔しい! 悔しい!! 元の身体さえあれば!! 剣も体術も(おさ)めてきた。こんな下郎ども、何人いようとリーリンスに近づけさせたりしないものを!!) 


 目の(はし)に、追い詰められたリーリンスと五人の男が映る。


(くそぉっっ! 何か手立ては──)


 その時。


 視界が、信じられないものを、(とら)えた。


「痛ぁっ、なんだぁぁ!」


 奇声は男で、その足は"光の球"によって(すく)われ、転ばされていた。


「!!」


 同時に、たくさんの"光の球"が一斉に沸き立ち、リーリンスを守護するように敵を翻弄し始めた。



"ヴィクター! この役立たず!! ここは俺たち(・・・)が抑えておくから、早く生身で駆けつけてこい!!"



 脳に直接声が響き、次の瞬間。


 俺の身体は、馬上にあった。





 ◆





(なんだ? いま、何が?)


 置かれている状況がわからない。

 たった今まで俺はリーリンスと、薄暗い廃屋で大ピンチだったはずだ!?


「殿下! 本拠地を突き止められたとのことですが、何も御自(おんみずか)らを出向かれなくても」


 背後から呼びかけられて初めて、俺は人間に戻っていることに気づく。

 追従してくる複数の騎士と、街中を馬で走り抜けている。


 一体、何がどう──なっているかはわからないが、このまま!

 

 リーリンスの元に駆けつける!!


 すべてのことは、それからだ!!



 一層、馬の脚を速めて先ほどまで居た裏通りへ、彼女が捕らえられている廃屋へ。


 俺と騎士たちは雪崩れ込んだ。



 そこから先は一方的だった。


 "猫俺"を切った(やから)は、一刀のもとに沈み、精鋭揃いの騎士が、あっという間にならず者を取り押さえる。


 リーリンスは謎の光に守られていたらしく、無事だった。

 その光は、俺たちが突入して()ぐ、宙に舞って()き消えた。

 先ほど頭に響いたような声もしない。


 あれは何だったのだろう。


 そしてリーリンスは。

 震えてはいたが、傷つけられた(あと)はなく、誰も彼女に触れられなかったようだ。


 全身で、安堵した。


「リーリンス……、間に合って、良かった」


 思わず彼女に近づき、膝を落として抱き寄せた。

 いつもと同じ香りに体温、そして呼吸にホッとしながらも疑問を抱く。


(? ……リーリンスが小さい……? 腕の中に、すっぽり収まってしまう?)


 はっ、と気づいた。


(つい! 猫の距離感で!!)


 あわてて離れようとしたら、リーリンスから飛びついてきた。


 しゃくりあげるような嗚咽。

 緊張が一気にほどけ、涙腺が崩壊したらしかった。


「こわかった、です……っ」

「うん」

「もう駄目で、殺されてしまうのかと……」

「うん」

 

 本当に、申し訳が立たない──。

 俺がフラニーに踊らされたせいで、今回リーリンスを危険に晒したのだと思うと、いたたまれなかった。

 彼女に合わせる顔がなく、困って彷徨わせた視線の先で、俺は血だまりを見つけた。


「猫が、いない?!」


「えっ?」 


 思わず(つぶや)いてしまった俺に、リーリンスが反応し、急ぎ部屋隅に目を走らせて叫んだ。


「ニィーニ!!」


 たった今来たばかりの俺が、この場に猫が居たことを知っているのもおかしな話なんだが。

 そんな辻褄合わせも思い浮かばない程、俺もリーリンスも動揺した。


 だって俺はさっき、猫として斬られ、倒れ伏していたはずなんだ。


 あの怪我は、ほぼ致命傷。

 立って歩き去るほどの余力は、残っていなかった。


「ニィーニ、どこ?! 傷の手当をしないと! 出てきて、ニィーニ!!」


 リーリンスの必死な声に、注目が集まる。

 俺も即座に負傷した猫の探索を命じたが。


 公爵家の猫は見つからず、失意のリーリンスを屋敷に送って、そして。 

 

 俺は事後処理に勤しむことになった。




 ◆




 久方ぶりの王宮で夜を過ごしながら、ぼんやりと自室の窓を眺めていた。

 外の城壁では、警備の影と揺れるたいまつ。


 フラニーは捕らえてある。

 "すべてはリーリンスが仕組んだことで、自分は嵌められたのだ"と、擦り寄ろうとした。


 以前の俺なら取り合ったかも知れないと思うと、己に嫌気がさす。


 俺の名を騙った罪が表向きの名目だが、取り調べながら余罪を追及していくことになるだろう。


 廃屋にあったいくつかの物証も押さえ、暴漢たちの供述もとっている。


 違法薬物の取引だけじゃない。公爵令嬢に対して企てた陰謀も重い。

 娘のためなら黒焦げクッキーさえ食べるベルシア公爵が、大激怒している。


 事が大きいため、沙汰は国王夫妻(両親)が帰国してからになるが、本人および親族、そして関係した者には『厳罰』という言葉ではぬるいほどの処分が下されるはずだ。


 従者に扮していた男は、彼女の情夫だった。

 "男好き"というのは、リーリンスのことではなく、フラニー自身の話だったのだ。


 しかし、俺の周辺の解釈が、そんなフラニーを探るため、俺自身が"男爵令嬢にハニートラップを仕掛けていた"という話になっていたのには驚いた。

 肝心の婚約者・リーリンスが哀しみ、宮廷の勢力図も不安定になりそうだったのを見て、夜会で「婚約破棄はしない」と明言したとか、なんとか。


 この二週間、"王太子"は違法な薬を国に浸透させないため、徹底的に取り締まり、対処していたらしい。


(俺が"猫"をやっている間に、何があったんだ……)


 "俺のニセモノ"は、俺の不在中、やたらと"ヴィクター・ランデル"の評価を高めまくっていた。


 各拠点を摘発し続ける中、今日は突然「本拠地がわかった」と騎士を率いて王宮を出たらしい。

 俺が身体に戻ったのは、その騎馬途中だった。


(魔石の効果が切れて元に戻ったとしてもだ。結局、"俺のニセモノ"は何だったんだろう?)


 この身体に入り、"王太子"として振舞っていた何者かの正体が、わからない。

 精神が分割されていた感覚もない。


 何の手がかりもないが、これを解決しないと、面妖さが残り過ぎて安心できない。

 フラニーのように名前を騙るどころか、俺自身を乗っ取っていたのだから。


 それにしても。


「ニィーニは、どこに消えたんだ」



     (……にゃあん)


「!!」

(いま、俺の声に呼応した鳴き声は!!)


「ニィーニ?!」


 急いで開けた窓の外には、リーリンスの猫が。

 ニィーニが、居た!!



 ◆



「お前、無事で──? どこにいたんだ? どれだけリーリンスが泣いたことか!」


 自分がさらわれたショックより、愛猫が怪我をしたままいなくなったと気づいてからのリーリンスは、痛ましいほどに嘆き悲しみ、どんな慰めも届かなかった。


「にゃあ」


 すっと、窓から室内にニィーニが入ってくる。

 

「……? 待て。お前、怪我は?」


 ぱっくりと斬られていた腹の傷は消え去り、長い毛に血の塊りがついていることもない。


(ニィーニだよな?)


 自分の姿として、二週間見てきた。

 縞の位置、その濃淡まで、嫌になるくらい記憶している。


(そういえば、左の後ろ脚に特徴的な模様があったっけ?)


 本猫(ほんにん)確認のため、後ろからのぞき込もうとしたら、声が聞こえた。


「どこを見ようとしているんだ、この変態」


(? いまのは誰だ?)


 声の主を探していると、目の前から「こっちだ、ヴィクター」と呼びかけられた。


「────! 猫が喋った!!」



 ニィーニの翡翠色の瞳と目が合う。どう見ても理知的だが。


「いやいやいや、そんなはずはない。猫は喋らない。幻聴だ、俺は疲れてるんだ、なんなら人間に戻ったばかりの後遺症で……」


 だが念のため。


「お前っ、何者だ!!」


兄だよ(・・・)、リーリンスの」


 問いかけると、間違いなく返事があった。

 猫から。しかも"兄"?


「ふざけたことを。リーリンスに弟はいても、兄はいない」


「本当さ。血はつながってないけど。"()ィニ"って呼ばれていただろう?」


「あ、あれってそういう……」


 危うく納得しかけて、持ち直す。


「"ニィーニ"は名前だろう?!」


「ふふん。幼い頃のリーリンスが俺を兄と慕い、舌足らずに可愛く"ニィニ"と呼んでいたのが名前として定着したのだ」


 猫が自慢げに鼻を鳴らす。


「公爵邸のやつら、名づけがいい加減……」


 思わず本音がこぼれたが、それ以前に。


 なぜ俺は猫と対話をしているのか。


 今日の昼まで、俺自身も猫だった。

 非現実的な場面に触れすぎて(もう、どうとでもなれ)という気もしてきている。


「お前も俺のことを"兄"と呼んで良いぞ。そうだな、義兄上(あにうえ)さま、となら呼ばせてやろう」


「なんっ!?」


「未来の義弟だからこそ、助けてやったんだ。その肉体(からだ)、"魅了"は抜けてただろう? 内から浄化してやった」


「!」


「精神に染み込みかけていた分は、解毒の魔石(・・)で消えたはずだ」


 魔石────。


「俺を猫にして、俺の身体を乗っ取っていたのは、お前か!!」


 見知った猫だと、リーリンスの大切な猫だと、つい気を抜いていた。

 瞬時に血が沸き立つ。


 そんな俺に、目の前の"猫"が淡々と言う。


「なんて言い草だ。それに今更の警戒だな。こちらとはしては感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないぞ」


「何を────」


「あのままならお前、悪女に操られたまま、身を持ち崩していた。見捨てても良かったが、リーリンスが泣くと思ったから、手を貸したんだ」


「……お前は、何者だ?」


 先ほどと同じ問いを、もう一度。猫の呼吸すら見逃すまいと視線を定めて、発した。


妖精猫(ケット・シー)。妖精王から、その"愛し子"たるリーリンスにつけられた"()り役"だ」

 

「"妖精猫(ケット・シー)"……?」


「そうだ。人間ごときに膝を折る必要も、(こうべ)を垂れる位置にもない、崇高なる存在だ」




 公爵夫人がリーリンスを身ごもった時、妖精王は(はら)に宿った穢れなき魂を目にとめ、"愛すべき存在"と定めたらしい。

 リーリンスには彼女を護るための妖精たちが付けられ、妖精猫(ケット・シー)はその総括として実体を持ちつつ、彼女の傍についていたという。


 廃屋で見たたくさんの光の球は、妖精たちだったのだ。


 ずっとリーリンスを見守ってきたが、彼女が苦しい片恋に喘いでいるのを見て、辛抱できなくなってきたところに。

 恋の対象である俺が"魅了"にかかっていると気づき、介入しようと決めたのだとか。


(よこしま)な"魅了"を解かない限り、お前の目がリーリンスを映すことはないからな」


 妖精猫(ケット・シー)たるニィーニが言う。


 "魅了"の根源は言うまでもなくフラニーで、様々な秘薬を扱う彼女は、媚薬にも精通していた。

 密やかに、俺と会うたびに用いていたのだとか。


 まず、"魅了"を解くためフラニーと俺を引き離し、()つリーリンスの素晴らしさを見せようと、俺と猫身を入れ替えた。

 そして翌日に公爵邸を訪れ、リーリンスに「いつも通りに接するように」と伝えた。


 外向きの仮面をかぶってないリーリンスは、それはもう、目の中に入れても痛くない程、愛らしい。"一緒に暮らせば、すぐに落ちる"と、猫兄は確信していたらしい。


 重度のシスコンだ。


 さらに"兄として一肌どころか、猫肌を脱いだ"と言われた時には、あまりなセンスに毒気を抜かれた。

 もう、何をどう、どこからツッコんだらいいかわからない。人外だし。




「……話は分かった。とんでもない重罪だと思うが、法の適用外である妖精がしたこと。そして救われた部分もある。二度としないなら、遺恨は差し引く。だから早く公爵邸に帰れ。猫がいなくなったせいで、リーリンスは目を腫らしてるんだから」


 妖精猫(ケット・シー)がじっと、俺の顔を見つめてくる。


「なんだ」

「本当に、随分と……」

「だから、なんだ」

「いや。"魅了"が抜けたら、お前も意外に可愛げがあると思っただけだ」


 猫が首を振った。


「はあ?!」

(この猫、俺が最大に譲歩して、無罪にしてやると言ったのに!)


「リーリンスにお前の正体を明かすぞ?」

「──それなんだがな。この機会に"ニィーニ"としては、リーリンスのもとを離れようと思っている」


「なっ」


「俺は長くリーリンスと()すぎた。"猫"として怪しまれず、人間(ひと)と暮らせる年数には限りがある」


「────あ……」

(そうか、寿命として不自然じゃない年数……)

 

「別の姿で見守ることになるが、それは"ニィーニ"じゃない。猫は死に際を飼い主に見せたがらないから姿を消した。リーリンスにはそう説得しておいてくれ」


「…………」


「どうした?」


「リーリンスは……、自分が飼い猫を巻き込んだと思っている」


「ん?」


「"ニィーニ"が自分を案じてついて来て、その結果、重傷を負ったと、すごく責任を感じて塞ぎ込んでいるんだ。このタイミングでいなくなると、彼女は一生自分を責めるかも知れない」


「……つまり?」

「つまり、いなくなるなら、別の機会にしてはどうかと言いたい」

「お前は、それでいいのか?」

「俺?」

「俺は由緒正しい妖精猫だが、お前から見たらおそらく得体の知れない猫だろう。そんな相手を婚約相手のもとに置いておけるのかと聞いている」


(うっ)


「そ、それは」

「だろう?」


 だがリーリンスの泣き顔が頭をよぎる。

 あんな悲しい顔はさせたくない。


 そう思っている自分に気づいて、疑問が口をついた。


「……俺はもしかして、リーリンスのことが気になってる?」


「────!! まだそこ(・・)なのか?!」


「え」


「なんてヤツだ、まだそんな段階なのか。"魅了"を使いたくなるはずだな、おい。まったく世話の焼ける──! ええい、俺をリーリンスのもとに連れていけ! 当分お前たちを見ててやる」


「えっ、え?」


「お前が"猫"を見つけて、魔術師に"治癒"させたことにしていい。点数稼がせてやるから、さっさとしろ」


「今から? もう夜も遅いのに、公爵家に失礼だろう──」

「リーリンスは夜通し泣くぞ?」

「あ、ああ」




 猫兄に急かされて、公爵邸を訪問し。

 喜びに破顔して、輝くリーリンスを見て。


 別れ際、猫に「いいか、俺を戻したのはヴィクター、お前だからな。後悔するなよ」と、わけのわからない念を押され。


 翌日、事情聴取という名目でリーリンスのもとを訪れた俺は、早速後悔した。



「この猫は、何をしているのですか」


 引きつる顔の筋肉を抑えながら、リーリンスの胸元に抱かれた猫を見る。


「あ、これは"ふみふみ"といって柔らかいもの(・・・・・・)を前脚で押すんですよ。母乳をねだる時の仕草らしくて。本来は仔猫がするのですが、飼い猫は成猫(オトナ)でもやるコがいるんです。甘えてきてる証拠で、すごく可愛くて」


「自称"兄"が──、そんなことをしてもいいと思っているのか」


「え」


「コホン。いえ、独り言です。俺にも猫を抱かせてもらっても?」


 耳元で凄んでやろうと手をのばすと、さっとリーリンスの腕の中から、猫が脱して地に降りた。

 こちらに目も向けず、ペロペロと前脚を舐めている。


妖精猫(ケット・シー)め! リーリンスの前でだけ、猫かぶりやがって)


 ふるふると握る拳が震える。


("ふみふみ"、俺は知らなかった。あんなこと一度もやってない。リーリンスの胸に触れるなんて──)


「ヴィクター殿下? どうされました?」


 覗き込むように、リーリンスが尋ねてくる。


「ああいえ。猫が見つかって、良かったと思って」


 俺が誤魔化せば、ぱっとリーリンスの笑顔が咲いた。


「本当に! ヴィクター殿下のおかげです」


「──あなたがそんな風に笑うことを、俺はずっと知らなかった」


 猫になるまでは。

 そして今こんなにも目が離せない。なんだ、これ。


「す、すみません。はしたない真似を」

「そんなことはない! とても可愛いくて、もっと笑って欲しいと……思……う。え?」


 俺はいま、誰に何を言った。


 一気に耳まで熱くなる。

 猫をやっていた時「可愛い、可愛い」と言われ続けたせいで、つい「可愛い」という言葉が(ゆる)み出た?


 リーリンスの頬が、春の薔薇のように柔らかに色づく。

 ああ、このまま。花のようなリーリンスを見ていたい。


 春も夏も秋も冬も。きっとどの季節でも、彼女は綺麗だろう。


 虫がいいかも知れないけど、婚約破棄が成立しなくて良かった。

 これからも。


 婚約破棄なんて、絶対にしない!!



 お読みいただき、有難うございました!!\(*^▽^*)/


 私のお話に複数作品お付き合いくださる方には「神話」か「モンスター」か「妖精」が出る率高いこと、お馴染みかと存じます。

 今回は妖精猫ケット・シーでした!

 最後にやっと、ちょっとだけ出た…。おかしい。こんなはずでは。

 挿絵(By みてみん)

・猫を愛でたい、モフりたい!

・きょうだいの面倒を見る"兄"が書きたい!


 そんな思いで書き始めました小説は、途中いろいろと迷走しましたものの、楽しく完結まで持ってくることが出来ました。


 普段、短編ばかり書いているので、本筋と違うこと入れたら読みにくいなぁと端折ってしまったヴィクターの猫生活。

「ベルシア公爵の悩み」「リーリンスの弟との絡み」「芸を仕込まれる猫ヴィクター」「従兄が来た日」。

 あっても良かったでしょうか? このへんのバランスがわかってなくて……。

 

 長いお話を書くために、手探りで勉強中です。

 お気づきな点がありましたら、ぜひアドバイス等お聞かせください。


 でもって楽しんでいただけましたなら、下のお星様★★★★★にて応援いただけますと、今後の励みとなりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます!!


 絵は後からどんどん増えていく仕様です。1話めにも絵を足しました。

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[一言] いやー。ちゃんとヴィクターが名誉挽回できてよかった。 婚約者としての責務は何とか果たせましたね。 ストーリー追いやすくて面白かったですね。 ケットシーっていったら、猫又に並ぶ有能猫属性のキ…
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