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フーゴとリヤ(7)精霊と名付け

 朝、顔を洗って戻ってきたフーゴ。彼は最近ヒゲを伸ばしだした。


「意外に似合ってるのよね」


 ヒゲを伸ばすと言い出した時は、その可愛い顔に似合うのかしらと思ったけれど意外にも年齢相応の深みが出て良く似合っていた。

 却ってその眼差しの優しさや温かさが増して見えるみたいで惚れ直してしまう。


「リヤは僕がヒゲを伸ばすの嫌だったの?」


「ううん、フーゴのヒゲは好き。だけど出会った頃のことを思うとフーゴもヒゲの似合う歳になったのね」


「そうだね、僕ももうヒゲの似合う歳だ。比べるってことはもしかしてリヤはあの子供の頃の僕が一番良かったのかな?」とフーゴは笑った。


「どの歳のフーゴも好きに決まってるわ。でも出会った時の衝撃は特別なものだから私にとって14歳のフーゴは特別なのは仕方がないわ」


「衝撃って僕何かしたっけ?」



 そう、うっかり人間の近くまで行ってしまった私はそこに立っていたフーゴの羊たちを慈しみ見守るその眼差しを見た時に雷に打たれたようになった。


 それからずっと物陰に隠れて彼に見惚れていた。


 彼はたった1人で真摯に仕事に向き合っていた。

 私もあの瞳に映りたい・・・あの真っ直ぐな瞳に。


 フーゴに呼ばれて引き寄せられるように前に出てしまった。

 まるで磁力で引っ張られるように心が彼の元に行くことを強く望んだから。


 私にとってあんな感覚は初めてで、衝撃だった。

 

 最初に見た時からきっと、好きになっていたのだと思う。



「うーん、言わせる?一目惚れってことよ」


「へえ、初耳だな」とフーゴは目を丸くした。


「で、おヒゲはどういう心境の変化なの」


「ほら、今年は2人弟子がいるだろ。あいつら僕より背が高くてどちらが親方か分からないじゃないか。だからちょっとそれっぽく見えるようにさ」


「なるほどね、いいんじゃない親方風に見えるわよ」


「うん」


 とても50歳には見えない笑顔でそう返事をしてフーゴはこの春の移牧の準備を始めた。



 フーゴはそろそろ引退の準備をしようと弟子を募集したところ村の若者がけっこう来た。羊飼いは若くて美人のお嫁さんが貰えるとフーゴ達を見て憧れられていたらしい。


 出会った当時フーゴは14歳で18歳くらいのお姉さんっぽいリヤに散々甘えさせて貰っていたが、今は50歳のフーゴにリヤは30代半ばくらいの見た目で、皆から見ると若い奥さんだ。


 フーゴと親子に見られたくないので釣り合うようにリヤもそれなりに見た目を調整して年齢を重ねるようにしていたが、村では羨望の的だったらしい。



 そういう理由ではなく、羊飼いの仕事を真摯にやりたいと言う兄弟で来た2人を選んだ。フーゴも父親と2人でやっていたからだ。

 牧羊犬は代替わりしているけど、既に仕事はしっかり覚えているから彼らに譲ろうと思う。


 この春から弟子を連れて山に上がり、しっかり仕込むつもりだ。


 だけど、弟子がいる山小屋にリヤを連れて行くわけにいかない。


 リヤが半年も離れ離れになると寂しがるので彼らの様子を見ながらだけど、間で何回か山を降りてくるつもりだ。


 そう言うと僕に一緒にいて欲しい一心で、なんとリヤが氷の山に入る羊飼いが危険な目に合わないようにと加護を発動してしまった。僕が貰ってる加護と同等のものらしい。


 僕は危険動物に遭遇する前提で仕事を教えるけど、その危険は今後ゼロだよ。まあ、彼らに危険な目に合って欲しくないからいいことにしよう。



 そういう訳で今年の夏は人手があったので、空き時間に木彫りでレリーフを作ったりしていた。

 前から木彫りをしてみたかったんだ。

 いくつか作ったけど、やっぱり題材はリヤの顔ばかりになるよね。


 そこでふと思いついた。リヤに詩を彫ってやったら喜ぶんじゃないかって。


 新しい詩よりあれだ。

 僕ら2人が結ばれたあの時の詩だ。


 幸せに満たされ熱い思いが溢れすぎて口についてで出たあの詩はほとんど僕の黒歴史だったけれど、今はあの時間と併せてあの拙い詩も愛おしく感じている。




 ここは高原で太い幹の木もないし、日陰をつくる大事な木を切り倒すわけにいかない。それにゴツゴツした岩はあるが脆くて字を掘るには適していない。


 相変わらずヴィーリヤミがイヌワシの姿でこの辺りを巡回しているから声をかけた。


「ヴィーリヤミ、リヤに詩を彫ってプレゼントしたいんだ。石版とノミと槌が欲しい。それと出来上がったらリヤに届けて欲しいんだけどお願い出来るかな?」


「珍しいな、フーゴからの頼みごとなんて。初めてだ」


「そうだな、自力では難しくて。村に帰ると僕たちは常に一緒だろ、彼女に内緒で作って喜ばせたいんだ。作ってる時の苦労してる所は見せたくないから」


「なるほど。他ならぬ名をくれたお前の頼みだ聞いてやろう」


「ありがとうヴィーリヤミ」



「ワシも聞いてやるぞ、名をくれたら」と精霊王が現れた。相変わらず王様みたいな姿で。


「ちょっとその格好はまずいだろ。僕の弟子が小屋裏にいるんだ、もっと目立たない姿になれよ」


「ほい」とシマエナガになった。なんだその可愛すぎるチョイスは。



「精霊王様はかわいい物が大好きなのだ」とヴィーリヤミが暴露する。


「へえ、そうなんだ」


「そんなことはないのだ、ワシは威厳ある精霊王なのだから」


「あー、今いいの思いついたと思ったけどダメか。シマエナガのエナちゃんなんて可愛すぎるもんな」


「え、あ、あ、それ・・・」


「ウペアマー、壮大な大地、素晴らしい大地という名はどうだ」


「う、うん。いいだろう。ワシにぴったりじゃ。礼を言う」


 絶対エナちゃんの方が気に入ってそうだが、それが自分には可愛すぎる自覚はあった精霊王はウペアマーの名を謹んで受け取った。



 それからウペアマーが言った。

 彼は回りくどい話し方をするのでざっとまとめるとこういうことだ。


 なんでも何年も前の話になるが、氷の宮殿に来たのも名が欲しかったからなのだとか。それをストレートに言えず前置きが長すぎて本題に入る前にリヤに追い払われたというのだ。


 あの時僕たちに不安な思いをさせて、実はそんな用件だったとか止めて欲しい。



「なんで僕が名をつけると皆んなそんなに喜ぶんだ?自分で付ければいいと思うけど」


「精霊はそもそも名を持たないから付け方が分からない、誰かに付けて貰うしかないんだ。でも名を付ける生き物なんて人間しかいないだろう、我らは人間と相互の関わりを持たぬからまず名を得る機会がないのだ」とヴィーリヤミ 。


「そうじゃ、人間は祈りの時にワシ等を呼びつけて願い事を頼んでくるが、それだけじゃ頼み事しかせんのじゃ。たまに礼を言うことはあれど名はくれん。

 それにお前が付ける名がカッコイイと精霊界でヴィーリヤミ達は羨望の的なのだ。ワシも羨望されたい」



 その夏は弟子と離れた隙をついては精霊達が訪れて名付け大会になった。



 火の大精霊に風の大精霊、石に・・・リヤが氷河期を起こした時の喧嘩の相手である水の大精霊も自分もお願いしていいでしょうかと来た。

 それから羊の柵の中に日陰を作る木の精や食事をとるためのボウルやスプーンまで。

 名を呼んでやろうにも覚えていられないし、もうネタ切れだよ。


 そのおかげで大きくひとくくりに精霊と言われる彼らにも不変の存在の大精霊とは別にどこやらの泉の精や木の精のように単体の物に宿る精霊がいることや、花や雪の結晶のように失われる有限の物に宿る精霊はどんどん宿る器を変えていくから力が弱くなかなか姿を取ることができないということを知れた。



 結局、石の精霊キヴィが手頃な石を出してくれ、ヴィーリヤミがノミと槌を用意してくれた。それから出来上がったらウペアマーがリヤに届けてくれることになった。


 だけど、なんかノミと槌が勝手に上手く動いて石工がノミを入れたみたいに出来が良すぎるんだけど・・・。


 ノミと槌の精は「フーゴのこうしたいっていう思いが形になってるのだからフーゴの作品に間違いないんだ」と言うけれどね、粘土を彫ってるみたいにラクで筋肉痛にさえなりそうにない。

 でも、これも彼らからのお礼ということらしいから有り難く受け取っておこうか。

 トンとカンなんていい加減な名前をこれだけ有難がってくれるなんて、ホントいい奴らだ。


 まあ、毎日ワイワイと賑やかだったよ。



 村に下りるとリヤが橋の手前に立って僕の帰りを待っていてくれた。


「ただいまリヤ、今帰ったよ」


「おかえりなさいフーゴ。()()だったわね、()()()様」


 いつもと同じようで、何か含みがあるような気がするのは多分気のせいではないんだろうね。

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本作は『王子様は女嫌い』の外伝になりますが単独でも読めます。
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