フーゴとリヤ(6)氷の宮殿
「うーん、ちょっと落ちすぎね」
「どうしたの」
「この間の氷の宮殿よ。ススィに頼んだ件が機能しすぎているわ。氷の宮殿探検隊が何組も編成されては悉くススィのクレバスにはまっているの。
また精霊王に嫌味を言われそう」
「精霊王に嫌味を言われてるの?全然気が付かなかったけど」
「ううん、嫌味を言われたのはもう何千年も前の話よ。彼らを一掃しようと思って氷の山を活火山にして噴火させようとしたらさすがにスルー出来んぞって止めに来てね、短絡的に問題解決しようとするなって言われて古いことを色々と・・・」
「へえ、しかしリヤはなんでも出来て凄いね」フーゴは微笑んでリヤのそばに座る。
「その時この山が火山になって噴火していたら僕はここにいなかったかもね。リヤが精霊王さまの言うことに耳を傾ける聡明な女性で良かったよ。君と会えなくなるところだった」と褒めて抱きしめてくれた。
あの時、フーゴに私が何者かバレてからもう何も隠し事がなくなって、なんでも話せる間柄になれた。フーゴが言うように本当にどんな私であろうと彼は心から私を愛してくれている。
私が成すことを全て受け入れてくれるけど、私の力を悪用しようと思ったり何かしてくれとねだることもない。
心の広さと純真さ。
世界広しと言えどこんな人、他にはいないと思う。彼は本当に素晴らしい人なの。
「で、どうするの」
「そうね、ススィにクレバスの調整をしてもらうわ。
でもちょっと見に行って来ようかしら。フーゴも氷の宮殿を見たくない?」
「ああ、見たい。
あの精霊様式って言ってたのが気になってたんだ」
「うふふ、精霊様式っていうのは建物の建造方式ではなくて精霊のように存在しないのに存在する、もしくは存在するのに存在しないっていうことよ。
本当は氷の宮殿なんてないの。
でも、目の前に見えるし、触れるし、中に入って生活も出来る。明るいし暖かくて本当に存在しているみたいな物。
実在しないからどこにでも現れさせられるのよ。
山の頂上にでもクレバスの中にも、私たちの家の中にでも。誰かの心の中にだって建てられるわ」
「今回、僕はどこの宮殿に連れて行ってもらえるの」
「ススィのクレバスの中がいいわね、行きましょう」とリヤは立ち上がり僕の手を取った。
目の前に白く靄がかかりそれがスウっと晴れると、もう氷の宮殿が目の前にあった。
深いクレバスの中はドーム状になっていて広かった。近いところの壁は白く、遠いところは青く発光しとても幻想的で美しい。
そして目の前にそびえ立つ氷の宮殿の冷えびえと冴え渡る美しさに圧倒される。この世のものとは思えないほどだ。
「フーゴ、宮殿に入ってみるでしょう?」
「もちろんだよ」リヤが僕と腕を組み誘なう。
ドアの前で寝そべっていたススィが徐に立ち一緒に付いて入ったきた。
中は広く豪奢な造りで適度に明るく暑くも寒くもなく快適だった。柱や天井の装飾の細工が素晴らしい。
「凄いな」
「フーゴ、あちこち見て回っていていいわよ、ここは安全だから」
リヤは氷の人型駆除についての話を聞かせるより、宮殿内を見て回ってる方がフーゴは良いだろうと考えた。もちろん声を出さなくてもススィと意思の疎通は出来るのだけど、フーゴを除け者みたいに扱いたくないので精霊同士であっても言葉を交わして会話する。
リヤはリヤなりに人間であるフーゴに合わせている。
お互いがお互いを思いやり、合わせられるところは合わせる。これが2人の暗黙のルールでいつまでも仲良しの秘訣なのだ。
「ああ、そうするよ」とフーゴは応えた。
外に繋がる窓らしいものは見当たらないのに、どこかスゥーと風が通っている感じがする。氷の冷気のせいだろうか。
奥の方に足を向けるフーゴの背にリヤとススィの話し声が届いた。
「え、積極的にクレバスを多産して分かりにくいように上に雪を被せておいたって?それで通り抜けられない迷路にしてたの?どおりで多いはずね」
ススィはリヤに頼まれて張り切りすぎたようだ。
人間視点で聞くとかなり物騒な会話だけど。
精霊は永遠の命を持っているが故に命の尊さへの感覚が有限の命の人間と違うのだろうか。それでも以前、精霊は自然を愛し、生きとし生けるもの全てを愛すと言っていた。
フーゴがあちらこちらを見ながら風がくる方へ足を進めていくと広い部屋の奥の玉座に年老いた男が座ってこちらを見ていた。身なりは正に王のようだ。
「フーゴとやら、いつも氷の女神と一緒だからなかなか近づけなくてね、ここで先回りさせてもらったよ。怪しいものではない。私は土の大精霊、精霊王だ」
そう話している内に、その室内が青基調から紫に変わってきた。
「うう、あまり時間はないようじゃな。とにかくあの氷の女神が君といると大人しくしていて平和じゃ、今の所はな。あまりに色々やらかしよるから思い余ってワシは以前宣言した。
次に何かすると精霊界から追放すると。
じゃが、あれは氷河期を起こしたような最強の大精霊だ。コトはそう簡単ではないのだ。大量の精霊が犠牲になるだろう」
今度は室内が赤く染まって点滅し始めた。異様な雰囲気だ。
どうやらこの精霊王がやっていることではないらしい、あわあわし始めた。
リヤが遠隔で感知し視覚的にプレッシャーを与えているようだ。
とうとう静観 (静観してたっけ?)することに耐えられなくなったリヤがススィを伴って現れた。空気がどんどん冷えていく。フーゴの周りを除いて。
「これ以上フーゴに近づくことは精霊王といえど許さないわよ」
「いや、そんなつもりでは・・・」
「せっかくフーゴと氷の宮殿にデートに来たのに、部外者が入り込むなんてさっぱりだわ」
「違う、違う、礼を言いに来たんだって!」
やけに精霊王が怯えている。
「フーゴ、あの時ワシは永久凍土になるかと思うたんだぞ。怯えもするわ」
「まあ、宮殿にネズミが出たわ!駆除するべきかしらね?ススィどう思う?」
「分かった!もう行く」と言って精霊王は消えた。
わざわざここに現れて精霊王は僕に何が伝えたかったんだろう。
でも、昔ヴィーリヤミが言っていたことは本当だった。
次に何かしたらリヤは氷の女神ではなくなってしまう、リヤがリヤでなくなってしまう。
まるでリヤまで有限の命になったみたいだ。
リヤがこの世界から消滅してしまうなんて嫌だ。
それは僕の心を不安にした。
「フーゴ、何も心配することはないわ。私は無茶はしないってフーゴに約束する、絶対よ。それにフーゴにだって永遠の命を与えられるのよ。そうしたら私たちは永遠に今のままでいられるのだから」
まさにそれが、・・・僕に永遠の命を与えることが精霊王やヴィーリヤミがいう無茶ってやつなんだろうけどリヤにとって簡単なことすぎて無茶という認識がないらしい。
今まで普通の人間の夫婦の暮らしをしてきたから僕の命の長さについてあえて話をしていなかった僕ら、それは2人にとってとても重要で繊細な話だから。今、初めて口にする。
「リヤ、僕は人間だ。
僕が永遠の命を得てしまったら、もう君に詩を詠んであげられないよ。吟遊詩人失格だ」
「もう、フーゴ。あれ以来一度も詩を詠んでくれてないくせに・・・・」
そう言ってリヤは目にいっぱい涙をためて黙り込んだ。
お互いの気持ちが痛いほどよく分かる。
それから僕らは手を繋ぎ、氷の宮殿の中を見て回った。
宮殿のてっぺんまで上がると尖塔のすぐ下は外が展望できるようになっていた。ちょうど雪を湛えた山々が夕日で赤く染まりとても美しい。
クレバスの中の宮殿のはずなのにいつの間にか宮殿ごと外に出ていたようだ。やはりリヤは凄い。
そこに僕らはお互いの背中に手を回し抱き合って立ったまま、美しすぎる暮れ行く景色を長い間見ていた。
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