フーゴとリヤ(5)ヴィーリヤミとススィ
僕たち夫婦はそれから普通の夫婦のように暮らした。
たぶん、普通の人間の夫婦と同じだと思うけど、ちょっと違うところもたまにはあるかもしれない。
例えば、しょっちゅう玄関にイヌワシがとまってて一緒に喋ってるとか。
イヌワシはあんな険しい眼をして尖ってる癖に人が良くて世話焼きだ。
この間、お前は世話焼きでいい奴だからイヌワシより鳩やツバメの方が似合ってるんじゃないかと言ったら嫌〜な顔された。
「俺は傍観者でいるのが似合ってる」とか何とか言ってどうやらワルを気どりたいらしい。
今日も玄関横の木の枝に止まってこちらの様子を見ていたから窓から顔を出して話しかけた。
「おはよう、イヌワシ。うーん、イヌワシって呼ぶのもなんだからそろそろ名前を教えてよ」
「おはよう、坊主。私に名はない」
「坊主はやめろ。
不便だろ。そうだ僕が付けてやろう。
そうだなー、ヴィーリヤミっていうのはどうだ?保護する者っていう意味だ。
お前はリヤについてまわる近所の世話焼き屋みたいだから」
「ふん、保護する者か、悪くない」
後半の世話焼き屋は無視された。
「私はヴィーリヤミ、悪くない」
「気に入ったなら気に入ったって言えばいいのに」
「いい名だ。気に入ったぞ坊主」
「フーゴだよ、いい加減覚えろよ」
くすくす笑ってリヤが隣に来た。
「その子照れてるのよ、他に友達がいないから。
今なら私のことをリヤ様って呼ぶことを許してあげるわよヴィーリヤミ」
「これは有難きこと。リヤ様、ふ、ふ、フーゴ」
あはは、本当に照れてたらしい。
「ああ、これからもよろしくなヴィーリヤミ」
ヴィーリヤミは名を呼ばれる嬉しさと恥ずかしさに耐えきれなくなったらしくバサバサっと飛んでどこかに行った。
なるほど、追っ払いたいときに名を呼べばいいのか。
この村は高地にあるから雪は積もるし冬になるとやたらと寒い。
ある冬の日に「ここで生まれ育ったけれど寒いのは苦手なんだ」そう言ったらリヤが「これでゆっくりあったまってね」と家の風呂を温泉にしてくれた。
それで冬は我が家全体が温かく、なんか周りから湯気が常に出ていて雪も溶けてしまうから雪かきもしなくてよくなった。
それでちょっとこれは目立ちすぎだろうと言ったら、今度はこの村全体を雪の少ない気候に変えてしまったのでそんなの有りかと驚いた。
リヤは雪と氷の精霊だから真逆のことで、リヤが暑くて溶けてしまわないかと心配すると「私はそんなにヤワじゃないから大丈夫よ」と言っていた。大精霊すげえ。
おかげで冬こそ快適でリヤと家でゆっくりできるし冬が大好きになった。
でもこれは『世界の理が崩壊する』内に入らないのかちょっと心配ではある。
春から秋にかけては移牧の為に山小屋に行く。
それもリヤと一緒だ。
リヤは山小屋の不便な生活も厭わない。というかだいたい不便にならないから。
ある日、山小屋に戻って来たら不審な男が中を覗くようにうろついていた。
「怪しいやつだな、ここに何の用だ」と聞くと
「銀の髪の女をこの辺りで見たと聞いたから探しに来た。我々はずっとその女を探している。かくまっているならすぐに出せ」と随分高圧的な態度だ。
もちろん銀の髪の女リヤなら、今一緒にここに戻って来たところだがそう僕に聞くという事は見えてないのか。リヤの方を見ると、澄ました顔して金髪碧眼になっていた。
ぶっ。思わず吹き出したじゃないか。
なので男には見間違いじゃないかと言っておいた。
秋になり村に戻った頃にまた村を不審な男達がうろつくのが目に付くようになった。
リヤがため息をついた。
「氷で作った人型が勝手なことをして困るわ。世界の理を曲げて作ったけれど、だからと言ってそれを無かったことにするのは作ること以上に今は許されないのよ」
なのでしつこく付き纏う奴限定で「自ら墓穴にはまってもらえばいいのね」と言い出した。
「私は何も手を下さないわ。彼らはただ落ちなければいいだけで、来なくていい危険なところにわざわざ来て落ちるのは自業自得でしょう?」
「ただ、氷の宮殿を造ったらその噂が彼らの耳にも届いただけよ」と。
リヤがクレバスの精霊とヴィーリヤミを招んだ。
クレバスの精霊は大きく白い狼の姿をしていた。
リヤの前で頭を垂れ、更にのそっと伏せて服従の姿勢をとった。
後で訊いたら氷の山にいる精霊達はリヤの傘下にいるらしい。リヤと言葉を交わすことさえ光栄なことだと言う。
「立ちなさい、クレバスの精霊よ。
私は氷の山に氷の宮殿を建てるわ。精霊様式のね。
もし、そこに行こうとする者がお前のクレバスに落ちたなら、お前にくれてやるわ。
氷の宮殿の番人になりなさい」
「ヴィーリヤミ、氷の人型ホペアネンに氷の山の頂上、いいえ氷の山の奥深くにある氷の宮殿に私が住まっていると教えなさい。ただの噂話としてね」
「はい」
クレバスの精霊が、ヴィーリヤミとリヤに呼ばれたイヌワシを口をあんぐりと開け驚愕の表情で食い入るように見た。
ヴィーリヤミは余裕ある態度で胸を張った。
「ふっ、私はリヤ様に名をいただき名を呼ばれる栄誉を賜わっているのだ」
クレバスの精霊がええ〜という顔をする。
リヤはちょっと呆れて補足した。
「名を付けたのはフーゴよ。私が付けるより栄誉なことよ。私の名もフーゴがくれたのだから」
そう言ってリヤは僕に微笑み頼んだ。
「フーゴ、クレバスの精霊にも名を付けてやってくれる?」
「ああ、そうだね。ススィはどう?まあ、そのままだけど似合ってると思うんだ」
「すてきな名よ。ではススィ、あなたに私とフーゴの名を呼ぶことを許しましょう。リヤ様と呼びなさい」
「僕はフーゴ。よろしくススィ」
「リヤ様、フーゴ、有難き幸せ。
ススィは氷の宮殿の番人となり、お役に立ってみせます」
ススィ、無口なだけで喋れるんだ。
「では行きなさい」
ススィとヴィーリヤミは消えた。
さっきまでヴィーリヤミがとまっていた椅子の背もたれに爪の跡がガッツリ入っていた。
「立つ鳥跡を濁さずっていうけど、それは水鳥だけでイヌワシの精霊はガッツリ爪痕を残す、だね」
「あら、ヴィーリヤミはイヌワシの精霊ではないわよ。氷の山の頂にある大岩の精霊よ。あそこは雪と氷河で見渡す限り白銀の世界だから楽しみがないと言ってイヌワシの姿で飛び回っている変わり者よ」
何年も付き合いがあるのに今初めて僕はヴィーリヤミの正体を知ったよ。
「そんな事を言ってるけどリヤ以上の変わり者はいないだろ」
「確かにそうね」
そう言って顔を見合わせて笑った。
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