フーゴとリヤ(4)リヤさえいれば
あの日、私はフーゴが帰ってきて居心地の良く過ごせるようにわざわざ人間がするように、朝から身体を動かしてホウキで床を掃いたり窓を開け空気を入れ替えたりしていた。
フーゴったら、私の為にオーブリーを残して行こうか、なんて言っていた。ドアの鍵はかけておくんだよ、秋になると狼やヒグマがこの辺りにもくることがあるからって。
弱い存在のフーゴに私の事を心配されるのは何ともくすぐったい。
狼や熊には私が何者だか分かるから、襲われることは全くないのだけれど、気をつけるわと素直に頷いておいた。
フーゴが私を気にかけて優しげに見つめてくれる、そんな時とても幸せを感じるから。
ハミングしながら洗った服を干していると、急に悪寒が走りフーゴの心を恐怖が覆ったのが分かった。
姿をとらない精霊の時は全てを手にとるように感知できるが人型や動物の形を取るときにはその器に合わせて感知能力は極端に下がるのだけど、何度も同化したフーゴの強い恐怖は離れていても伝わった。その眼が映すものも。
フーゴが狼に襲われる!
考えるより先に精霊体となりフーゴの元に転移して氷柱を天から狼に突き落とした。
フーゴに傷を負わせることなく助けられたと思う私の目に飛び込んだのは愛しい彼の驚きの顔だった。
やってしまった。
フーゴの前で本性を現してしまった!
私はその場から消え失せ、今オコジョとなり複雑に入り組んだ岩の隙間に入り込み震えながら泣き濡れている。
他にも彼を助ける方法はいくらでもあったのに、先に彼に加護を与えておけば良かった。
さっきは考える間もなく前後見境なくなっていた。
ただ愛しいあの人を守りたい一心で・・・。
フーゴは移牧の期間が終わり村に戻って、それぞれの家に羊を返してまわった。皆んなニコニコと礼を言ってあれやこれや持たせてくれる。
そして丸々とした羊たちはメエメエとフーゴにまだ付いてこようとしている。いつもなら、かわいい奴らだと笑って手を振るところだろう、今日の僕は気持ちにそんな余裕がない。
心は暗く沈んで、機械的にすべきことをしているだけだ。
リヤ、どこへ行ってしまったの。
僕のリヤ。
数週間経ったころ、夜になりすっかり寒くなり暖炉に入れた火の前でやっぱりボーッとリヤの事を考えていた。もう会えないのだろうか、春に山に戻ったらまた会えるだろうか。オコジョはやっぱりリヤだったのだろうか。堂々巡りの思考に終わりはない。
カタン
窓に何か当たる音がした。そういえばまだ鎧戸を閉めていなかった。
手に持ったカップを置いて立ち上がった時、ドアをノックする音がした。ドアを開けると顔中涙でびしょびしょのリアが尚も涙をポロポロと零しながら立っていた。
「フーゴ、フーゴぉ・・・」
僕はすぐにリヤを家に引き入れて震える身体を抱きしめた。
「リヤ!リヤ、待ってた。ずっと戻って来てくれるのを待ってた。おかえり、おかえりリヤ」
「フーゴ、フーゴ」
くすんくすんと言いながら長い間リヤはフーゴに抱きしめられた。フーゴは私を恐れてはいない、私を嫌いになってない。暖かい胸は変わらない、ずっと変わらず愛してくれている!
ずっとフーゴのリヤを求める気持ちは伝わってきていた。でも勇気がなかった。
目の前にしたら、違う気持ちが生まれるかもしれないと思って。
「リヤ、もう僕の前からいなくならないって約束して。もう一度プロボーズするよ。僕と結婚して僕のお嫁さんになって?一生一緒にいるって互いに誓おう」
「・・・私、死なないの。死ねないのよ、フーゴ。
人間じゃあないの。
なのにひと時も離れていたくなくて来てしまった。
ごめんなさい、諦められなくて。あなたを愛しているの」
「いいよ、リヤなら何者でも」
それからリヤは自分は雪と氷の精霊で、この氷の山を住処としているのだと言った。
イヌワシの言ったような事はリヤから特に聞かなかったし僕も訊かなかった。
だって氷河期を起こすとか、リヤにとって黒歴史だろうし話が壮大過ぎて僕にはよく分からない。氷人形とやらは奥地に住むと言われている雪男とか銀色族とか言われる幻の種族のことかもしれないが、それも知りたいとは思わない。リヤさえいれば僕はいいんだ。
ほどなく僕らは村にある神殿で結婚式を挙げた。
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