フーゴとリヤ(3)イヌワシの助言
天気が良く風もほとんど吹いてないその日は、羊の群れを連れて危険な岩場を超えていくルートだったから、リヤには留守番をするように言って出た。
夏も終わりすっかり景色は秋めいてきたな。
昨夜、山を降りる日が近くなったからリヤに「村に下りて一緒に暮らして欲しい」って言ったんだ。
それからリヤがプロポーズだと気がついてなかったらいけないから、急いで付け加えた。
「結婚しよう」って。
そしたらリヤは目を潤ませて「ええ、うれしいわフーゴ」と言って頷いてくれた。
僕は天にも昇る気持ちだ。
今も一緒に暮らしているけれど、村に降りたら僕たちは夫婦になるんだ。
3年前、父さんが死んでから独りだったけどこれからは愛するリヤと一緒だ。
僕の気持ちがこんなに浮き立っていても、羊たちはいつもと変わらず草を食んでいる。穏やかな1日だ・・・と思っていた。
犬たちが神経を尖らせ唸りだした。
見ると単独狼だ。
お腹を空かせて羊たちを狙っている。
アンブルとオーブリーに草はらに広がっている羊たちを一ヶ所に集めるよう指示する。僕は羊飼いの杖を握りしめタンタンと狼を退散させるために対峙する。
父さんが羊たちと僕を守るためにヒグマに対峙したように・・・。
あの時の光景が頭をよぎる。
僕の心が恐れで怯んだのを見てとったのだろう標的を僕に変えたようだ。
タンタンが狼を追い払おうと勇敢に吠えついている。
その時、急に空が暗くなり冷たい風が吹いたと思ったら
ビシュッ
と、音がして長く鋭いツララが狼の首をひと突きにしていた。
驚きで目を見開いたまま身動きも取れずにいたら、背中に強い冷気を感じ振り向くと氷のように冷たい顔面蒼白のリヤが両手を狼に向けて放ったまま突っ立っていた。
「リヤ!」驚いて声をかけるとリヤはハッと驚愕の表情をして消えた。
一瞬で消え去った。
それからリヤがいない。
山小屋にもいない、帰ってこない。
一緒になろうって約束した、嬉しそうに頷いてくれたのに。それは昨日のことなのに。
毎日、行きに帰りにリヤを探した。その名を呼んで歩いた。
その日もリヤがどこかにいないか探しながら歩き、戻って来てと呼びかけた。
僕は君が何であろうとその全てを受け入れる。
目の前の岩の上にイヌワシが降りてきた。
こんなに近くに来るなんて普段は無いことだ。
イヌワシは言った。え、イヌワシが言った?
「あの方は雪と氷の大精霊、氷の女神様だぞ」
あっけにとられた。
何て?
さすがに現状に驚き過ぎて何を言ってるのか解らないのが分かったようだ。
仕方がないなという感じで首を振ると、目の前でイヌワシは人間の男の姿に変化した。
「あの方は氷の女神様だ。ちょっとというかかなりというか色々やり過ぎなんだあの方は。もう後がない」
「やり過ぎってどういう事?そこんとこもっと詳しく」
「はあ、詳しくしゃべってたらお前の命は尽きてしまう。
まず原始の頃、精霊たちがこの世で楽しく戯れていた時に水の大精霊とどっちが偉いか張り合ってあの方は氷河期を起こしたんだ。
さすがにかなりの数の精霊たちが弱っておおごとだったぞ。
それから人間が世界に広がるにつれ精霊たちはその場を譲って宿っている物の中におさまった。が、あの方は誰も来ないからと居座り続け、あげくに氷の人形に命を吹き込んで擬似人間を作ってしまった。
それもいい加減なルールで気まぐれに作ったから自分で制御できなくなって擬似人間から逃げ回るこの頃だ。それから細かいものは数知れずあるが・・・。
まあ、2度も大きくこの世に打撃を与えたのだ。
氷河期の後、精霊界では永遠に存在し全知全能の存在が考慮することとして、世界の理が崩壊するような事はしてはならないと決めたのだ。
今期の代表、土の大精霊である精霊王様はいい加減な事がお嫌いだ。
この間のツララでグサッとしたのもマズイ。他の山にいた人間にツララが飛ぶところを見られた。あれは超常現象だ。
次に何かしたらあの方はもうあの方でいられなくなるかもしれない。
前例はないが精霊の『存在』を入れ替えることは精霊王様ともなれば可能らしい。
もしかしたら、入れ替えられて次はただの1本の百合になって枯れたら存在さえしなくなるようなことになるかもしれない。
そういうわけだから、お前ももう諦めろ。
お前といると何をしでかすか余計に危険だ」
「そんな・・・」
氷の女神のリヤと人間の僕が共にいることが許されないということ?
「じゃあ、イヌワシが人間になって喋りかけてくるのは許されるのか」
「・・・このくらいなら世界の理は崩壊しないだろうから許される範囲内と思うが、たぶんな。
俺も氷の女神を長い間見ていたからどこまでが良いのか境界が曖昧になって分からなくなってきた」
「危ないな、君も気をつけて」
「ああ、とりあえず警告はしたぞ」
そう言ってイヌワシに姿を変え、彼は飛んで行った。
なんか既に僕も超常現象に麻痺してきたのか、ふと気がつくとイヌワシに手を振っていた。
せっかくのイヌワシの助言だけど、リヤ自身から戻りたくないと聞かなければとてもこのまま彼女を諦めるなんてことは出来ない。
リヤは本当は戻って来たいと思ってるはずだ。
僕が彼女が人間じゃなかったことに驚いて嫌いになったと誤解しているに決まっている。
リヤはリヤだ。
どんなリヤだって最愛のリヤだ。
それからもリヤの名を呼び、探しながら歩いた。
だけどとうとう下山する日になり後ろ髪を引かれながら山を下りた。
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