フーゴとリヤ(2)吟遊詩人でジゴロ
ドキドキドキ。
フーゴにキスされてから動悸が止まらない。
フーゴ、フーゴ、優しくて、働き者で真面目なフーゴ。
真っ直ぐ私を見つめるフーゴの瞳の美しく清らかなこと。
そばにいたい、もっとそばにいたい。
思い切ってその姿のままそっとベッドに戻った。
翌朝、フーゴが目を覚ますとそれはそれは美しい女性が傍に眠っていた。
(オコタン・・・のわけ、ないよな?)
山で迷って夜の間にこの山小屋に辿り着いたんだろうか。
誰かが来たらタンタン達が吠えるはずだけど。
それにしてもこの白い肌、日焼けもせず、すべすべの。なんて美しい人なんだろう。
まだ薄暗い中、その人は白く輝いているようにさえ見えるほど神聖で声をかけることが躊躇われる。もしかすると天使だろうか?
見ず知らずのベッドに勝手に入っていた女を『怪しい』なんてこれぽっちも思わず、起こさないようにそっとベッドから抜け出して申し訳ないくらい質素で簡単な朝食をテーブルに置いて羊達を連れて山に登って行った。
氷の女神は困っていた。
うう、声をかけてくれたら起きようと思ったのに、そのまま仕事に行ってしまった。そもそも何て説明したらいいんだろう。
日が傾きメエメエ羊達の鳴き声や牧羊犬の吠える声がしてフーゴが帰ってきたようだった。しばらくしてドアが開いた。
「ああ、良かった。まだ居てくれた」フーゴは嬉しそうな顔を見せた。
「ここには碌に食べるものがなくてあれで足りたか心配してた。夜は豆と干し肉を煮込もうか」
氷の女神はまたドキドキしてきた。フーゴの笑顔が眩しくてまともに見れない。
ど、ど、どうしよう。
フーゴは百合の花を差し出して言った。
「あの、それからこれを君に。名前はなんて言うの?僕はフーゴ、羊飼いのフーゴ」
「名前は・・・」今は人間の姿だから「オコジョのオコタンでーす」なんていうわけにはいかない。どうしよう、困った。
「名前、言えない?何か事情があるんだね。
じゃあリヤって呼んでいい?
君はこの百合の花みたいだから。その、白く高貴で美しくて・・・」
自分で言ったことに照れながら、フーゴはリヤという名前をくれた。
そんなフーゴにキュンとしながらリヤはコクンと頷いた。
フーゴは鍋を火にかけてから見回りを兼ねて水を汲みに行き、戻って来たらリヤがすっかり夕食の用意をしていてくれた。
フーゴの豆と干し肉の煮込み、それにパンとワインが追加されていた。
いったいどこから・・・。
でもフーゴは聞かなかった。
リヤが居なくなるのが怖かったから、不思議の全てを受け入れた。
3日目の夜、2人は恋人になった。
お互いに強く惹かれ合ってしまってフーゴがリヤを引き寄せたのも、リヤがフーゴを受け入れたのも自然だった。
翌日、フーゴは一緒に行きたいと言うリヤと羊を連れて山を歩き、木陰に休んだ。
そして自分のものになったリヤの銀に水色の入った澄んだ瞳をうっとりと見つめ、そのサラサラと銀に輝く美しい髪を指で梳かしながら熱に浮かされて心の丈を詩に詠った。
「純白の百合の
その大輪の美しさ
圧倒的な存在感
高貴なリヤよ
なのに小首を傾げる
可愛さよ
ああ、リヤよ
リヤよ
リヤ、愛してるよ」
「ええ、私もよフーゴ。
私のために詩をつくってくれたのね、素敵だわ」
リヤはフーゴにしなだれかかって愛しいその顔を熱っぽい視線で見つめた。
フーゴは初めて詩をつくったので、急に恥ずかしくなってリヤから目をそらして言った。
「僕は吟遊詩人なんだ。君に詩をおくるなんてわけないことだよ」
吟遊詩人って・・・羊飼いですよね?
そんな子供っぽい拗ね方が可愛い、私の愛しい人フーゴ。
フーゴは14歳。十分食べていないので痩せているが毎日長い距離を歩き、山道や岩壁を上り下りし、力仕事をしているから体力はある。しなやかで躍動的でほどよくついた筋肉、若々しい情熱で夜な夜なリヤに溺れた。
夜だけでなく日中も、山に誰もいないのをいいことについイチャイチャしてしまう。
もちろん羊達と周囲の様子は気にしている。
リアの肩を抱き、顎に手をそえて上を向かせる。
愛しげにその頬を撫でてフーゴがリヤに言った。
「ねえリヤ、僕は君に夢中だよ」
「フーゴ、私はあなたよりもっとあなたに夢中よ」
「いやいや僕の方が君よりもっと君に夢中だと思うよ」
なぜか正面に向き合って座り直し、自分の方がと張り合いだした2人。このままでは収拾がつかない。
「でもまあ、リヤが僕に夢中になるのは仕方がない。僕はいつだって(羊達限定だけど)モテモテだからね」
「そうなの?」
「そうさ、村に帰ったって僕が通ると(羊達がメエメエと)こっちに来て、構ってと後を付いて来たがって煩くてしょうがないよ」
「すごいのね」
「ああ」
言い合いが治まったので安心してフーゴは寝転がってリヤの膝に頭をのせた。
リヤはフーゴの頭を優しく撫でる。
「それでフーゴはどうしてるの?そんなに言い寄られて」
「え?そうだなー、相手をしてやることもあるし、しないこともある。その時次第だな」
「気まぐれなのね」
「まあね、でも中には相手してとしつこく鳴くのもいる。そういうのに甘い顔をすると余計に我が物顔になるからそう言う時はキッパリと切り捨てないと面倒なんだ」
「まるでジゴロね」
それを聞いてフーゴはフッと笑った。
リヤが本気でフーゴの事をジゴロだと思っていないのは優しく微笑むその表情から分かっている。
「そうだ(羊専門の)ジゴロだよ。あいつらを手玉に取って生活をしているんだから。
あいつらに好いてもらわないと商売にならないだろう?適正ってものがあって、誰でもは出来ないんだ、心底惚れられないと(羊飼いの仕事は)出来ないことなのさ」
「さすが私のフーゴだわ」
「うん」
喧嘩にならないように話題を変えようとして、変な方向に行っちゃうところとか、
言い出したことを止められないちょっと意地っ張りなところも、
膝枕して甘えながら威張ってるところも。
吟遊詩人でジゴロで羊飼いの、私のフーゴ。
全部、全部、愛しいフーゴ。
帰って来たフーゴが家の前に立って外をぐるりと見回してから入って来た。
「フーゴ、外に何かいるの?」
「いや、いたらいいんだけどいないんだ」
リヤの用意した食事の並ぶテーブルに付いて言った。
「ちょっと前までオコジョがここに居たんだけど、いなくなったんだ。名前もつけて可愛がっていたのに。とても可愛いからリヤにも見せたくて」
「そうなの」無理です。さすがの私も種族違いの分身の術は身につけてなくて自分で自分には会えません。
「僕が不用意に真っ暗な中でキスをしたから驚いて逃げてしまった。失敗したよ」
「ええ?フーゴったら私が初めてって言っていたのに」
「え?だってオコジョだよ?人間の女性ではリヤだけだよ。オコジョはカウントしなくていいと思うけど」
「だって、だって、私のフーゴなのに」
そのオコジョとしてのキスを受けたのは自分で、だからここにいるのに。それを知らないフーゴにはオコジョは別人(?)で・・・可笑しなことをしているって分かっているのに嫉妬してしまう。
「リヤ、機嫌を直して?僕が愛してるのは君だけだ。今までもこれからも永遠に」
「うん」
フーゴの腕の中にいると気持ちが落ち着いてくる。
そして心から幸せだと思えてくる。
これが氷の女神と呼ばれる大精霊の私のしていることだなんて、誰も信じないでしょうね。
フーゴといると心がすごくシンプルになって、私がなんの冠もない私でいられるようなとても素直な自分になれる。
小さな人間、ただフーゴに愛されて愛する人間のような存在になった気がする。
たぶん、それって・・・、
今の私たちって、太古の昔に私があこがれた姿そのものじゃないかな。
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