砂の上のココロノコリ
「はあ、はあ・・・今、何日目、だ?」
彼の言葉に応える声はない。前のオアシスから一日以上歩き、ようやくオアシスの見える場所までたどり着いた。。日が照っているが、ローブを着ているためさほど気にならなかった。視界にはわずかな緑色の植物と小さめの泉が見える。
クレイがオアシスの方に近づいていくとそこに人影があることに気が付いた。馬車などは見えないがもしかしたら人のいるところまで案内してくれるかもしれない。そういう考えをもってクレイはオアシスに近づくが、
「あいつは・・・」
白い鎧と長く細い片手剣。その姿は・・・彼の記憶に焼き付いた聖騎士によく似ていた。
「ッツ!!」
言葉にならないほどの怒りと歓喜。急に四肢に力がみなぎり、空腹も渇きも忘れてクレイは駆け出す。足元の砂を蹴り飛ばし、落ちている岩を踏み台にし、加速しながら腰の剣を抜く。
近づけば近づくほどその人影には不審な点があった。聖騎士とは違う鎧を着て、兜をかぶっている。左手に大きな盾を持ち、その隙間から見える肌はなく、代わりにそこからは白い骨が見えていた。
明らかに異質。そもそもこんな砂漠のど真ん中に聖騎士がいることすら本来なら不審に思うべきだった。しかし、今のクレイは怒りで目の前が真っ赤になった状態。その眼には自分に不都合なものは映らない。
スケルトン側もクレイに気がついたのかそっと剣を構えた。だがすでにそこはクレイの間合い。
「おっ、せえーーー!」
ビュッ!と風をきる音を鳴らし振るわれたクレイの剣は大盾に弾かれるが、気にも留めずクレイはスケルトンの後ろに着地する。クレイは剣を向けたまま振り向く。その顔に浮かぶのは・・・笑みだった。
「なんの偶然だよ、おい!こんなとこで仇に会えるなんてよぉ!」
スケルトンもクレイの方をないはずの目で見やる。クレイはその黒穴に視線を合わせる。
のぞいた後、心を落ち着かせるようにフーッと息を吐くとその顔から笑みを消し、真剣な目つきへと戻った。
「考えてたんだ。なんで俺は、俺たちはこんな目にあってんのかってさ。だって俺たちは何の覚えもなかった。そんでさ」
空いた左手の人差し指でスケルトンを指差す。その眼には隠しきれぬほどの怒りがにじみ出ていた。
「思ったんだよ。それは意味の分かんねえ理由で俺たちの自由を奪ったお前らのせいだ。それは意味の分かんねえ理由を作った神様のせいだってな。」
「分かってるんだ。姉さんはこんなこと望まねえだろうって。でもさこれしか生きる意味がねえんだ。」
だって、クレアは生き方は残してくれても、生きる理由は残してくれなかったから。
「もう死んじまってるが・・・この際気にしねえ。」
スケルトンは何も言わずもう一度剣と盾を構える。感じ取ったのだ。目の前の男からあふれる怒りを。クレイもまた、指していた指を下ろし、剣を握りしめる。
「お前ら、ぶっ殺す」
鎧のスケルトンはクレイより先に右手の剣を振る。クレイはとっさに自分の剣で受ける。
ガキィン!と一瞬は拮抗したかのように見えたが、筋肉がないとは思えないほどの力に押されクレイは砂の上に吹き飛ばされる。砂がクッションとなって痛みはほとんどない。
「おっもいな!」
痺れた手をそのままに剣をもう一度振るうが、スケルトンにあっけなく弾き飛ばされる。手から抜けたクレイの剣は後方に落ちる。
「剣なんざ、いるかっ!」
剣を振った後のスケルトンの顔面を狙ってクレイは拳を振りあげる。クレイのアッパーは兜の隙間を抜けて、顎の骨へと炸裂する。スケルトンは後方へ倒れそうになるが、何とか踏みとどまる。
「脳震盪は・・・しねえか。脳がねえしな。」
剣を拾い上げながらクレイは呟く。クレイは今までの喧嘩で人を殺さずに倒すすべを何となくだが理解していた。しかし、脳も内蔵もない相手では役に立たない。また、スケルトンへの正攻法として関節を狙うことが有効だと知っていたが、それも鎧を着ているため難しい。
「だからって逃げはしねえけど、なっ!」
クレイは血の流れを速くする。酸素が体を駆け巡り、体が熱を持ち始める。
クレイはスケルトンへ突撃し、連続で剣を振るう。ビュン!ビュン!と風を切る高速の斬撃をスケルトンは難なく左手の盾で防いでいく。その時
プッ!とクレイは赤黒い塊を吐き出す。盾を抜き去り、眼前へと迫ったそれをスケルトンは兜で受けるべく顔を僅かに傾けた。
「"凝血"、解除。」
クレイの言葉とともに赤黒い塊は、赤い液体へと変化し、スケルトンの視界を覆いかぶさる。
不意を突かれ、視界を奪われたスケルトンの耳にカツン、という音が左側から聞こえた。瞬間、ブン!と轟音を響かせながら左手に持つ大盾を振るう。が、そこにあったのは桃色の物体。
「あるんだろ、視覚も聴覚も」
正面から男の声が聞こえる。声の主は今だっ!と言わんばかりに鎧の隙間のある腰を狙って横薙ぎに剣を振るう。
それを弾くべくスケルトンは奪われた視界のまま自分の剣を振り下ろす。あわや自分の剣が弾き落とされようというタイミングでそれを読んでいたかのようにクレイは言葉を紡ぐ。
「血流操作、解除」
人外の速度で回っていた血流の操作をクレイは解除する。その結果、いきなり遅れた酸素供給にクレイの体はピタッと一瞬止まる。
抜け落ちないように剣を握り続け、クレイが制止したことでスケルトンの剣は空を切り、地面を叩く。砂ぼこりが舞い散り、剣が半分ほど砂の大地に埋まる。
紙一重だったからこその僅かな隙。血流操作を発動しなおし力を入れてクレイは一気に剣を鎧のない胴に向けて振りぬく。
パキッ
不吉な音がした。クレイの振るった剣は鎧へと突き刺さった。血流操作の無茶苦茶な体の動きで僅かに狙った隙間から逸れたのだった。
不幸はそれだけではない。驚異的な速度で鎧へ衝突したクレイの剣が遂に限界を迎えたのだ。そもそも砂漠を渡っている間、クレイは剣のメンテナンスをしていなかった。そもそもやり方を知らなかったのだ。そのため刃こぼれや付着したサンドワームの血液による劣化、今回の無理な使用が剣にひびをつけた。
「あぁ?」
初めての出来事にクレイの意識が一瞬揺らいだ。その隙を見逃すようなスケルトンではなく、大盾を振りぬかれ、咄嗟に右腕を挟むが衝撃を吸収しきれずにクレイは吹き飛ばされる。
「・・・ヒビ入ったかな、こりゃ」
クレイはスケルトンに注意を向けながら呟く。今まで戦ったスケルトンの誰よりも強い。血流操作で強化した身体能力に対応し、隙をついてもすぐに反応して、的確な判断で対応してくる。しかもまだ余裕そうにクレイは感じた。
こんな奴がどうしてスケルトンに?とは思うがそんな雑念を振り払う。クレイは戦いを続けるべく自分の出来ることを思い返す。
クレイに出来ることは
一つ目は血流操作による自己の身体強化。しかしそれだけでは倒せないことはもう分かった。
二つ目は血流操作による他者の体内での血流過剰操作。しかしこれは血のないスケルトンには効果がない。
三つ目は血液の凝固。しかし体の中の血液を固めても意味はない。
あと使えるのは剣と体術。これらであの鎧スケルトンを倒さなくてはならない。
クレイはヒビの入った剣を鞘にしまい、スケルトンに向かって突進していく。
「剣がダメなら、次は体術っと!」
勢いよくスケルトンに突進すると、構えた盾をよけて、膝の裏を蹴り飛ばす。ガクンと膝の崩れたスケルトンの兜を死角から蹴ろうとするもスケルトンは盾をそのままに左手でクレイの足を弾く。
クレイはスケルトンの後ろに回り、距離をとる。後ろを向くスケルトンに対して砂を蹴り飛ばし、同時に腰の剣を抜いて投げる。ブン!と投げつけられたそれをスケルトンは盾を大きく振り、対処しようとする。盾の風圧で投げつけた剣が砂もろとも吹き飛ばされる。
クレイは血流操作を発動。弾かれた剣を左手でつかみ、上から奇襲する。スケルトンは上空にいるため盾で防げず、盾を動かすために剣を引いている。そして兜によって上は死角。
(決まった!)
クレイはそのまま剣を振り下ろす。そして、一閃。
「・・・・・・は?」
その刺突は光の直線を描く。その光はクレイの左肩を貫き、血を吹き出させ、後ろに吹き飛ばした。時間にしてわずか2秒。クレイはオアシスの泉に落とされ泉の一部が赤く染まっていく。
思考が追い付かない。クレイに分かったことは腕を貫かれ、泉まで飛ばされたことと、それがスケルトンの攻撃だどいうことだけだった。
赤く染まりかかったオアシスに足をつけ、左手を数回閉じたり、開いたりする。
「よし、左手は動くな。後は・・・っ」
傷口を折れた右手で抑える。逆流した大量の血を凝血させることで応急処置を済ませる。
大量の血を被ったスケルトンはガシャガシャと音を立てながら近づいてくる。クレイもまたオアシスの底に足をつき、水をかき分けるようにして近づいていく。
「イライラしてくんだよ、その鎧の音とか、余裕ぶった顔がさあ。」
クレイの言葉にスケルトンは応えない。二人の距離が徐々に近づいていく。
「特にイライラすんのは、こんな死に物狂いでやってたのに死んじまったヤツにすら負けそうな自分にだ。」
言葉の割にクレイからそこまで怒りの感情は見えなかった。むしろ冷静。その目はまっすぐ仇を見つめている。それを感じ取ったのかスケルトンは目の前の死に体の相手を前に再度剣を向ける。
負傷による血液の喪失が頭にのぼる血の量を減らし、意識をもうろうとさせるが逆にその感覚がクレイに冷静にさせ、極度の集中力を与える。
「俺がこの先やってくのにこんなところで止まってるだけにはいかねえ。だから、俺の目的のために・・・殺す」
大地を踏みしめたクレイから放たれる濃密な殺意に兜の奥の頭蓋骨が笑った気がした。
クレイは限界まで血流操作を発動。血管が浮かび上がり、僅かに肌を赤くする。剣を抜く。ポタリと液体が垂れるそれは赤い膜に覆われ、気休め程度であるが剣を保護する。
動き出したのは・・・同時。砂の大地を蹴り飛ばし、剣を振るおうと構えるクレイに対してスケルトンは大盾を構え、その攻撃に対応しようとする。しかし、
「こっちだよ」
クレイが着地したのは大盾の左側。慌ててスケルトンは先ほどと同じように盾で薙ぎ払おうと大盾に力を籠め、その金属の塊を僅かに浮かす。轟音を鳴らし超質量のそれがクレイに叩きつけられるその時、
「同じ手を食らうか、よっ!」
クレイは剣を地面に突き立て、浮いた盾を蹴り飛ばす。
クレイの蹴りと盾の重さにスケルトンはバランスを崩し、後ろへ倒れていく。なんとか踏みとどまったスケルトンに対して、クレイは体をローブで隠して、追撃しようとする。
シュパッ!
一閃。盾をその場に突き刺し、スケルトンが繰り出した渾身の刺突は光の直線を描き、クレイを強襲する。ローブは障害にもならず光の線は簡単にそれを貫き、後ろの敵をも貫こうとする。
薄いローブを貫いた先に、クレイはいなかった。投げられただけのローブは視界を奪い、スケルトンに必殺の一撃を打たせた。
バッ!とローブを捨てたクレイが盾の影から現れる。正面で赤い剣を構える剣士に骸骨の剣士は声にならない咆哮をあげる。そして皮のないその腕の関節を曲げ、人間ならば絶対に曲がらないような動きでクレイを襲う。
完全に不意をつく攻撃。しかしクレイは慌てず、突きの構えを解かない。理解していた。それまでの戦いで。それくらいのことはするだろうと。だから
「ちゃんと対策はしてる。"凝血"っ!」
クレイの言葉に従い、スケルトンの体に付着した血液は、凍るように液体から固体へと変化する。鎧の隙間から骨の関節まで流れ入った血が瞬時に固まり、スケルトンの動きが一瞬止まる。
ほんの一瞬。されど一瞬。クレイはその一瞬で息を整える。そしてスケルトンに対して全身全霊の刺突を放つ!
「はあっ!!」
強い声とともに放たれた心意をすべて乗せた一突きは紅い線を描く。無意識で放ったその刺突は奇しくもスケルトンの放った技と酷似していた。
一閃。紅い光は鎧を貫き通し、同時に左胸を穿った。ないはずの心臓を貫き、クレイは力を抜こうとする。しかし、カラカラとスケルトンは音を立てる。
「まだ動きやがるのか。」
『ミゴトダ』
「!?」
舌も口もないはずのスケルトンが話しかけてきた。正確には心に語り掛けてきたような不思議な感覚。クレイは驚きで剣を離し、拳を握る。
『マテ、タタカウキハ、ナイ』
「だからどうした?聖騎士のくせに。」
『セイキシ?ハハハ』
クレイの言葉に胸に剣を刺したままカラカラとスケルトンは顎関節を震わせ、音を立てる。笑われたクレイはその反応にイラつきながらもその警戒を解かない。
『ワタシハ、セイキシデハナイ。ヤツラノヨロイニハ、シンセイコクノコッキガホラレテイル』
「・・・言われてみれば、」
言われてみれば確かに聖騎士たちの鎧には同じ紋章が彫られていた覚えがある。クレイはようやくその拳をおろした。
『シラナイノカ?コレハ、シンジュツ”シンデン”ダ』
シンジュツ?とクレイが疑問を感じていると、スケルトンは
『シンジュツヲ、シラナイトハ』
「うるせえな、さっさと教えろ」
『クチノヘラナイヤツダ。キライデハナイガナ。ダガレイギハダイジダゾ。』
「死人に礼儀が必要か?」
タシカニナともう一度スケルトンは楽しそうに笑う。対照的にクレイはイライラを募らせる。その様子を見て、スケルトンは音を鳴らすのをやめた。
『シンジュツハ、オノレノココロデセカイニエイキョウヲアタエル。ヨリシリタケレバ、メトリアオウコクデ、アッセンジョニ、イクト、イイ。ワタシニハ、ジカンガナイ。』
「時間がない?」
『ワタシハ、シンデ、ノコッタコウカイノ、シンイデ、ウゴイテイル。シゴトデ、キテイタ。シカシ、トチュウデ、ニモツヲオトシ・・・ワタシハ、タタカウコトガ、スキダッタ。ワタシノコウカイハ、キョウシャトノタタカイデ、シネナカッタコトダ。』
スケルトンの顔に男の顔が浮かぶ。見知らぬ男性だ。年は30そこらで髪をオールバックにしていた。その男はクレイに対して微笑む。
『お前との戦いは楽しかった。ようやく成仏できる。』
「そうかよ」
『最後に頼みがある。一つは私が死んだことを斡旋所で伝えてくれ。権利証を持っていけば分かるはずだ。』
「俺がその頼みを聞くとでも?それに、俺が砂漠で死ぬ可能性も・・・」
『君は・・・こんなところで止まらないのだろう?』
『国は・・・すぐ・・・そこだ。』
いつの間にか心に語り掛けていた声は聞こえなくなっていた。力が抜けるように骸骨は崩れ落ち、ばらばらになってしまった。
クレイは少し道を戻って、荷物を取ってくる。その時、水を飲むのを忘れていたのを思い出して、オアシスに行って泉に顔をつけてそのままがぶ飲みする。喉が潤った後、革袋から水筒を出して水を汲んで、それを革袋に入れた。
落ちていた桃色の水筒を拾い上げ、鎧を着た亡骸を漁る。剣は亡骸の横に置き、少し鎧の中を探る。ごつごつした骨の感触を感じながら、ポケットの中に一枚、金属の板を見つけた。一番上には『権利証』と書いてあり、その下には持ち主の名前らしきものが書いてあった。それを取り出し、自分のポケットに入れる。
「じゃあな、フロイド。」
クレイはまた歩き出した。
それから進む道には何もなかった。サンドワームもスケルトンも出てこなかった。砂嵐も来なかった。
ただ、失敗だったのはクレイが自分の重症具合に気が付いていなかったことだ。傷口は流れた血を固めることで塞いではいたが、長期間の重症と過酷な環境で感覚がマヒしていた。聖騎士に切られた部分とスケルトン戦で二か所の重症、砂漠を歩いている途中の戦闘での軽傷多数。常人ならとっくに痛みと流血で死んでいただろう。
フロイドとの戦いから数時間ほど、遂に門のようなものが見えた。しかしいいことばかりではなかった。あと一歩というところでブシュという音が鳴り、流血。
「あ?」
身体の大小さまざまな傷。戦闘での失血。砂漠渡りによる体力。それらが目的を前にして遂にキャパシティーを超えた。体のあちこちに激痛が走る。体が警戒を鳴らす。「これ以上は無理だ」と。
クレイがその異変に気が付いたときには体がふらついて草の上に倒れてしまう。倒れたクレイはそれでも前に進もうとするが、めまいがして体が動かなくなっていく。脳に霧がかかって思考もおぼつかない。
「・・・あ、くそ」と呟いてクレイは意識が消えていく。
「お・・・!・・・か・・・・倒れ・・・・・。」
「本・・・だ。・・・いで・・・・・・ぞ!」
意識の途切れる瞬間、かすれた誰かの声を聞いた気がした。




