キャラバンは運んで
「ねえ、なんで助けてくれなかったの?」
「ねえ、なんで約束破ったの?」
「なんで、あなたは生きてるの?」
ガバッ!とクレイは体を持ち上げる。
「!はあ、はあ・・・・・夢・・・・か。」
荒く息をし、汗で濡れた額を手で拭う。息を整えるとクレイは自分の置かれている状況の異常さに気が付いた。砂漠のど真ん中で倒れたはずが起き上がったのはテントの中の敷かれた薄い布の上で、見たことのない服を着ている。そして横には正座した少女が一人。
「・・・お、お、お」
「おい」
「起きたーーー!お兄ちゃあーーーーーん!」
クレイが声をかけようとすると少女は突然叫び出すと、手に持った濡れタオルを投げつけてテントの外へ走って行ってしまった。
クレイが混乱していると、少女が長身の男性を連れて戻ってきた。よく焼けた肌をし、茶色の髪の二人だった。年は20代ほどであろう男性はクレイの様子を見て安心したような顔をし、近づいてきた。
「ああ、良かった。目が覚めたのですね。意識はしっかりしてますか?名前は?」
「・・・クレイ」
「クレイさんですね。良かった。早速ですが私についてきてもらってもいいですか?」
男性はそっと手を差し出す。クレイが流されるままその手を掴むと男性は引っ張り上げる。クレイが立ち上がった瞬間、ガクッと膝から力が抜け倒れそうになるのを男性は慌てて支える。
「おっと、危ない。ははは、仕方がありませんね。丸一日眠っていたんですから」
「丸一日?」
「そこらへんの話も頭領から。」
そう言われて手を引かれてテントを出る。外には青空が広がり、周りにはいくつがの馬車とテントが並び、多くの人が荷物を運んだり休憩したりしていた。そんな中を男性に手を引かれていくと、大きなオアシスと周りのものよりも一際おおきなテントへと導かれた。
「頭領、ロコです。入ります。」
「ああ、いいよ。」
男性の声に対してテントから声が返され、クレイは男性にテントの中にと手を引かれる。
テントの中には灯り以外に赤いじゅうたんが敷かれ、そこに一人の女性が座っていた。60代ほどで白髪の長髪を伸ばし、肘をついて座っている彼女はクレイのほうを見やる。
「二人ともそこらへんに座りな。・・・とりあえず、名前は?」
「クレイです。助けてくださりありがとうございます。」
指を指されたので応え、頭を下げるクレイ。敬語なのは明らかに年上なのともめないようにするためである。頭領と呼ばれた女性はうれしそうに笑う。
「ちゃんと礼ができるとは、できた奴だ。ロコ、もう話はしたのかい?」
「いえ、目覚めたらあなたのところに連れていくように言われていたので。」
「そうだった。ま、私たちにも分からないことが多くてね。じゃあまずは」
ちょいちょいと女性はロコと呼ばれた男性に手招きをする。ロコは立ち上がるとクレイの横から女性の斜め前へとクレイと向かい合う方向に座りなおす。
「私たちは神聖国と他国の商品を運ぶキャラバン、そして私はこの一団を統率している。ま、頭領とでも呼んでくれ」
「私はロコ、この一団の商人の一人です。そして先ほどのうるさいのは私の妹の、」
「うるさくないよっ!」
バッ!とテントの入り口からやかましい声とともに少女が入ってきた。突然の乱入者にロコは驚きを隠せない。
「なっ!・・・お前、聞いてたのか!」
「聞いてたよ!こんにちは!わたしはモコ!よろしくね、クレイお兄さん!!」
兄の言葉を軽く流し、モコは座っているクレイの肩をペシペシ叩きながら挨拶をする。しかしクレイはそんな彼女に気に留めず、頭領が話すのを待っていた。
「お前なあ・・・」
「ロコ、やめときな。話が進まんだろう。モコ、こっちにおいで。今お話し中だから静かにしてるんだよ。」
「はーい!」
元気な返事とともにモコはロコの隣へとちょこんと座る。
「さて、本題だが。君は今の状況を理解しているかい?」
「いえ、あまり・・・。」
「じゃあ、こっちから。私たちキャラバンはメトリア王国から神聖国に荷物を運ぶためにここの砂漠を超えないといけなくてね。・・・地図があると分かりやすいね。ロコ」「はい」
ロコは立ち上がり近くの商品棚から巻かれた紙を持ってくるとクレイの前へ広げる。広げられた地図の上部に「神聖国」、下部に「メトリア王国」と書かれ、その二つの土地を結ぶように数本の線といくつかの点が打たれている。頭領の女性はポケットから鉛筆を取り出し、一つの線を指す。
「私たちはこの道を通って神聖国へ向かっている。それで今がここ。」
そう言ってトントンと地図の中心近くを示す。その部分はいくつもある線が交差し、一際大きな点が打たれていた。
「通称"砂漠の宿屋"。大きなオアシスがあり、害獣に襲われる心配のない唯一の場所。私たちはここで休むつもりで馬車を止めて、そしてそこで君が倒れているのを見つけた。」
「・・・ではそこで助けて」
「ああ、最初は死んでいると思ったがね。元々ここで休む予定だったし、特に問題もなかった。」
「わたしがかんびょーしたんだよ!」
「知ってる。ありがとうね。・・・まあこれでこっちの話は終わった。さて今度はそっちの番だ、クレイくん。なぜここにいた?」
「・・・・・」
「まだ神聖国に向かっているなら分かる。だが砂漠にあった足跡は逆、神聖国から遠ざかるようについてた。それに荷物の少なさ。明らかに砂漠を渡るような装備じゃない。」
「!そういえば俺の荷物と服は!?」
「ん!?ああ、別の場所で保管している。モコ持ってきておくれ。」
「はーい!」
頭領はクレイの急な変化に驚く。そしてモコに対して持ってくるように伝える。モコは元気な返事とともにテントを出ていく。
「服に関してはボロボロだったから勝手ながら変えさせてもらったよ。」
「それはいいんだ!ポケットに入ってただろ!」
「ああ、あったよ。それもすぐ持ってくるはずなんだけど・・・。ロコ様子を見てきな。」
「はい。分かりました。」
ロコも立ち上がりテントを出ていく。頭領はクレイに対して話を続ける。
「大切なもんだったかい?」
「・・・・・・・」
「だんまりかい。さっきのことといい。まあ話せないならそれでもいいさ。・・・さてこっからが本題だ。クレイ君、ここのキャラバンで働く気はないかい?」
「・・・・・・・は?」
突然の提案にクレイは面食らう。なんせ相手からすれば砂漠で倒れていた自分は謎以外の何でもない。それなのに訳を深く聞かず、あまつさえ自分を受け入れようとしているのだ。面食らっても仕方がないだろう。
「何故そんなことを?」
「予想ではあるが神聖国から来たとするなら、よっぽど深い訳がある。そんで今は帰れない、帰りたくない理由がある。だったらうちの一団についてこれば神聖国で降ろしてやれるし、戻りたくなければそのままついてこればいい。仕事もあげれるしね。」
「・・・理由になっていません。」
「ばばあの無駄な気遣いは嫌かい?まあしいていえばこっちも男手が手に入る。どう?」
「それは、」
「持ってきたよー!はいどーぞ!」
テントの入口が大きく開き、大声とともにモコが入ってくる。ロコも一緒だ。手に持っているのはクレイにとって見覚えのある革袋を持っていた。クレイにそれを手渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
「モコ、アレも返しなさい。」
「えー!きれいなのに・・・」
「モコ」
クレイの礼にモコは喜ぶ。だがまだ戻ってきていないものがあった。渡すのを渋るモコに頭領が声をかける。
「それは、お兄さんの大切なものなんだって。だから返してあげな。」
「・・・分かった。はいどーぞ。」
モコは渋々ながらクレイにポケットから取り出したものをクレイに手渡す。それはフードの男から貰った水晶。そしてそれを草紐で包まれてできた石包みのネックレス。
「この紐・・・。」
「お前さんのもんじゃないのかい。ポケットの中の紙袋に入ってたんだ。」
「勝手に開けたのは悪いと思っています。こちらも身元が分かるものを探していたので。ただ・・・。」
ロコは紙袋を開けたことをクレイに弁解する。そしてモコの方を見る。
「モコッ!お前、触るなって言ってあっただろ!しかも、遊びに使って・・・。クレイさんに謝りなさい!」
「ごっ、ごめんなさい・・・、クレイお兄さん。」
クレイのものを勝手に触ったことをロコは叱る。モコは先ほどまでの元気が嘘のようにしょんぼりしたまま謝る。頭領はさすがに今回はモコが悪いとロコの説教を黙って見ていた。
クレイは手渡されたネックレスを持ったままモコの方に近づき、高さを合わせてモコの目を見る。驚きと恐怖でモコの身体がビクッと震える。
「ありがとう」
「・・・え?」
「コレ、俺の大事なものだけど運びにくかったんだ。こうすれば落とさなくなるし。だからこのままでいい。ありがとう。」
「う・・・ん。」
「クレイさん、ありがとうございます。あの、手から血が・・・。」
ロコはクレイの言葉に礼を言うが、その時に気づく。クレイの手に、爪を立てたような傷があることに。その傷口からは血が僅かに垂れていた。
「・・・ああ、大丈夫。」
「あれ?もう止まって・・・。」
「ロコ、モコ。ちょっと外出てな。もう少しだけ話するから。それが終わったら出発するから積荷と砂馬の準備を頼むよ。」
「あ、はい。分かりました。」
頭領の言葉にロコはモコを連れて外へ出ていく。頭領は安心したようにフーッと息を吹く。姿勢を正し、クレイの方へ向き直る。
「ありがとうね。モコを許してくれて。」
「いえ、約束なので・・・。」
「約束?」
頭領が次の言葉を紡ごうとしたとき、ドゴーン!と大きな音とともにテントが大きく揺れる。テントに慌ただしい足音とともに見知らぬ男性が入ってくる。
「とっ、頭領!大変です!」
「どうした?」
「サンドワームです!オアシス方面からこちらに向かっています!」
突然のことに理解の追いつかないクレイに反して、頭領はチッ!と舌打ちをする。
「長居しすぎたか・・・。数は!?」
「見える範囲では一体、ただかなりの大きさです!」
「すぐに出発する!砂馬の準備をしなっ!テントは予備を除いて放置する!」
頭領は指示をすると、立ち上がり男性とともに外に出ていく。クレイもそれに続いて外に出た。テントの外では多くの人が出発の準備をしており、目の前からは、砂色の巨大な物体。
「・・・岩?」
「岩じゃない!あれはサンドワーム!砂漠に生息して、キャラバンや旅人を狙う肉食の巨大な害虫だ!本来なら水が苦手でここにはめったに近づかないのにっ!」
縦の大きさがクレイの2、3倍はあろうと思われるサンドワームはどんどんキャラバンに向けて近づいて気持ち悪い口があらわになる。表面とは違う。肉色の口の中と周りに生える牙。口の奥は黒く奥が見えない。周囲はより一層慌てだす。
「急げっ!食料を最優先!」
「乗れるやつから馬車に乗れ!満員になったら先いけ!命最優先!」
「ばかっ!砂馬の手綱掴んどけ!いなくなったら逃げらんなくなるぞっ!」
「頭領っ!」
「ロコっ!大丈夫だったかい!・・・モコは?」
「あいつオアシスに水汲みにっ!急がないとっ!」
ロコが慌てて頭領に絶望的な報告をする。モコがいるのはオアシス。そしてサンドワームが現れたのも・・・。
迷わず動き出す。近くの樽に入れられた剣を一本抜き取り、走り出す。走る先は逃げる方向と逆。底の見えない黒い穴の方へ。頭領とロコが制止する。
「クレイくん!君は馬車に乗って逃げな!」
「クレイさん!妹のことはいいからっ!って速っ!」
二人の悲痛な叫びを無視してクレイは砂漠を駆ける。体が軽い。初めて持つ本物の剣の重さも足にまとわりつく砂も彼の障害になり得ない!
(見えたっ!)
目の前にあるのはオアシスの前、腰が抜けてへたり込む少女とそれを食らおうと口を開けるサンドワーム!
「まっ、にっ、あっ、えぇーーーっ!!」
間一髪。モコを食べようとしたサンドワームの側面を剣で切り裂く。ザシュ!と音をさせて肌を裂かれたサンドワームは気色の悪い奇声を上げる。
「ギシェェーーーー!!?」
クレイはサンドワームの怯むうちにモコを抱きかかえ、後ろに下がる。震えるモコはギュっとクレイの服を掴む。
「クレイ・・・お兄さん?なんで・・・?」
「クレイさん!」
追いかけてきたロコがクレイのところへ追いつく。後ろからは頭領の姿もある。クレイがモコを投げ渡すと、ロコはあわただしく彼女をキャッチする。頭領が追い付き、クレイに声をかけようとする。
「クレイくん!君は逃げ」
「約束、したんですよ。助けてもらったらありがとうって言うことも、迷惑かけないってことも、子供には優しくすることも、・・・恩は返すってことも。」
剣を握る手に力が入り、身体の血管が浮き出る。
「俺の恩人たちに手ェ、出すなよ」
約束と恩、そしてもうこの前のように失いたくないという心の底の意識がクレイに怒りを湧きあがらせる。そして"憤怒の心核"はその怒りを行動に出来る力を与える!
「ギュルエェェェーーーーー!!」
「不思議だ、自分に出来ることが分かる。」
奇声を上げながらクレイへ標的を変えたサンドワームを前にクレイはスーッと大きく息を吸う。クレイは自分の体の血の流れを速くする。酸素が体に高速で運ばれ、体内で本来作られないほどのエネルギーが生まれる。
「てめえを殺すために、なっ!」
バッ!と飛び上がるクレイに反応できず、誰もいない砂の床に突っ込む。バッシャーン!と砂をまき散らすサンドワームに飛び乗り、剣を突き刺す。
「ギシェエェェーーーー!」
痛みからか奇声を上げ、体の上の害を掃うべく暴れまわる。クレイはその断末魔を無視し、指をかみ切り、血を傷口から流し込む。そして早々に終わらせるべく剣を抜き取り、跳びあがる。
「終わりだ」
一閃。最初とは違い深々と切り裂いた斬撃はサンドワームの肉体に傷をつけ、大きく開いた傷口から大量の血をまき散らされそうになるが、
「そんなもんまき散らされたら迷惑だろ、"凝血"」
瞬間、サンドワームの緑色の血液が噴き出す形のまま石のように固まり、二次被害を阻止される。サンドワーム本体はビクッと2、3回ほど痙攣した後、力が抜け動けなくなった。死んだようだ。
フーッと息を吐き出し、クレイはサンドワームの死骸から飛び降り、砂の上に着地する。クレイの目の前の三人はみなポカーンと口を開け、驚きのあまり声が出ていない。
「頭領」
「おっ、おう。な、なんだい?」
「提案はありがたいですが、すみません。こっちにも事情がありキャラバンには入れません。では、」
「ちょ、ちょい待ちな。」
そう言って頭領はクレイをテントへと引っ張っていく。道すがら他の商人たちに危機は去ったことと、いくつかの指示を伝え、入ったテントで頭領は力が抜けたように座り込む。
「はあ~、びっくりした。危うく腰を抜かすところだった。ばばあを殺す気かい?」
「それは・・・すみません?」
「冗談だよ」
頭領は笑う。そして床に敷かれたままの地図を直し、一本の線を指差す。
「ここのルートが短期間でいくつかのオアシスを経由しながらメトリア王国にたどり着くことが出来る。そしてかなり危険な道のりだ。サンドワームやら旅人の亡霊やらがうようよしてる。本当なら使えるはずだったんだがね。あ、アンタなら大丈夫だろう。その剣はやるよ。」
「なんでそんなことを?」
「なに礼さ。あと少しで団員も商品も失うところだった。それにあの死骸はそれなりの値段で売れる。その分もね。」
「あれは、」
「行きな、急いでんだろ。気をつけてな。」
頭領は地図を巻き取り、クレイに手渡す。クレイは革袋にそれを放り込み、一礼をしてテントから出る。外ではロコがいくつかの荷物を持って立っていた。
「たしか、ロコさん。」
「ロコでいいですよ。敬語も不要です。・・・ありがとうございました。あなたがいなければ妹は、」
「言った・・・だろ、恩返しだって。それに俺がいなけりゃ無駄な時間を使わず、襲われることもなかったかもしれねえ。」
「それでも・・・救われたことは事実です。これは頭領から。」
そう言って手渡されたのは砂を防ぐためのフード付きローブ、保存食、水筒、そして一枚の紙。
「・・・これは?」
「メトリア王国の入国許可書です。門番にそれを見せれば入れるはずです。あなたの無事を祈っています。では私は仕事に・・・」
ロコは渡し終えると他のところへ行ってしまった。礼を言いそびれたと思いながらクレイは先を進むためにローブを羽織り、地図を開く。するとどこからともなく聞こえる元気な声。
「クレイお兄さーん!」
振り向くクレイの前に、はあはあと肩で息をしてモコが立ち止まる。
「ふう、はいこれ!あげる!」
それは水筒だった。あまり大きくないピンク色に装飾された水筒。中ではちゃぷちゃぷと音が鳴る。先ほども貰っていたが多いに越したことはないのでクレイは受け取る。
「ありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ!助けてくれてありがとうございました!・・・でもいつか返してね!お気に入りだから!約束!」
モコは笑顔で小さな小指を伸ばす。クレイはその言葉と笑顔に彼女を思い出し、顔を手で覆い、屈む。その行動にモコは驚く。
「だっ、大丈夫!泣いてるの!?痛いの!?」
「いや、違う。違うんだ・・・」
クレイはその小さな小指に自分の小指を絡ませる。モコは少しだけギュっと力を加え、その手を離す。
「またねっ!」
「ああ」
約束を交わし、モコは満足そうに笑い、キャラバンのほうに戻っていく。クレイはその小さな背中を見送った後、クレイもまた歩きだした。




