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紅い約束と灰色の鎖は繋ぎとめて離さない  作者: 乃ノ木 ニトウ
序章~クレイの物語~
19/20

姉さんとの約束ひとつ 恩は返しましょう


「がっはっはっ!気にするな!俺の命ぐらい安いもんだ!」

「でも先生!俺のせいなのに!・・・・先生は悪くないのに!」


 とある教会の地下牢で鎖に繋がれた"先生"は豪快に笑う。俺のせいで捕まり、首を落とされようというのに俺を責める言葉も恨む言葉も吐かない。この場で余裕がないのは俺だけ。いや、先生も恐怖でいっぱいのはずなのにそれでも俺の前では笑ってくれているんだ。


「にしても"人類最強"、か。(えれ)ェもん背負うことになったなぁ」

「ここまで強くなれたのは先生のおかげです。それにこんなもののせいで先生が・・・・」

「おいおい気にすんなって言ってんだろ。俺より(わけ)ぇんだからよ。いっちょ前に気ぃ使ってんじゃねえ。そこは「先生のおかげで生きられます!先生の分も生きてみせます!」って言っときゃいいんだよ」


 わずかに声を高くして先生は言う。声真似のつもりなのだろう。自分の声なんてまともに聞いたことはないが、似ていないことは分かる。それに言えるわけがない。何も残っていない自分が。誰も助けられず、牢に入れられた恩人を前になにも出来ないのだから・・・・人類最強(こんなもの)には錆びた剣よりも価値のないものだ。


「グレイブ」


 先生は檻に阻まれた先でうなだれ、わめいている俺の方をじっと見る。今までの馬鹿笑いから一転、そのあまりにも真剣そうな目におもわず顔をあげる。


「お前は優しい子だ」

「いきなり・・・・・なにを」

「お前は、俺たちへ恨み言は言わなかった。助けられなかった責任を俺たちに問わなかった」


 本当なら近くにいた俺たちがやるべきだったのに、と先生は漏らす。今なおお前は「自分のせいだ」と言うばかりで誰かを憎むことをしていない、それはとても優しいと。


 否定の言葉を述べようとする俺に先生は「だが・・・」と付け加える。俺の口は止められる。


()()()()()()()()()()


 瞬間、先生の圧が増す。力をこめていた手が緩み、じんわりと手汗が生まれる。縛られているはずなのに目の前にいるかのような圧。


「人より強く生まれたせいだろうがお前はなんでも自分のせいにしようとする。完璧であろうとする・・・・・・だが思いあがるな。どれだけ強かろうとひとりで出来ることなんてほんのちょっとよ。"不可能"なことってのは絶対ある。そういう時は運がなかったんだって諦めろ。自分を責めたって意味はねぇ。代わりに・・・・手が届く範囲で困ってる奴がいたらその時は、人一倍長い手を持ったお前がめいっぱい伸ばして助けてやれ」


 先生はそう言ってにかっと笑う。俺の口からはもう溢れるようにあった弱音は出てきていなかった。代わりに涙ばかりが流れ出ていて・・・・・とそこまで言った先生はその後、思いだしたかのように言葉を口にする。


「それと、できるだけ助けろって言った後でなんだが・・・・・俺の代わりに俺の娘を守ってやってくれ。会ったことあるだろう。嫁もいねえ。一人にするわけにゃあいかねえんだ。だから・・・・・」

「・・・・・・グレイブ様?グレイブ様!」


 声をかけられてグレイブは目を覚ます。ガタガタと揺れる馬車の中、眠り方が悪かったようで首が痛い。グレイブは首をゴキゴキと鳴らす。窓の先に見えるのは巨大な城壁とその先の大きな城。日はほとんど沈み、僅かな赤い灯りがぼんやりと空を照らしている。


「グレイブ様、まもなく到着です。今日は来客用の部屋ででゆっくりとお休みください。謁見は明日の朝になりますので・・・・」

「ああ」


 軽く返事をしてグレイブは体の力の抜く。やけに綺麗で豪華な馬車にももう慣れたものだ。唯一気がかりなのはいつもいる場所が手の届かない場所になってしまう事だけ。懐かしい夢にしんみりとした気持ちの中グレイブはぽつりとつぶやいた。


「先生・・・・俺は、うまくやれてるか?」




「その先生っていうのは私の父親なんです」

「・・・・・・・」


 メアリーによる長い昔話を終え、静かな時間が流れる。


 短く話が終わると思えば知らぬ間に見舞いの果実はすべて食い終わり、日が沈みかけていることが窓の景色から見て取れる。ベットの上に縛られたクレイはただ黙って聞いていた。ほんのわずかな興味と共感、そして違い。その力の差の理由を垣間見る。


「恨んでないのか?」


 突然口を開いたクレイにメアリーはきょとんとする。最初の方は話半分に聞いていた彼が少しずつ耳を傾けてきてくれていることは分かっていた。ただそれでも、気持ちだとか恨みだとかそういうのを聞いてくるとは思わなかったのだ。それでも、頬に手を当てて少し考える素振りを見せ、ふっと笑う。


「昔は、やっぱり許せなかったんです。お父さんは帰ってこなかったのにって・・・・だから嫌がらせのためだけに心術を覚えたり、って聞いてますか?」

「あ?・・・・あぁ」

「聞いてないじゃないですか」


 無論、聞いていない。なぜなら彼が聞きたいのはことはただ一つ。自分との違い。自分の中で燃え続ける(いかり)の消し方。それ以外の部分には興味は湧かない。それを知ってかメアリーは無駄なことは言わないようにして、


「だけど、やっぱりお父さんはそんなことを願ってないだろうって。それに・・・・」

「それに?」

「それに、気づいちゃったから。私が守られてるってことに」


 多くの場所を飛び回り、国王にも教会にも呼び出されるような立場でなぜこんな場所に住んでいるのか。何があっても必ず3日と空けずにここに戻ってくる。それは彼も自分と同じく傷づき、失うことを恐れているということ。それを知ってしまったから。


「だから、お願い。彼の、グレイブさんの支えになってほしいんです。彼は"人類最強"なんて呼ばれているけれど言い換えれば頼る人がいない存在。昔よりずっと重いものを背負わせてしまっている。守られる存在の私ではなれない・・・・・どうか、彼の支えになって」


 そこまで言ってあまりに静かなクレイに違和感を覚えたメアリーは彼の顔を見やる。いつの間にか目が閉じられている。頬を2、3度つつく。


「うわ。柔らか、じゃなくて・・・寝ちゃったか」


 元より彼の見張りの予定だったのだ。彼を起こさないように座っていた椅子を音を立てないように元の場所に戻し、静かに立ち上がる。そっと扉が閉められた音を聞いてクレイは目を開く。


 灯りの消された暗い部屋に一人。ほんの少し体を動かす。当然、"黒重印(こくじゅういん)"が解かれた様子はない。自分を叱る人は今はいない。彼女が来る前のときのように"念力(ねんりき)"の練習をしようとする。想像(イメージ)するのは見えざる・・・・


『他人の心配することがそんなにおかしいですかっ!?』

「・・・・・・・ふん」


 なんとなくやる気が出なくてクレイは全身をベットへと沈める。雑念は心術の失敗を招く、と適当な言い訳を自分にして今度はしっかりと意識を夢の中へ意識を落とすのだった。




 朝、いつも通りの夢により目覚めたクレイを迎えたのは、騒音。窓からのいつも以上に大きな人の歩く音、そしてドンドンと叩かれる扉。


「・・・・・・うるせぇ」


 ふわぁと一つあくびをしていつの間にか動かせるようになった体を持ち上げる。未だに傷は痛むが動かない程ではない。扉を開く。そこに立っていたのはクレイが借りていた宿の主人。


「あぁ、クレイ君。起きていたのかい」

「いや、今起きたところ・・・・です。この騒動は?」

「おお!そうだ!斡旋所の方から避難勧告が出てね。君、冒険者だったろ。何か聞いてないかい?」

「いいや、まったく」

「そ、そうかい。とにかく代金は良いから早く君も避難した方がいいよっ!」


 そういってさっさと逃げるように去っていく主人。取り残されたクレイが言われた通りに宿屋を出ると今までにない状況に思わず目を見張る。大小さまざまな荷物を背負い、逃げるように駆け足で道を行く人々。その方向は・・・・


「森とは逆。なにが起きていやがる・・・・・斡旋所か」


 バシュ!


 "血流操作"により強化した脚力で建物三階分ほどを跳び上がり、遠目から斡旋所を確認すると人だかりが出来ている。その入り口に見知った顔の人影が叫んでいる様子を見て、クレイは地面へと降り立ち地面を駆ける。ひらりひらりと人混みを抜け声が聞こえる場所までほんの数秒でたどり着く。


「おっ、落ち着いてくださーい!!」

「何が落ち着けだ!いきなり避難勧告なんて出しやがって!どうなってんだよ!?」

「そうよ!家には動けない子供たちもいるのよ!」

「いるんだろ、"人類最強"が!だったらここにひ・・・なん」

「あっ、あれ?なにが?」


 バタリ、バタリと斡旋所の前で騒いでいた人たちが突然その場に倒れだす。あまりに突然の出来事に暴動をなだめていた女性は思わず目を丸くする。


「気絶させただけだ」

「クレイさ~ん!」


 クレイの言葉に思わずミーアは歓喜の声を漏らす。倒れた人たちを邪魔にならないように壁に立てかけさせ、ミーアに手を引かれながら斡旋所の中へと入ったクレイに誰も顔を向ける余裕もないほどの慌ただしい冒険者や職員。珍しく1階に降りていた支部長と彼と会話をしていたメアリーがこちらへと近寄ってくる。


「あぁ!クレイさん元気になったようで何よりです!」

「クレイ君、来てくれたばかりですまないが少し手伝いを・・・・」

「ダメです!支部長!彼は・・・・」

「何があった?」

「ブラックドラゴンだ」


 なぜか言葉を遮ろうとするメアリーをよそに支部長はクレイの言葉に答える。


 ブラックドラゴン。赤い目玉、鋭い爪と牙、鳥とは違う大きな羽・・・そして鉄よりも硬い黒色の鱗。図鑑で一ページを飾るほどで物語でもお馴染み、畏怖と畏敬の集合の心獣。それがブラックドラゴンだ。だが、


「ドラゴンは魔獣に分類されないはずだろ」

「そう。人を襲うような魔獣と違い、人間に近い知性を持っているから滅多に人目に付くようなことはしない。こいつも元は森に居たおとなしい個体だったはず。理由は分からない、がこちらへと近づいていることは事実だ。今いる冒険者たちで足止めを・・・・」

「待ってください!クレイさんは病み上がりなんですよ!?」

「だが、ブラックドラゴンの前で並みの冒険者では被害を増やすだけだ。彼なら実力もある。・・・・・っ!市民の避難状況は!?」

「まだです!何しろ突然のことで・・・・」

「教会へと救難要請は!?」

「連絡まだ返ってきていません!グレイブ様にも連絡は送りましたが・・・・」

「あいつは今王都だ。帰ってくるのを待っていては間に合わない。・・・・市民の避難を最優先!近くの村からも斡旋所に連絡入れろ!何としてももたせる!」

「「「はい!!」」」

「だからすまないがクレイ君も・・・・」


 そこまで言って支部長は目の前からクレイがいなくなっていることに気がつく。他の職員たちへ指示をしているほんの少しの間に、だ。辺りを見渡すがどこにもいない。


「メアリー君、彼はどこに行った!?」

「え?・・・・・あ、あれ!?」


 支部長に言われてようやく気がついた彼女は考えを巡らせる。


(逃げた?いや、彼はそんなことをする子じゃない。なら・・・・いや、でも黙って出ていくなんて、)


 考えたのはほんの一瞬、その間でメアリーは一つの考えに行きつく。根拠はない。けれど確証はあった。人の為に動くことのできる人を知っていたから。無茶をする子だと知っているから。


「・・・・まさか」

「うん?ちょ、メアリーくん!待ちたまえ!」


 自分の目を離したうかつさを呪いながら、メアリーは引き留める支部長の声を無視して走り出す。目指すのは森の方。自分が行ってもなにもできないだろう。けれど一人にすればまた無茶をするはずだ。願うように呟く。


「どうか、無事で・・・」




「・・・・・・でっけえな」


 町を囲む低めの石壁、その先の森の木の上でクレイは言葉を漏らす。視界の先には黒い巨大な生物。木の上からでも鋭い牙を持つ顔が見える。サンドワームのさらに2、3倍といった巨大な体躯を動かし、歩くたびに地面を揺らす。ゆっくりと近づいてきてはいるが、数分で町に着くだろう。


 彼の"憤怒の心核"は怒りによって力を増す。そして彼の今の怒りは聖騎士、神に向けてのものでありそれ以外のことへの意欲は極端に薄くなる。故に、本来ならここにいるはずではなかった。それでも彼がここにいる理由は、


「宿屋にはまだ金払ってねぇ」


 クレイはぽつりとつぶやく。


「パン屋のババアからはおまけを貰ったし、疲れて倒れたときに近所のガキには水を運んでもらった。ザックの奴には物を安くしてもらった。冒険者の奴らには相手をしてもらった」


 メアリーには、ゲイルには、グレイブには・・・・・。どこの誰かも分からない俺に優しくしてくれた。だからやらなくちゃあいけない。それもまた約束なのだから。


「姉さんとの約束ひとつ、"恩は返せ"」


 今まで受けてきた恩に報いるため、ただそれだけの為に・・・・


「看病までしてもらってな。恨みはないが・・・・・あいつの代わりに守らせてもらうぞ」


 



 


 

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