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紅い約束と灰色の鎖は繋ぎとめて離さない  作者: 乃ノ木 ニトウ
序章~クレイの物語~
13/20

始まりは懐かしさとともに

ドンドンとを叩く音を聞いて、クレイは目を覚ます。布団で大きく伸びをした後、立ち上がる。珍しく良い寝起きの中クレイは昨日のことを思い出す。


(たしか、斡旋所を出た後グレイブ(アイツ)に教えられた宿屋に連れられて・・・)


 寝ぼけまなこをこすってクレイは扉の前に立ち、鍵をひねる。ガチャと鍵の開く音がしてからドアノブを握ろうとするがそれよりも先に扉が開かれた。


「ようやく起きたか」


扉の前に立つ大男はあきれた声を出す。その言葉にクレイは窓の外を見る。日は昇ったばかり。


「まだそんなに遅くないだろ。」


そんなクレイの言葉にはあーとグレイブはため息をつく。その反応にイラつきを覚えたクレイに対し、グレイブは衝撃の一言。


「もう()()()()()()




どうやら傷が相当深かったことや疲れからかなり長い間、具体的に言えば3日ほど眠っていたらしい。起きてこなかったクレイに対し、グレイブは宿の人から鍵を借りて様子を見に来たらしいがただ眠っていただけだったため傷を治すことが最善だと起こすことをやめたらしい。


クレイはグレイブの持ってきた服に着替え、荷物を肩にかける。首飾りをどうするか迷ったが、戻ってくるだろうと考え、机の上に置いていくことにした。


「じゃあ、いってくるよ」



「待たせた」


扉を閉め、鍵をかける。クレイの言葉にグレイブは「ま、いいさ」と軽く許し、二人は連れ立って宿屋を出ていく。宿屋を出ると、グレイブは目の前の大通りを左に曲がる。


「斡旋所は逆方向じゃないのか?」


薄れた三日前の記憶では斡旋所は逆の方向だ。クレイの疑問に対してグレイブは無視して、手に持っていた袋から紙に包まれた何かを取り出す。そしてそれをクレイへと手渡す。


「ほれ、朝飯食ってねえだろ」


包み紙の中身は肉が挟まれたパン。それを見ると心よりも先に空っぽだった胃が食べ物を求め、音を鳴らす。ぎゅるると鳴った腹の音につられて、クレイは先ほどまでの疑問を忘れて手渡されたそれにかぶりつく。


時間が経ち、冷めて固くなっていたが、貧乏舌のクレイにとってはごちそうといっても過言ではないほどの味だった。久しぶりの食料にクレイは一気に食べ進める。グレイブは嬉しそうに歩き続け、ついてきながら黙々と食べ進めるクレイに話かける。


「うまいだろ。今度その店教えてやるよ、()()()したけどな」


ピタッとクレイの手が止まる。いきなり食べるのをやめたクレイにグレイブは不審に思う。そしてクレイの行動に徐々に焦燥の念を顔に浮かべ始める。


「どうした?気にせず食えよ、おごりだ。え、なんで包み直した?ちょ、カバンにしまうな!またおごってやるから!だから、そんなちびちび食べるな!」




「お前、あんま卑しいことすんなよ・・・・」


なんとかクレイにパンを食べさせたグレイブは値段の話を後悔していた。クレイは手の中の包み紙を握り潰し、パンくずのついたそれをそのままポケットに突っ込む。


クレイからすれば金を大切に使うのは約束な上に、元々そういう生活をしていたこともあり、あまり自分の行動を「卑しい」とは思っていなかった。流石に度が過ぎているが


「金は大切なんだよ」

「それは分かるが・・・前も言ったが"戦闘免許"があれば、報酬のいい仕事は受けられるし、売値も高くなる。だからあんまり、っと着いたな。」


クレイに呆れる声を吐露していたグレイブは一つの建物の前で立ち止まる。建物の見た目は周りに建ち並ぶものと変わらない石造り。木製の扉を押し開く。ギイっと古めかしい音とベルの音を鳴らした扉の先はいくつかの薬品棚と壁にかけられた武器、ロープやランプなどの小道具。他の客はいない。


店の中のカウンターの奥、座って新聞を読んでいた初老の男性は音を聞いて顔をあげる。


「いらっしゃい」


グレイブはスタスタと店に入っていく。古くなった床はグレイブの足元で歩くたびにギイ、ギイ、と音を鳴らす。カウンターを挟んでグレイブと老人が対面する


「よお、待たせたな」

「そこは気にしてねえ。問題は、てめえみてえな化け物にこんな商品がいるのかってことだが・・・子供連れとは珍しいな」


男性は新聞から顔をあげ、クレイの方へ目を向ける。目が悪いようで彼は目を細めてクレイの顔をじっと見やる。クレイはどうすればいいのか分からず黙っていると


「ふむ、悪くねえツラだな。こいつの御守りを任されたってところか?」

「いや、()()()()()()()


そんなグレイブの言葉に男性は愉快そうに笑った。はっはっはと笑いながら訝しむクレイを無視して店の奥に入っていく。


戻ってきた時に持ってきた箱をカウンターに置く。カランと硝子がぶつかる音が鳴る。笑い終わっていないようで未だに笑みを浮かべる男性はグレイブと目を合わせる。


「懐かしいな。その言葉も、この景色も。・・・あの時のひよっこがいい目をするようになった」


クレイを置いてきぼりにしてグレイブと男性は会話を続ける。「調子はどうだ」とか「そういえば最近・・・」といった何でもないただの雑談。


二人が話し出して、手持無沙汰になったクレイはそこまで広くない店の中を見て回る。よく見てみるといろいろなものがあるようで薬や武器の他に店の外装に似つかわしいアクセサリーや本なんかもあった。


店の感じはどことなくマルロッテの店に似ているな、とクレイが思っていると話を終えたグレイブがひょいひょいと軽く手招きする。


「遅くなったな。クレイ、この人は」

「雑貨屋ザックだ。覚えやすいだろ」


自己紹介に対して、礼儀としてクレイは会釈。言葉を発さないクレイに対して気を悪くすることなく「よろしく」とザックは返す。


「長居しすぎたな。これ貰ってくぜ」

「はいよ、輸血薬1ダース1ま」

「おっと、値段はいい。ほらこんだけありゃいいだろ」


グレイブはザックの言葉を遮るように袋に包まれた金をカウンターに叩きおく。金属の打ち合う音を鳴らしておかれた包みの中身を覗いて満足そうにした。


「うむ・・・・ほかにいるものは?」

「今はねえよ、また来る」


グレイブは片手で目の前の箱を抱えあげ、店を出ていく。クレイもその後についていこうとしたとき「クレイ」と後ろから声をかけられる。


「ほしいものがあったら、いつでも来な」

「・・・どうも」


ザックの謎の気遣いにクレイはよくわかっていなかったがとりあえず軽く礼をし、クレイは店を出る。


引かれるように扉が閉まり、バタンと扉が閉まる音を境に客のいない店内は静かになる。静まりかえった店内でザックは一人面白そうに笑う。彼のつぶやきは狭い店内に響く。


「ほんとうに、なつかしいな」




「こんな気分だったのか?」


いない誰かに問いかけるようにグレイブは独り言を呟く。ここは斡旋所の訓練用の空間。三日前目の前の少年(クレイ)と戦った場所。


当の彼は目の前で体を伸ばしている。「訓練前には柔軟」というグレイブの言葉を素直に聞いた結果だ。


(コイツ、俺のことどう思ってんだ?)


不意にそんなことを考える。単純な好き嫌いの話ではない。目の前のクレイは大層重い過去があったようで、人をあまり信用していない節が見受けられる。しかし俺の言葉を素直に聞いている。今どんな気持ちでやっているのだろうか。強くなるために仕方なくやっているのかそれとも・・・・・


「おい、終わったぞ。変な顔しやがって」


クレイが嫌そうな顔でグレイブに声をかける。どうやら気づかぬうちにクレイの顔をじろじろ見てしまっていたらしい。その黒い瞳が怪訝そうにこちらを見る。そうだ、早く始めなければ。今は俺が教える側なのだから。


「ああ、それじゃあ早速始めるぞ。といっても今から力をつけさせても大した成果は望めねえ。だから、俺が教えるのは戦い方と技術だ。」


グレイブは稽古をつけるべく訓練場に来ていた。目の前のクレイを強くすべく。向かい合うクレイはまさに「いつでも来い」といった感じだ。


ただ、彼は異端者であり聖騎士に追われる身。いくら神聖国から遠いといっても情報がこちらに来るのも時間の問題。そのためグレイブは基礎的な体作りに時間を使わず、技術面に時間をかけることにした。そのことをクレイに伝えるが、一つ疑問に思ったことをクレイは尋ねる。


「心術ってのは?」

「あ――」


"斬意"や"心伝"など使えれば役に立つものを知っていたため「それを教えてくれるんじゃないのか?」とグレイブに聞くが、その言葉に対してグレイブは言葉を詰まらせる。


言いずらそうにしていたグレイブだったがクレイの無言の圧力に押されて申し訳なさそうに答えた。


「あんま出来ねえ」

「なんでだ?」

「お前、()()()()()()

「・・・・・・あぁ?」


クレイの言葉から漏れ出た怒気を含んだ声。


「なんでいきなりそんなこと言われなきゃいけねえんだ?」とでも言う風にイラつきを見せたクレイの顔を見てグレイブは落ち着いて言葉を続ける。


「まて、理由はある。それはお前が"心核者"だからだ。自分で分かっていると思うが"心核"ってのは一つのでかい感情を持ち続ける。お前の場合は"怒り"だな」

「・・・・・・・それで?」

「"心術"ってのは、簡単に言えば「ああしたい」ってのを具現化するモンだ。それに必要なのは具体的な想像(イメージ)を思い浮かべ、それをしたいと一心にならなくちゃいけねえ。・・・だが、その時にお前の持つ"怒り"は邪魔になっちまう。」


つまり、心術に必要な「集中」とクレイの持つ「感情」が両立できないのだ。 勉強するときに雑念があれば手が付かないように、心配事があれば仕事に集中できないように、人間は二つのことを同時に考えることは難しい。


「特に強力な心術であればあるほど"細かく鮮明な想像(イメージ)"が必要になっちまう。だからお前に教えられるのは()()()()()だ」

「ほんのわずか・・・ってことは少しはあんのか?」

「たぶんな。だからお前に使えそうなのをいくつか教え、・・・いや見せた方が早いか」


グレイブはひょいっとクレイに何かを投げ渡す。投げ渡された真っ赤な果実をクレイはなんなくキャッチ。真っ赤に実ったそれを渡された理由が分からず、疑問符を浮かべるクレイにグレイブは指を向け、ひょいと斜めに振る。


するとスパッという音と共にその林檎のヘタが半ばから切り落とされる。クレイは驚かずにその左手の林檎の断面を見る。鋭利な刃物で切られたかのような断面。


グレイブは剣を握っていない。そもそも腰に差しているのは木刀でそんな芸当が物理的にできるとは思えない。


「一つが"斬意"。前も言った通り、斬りてえって思いを・・・・・」


 シュッ


話をしていたグレイブの耳に入る風切り音。ツーッとグレイブの右頬から流れ出た血液が肌の感覚を刺激する。

目の前でいつの間にか右手で木剣を抜ききっていたクレイに対し、グレイブは驚くことなくニヤリと笑う。


「それは何度も見た」


 訳もなく"斬意"を放ったクレイは木剣をそのままに、手にもっていた林檎をかじろうとその赤い皮に口を近づける。


突然、ふわりとクレイの口から逃げるように浮かんだと思うと、空中で留まりだした。驚いて目を丸くするクレイ。対して向かいに立つグレイブは開いた手のひらを浮かんだ林檎へと向けていた。


驚くクレイをよそにグレイブは開いた手のひらをギュとおもむろに握った。瞬間、ブチュという音とともにあらぬことかその林檎は空中でまるで()()()()()()()()()()()崩壊した。出てきた果汁が飛び散り、クレイの頬へもベトベトとした果汁が数滴つく。


「もう一つ。これが"念力"。名前そのまま"念じる"ことで、"力"を加える心術だ。」


あっけにとられたクレイをしてやったりといった顔で見るグレイブ。


少しは見直したかなどと思っていたグレイブに向けられた目に浮かんでいたのは尊敬や羨望ではなく、いつも通りの怒り。青筋を浮かべたクレイは木剣を逆手で握り、右半身を後ろに引く。


「食べ物を粗末に、すんな!」


クレイは怒りの言葉とともに木剣をグレイブに対して槍投げのような態勢で投げつける。かなりの速さで向かってくる先端を首をひねることでグレイブはいとも簡単にそれを躱し、クレイは舌打ち。


グサッと地面に刺さった木剣を取りに行こうと駆け出そうとしたクレイにここぞとばかりにグレイブは待ったをかける。


「まて、"念力"を使ってとってみろ。透明な三つ目の手を想像して・・・・・」

「あぁ!?」

「いや、悪かったから。だから、やってみろ」


平謝りするグレイブ。渋々グレイブと同じようにクレイは右手を構える。すぐには変化なし。


しかしその後も続けていると、木剣がビクッと僅かに震えた。そして徐々に震えが大きくなると、ふわっとクレイの投げた木剣がグレイブの後ろで宙に浮かぶ。


「よーし、そしたら少しずつ自分の方に」


浮かんだ木剣に満足そうなグレイブは次の指示をクレイに出す。


(自分のほうに・・・引っ張る!)


手のひらを自分の方へ向け、クイッと人差し指を曲げる。その動きに引っ張られるように宙に浮かんでいた木剣は()()()()グレイブのそばを通り抜け、クレイの元へ・・・・


「ぐふっ!」


その木剣はクレイの前で止まることなく顔面に直撃し、そのままの速度でクレイの後方の石の壁へと突き刺さる。"念力"の使い方がうまくいかず、まともに反応できずにクレイは仰向けに倒れる。彼の視界には青い空。


「おい、大丈・・・ぶふっ」


グレイブは心配そうな声をかけるが、同時に彼の口から笑い声が顔をのぞかせる。そして「くっ・・・ふふふ」と最終的には完全な笑い声へと変わる。


ブチッ


なにかが切れる音がしてクレイは立ち上がる。おもむろに手を構えると先ほどとは違いしっかりと手の中への後ろに刺さった木剣が忠実な部下のようにクレイの手の元へおさまる。


そして構えるクレイに対し、笑みを浮かべたままグレイブは素手のまま構える。


「ふっ・・・ふーっ。さてやり方は覚えたな。じゃあ後は実戦あるのみだ」


そのあっけらかんとしたグレイブの反応がさらにクレイの神経を逆なでする。取っ手が潰れるぎりぎりの力を籠め、肩を震わせながらクレイはグレイブに剣を向ける。


「ぶっ潰してやるよ!ジジイ!」

「やってみろ!」


こうして初めての戦闘訓練が始まるのだった。




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