オカンとエルフと悪役令嬢 ~7~
残酷な描写がございます。御注意を。
m(_ _)m
「あ~~。つまり恐ろしい程の技術という以外、情報は何も得られなかった訳だな?」
一週間ほどかけて各施設を回った要人ら三十名。騎士団を含めても五十名は、憮然としたまま頷いた。
基本と概念が違いすぎる。説明を受けて仕組みは分かっても、何がどうなって結果を出しているのか全く理解出来ない。
感覚的なモノも多く、色や匂いで判断したり、些細な温度の違いが明暗を分けたりと、正直お手上げ状態だった。
精密機械のように迷いもなく繊細な作業をする職人達。
当たり前のように風魔法をはらんで飛び回り、結界を足場にして空中戦をこなす自警団。戦う彼等に寸分の狂いもなく支援魔法を飛ばす魔術師達。
まだ未完成だと言いながらも、豊かな収穫を生み出す農地や牧場。秋津国特産の小さな鶏々は毎日のように大量の卵を供給しているし、牛は大きく大量の乳が絞れ、豚も短期で大人並みに成長するらしく、日常的に多くの加工品が作られていた。
更にディアードの外周に設置された養蜂場では無数の小さな蜂が、せっせと蜜を集めていた。
モンスターではない、昆虫の蜂。大きな眼にフカフカな体毛。丸っこくて非常に可愛らしい生き物だ。あれが蜜を集める様は微笑ましく、とても大人しい性質の生き物である。
養蜂箱一杯の蜂蜜は壮観で、手動で回す桶から、どろりとした黄金色の蜜を溢れさせていた。
遠心力がどうのといっていたが、どうやって巣を壊さずに蜜を絞れるのか全く分からない。
これらすべては異世界から持ち込まれたと言う。
複雑な顔で項垂れる面々に、エスガルヒュア王は軽く嘆息する。だがその顔は晴れやかで何の疑問もない様子だった。
「これだけあからさまに格差を見せつけられては、ぐうの音も出ぬな。長期滞在しても意味はあるまい。予定通り帰国するとしよう」
諦めたかのような達観が王の顔に浮かぶ。
「なに。今は辿り着けないだけだ。こちらにだってユフレが残した知識がある。いずれ足元くらいには食らいつけるさ」
「書物を.... この国には異世界の書物が大量にございます。我々にも扱えそうな技術の支援として、職人の派遣と書物の購入を願い出てみては如何でしょうか」
貴族の一人が王に願い出る。治水を預かる彼は揚水水車に多大な興味を抱いていた。あれがあれば多くの水場を作り畑を潤せる。水運びは重労働だ。人々の苦労も半減するだろう。
熱心に語る彼を皮切りに、他の要人からも意見が飛び交った。
「わたくしも。農具の大量購入を希望いたします。専任の職人を招き製造方法の書物と共に学ぶべきです。農業大国である我が国には必須かと」
「ならば養蜂もだろう。緑に囲まれた我が国なれば、潤沢な利益が期待出来る」
「いやいや、木工こそ必要なのでは? 秋津国の家具や乗り物の精巧さは眼を見張るものがある。樹海に住まう我々にこそ必要な技術だろう」
「ならば鍛治もでしょう? ベアリングとかスプリングとか。乗り物だけでなく幅広い使い道がございます」
いやいや、そこは....等々。
エルフ達の秋津国技術談義は長く交わされ、夜が更けても終わることはなかった。
そんなこんなでかれこれ十日ほどたった頃。事件が起きる。
エルフの貴族が秋津国の子供に魔法で攻撃を仕掛けたのだ。
幸い大事には至らなかったが、子供は火傷を負い、貴族は自警団に捕縛された。
知らせを受けた関係者が教会の派出所に集まる。
教会がある広場を中心として、通り区画ごとに自警団の派出所があった。日本でいう交番システムだ。幼女は自警団発足時に、このシステムを導入していた。
地球でも世界に認められた優秀なシステムは、異世界でも遺憾無く効力を発揮している。
「状況説明を。何が起きた?」
険しい顔の幼女からは怒気が陽炎のように立ち上ぼり、すがめられた瞳には鋭利な光が宿っていた。
ただ事ではない様子に、エルフ一行は固唾を呑む。
そこへ一部始終を見ていた人物が、たどたどしい口調で説明をする。
何でも、子供はクレープを買い、少しはしゃいで道に飛び出してしまったらしい。そこへ運悪くエルフの貴族が通りがかり、子供がぶつかった拍子に持っていたクレープがエルフの服を汚してしまった。
慌てた子供が謝りながら水魔法で汚れを洗浄し、風と火の複合魔法で乾かした途端、エルフが豹変。
大声でわめき散らし、子供を突き飛ばすと、魔法で火だるまにしたと言う。
子供は咄嗟に結界を張り、難を凌いだが全ては防げず、右肩から背中に大きな火傷を負った。
派出所から自警団がけつけ、教会が近い広場だった事も幸いし、すぐに治癒魔法が使われたため大事には至らなかった。
話を聞き終わると集まっていた人々に沈黙が降りる。
だがそこには温度差が生じていた。
怒り心頭な秋津国の人々と、少し気まずげな大樹の国の面々。
先に口を開いたのはエルフ達だった。
「大変申し訳ない事をいたしました。被害者には十分な対価を支払いますので、お目こぼしください」
頭を下げる事もせず、困ったような苦笑を浮かべる年配のエルフ。そのたわいもない雰囲気に、秋津国の人々は困惑する。
「いや...それだけですか? 一歩間違えば大惨事になっていたんですよ? 子供が死んでいてもおかしくない状況ですよ?」
唖然とした顔でエルフを見る自警団。彼等は事の途中から見ており、子供が火だるまになったのを目撃していた。
そんな彼等を不思議そうに眺め、エルフはおずおずと言葉を紡いだ。
「でも平民の子供ですよね? 貴族に粗相をしたなら、致し方ない事かと....」
みなまで言わせず、年配のエルフの足がバキンっと凍りつく。
彼が、ひっと短い悲鳴を上げた瞬間、エルフらの周囲がパキパキと音をたてて次々に凍っていく。
「なあ? ここは秋津国やぞ? 大樹の国やない。わかっとぉか? 貴族がナンボのもんや。ふざけんなあぁぁぁっ!!」
幼女の怒気が爆発し、エルフらの周囲にはイバラのように鋭いトゲを持つ氷柱がジャキンと音をたてて無数に出現した。
鋭利なトゲが全身にまとわりつき、エルフらはピクリとも動けない。身動ぎ一つしようものなら、ガラスのようなトゲが突き刺さり、流血の大惨事になるだろう事は眼に見えている。
「...わ、我々は国賓ですぞ、こんな...」
震える声を絞り出す年配のエルフに冷めた一瞥をくれ、幼女は地を這うような低い声音で呟いた。
「なんなら火だるまにしてやろうか? したら少しは自分らのやった事が、どんな残酷な事だったのか理解出来るやろ? すぐに治癒かけたるから大事はない。安心せぇ」
そういうと、幼女は両手に大きな炎を練り上げた。明々と燃える魔力の塊。直径三十センチ程度だが、その威力の高い魔法に、エルフらは全身を震わせる。
あんな高い魔力の塊を放たれたらひとたまりもない。
滝のような冷や汗を垂らしながら、言葉を失い、限界まで見開いた眼で炎を凝視するエルフらの耳に、けたたましい足音が聞こえた。
そこに現れたのはエスガルヒュア王。事件の報告を受けて、急ぎ馳せ参じたのだが.....
これは一体、どういう状況だ?
氷のイバラに捕らわれ、泣き出しそうな顔で、こちらを見つめるエルフ達。それを射殺さんばかりの憎悪に満ちた眼差しで見据え、炎をちらつかせている幼子。
背筋に冷たいものが走る。
動揺しながらも、エスガルヒュア王は自警団から事の詳細を聞き、次には烈火のごとく吠えた。
「馬鹿か貴様らはっ! 他国で臣民を害するなど、あって良い訳なかろうがっ、この愚か者どもがぁーっっ!!」
ひうっと小さな悲鳴が上がり、本気で泣き出したエルフ達を余所に、エスガルヒュア王は千早に深々と頭を下げた。
「臣下どもが、とんでもない事をしでかした。深く謝罪する。出来うる限りの詫びもしよう。許してくれとは言えないが、余に免じて矛を収めてはくれまいか」
下げられた王の頭の登頂部を見つめ、幼女は真下からエスガルヒュアの顔を睨みつける。
その瞳に感情はなく、仄暗い光が眼窟の奥に揺らめいていた。
「命は失われたら終わりなんだよ。分かるかい? 替えはきかないんだよ、それが全てなんだよ、罪もない子供の生きるという最小限な権利を摘み取る資格なんか何処にも無いんだよっ!! わかってんのかぁっっ!!」
絶叫にも近い幼女の恫喝。不思議と恐怖はない。ただひたすら申し訳ない気持ちで一杯になった。
恫喝に秘められた切ない祈り。ただただ純粋な幼女の怒りがエスガルヒュア王の心に染み渡る。
心底、恥じ入る気持ちしか浮かばない。
燃えるような瞳に涙を浮かべ、ふーふーっと荒い息をつく幼女が愛おしい。
エスガルヒュア王は膝をつき、千早を正面から見つめた。
「貴女の望むままに。大樹の国の代表として、貴国に与えた悲しみを償おう。余が確約する」
千早の手を取り、額づけ、王は宣言した。
これは大樹の国の王族最大限の敬意。誰にも侵す事の出来ない制約の儀式である。
真の為政者とはこうあるべきなのだろう。
エスガルヒュア王は、小さな幼子の中に王たる器を見た。
そしてこんな旗印の存在する秋津国の人々を羨ましく思う。
エスガルヒュア王から免罪符を受け取ったオカンは、残忍に眼を輝かせ口角を歪めた。
後日、この時の判断を心からエスガルヒュアは後悔するのである。オカンは容赦なしですから。
オカンに子供は鬼門です。エルフらの運命や如何に?
( ̄▽ ̄;)




