オカンとエルフと悪役令嬢 ~3~
なんか投稿時間がずれてしまいました。遅いよりは良いかなぁと、このまま行きます。
ブクマにお星様、いつもありがとうございます、二十四時間小躍りしているワニでございます♪
「しかし.....全くもって底の見えぬ国だ」
晩餐まで寛いでくれと、幼女はエスガリュヒア王を三階の特等室に案内した。二十畳ほどの部屋は大きな座卓とソファーセットの二種類のテーブルが完備され、ソファーセットの方には簡易バーも設えてある。その一角のみフローリングでスリッパが数足置かれていた。
他にも寝室と遊技室。サンルームを経由して広く取られたバルコニーにもテーブルとベンチが数種用意され、テラコッタに咲き誇る色とりどりな花々がこれでもかと咲き誇っている。
バーに用意された飲み物を差し出しながら、侍従も未だ興奮がおさまらない。
「まことに.... 孤児院の子供らを覚えておられますか? わたくし、あれほど礼儀正しく利発な幼児を見たことはございません」
エスガリュヒア王は飲み物を受け取りなから、言われた孤児らを思い出していた。
訪れた孤児院は、孤児院とは名ばかりの学園だと感じる。左右の建物では立志前の子供らが授業を受け、真剣に学ぶその姿に驚愕を隠せない。
誰も私語などなく、むしろ質問や応答で賑やかだった。
そして学んでいる内容にも眼を見張る。
かけ算やわり算など、我々の知らぬ数式を迷うことなく操る子供達。エルフらには、意味はわかるが理屈がわからなかった。
しかしその答えは正しいもので、演算スキル持ちな貴族すらも舌をまく早さで計算している。
読み書きは当たり前にでき、音楽や図工など技術や感性を磨く授業まで組み込まれていた。
「平民が楽器や絵画を学ぶ意味があるのか? 社交界も秋津国にはないのだろう?」
不思議そうに首を傾げるエスガリュヒア王は、壁に貼られた子供らが描いたという絵を指でなぞる。
元気一杯で快活な絵もあれば、子供とは思えない繊細な色使いが眼を引く絵もあり、ずらりと並んだそれらは中々見ごたえがあった。
「ここは幼年学級ですから。全ての基本を学ぶ場所です。基本があってこそ応用が出来ます。誰が何の才能の種を芽吹かせるか分からない。あらゆる可能性の欠片を子供らに持たせてやりたいですからね。好きこそものの上手なれ。ここで、生涯をかけて打ち込める何かを見つけて欲しいものです♪」
千早の説明に、エスガリュヒアは要領を得なかった。
ここは文官の見習いを育てる場所ではないのか?
読み書き計算に礼儀作法。全て文官に必須な能力だ。学ぶという事は湯水のように金子がかかる。
ここに居るのは富裕層の子供らなのだろうとエスガリュヒア王は思っていた。
そして叩きのめされる。この幼年学級の生徒は全て平民。孤児すら含める秋津国の子供達。幼年学級は義務教育であり、秋津国の子供ならば誰もが教育を受ける権利があるのだ。
学問のみならず芸術、技術にいたるまで、全ての基礎が学べる教室。料理まで子供らが行っており、給食という名の昼食も高学年の子供達が作っているとか。
「人生に必要なのは学問ばかりじゃない。家事や木工といった生活技術も必須だ。基礎さえあれば、応用はなんとかなるもんだ」
にししっと笑う幼女。
全ての子供らに教育を与える? しかも無償で??
唖然としたまま、エルフら一行は孤児院をあとにした。
そこで彼等は気づく。ここは孤児院だったのだと。
多くの人々や子供らが行き交うこの場所は学園ではない。孤児院だったのだ。
何が何だか分からない。エルフの常識の範囲を容易く乗り越え、秋津国はウルトラCの展開を見せる。
そしてこれにエスガリュヒア王は不可思議な既視感を抱いた。
いつか何処かで....似たような事が?
不可思議な既視感の理由に思い至り、王は思わず天を仰いだ。
ユフレだ。あいつがやらかしてきた事と良く似ている。
何事も無かったかのように正面に座る小さな幼子。見れば見るほどユフレの子供の頃に生き写しだった。
中身もか。
一体この国では何が起きているのか。ガラティア王も詳しい事は知らないようで、件の幼女が神々と対等なのだと言う事しか分からない。
それも半信半疑だったが、エルルーシェ達が実際に女神様らを確認したらしい。
そんな事を考えながら、エスガリュヒアは手にした飲み物を口にする。
濃い果汁のようだ。グラスの中で氷がカラカラと心地好い音をたてていた。
.......氷? 魔法か? いや、魔法の氷は不純物が多くて使えない筈だ。この氷は透き通り不純物の曇りもない。
はっと顔を上げたエスガリュヒア王は、侍従が生温い乾いた笑みを浮かべているのに気づいた。
「御察しのとおりにございます。バーのキッチンには冷たく冷やされた飲み物と軽食食材、そして氷が入っておりました」
侍従の話を聞くやいなや、王はバーの裏に設置された小さなキッチンを確認する。
手入れの行き届いた道具に二口の魔術コンロ。コンロの下にはオーブンがあり、その奥まった場所に幅五十センチ高さ一メートル程の鉄製の箱があった。
そっと開けるとヒヤリとした冷気が流れ出し、中には飲み物、食べ物と、右下に小さな箱があり、その中には二センチ四方の氷が幾つも入っている。
食べ物どころが氷すらも保存可能な小箱。
冷気を作る魔術具なら大樹の国にもあった。しかしそれは冷たい風を起こす程度で何かを冷やすには至らない。
ましてや氷を保存するなど夢のまた夢である。
「なんかもう色々と....我らは秋津国から帰られるだろうか?」
底が見えないどころではない。まるで無限に重ねられたベールのようだ。しかも一枚をめくる毎に更なる疑問が湧き出でて、ベールは減るどころがますます増えていく。
「立てていた計画は捨てよう。至急皇太子らを集めろ。計画は根本から練り直しだ」
こんな有象無象のような国に、誰憚る事なく並べられた未知の技術。隠す気もないだろう幼女の無邪気さ。
秋津国は危険過ぎる。
エスガリュヒア王は険しい顔に陰惨な眼光を浮かべた。
幼女自身が意識していないのか、はたまた何かしらの思惑があるのか。
開けっ広げすぎるし、無用心すぎる。
こんな未知の高い文明や技術は秘匿すべきだ。万人に知らしめて良いものではない。
聡そうに見えても、やはり子供なのだろう。誰かしらが教え導かねばなるまい。ユフレが傍についたのだ。母親である彼女にやらせるのが最善だろう。
集まった要人らと、エスガリュヒアは秋津国がはらむ脅威を話し合った。
一足飛びな発展は混乱と狂気を同衾させる。権力者の貪欲な企みが、近い将来秋津国に降りかかるだろう。予想もしえない災厄が訪れる可能性だってある。
司教の育成、義務教育の普及、洗練された未知の技術や魔術具。さらには多くの作物や家畜。
どれ一つをとっても諸外国にとっては脅威であり、力ある者の悪意を呼び込むに十分な代物だ。
今回は主要施設の視察のみを考えていたエルフ一行だったが、軽く街を回り、もてなされた茶菓子の秀逸さから、王は秋津国の全てを確認するべきだと感じた。
しかし、それでもまだ考えが甘かった事を痛感する。
いくら滞在しようと、きっと満足のいく結果は得られまい。むしろ更なる多くの疑問が増え続ける不毛な未来しか見えはしない。
そこまで話し合いが進んだ時、王はエルルーシェが在らぬ方向を眺めながら遠い眼をしている事に気がついた。
エルルーシェも訝しげな眼差しの父親に気づいたのだろう。疲れた顔で苦笑いする。
「父上のお話はごもっともです。だけど....うん、スメラギ様は全て熟知しておられるかと存じます」
皇太子の言葉に部屋の中の視線が一気に集まる。それをモノともせず、少し思案し、エルルーシェは言葉を選ぶかのようにゆっくりと紡いだ。
「なんと申しましょうか。あの方は、理屈ではないのです。父上が感じられた脅威に近しいものは、私も感じました。でもそれが当たり前の国なのです。....言葉にするのは難しいのですが。この国は有るがまま自然体で....他のつけいる隙はないと存じます。そんな事をしようものなら、後悔などする暇もなく木っ端微塵にされるかと。....あの幼子は、ただの幼子では有りません」
エルルーシェの言葉に、エルフらは水を打ったかのようにシーンと静まり返る。
なにそれ? むしろ、そっちのが怖いんですが?
得体の知れない恐怖に心臓を鷲掴まれ、集まっていた要人達の顔は色を無くしていた。青を通り越し、真っ白である。
掴みどころのない畏れが部屋を満たすが、皇太子自身にも上手く説明は出来ないようだ。
「父上が危惧なさるような災厄は訪れないと存じます。むしろ災厄が裸足で逃げ出す結果にしかならないだろうと。何故そう思うのかは説明しにくいのですが....不思議とそう確信出来るのです」
面白い。
エスガリュヒア王はグラスの氷を見つめながら、さも楽しそうに眉を上げた。
エルルーシェは魔力は皆無なれど賢い王子だ。魔力に恵まれなかった分、非常に人の機微に敏い。その彼が無条件で信じる幼子。
大樹の国での一件や謎の石柱から、幼女がただ者ではない事は分かっている。それでもやはり幼い見てくれから些かの侮りが拭えなかったようだ。
見極めよう。時間はたっぷりあるのだから。
心底楽しげな顔で、エスガリュヒアはグラスの中身を煽る。冷たい果汁を一気に飲み干し、彼は瞳に獰猛な光を浮かべた。
時間の許す限り秋津国を視察しよう。そして得られるモノ全てを大樹の国に持ち帰ってやる。何が出てくるか楽しみだ。
挑戦的な眼差しで湖の水面を見据えるエスガリュヒア王だが、その気概は数時間後に見事へし折られた。
歓迎の晩餐会で、エルフらは上へ下への大騒ぎとなるのだが、その未来を彼はまだ知らない。




