オカンと竜と青嵐(春の嵐)~10~
飛び飛びな投稿で本当に申し訳ありませんっ、クリスマス、年末、年始が終わるまで、こんな感じです。1月半ばには以前の投稿ペースに戻れると思います。
( ̄▽ ̄;)
かくして静観を決めた秋津国は、急ぎ早馬をガラティアへと走らせた。
事態の説明と伴う大災害の予測。それに対抗しうる結界術式の設置提案。
結界の範囲を定める術式であるため、式を封じた石柱を早急にガラティア周辺に設置しなくてはならない。
漠然とした感覚でも張る事は可能だが、あるとないでは精度がドット絵とCGほども変わる。
それらを細かく書簡にしたため、千早はウサギな王様へ送った。
返事は即座に来た。
ほぼ三昼夜不眠不休で馬を乗り継いできた兵士を宿屋で休ませ、千早は何時もの面々と共に手紙を開いた。
そこには、何時もいきなり転移してくるのに、どうしてこういう時にはしてこないのかと言う愚痴が遠回しに書かれていて苦笑する。
そりゃ、ガラティア内部の問題だったからだよ。秋津国とガラティアを挟む国際問題となれば、あたしだって形式くらい整えるさ。
書簡には事態を重くみて、即座に使者を出した事。提案を受け入れるので石柱の準備をお願いしたい事。早馬の数日後には使者が到着すると思うので、使者と石柱と共に転移で来て欲しい事などが丁寧に書かれていた。
そこまで読んで、千早は訝しげに眉を上げる。
幼女を知るガラティアなれば、この書簡で即座に石柱を持って転移してくれとの返事が来るかと思ったのだが、使者を出す?
その数日が命取りになりかねない事が理解出来ない王様ではない。なれば使者を出す事に意味がありそうだ。
「使者ね。何かありそうやな」
「準備だけは怠りなくしましょう」
タバスが何かを含むような切れる笑みを浮かべる。
いやいや、何かって別に悪い意味じゃないからね? ....悪い意味じゃないよね?
あの王様が悪巧みなどする訳はないと思うが、一抹の不安が脳裏を過る。
千早の指示を受けて、提示された術式を刻み込んだ石柱が職人達により量産され、来訪者組がその石柱の先端に魔石を埋め込んでいった。
空の魔石に幼女の魔力が込められた石。これがあれば、千早はどこにあろうとも己の意識と魔力を同調できる。
効果範囲は直径十五キロメートル。三十キロ感覚で設置して貰えれば、内側になる範囲を彼女の魔力でカバー出来るのだ。音声を伝達する事も可能なアンテナである。
現代知識の応用よな。複雑な機械の部分を術式と魔力で補えるから、魔法ってほんとに便利だわ。
ひとりごちる千早だが、古代の複雑な術式を理解し応用出来る己の発想こそが稀有な能力なのだとは理解していない。
名人、達人の棋譜を出されて、これを逆転させる打ち方を見つけろと言われ、即座に回答を出すような物。
多くの打ち手が頭を捻らせ研究に没頭し、ようよう辿り着ける境地を彼女は一発で看破する。
それに至る道はない。ただ正解のみが目の前にあらわれるのだ。どうしてそうなるのか説明は出来ない。ただそうなるのだとおもうだけ。
過去にもこういった思考の地球人は存在した。
何故そうなる事が分かったのかと問われた彼らは、揃って同じ答えを口にする。
そうなると思ったからだ、と。
人知を越えた者だけが持つ思考。今で言うなら、《ゾーン》であろうか。理屈ではない限界突破が日々日常化していくオカンであった。
そんなこんなで数日が過ぎ、ガラティアからの使者が到着した。騎士鎧に身を固めた八人。
早馬と変わらぬ出で立ちだが、幾らかの荷物があり先行してきたらしい。後続に馬車が遅れて来ると言う。
人数が人数なので、取り敢えず教会の講堂を使い話し合いを持つことにした。長旅の疲れもあるかもしれないが、事態は急をようする。
講義用の大きな机や長椅子をすすめられて、先行してきた使者ら八人は兜を脱いだ。
途端、周囲が息をのむ。八人のうち五人は既に秋津国でも見慣れた獣人。残る三人は、なんとエルフだった。
短めの髪に少し尖った長めの耳。全体的に色素が薄く、パステルカラーな青っぽい髪とオレンジな瞳をしている。
だが三人目は違った。雪のように真っ白な肌は同じだが、髪と瞳は漆黒とも呼べる艶やかな黒を携えている。
ダークエルフって奴か? にしては肌が白いし....なんか見覚えが....?
へにょりと眉を八の字にして首を傾げる幼女に、件のエルフは薄く微笑んだ。
細くはないが切れ長な眼が暖かい眼差しで千早を見つめる。
瞬間、幼女の眼が驚嘆に見開き、瞳が大きく揺れた。
信じられない物を見るような眼差しで、千早は無言のまま件のエルフの前まで歩み寄る。
そしてリズミカルに両手を左右に振りだした。
間違ってなくば.....応えてくれるばず。
件のエルフは、一瞬眼を丸くしたが、次には破顔し、同じように手を振りだした。それどころが、振りに合わせて歌いだす。
「うーみはー潮ー風ー世界のふーねーを♪」
示し合わせたかのように全く同じ踊りを踊る。いきなり踊り出した二人に、講堂の人々は吃驚仰天。
驚愕に見開いていた幼女の瞳に、ぶわっと涙が溢れる。それは滝のように零れ落ち、踊りに合わせて泡沫を飛び散らした。
「うえっ? うぇぇっ、うえぁぁあんっ」
胸が詰まって言葉にならない。千早はジャンプして件のエルフに飛び付く。首に腕を。腰に足を巻き付け、蝉のようにギッチリしがみついた。
件のエルフはされるがままに抱き締め、幼女の背中をポンポンとさする。
「うぇぇええんっ」
子供のように泣く千早の声に、慌てて親父様や敦が駆け付けてきた。そして泣きじゃくりエルフに張り付く幼女の姿に絶句。更に親父様は件のエルフを見て硬直した。
「....一子?」
「あらやだ、十流? 久し振りね♪」
謎のエルフに泣きじゃくる幼女と硬直する親父様。テラカオス。敦は居並ぶ面々を一瞥し、説明を求めるかのように苦笑した。
二人が踊っていたのは盆踊り。東海市民であれば誰でも知っている踊りだ。365日、常に歌って踊っておちょくってがデフォの石動家なればこその確認方法だった。
「おがぁちゃぁぁぁん」
鼻をズビズビ言わせながら呟いた幼女の言葉が、全ての答えだった。そこにいる黒髪エルフの面差しは若かりし頃の母と酷似していた。
「はじめまして。ユフレ・トリニャーシアです。前世は石動一子ともうします♪」
テヘペロ的な軽さで挨拶をするエルフ。泣き疲れて半分寝ている千早を抱いたまま、長椅子に腰掛けている。
「はーちゃん、そろそろ降りない?」
「やーのぉ」
完全に子供返りした幼女は、エルフの胸に張り付き離れない。指までしゃぶって御満悦。
「こんな甘えっ子だったかしら。はーちゃん、もう五十越えでしょう? 百香に笑われるわよ?」
引き離そうと頑張るエルフに、離れまいと頑張る幼女。
うにゃぁぁあっと叫びながらも引き剥がされ、親父様に渡された幼女は、うぇぇぇんっとへにょり顔でエルフに手を伸ばしていた。
「やぁだぁぁっ、おがあぢゃんが、いーっ」
ぎゃーっと泣きわめいてそっくり返る幼女は、歳相応の子供に見える。何時もの人を食ったような大人びた態度は欠片も見えない。
どうしたら良いのか分からないディアードの人々は、初めて見る幼女の癇癪にオロオロと狼狽え困惑気味だ。
だが両親には分かっていた。
地球で暮らしていたころ、千尋や万里に手がかかり、物分かりの良かった千早には大分我慢させてしまった。
致し方無い事情ではあったが、結果として千早の甘えられる子供時代は極端に短かったのだ。
逆行現象の若返りにともない、精神が肉体年齢に引きずられているのだろう、簡単にタガが外れるようだ。
ふにゃあぁぁと泣く幼女を見つめて、両親は困ったように微笑んだ。
「...やり直す。...か?」
「そうね。一から親子をやり直しましょ♪」
ふわりとした笑みを浮かべ、二人は並んで座り親父様は千早をユフレに手渡した。
時を越え時空も越えた親子の邂逅。
訳が分からないままの周囲を余所に、講堂の扉から金色と翠のの風が吹き込んでくる。
言わずとしれた女神様達。
ぽふんっと顕現すると、焦ったかのように周囲を見渡す。
《千早ちゃんの泣き声が聞こえましてよっ、どこですか? 千早ちゃんを泣かせたのは誰ですか? あたくしが許さなくてよっ》
高速で飛び回るシメジ。しかし、長椅子に座る三人を見て、安堵に胸を撫で下ろした。
《あらぁ。まあまあ、お久しぶりね。十六年ぶりかしら。元気そうね♪》
ユフレが眼を丸くしてシメジを見つめる。
そんな彼女を無視して、女神様は幸せそうに眠る幼女の頭に乗っかった。
《ようやく会えましたのね。良かったわね千早ちゃん》
フルフルと石附を揺らし、如何にも女神様は嬉しそうだ。
それを見て、唖然とするエルフ達。
神々の棲まう楽園とは聞いていたが、比喩的な何かだと思っていた。豊かで文明のすすんだ秋津国をそのように表現しているのだと。
しかし目の前には本当に神々がいる。
ユフレは転生時に女神様本人と会っていた。ゆえに使者として秋津国に派遣されたのだ。真偽を見極めるために。
そして本物だと断言する。
「お久しぶりです、女神様。....なにやら、我々の知らぬ事情があるようですね」
驚愕に固まるエルフらを一瞥し、ユフレは薄く微笑んだ。
《そうね、色々あったわ。これからも色々あるでしょう。でも今は千早ちゃんを眠らせてあげて》
ユフレにべったりと張り付いて眠る幼女。
周囲を混乱に陥れたまま、その日は何事もなく過ぎていった。
とうとう出会えた親子。待ったなしな問題を常に抱えてきたオカンに一時の休息が訪れます♪




