たんぱく質 ~後編~
SFで時の蛇という話も書いております。よろしければ、そちらもごらんください。♪ヽ(´▽`)/
「むむむ....」
『ほれ、歪んどる。もっと肩の力を抜いて集中せい』
綺麗な泉の傍には一人と一匹がいた。一匹は首だけだが。
真剣な面持ちの幼女の前には一つの箱。枠組みだけのソレは、彼女の魔力で出来ている。
ダンジョン生成巻き込まれ騒動から一週間。
とうとうインベントリの中に動物性たんぱく質の物が尽きたのだ。
千早の魔力は未だ100にも届かず、攻撃魔法は使えない。使えたとしてもギリギリ一回。獲物が絶命しなかったら、あっさりと返り討ちにされるレベルである。
だが流石のドラゴンも泣く子には勝てない。
動物性たんぱく質がーっ、身長がーっ、と泣き叫ぶ幼子を一瞥し、爺様は苦肉の策を編み出した。
『じゃあ、先ほど説明した通りにやってみなさい』
言われたとおり千早は泉の畔でジッと待つ。
十分ほどたつと、近くに魚の影が見えた。瞬間、千早はさっきまで練習していた魔法を魚にぶつける。
泉の中に閃光が走り、ジャバと何かが浮き上がった。
『出来たな』
ニンマリ笑うドラゴンの視界には、魚の入った箱を持つ千早がいる。
練習していたのは結界魔法。空間を切り取り壁を作る魔法だった。
魔力の少ない千早でも魚一匹入る程度の箱は作れたのだ。
「わぁ....」
千早は初めての魔法に感動している。泉の中を切り取った箱は、綺麗な立方体の形で水と魚が入っていた。
理屈はわかるけど、やっぱ凄いなぁ。
しげしげと不思議そうに魚を眺める千早に、ドラゴンが声をかける。
『早くこちらに持って来ぬか。そこで結界が解けたら魚が逃げてしまうぞ』
そうだ、貴重なたんぱく源だ。
千早は慌ててドラゴンの傍に駆け寄る。しかし数歩歩いた途端に、パンっと音をたてて結界箱が弾け散った。
パシャっと水が落ち、地面に落ちた水の中で魚がビチビチ跳ねている。泉までほんの二メートル程度の距離。
危ないところだった。幼女の背中がヒヤリとする。
結界箱が弾けた所は草原。数歩の差で千早は貴重なたんぱく質をゲットした。
『ほれ、とっとと〆てやりなさい。このままでは調理に差し支えるだろう』
「うん」
体長30センチ程の魚を両手で抱え、用意してあった俎板の上に移すと、千早は慣れた手つきで魚の頭を落とした。
ペティナイフでも、まだ重いな。しかぁしっ主婦歴三十年をなめんなし。
ふんぬっと鼻息を荒くした次の瞬間、千早の脳内に多くの文字が大量に流れ出す。
《神々のダンジョン、初踏破を確認しました。称号が与えられます》《ダンジョン踏破最年少記録を更新しました。称号が与えられます》《レベルがあがりました。レベルがあがりました。レベルがあがりました。レベルがあがりました.....》《レベル10最短到達記録を更新しました。称号が与えられます》《レベル10到達最年少記録更新しました。称号が与えられます》
「うええぇぇ??」
頭が痛い、文字に酔う、気持ち悪いっっ!!
いきなり呻きながらしゃがみ込んだ千早のただならぬ様子に、慌ててドラゴンが擦り寄った。
『どうした?』
「頭の中に、...文字が」
そこまで言うと、千早は力なく茂みに駆け込み、苦しそうに吐き戻す。
それを眺めながらドラゴンは合点がいったようで、なるほどと頷くと、俎板の魚を忌々しげに見つめた。
『レベルアップ酔いじゃの。魚の分際で結構な経験値になったようじゃ』
ラノベでお馴染みのレベルアップ酔い....まさか、そんな不思議現象を、実体験するはめになるとは。
フラフラと茂みから出てきた千早は、恨めしげに魚を見た。
『致し方ない。ダンジョン産の生き物は、地上の物より遥かに強い。しかも最下層の生き物なれば、下手な魔獣を返り討ちにする強さだ。魚と言えど結構な経験値になったであろう』
って事はなんですか? 私、動物性たんぱく質をゲットするたびに、こんな目にあうと?
心底ウンザリした眼で魚を睨みつける千早に、ドラゴンは苦笑する。
『ある程度レベルが上がれば無くなる。精進せよ』
口をへの字にして、嫌そうな顔で自分を見上げる千早の情けない姿に、ドラゴンは思わず噴き出し、大笑いした。
クックックッと笑いの止まらないドラゴンに呆れた一瞥を流し、さっさと料理しようと魚に向き直った千早は、ふとある物に気がつく。
泉の前に金色の箱。
「あれは?」
金に銀の透かしの装飾。これだけで一財産ではあるまいか。
俗な事を脳裏に浮かべる幼女の肩越しから箱を確認し、ドラゴンは軽く瞠目した。
『おお、そうか。初回踏破報酬だな』
千早の問いにドラゴンが答える。
ダンジョンを踏破し、至宝の間に入ると出てくる初回限定の宝箱らしい。
「私、ダンジョン踏破してないけど?」
『至宝の間にいる時点で踏破判定になっていたのだろう。そして魚を倒した事で条件を満たしたと』
困ったように首を傾げるドラゴンの説明に、千早は開いた口が塞がらない。
そんなんで良いのか、ダンジョンよ。偶然の重なりで初回討伐者かアタシ。そんなん要らんから地上に帰してくれ。
気は進まないが、折角なのだからとドラゴンに諭され、千早は宝箱を開けた。
すると中にはローブが一着。袖とフードのついたシンプルな形の膝丈サイズ。
切り返し折り返しが細かく入っており、縁や裾には繊細な銀の刺繍が施されている。全体は深い蒼で赤い差し色が綺麗な一品だった。ぴったりより、やや大きめなサイズだ。
取り敢えず着てみた千早だが、仕立ての良さや軽さに感動し、くるりと一回転して見せる。
何で出来てるんだろう? 丈夫そうなわりには重くない。厚ぼったくもないし、不思議な材質だなぁ。
可愛らしい幼子の姿に、うっそりと微笑むドラゴン。その眼差しは孫でも見るかのように好好爺で穏やかな光を瞳に浮かべていた。
『よう似合うな。性能も悪くない。長く使えるじゃろう』
「こんなぴったりサイズ、すぐに着られなくなるよ」
五歳児なめんな。こちとら成長期なり。....成長するよね?
一抹の不安が脳裏を過る。
『知らぬのか? ダンジョン初回踏破報酬は成長するアイテムだぞ?』
「は?」
呆ける千早に溜め息をつき、ドラゴンはアイテムの説明をした。
いわく、多くのダンジョンは入り口が複数個あり、裁定の間は一つだけ。初回踏破報酬は、数個のダンジョンで一回しか手に入らない。裁定者が倒されると新たな裁定者が現れ、再び初回踏破の恩恵が得られる。
しかし、裁定者が力を認めた相手は至宝の間に通すので、倒される事は滅多に無く、結果、初回踏破報酬には破格なアイテムが用意されていた。
それが成長するアイテムである。
『姫神様の世界でも数少ないアイテムだ。所持者である主とともに成長し、姿形だけではなく性能も主によって変わっていく。確か二つの国で国宝になっていたな。後はエルフの国に代々伝わっている物と....まぁ、世界に七つくらいであろう。裁定者が倒されたとは聞かないしな』
......チートアイテム来たコレ。
ドラゴンの説明に、千早は恐る恐るローブを鑑定してみる。
創造神のローブ 創造神rev No.8
物理攻撃反射極 魔法攻撃吸収極
創造神ネリューラの恩恵が込められたローブ。創造神の加護を持つ場合、取得経験値倍増。創造神の祝福を持つ場合、トラップ完全回避
真っ青な顔でブルっと震える幼女。
ガチチートアイテムやん、コレっ!素の性能もチートだけど、私が持ったら倍ヤバい!!
眼に見えてオロオロと狼狽えはじめた千早に、ドラゴンは長い溜め息をつく。
『お主、今の自分が弱者な事を自覚しておるか?』
ドラゴンは呟きながら千早の頭を鼻先で突っついた。
『そのローブがあったとしても、身を守れるだけだ。完全な悪意や危険からは逃れられない。首を絞められたり、水に沈められたりしたらどうする?ローブから出ている部分、足や手を切り落とされたら?』
千早はドラゴンを見上げ、ごくりと息を呑む。
『レベルをあげ知識を蓄え、力をつけなければ、どんなアイテムも無意味なのだ。為す術のない状況に追い込まれぬよう、しっかり励み、そのローブの主として恥ずかしくない人間になれば良いではないか』
ドラゴンの的を射る言葉に、千早はビクッと肩を震わせた。
.....見透かされた。
千早は自分の怖じけた考えを読み取られて恥ずかしくなる。
加護の時もそうだ。慎重と言えば聞こえは良いが、単なる臆病者。大きな贈り物に見合う自信が欠片もない。分不相応だと逃げを打つ。
葛藤する幼子を優しく見つめ、ドラゴンは俯く千早の顔を鼻先であげさせた。一人と一匹の視線が重なる。
『世界一の魔法使いになるのだろう? 我が誇れる弟子となれ』
「...!!」
それは千早の言葉だった。
御先祖様に恥ずかしくないよう。神々が誇れるよう。
アタシが言ったのだ、世界一の魔法使いになると。
しばし呆然としたあと、千早は両腕を力一杯振り上げる。
「あーっ、もうっ、口は災いの元とは良く言ったもんだわっ!」
そしてクルリとそっぽを向き、地団駄を踏み鳴らした。
「やるわよ、なるわよっ、やってやらぁっ!」
悔しまぎれか、千早は首から耳まで赤い。老いたドラゴンは、うっそりとした笑みを更に深めた。
彼の視界の中で、ふんっと顔を上げた幼女は、話を無理やり本題に戻す。
「そうとなれば飯よ、飯っ! 腹が減っては戦は出来ぬってね」
しかし踵を返して俎板に向かった千早の顔から、スルリと感情が抜け落ちた。
固まった幼女を訝しげに見ていたドラゴンだが、一目で事態を察し、淡々と気まずげに呟いた。
「あ~....忘れとった。ダンジョンは死んだ生き物を吸収するのだよ」
二人の視界には何もない俎板が一枚。飛び散ったはずの血痕すら綺麗に無くなっている。
眉を寄せた千早の眼に、みるみる涙が盛り上がり、慌てるドラゴンが止める暇もなく、三度、ダンジョンに絶叫が響き渡った。
「アタシのたんぱく質ーぅぅっ!!」
後日。リベンジに燃える千早は、懲りずにレベルアップ酔いで呻くのである。
「ねぇ、爺様。また何か生えてるんだけど.....」
食糧の確保に悪戦苦闘していた千早だが、ある日、ふとレベル酔いしなくなった事に気がついた。
安堵とともに何となく気になり、ステータスを確認してみると、見覚えのないものが生えている。
『ん~? ああ、称号のせいじゃな。まぁ、棚ぼただ』
「異世界にもあるのか、ぼたもち」
訝る千早に、ドラゴンはインベントリから何かを出した。
それを持ち上げて、幼女は不思議そうに首を傾げる。
「本?」
『うむ、地球の本だ。日本国の物らしい。文字は自動翻訳の魔法で読めるが、熟語とか分からないものも多くてな。まぁ、時間は有り余っておるし、辞書を片手にゆっくり読んでおる』
他にもあるらしく、パタパタとインベントリから落とされる複数の本。
「自動翻訳なんて魔法あるんだ。便利だね」
『地球には旨い物が沢山あると書いてある。是非食したいものじゃのう』
チラチラと千早に視線を送り、ドラゴンは本を開いた。幼女の眼に本のタイトルが映る。とんでもスキルで異世....
「ラノベかよっっ」
女神様、本のチョイスおかしいからっっ!!
そういや前に、私の料理を女神様がジッと見てたな。ひょっとして食べたかったんだろうか。....シメジに口ってあったかな。
他愛ない事を考えながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「そういや、どうやって読んでるの? 爺様には小っさすぎるよね、コレ」
『ん? こうだな』
開いた本に爺様が手をかざすと、目の前に巨大なスクリーンが現れ、手をかざした部分を映し出す。
ページは風の精霊がめくってくれるらしい。
「本当に便利だな....」
この万能さを甘受して、地球社会にもどれるかな、アタシ....。一抹の不安を抱えながら、爺様との読書でダンジョンの夜は更けていった。
今回生えたもの。
称号 地球のダンジョンを征し者
効果 スキル 隠密大
称号 最短記録更新シリーズ
スキル 看破小
薬学小
錬金小
鍛冶小
彫金小
称号 レベルシリーズ
効果 レベル10 体力10%up 魔力10%up
レベル20 体力20%up 魔力20%up
なんか異世界来訪の外堀を、せっせと埋められてる気がする、千早五歳(中身53)である。
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