オカンと鶏 ~後編~
オカンは元気です♪
♪ヽ(´▽`)/
「はいよ、らっしゃい!」
賑わう孤児院の庭。
今、孤児院では炊き出しと自家製食品の販売をしていた。
スモークチキンやエッグ。鶏卵を使ったフカフカパンに野菜と挟んだチキンサンド。たっぷり茹で卵の入った芋サラダ。
チキンサンド以外は量り売りで、大盛況していた。
炊き出しには具沢山なスープとフカフカパン。
貧民以外の人にも試食を兼ねて振舞い、美味しい物つながりで、貧民も平民も身分のありそうな誰それも関係なく、同じ場所で同じテーブルで長閑に食べている。
うんうん、平和だね。
笑い声のたえないまったり空間に、突如として恐ろしげな男が現れた。
驚く周囲を余所に、男は千早の前に立ちはだかると剣呑な眼差しで幼女を睨めおろす。
「....どういう事かね?」
「何の話~?」
「惚けるなっ、無償で食事処を開くなんて聞いてないぞっ!!」
「無償もなにも有料の炊き出しなんて、それこそ聞いた事ないわ」
「炊き...出し?」
男は探索ギルド長タバス。千早の言葉を理解して、顔からするりと怒気が抜ける。
くふっくふっと笑う幼女に言われて、ギルド長はあらためて周囲を見渡した。
確かに人々が入り交じり食しているのは同じ物。
貧しそうな者も裕福そうな者も、みんな同じ物を手にしている。
「炊き出し....って、俺が普段食べてる物より美味そうなんだが」
具沢山なミルクのスープと、葉物の上に目玉焼きののった柔らかそうなパン。
「鶏と鶏卵だしね。味とボリュームには自信あるよっ」
にっかり笑顔でサムズアップする幼女に眩暈がする。何処の世界に、こんな豪勢な炊き出しがあるものか。
商人ギルドの連中が、食事処と勘違いするのも無理はない。しかも無料だとの事で街の人々が此方に流れてしまい、屋台や商店街は閑古鳥だ。
そして自家製品の販売。これは孤児院では良くある事だが、物が違う。
スモークやローストされたチキンがたっぷり挟まれたチキンサンド。スライスしたパンにチキンをのせて一口大にカットされた物が試食用に用意されている。
他も同じようにカットされたパンに卵やサラダがのっていた。
「試食? ただで食べさせるんですか?」
こちらにも試食と言う概念はあるが、無差別に振る舞う概念はない。試食とは決まった人間達で行うもので、訪れた客全てに試食などさせたら商売あがったりではないか。
「食べてみないと美味しいかもわからないじゃない。美味しくても好みじゃないとかあるし。お客様に損はさせたくないでしょ?」
不思議そうに此方を見上げる幼女。
損をしたくないのが商売人だ。損をさせたくないなんて言葉は初めて聞いた。
唖然とするギルド長の横を一人の女性が通り過ぎる。少し襤褸を着た貧しそうな女性だ。
「卵の入ったサラダはまだあるかしら?」
「ありますよ~」
「もう一山ちょうだい。子供らが旦那の分まで食べちゃったのよ」
「あやや。子供は食べるのも仕事ですからね。二回目だし、半額でお分けしますよ」
「ありがとう、たすかるわ」
女性は眼を輝かせて芋サラダの包みを大切そうに抱え、深々と頭を下げた。
半額て....
ギルド長は目の前に積まれたサラダを怪訝な眼差しで見つめた。
湯がいた芋をベースに人参や胡瓜や玉葱が入り、さらには大きく砕いた茹で卵がゴロゴロと混ざっている。何かしらソースが加わっているのか、見た目は非常に滑らかだ。
このサラダが大人の掌一杯分で銅貨二枚。破格も過ぎる値段なのに、それを更に半額て....
ギルド長は頭を抱えた。そして更に違和感に気づく。
「この季節に胡瓜? どこで手にいれたんですか?」
今は初冬に差し掛かろうと言う時期だ。胡瓜の季節はとうに終わっている。
幼女は芋サラダをチラ見し、ふいっと眼を逸らした。なんだ?
「乙女の秘密なり。詮索する男はモテないなりよ」
「は?」
この季節の胡瓜なんて、ある意味鶏卵より貴重である。詮索も何も気にしない方がおかしい。
「男が細かい事に拘るな。そんなんだから嫁子の一人も来ないなり」
「それは関係ないでしょう?」
「なんだ、良い歳して本当に独り者か。子供の一人や二人いてもおかしくなかろうに。甲斐性無しじゃの」
「あんたに関係ないだろうーっ」
真っ赤になって憤るギルド長をケラケラと笑い飛ばし、幼女は炊き出しのスープとパンを差し出した。
「まぁ、食え。人間、腹が空くと怒りっぽくなるでの。大抵の事は腹がくちくなれば気にならん」
誰のせいだ、誰のっ!
炊き出しを受け取りながら、ギルド長は憮然な顔つきで幼女を見下ろした。
しかし、よくよく話を聞いてみれば納得がいく。
元々卸売り用に増やしていた鶏を自家製品として売る事にしたらしい。
食肉市場を荒らさないためである。
炊き出しのついででデモンストレーションに試食と販売を始めた。孤児院の貴重な収入源として月に二回ほど定期的に行いたいらしい。
なるほど。
「月に二回くらいなら贅沢でも問題ないべ? 他の商売人の邪魔にはなろうも、たかが2日。鶏や鶏卵が市場の相場を崩すよりは、ずっと良かろうも。孤児院も貧しいで現金収入が必要なんだ」
そう言いながら幼女は古びた建物を見上げる。
そこには風雨に晒され、みすぼらしく佇む孤児院。
教会と併設されており、街からも幾等かの支援はしているが口を糊するので精一杯だと聞く。
その困窮を何とかしたいのだと幼女は言った。
奇特な事だ。
炊き出しを食べながら、ギルド長は心底呆れた。
この御時世、弱者に手を差し伸べようなんて輩はいない。食うか食われるか。
慈善など現実を知らない御貴族様のお遊びだ。
可哀想にと思いつつ、自分達がそうでなかった事に安堵する。人間とはそういう生き物だ。
しかし現実を知り、それを打開出来る力があれば話は別。幼女はその類いらしい。
「事情はわかりました。これも街に説明しておきます。ただ、何かやるなら此方に報告してください。いきなりだと誤解がうまれます」
空になった皿を横にずらしながら、ギルド長はふと炊き出しの味を思い出した。
非常に美味かった。話ながらでも味わえるほどに。
その辺の食事処には真似出来ない美味さ。スープはミルク独特の臭みもなく、それでいて濃厚なミルクの風味が生きていた。
鶏肉もゴロゴロ入っていて食べごたえも満点。
パンも非常に柔らかく、軽く焼かれた表面に油脂のような物が塗ってあり、その上に葉物、焼いた卵が乗っていた。
どちらも屋台なら単品で銅貨五枚は取るだろう。
それが無料.....商業ギルドが泡を食う訳だ。
ギルド長は頬をひきつらせ、またもや説明のために街へと帰っていった。
しかし暫くして事態が一変する。
「何とかしてくれ、ギルド長っ!!」
泣きついているのは料理協会会長。
何でも富裕層から鶏の仕入れはないのかと問い合わせが殺到して、鶏なら孤児院に行ってくれと答えたところ、孤児院で、鶏や鶏卵を市場に卸せない理由を聞き激怒されたらしい。
鶏を市場にのせろと突き上げをくらい、やもたまらず探索ギルド長の元へ押し掛けたと言う訳だ。
街の人々にも話は広がり、今、商業関係者は白い眼で見られる毎日だと言う。
子供らを蔑ろにし、消費者を騙す極悪人。そんな風評が街には広がり、多少高くても別格に美味い鶏や鶏卵を買い求める人々が増えて、市場や商店街には人が疎らだった。
街の人々は炊き出しであの味を知っている。
本来なら市場に乗るべき良い物が、商業人達の思惑で手に入らなくなったとなれば、激昂するのも当たり前である。
そしてギルド長は確信する。
あの幼女はこれを見越して炊き出しをしたのだと。
儲けに頓着しないのは確かだろう。しかし、捨てた訳ではなかった。
お金になれば何でも良く、炊き出しで自家製品を販売するも良し、人々の突き上げに耐えられなくなった我々から市場に卸すも良し、ブランド化して高額売りするも良し。
街の問題はギルド長達に丸投げして、どう転んでも孤児院が儲かるように仕組まれていたのだ。
あざとい。
「悪魔か、あの子供はぁぁーっ!!」
幼女の思惑を、ようやく理解したギルド長は絶叫するしかなかった。
脳内で幼女がニタリと笑う。
損して得取れ。日本の商業の基本を異世界のギルド長は知らない。
探索者ギルド長、お疲れ様ですw




