オカンと鶏 ~中編~
またもブクマいただきましたっ! 次でブクマ二桁ですっ、電子の海の片隅でワニがマイムマイムから阿波おどりになりましたww
♪ヽ(´▽`)/
そんなこんなで養鶏が形となり、親父様がやる事を孤児院の子供らは真剣に見ていた。
言葉の足りない親父様に首を傾げる子供達。千早が横で捕捉説明する。
「つまり鶏の体内には病気の種があるんだよ。食中毒のね。でも火を通せば大丈夫。卵の殻にも種がついてるから、こうしてハーブ水につけて、しばらく置いたら綺麗に布でふく」
幼女が持つ卵に子供らの眼は釘付けだった。
「大きいな」
「森の鳥のより大きいね」
やいのやいのと楽しそうな子供らの前で、千早はBBQコンロを取り出し鉄板をかぶせると火を起こした。
程よく鉄板が温まったところで油をひき、カッカッと手際良く卵を割り落とす。
じゅわじゅわ焼けていく卵。子供らは興味津々。
その横のスペースで、こちらで購入した大きな丸パンをスライスし、軽く塩コショウで両面焼きにした目玉焼きをのせた。
ランランと眼を輝かせる子供達。
期待する子供らに次々と目玉焼きパンを渡すと、子供らは一も二もなくかぶりついた。
そして絶句。
眼を見開き、御互いの顔を見つめ、無言でガツガツ食べている。
最後の一欠けまで綺麗に食べ終えてから、子供らは感嘆の溜め息をつき、千早を見つめた。
「....うまぁ」
うんうんと高速で頷く周囲の子供達。
今までの食生活がいかばかりな物だったのか。聞かずとも察せられる切なさよ。
おばちゃん、涙がちょちょ切れそうだ。
「卵は色々作れるから。孤児院だけで消費するも良し、鶏を増やして売るも良し。親父様から良ぅく育て方を習いな」
はいっと揃って良い返事をし、子供らは親父様と鶏小屋に駆けていった。
それを見送り、千早は鶏の運動場に足を向ける。運動場の中では、相変わらず慣れない手つきで敦が柵を増やしていた。
小屋の中も運動場も三つに区切り、用途と仕事を分けようという思惑からだ。
中央は鶏卵の雌鳥。一番多くスペースをとり、左右に繁殖と雄鶏スペース。販売用だ。
増やした鶏を販売すれば下らぬいさかいは起きないだろう。
人は羨む生き物だ。最適に満足出来ず、さらなる最良を望む。それが文明を発展させる一端でもある。
独占は嫉妬と悪意を生む。地球世界で散々起きてきた事だ。食の一角として周知するならば、まず増やして分けられるようにしなくては。
文字通り死活問題。この世界は、奪うために簡単に殺すのだから。
秘匿は悪手。独占は愚行。
孤児院印の鶏、卵として売り出すか。略して孤鶏と孤玉? 微妙か?
うーむと首を傾げ、思案する幼女の脳内は口から駄々もれで、小耳に挟んだアルス爺が、その微妙な呼び名を定着させてしまう。
小さな鶏々だから、ことりにしましょう。孤児院の卵だから、こたま。可愛らしいと思います。
好好爺な眼差しで、ニコニコしているアルス爺に、千早は反論出来なかった。
しばらくして孤児院印の鶏と卵が売り出され、新しい食材に街は大騒ぎとなる。
千早は鶏と同じ遣り方で、当日屠殺したばかりな豚や牛も運び込む。小屋はあれど柵が間に合わず、敦が子供らに手伝われながら悲鳴をあげていた。
インベントリからだした動物を小屋の中で蘇生し、それぞれメス五頭、オス二頭に、幼女はにんまりと破顔する。
肉は大事だ。うん。
育ち盛りな子供らには肉と乳製品が必須。ヤギ乳も悪くはないが、独特の臭みがあり千早はあまり好きでは無かった。
あとは羊だが....これはやめた。
必須の家畜ではないし、鶏とかの家畜と違って大変手間が掛かるのだ。しかも個体として弱い。
手間を惜しむと直ぐに病気や怪我をする。子供らに世話をやらせるのは難しい。
何より此方には小さいながらも羊がいる。数さえ揃えれば十分に羊毛が取れる大きさだ。
実際羊毛牧場はあるらしく、ウールは身近な素材だった。既得権益と争う必要はない。
新規開拓で稼ぐさ。
どれもこれも、まずは繁殖だな。
子供らの豊かな食生活を夢見て、千早は俄然張り切った。
しかし相変わらず詰めの甘い幼女は、鶏肉や卵にも既得権益者がいる事を忘れている。
「はっきり言って迷惑なんだ」
憮然とした顔で雁首を並べるのは料理協会会長その他と探索者ギルドのギルド長。
話を聞けば、鶏の肉が市場に出た事で鶏々の売上げがガタ落ちらしい。
物珍しさも手伝い、大味で筋肉質な鶏々より、柔らかく旨味の詰まった鶏に軍配が上がる。
何より小さく主婦にも捌ける鶏は、専門職の解体が必要な鶏々よりお手軽だと人気が鰻登りらしい。
さらには卵。
今まで卵と言えば探索者が採取する野鳥や魔物の物が主流だった。卵採取専門の探索者もいる。
どれもピンポン玉程度の大きさだが、手に入れるのに苦労するため、割と高価だ。
そこに鶏卵である。
倍の大きさはあろうかと言う卵が安価に売り出されるなどたまったものではない。
そういった関係から、とるものも取り敢えず、御方らは物言いに駆け付けてきた訳である。
あ~....ちょいと見通しが甘かったか。
やれやれと溜め息をつく幼女に、大の男どもはいきり立つ。眼を吊り上げ、大声で叫んだ。
「子供じゃ話にならんっ、責任者を呼べっ、アルス爺はいないのかっ!」
野太い怒鳴り声に、部屋の中の子供らが怯えて飛び上がる。それを素早く一瞥し、千早は低い声音で呟いた。
「大声を出せば言い分が通ると思いなや? 子供ら脅かして楽しいかえ?」
うっそりと眼を細め口角を歪める幼女に、男らは注目する。いや、おかしい。子供だよな?
なのに、ここの誰よりも存在感があり、ついつい視線が向いてしまう。
そして激怒していたはずの頭が一瞬で凍りついた。
何故なら目の前の幼子から、ふつふつとした静かな怒りを感じたからだ。
すがめられた眼にギラつく殺気。底冷えのする冷気が男達の全身に絡んでいる。
リアルに絡んでいるのだ。比喩でなく絡む冷気は男達の服を凍らせた。
途端、弾かれるように立ち上がったのは探索者ギルドの長である。瞬時に目の前の幼女が高位の術者だと看破した。
「待てっ! 一般人に魔法を向けるのは違法だっ!」
そんな事は知っている。そして此方にもカルネアデスの舟板的な緊急措置がある事も。伊達に爺様から半年も異世界を学んだ訳ではない。
「七歳未満の魔法発現に法は適用されない。さらに、明らかに不当な理由で劣勢な場合の魔法行使は正当防衛とされる。大の男が五人もいて怒鳴って子供らを威嚇して、恥ずかしくないかや?」
男達は己らの分の悪さを感じ、顔を見合わせた。
「真っ当に話も出来ないならお引き取り願おうか。養鶏の責任者は私だ」
男達は幼女の言葉に眼を見張る。まだ七歳にもならない子供が責任者? 自分たちは、こんな幼子に脅かされていたのか?
信じがたいと戸惑う男らの中で、探索者ギルドの長のみが直ぐに反応した。
探索者の中には年若くとも優れた才覚を持つ者がいる。そういった子供は見掛けで判断してはならない事を彼は良く知っていた。
「話し合いを望みます。私は探索者ギルド長タバスと言います。此方の孤玉は卵採取専門の探索者にとって死活問題なのです」
真摯な眼差しで応対するギルド長に千早は一瞥を投げ、あとの男どもは魔法で街の中央まで転移させる。
「ぼんくらに雁首並べられてても邪魔だからな。代表が一人いれば良い」
にやりと人の悪い笑みを浮かべ、千早は唖然とするギルド長を見据えた。
「まぁ、想定の範囲内であるから問題ないよ。話をつめようか」
にかっと笑う幼女に促され、ギルド長は椅子に座り、問題だらけだから苦情を言いに来たのに? と困惑を隠せないまま、千早の話を聞いた。
最後まで話を聞いたギルド長は、眼から鱗がポロポロ落ちてとまらない。
幼女は鶏と鶏卵をブランド化するという。
今回市場に卸したのは御試し価格とし、今後は高級品として相場より高値をつけ、ちょっと無理をすればとどかなくはない程度の値段で売るそうだ。
普段遣いには向かないが、ここぞと言う御祝いとかに遣う高級品。
実際、鶏と鶏卵の美味さは別格だった。
柔らかく肉汁たっぷりな鶏に、味が濃く黄身も大きくて如何にも滋養のありそうな鶏卵。
他の商品の倍くらいならば、自分も祝い酒のお供に買い求めるだろう。
ギルド長は納得顔で頷いた。
「しかし、それでは儲けにならなくはないですか?」
ギルド長の疑問に、千早は軽く眉を上げて答える。
「元々儲けに執着はないんだ」
眼を丸くするギルド長に、幼女は斯々然々と養鶏を始めた経緯を話した。異世界うんぬんは削って。
「そういう訳で、ここから遠くの故郷から連れてきた鶏を、子供らの食生活改善に役立てようとしただけなんだ。既得権益と揉めるつもりはない。それなら孤児院で消費する分だけ生産したら良い。余ったら貧民救済に炊き出しでもするさな」
にっかりと笑う幼子に、ギルド長は度肝を抜かれた。この高級品で炊き出し??
しかも生産の理由が孤児の食生活改善???
上手くやれば多額の儲けになる話だ。なのに秘匿もせず、あっけらかんと儲けを捨てる。
訝しげにギルド長は目の前の幼女を見つめた。
幼女は不思議そうに小首を傾げている。不思議なのは、こちらだと言うのに。
「まぁ、そういう事だ。美味い肉や卵が食いたいなら孤児院へどうぞ♪ 相場の倍で譲りまっせ♪」
そう締めくくると千早は立ち上がる。ギルド長も立ち上がり、軽く握手して、この話を各協会に伝えてくれると約束した。
「君は....探索者にはならないのか?」
ギルド長の言葉に千早はキョトンとする。
「だって探索者登録は七歳からでしょ? 私まだ五歳だし。無理ぽ」
ぽ? 不可思議な語尾にギルド長はコテリと首を傾げたが、言われてみればそうだった。
会話しているうちに彼女が幼女である事を失念していた。何故だろう?
中身が五十だとは思う訳がない。
いずれ縁があればなるかもねと笑いつつ、幼女はギルド長を見送る。
それに手を振りながら、ギルド長は複雑な思いを胸に抱いていた。
鶏は良い物だ。我々の一存で潰してしまって良いのだろうか。
幼女はああ言ってくれたが、本来であればきちんとした手順を踏んで市場に卸す事も可能なのだ。
だが、彼女の示したブランド化も悪くない。良い物は良い値段で売るべきでもある。
今回は双方納得したし、これで良しとしよう。
仕方無しな苦笑を浮かべて、ギルド長は皆に説明するため、街へ歩いていった。
「あの悪魔がぁぁぁあーっ!!」
後日、恐いくらい物分かりの良かった幼女の思惑を理解して、ギルド長は絶叫を上げるはめになるのだか、その未来を彼はまだ知らない。
合掌。
オカンは何をやらかしたのでしょう?
( ̄▽ ̄;)




