オカンのお母ちゃん ~中編~
だいぶ体調が回復しました。無理のない程度に頑張ります。
♪ヽ(´▽`)/
凍りつく千早に、女神様はうつむきがちにキョドキョドしながら話す。
《この世界の神々からの人類救済要請は長く続けられておりました。わたくしも、いきなり要請に応じた訳ではありません。百年ほど前からまず魂の転生先を私の世界にしたのです。ただし、善き者だけ》
かくかく然々と語る女神様によると、先の大戦以前から魂の移動を始めたらしい。犯罪歴がないか、あっても致し方ない状況などの者を転生者として引き受けたらしい。
ただし、その選定基準は厳しく、意図しての嫌がらせや相手を貶めるなどを執拗に繰り返したりした者も弾かれる。いわくイジメだ。
人としてが大事なのだ。恥ずべき行いをしていない者。それが基準だった。
そんな昔からとは。つまり神々が人類の危機を感じたのは、近代の環境破壊や汚染に繋がったであろう産業革命か。
《人として在るべきでない者は私の世界の者だけで沢山です。余所から受け入れる気持ちの余裕はありません》
まぁ、わからんでもない。
もちろん裁定でも、そういった人間は弾かれる。ドラゴンが絶対に通さない。人として善からぬ者は、地球世界に取り残される事となる。
《貴女の御母堂は何と言いますか....転生先へ記憶の継承を望まれまして..... どちらに転生するか相手に選んでいただいているのですが、二つ返事でこちらに来ると。気持ち良いくらいの即答でした》
あ~。お母ちゃんなら言いそう。異世界をエンジョイする気満々やな。
彼の人が、あの世でサムズアップしてるのが容易に想像できる。
「で、継承して転生?」
《はい。あちらでスクスク育ち、今十四歳で探索者をなさっておられます》
お母ちゃんェェ....
《転生者は私の世界の人間になるので、特に何もありません。記憶の継承は望む者にだけ与えています。記憶がある者にだけ私の祝福と鑑定も》
なるほど。理解した。
「それで、私の家族もそっちに?」
《はい。さすが貴女の御家族様と申しましょうか。御母堂と同じく記憶の継承を望まれ、さらには再び親子でありたいと、夫様は二十歳で。娘様は五歳での肉体構築も望まれました。親子でありたいなら、必要な措置ですよね》
....なんか家族が、揃いも揃ってスンマセン。
千早は思わず五体投地で謝りたくなった。
苦笑気味な女神様がテシテシと石附を揺らす。
《貴女が来訪を決めた時に知らせるつもりでしたが、御家族からの言葉です。》
{どうせ千早は異世界に来る。先に行って待ってる}
見抜かれとぉな。死んで転生なんつったら、二つ返事で異世界選んでるわ。記憶の継承つきで。あ。やっぱ親子だわww
苦笑いする千早の前で、シメジな女神様はモジモジと笠を揺らした。
《これを伝えたら、きっと貴女は私の世界に来られるでしょう。でもそれは御家族への思慕であって、貴女の決断ではない気がして..... 申し上げませんでした》
なんとなく分かる。
シメジな女神様は馬鹿正直だ。謀ろうなんて欠片も考えていない。シメジなのに愛くるしく、女神様なんだなぁと、つくづく思う。
千早は、ほんのりと口角をあげた。
「元々行く気ではあったんだよ。家族を失って、振り返ってみた時、私が帰りたかったのはダンジョンの自宅だったんだ」
そう。生まれ育った実家でもなく、この不思議空間に帰りたかった。自宅が我が家なのだ。
紡がれる言の葉はしみじみとし、自然な笑みで女神様を見つめている。
「ただ、この自宅から離れがたくもあるんだ。異世界に持ってく訳にもいかないしね」
《何故?》
「え? あちらに再構築してくれるん?」
《インベントリに入れて御持ちになれば宜しいかと》
「はい?」
へぁ? 入れられるん??
「収納」
千早が触れて呟いた途端、四十坪二階建ての拘りな注文住宅は溶けるように掻き消えた。
シメジな女神様は、如何にも嬉しそうに千早の周りを飛んでいる。
《問題は解決ですね。わたくしの世界にお越しくださいませ♪》
戦慄く千早の唇が一瞬引き絞られ、次には腹の底から叫んだ。
「こういう事は、早く言えぇぇぇっっ!!」
幼女の雄叫びが谺するダンジョン。
今日も通常運行である。
「となれば、善は急げだ。ちょっくら地上に行ってくる。一生分の買い出しと、法的整理してこぬば」
千早は裁定の間でドラゴンに手早く話し、そのまま扉から出ようとして襟首を咥えられた。
これも最近デフォよな。
毎回襟首を咥えて止めるドラゴン。幼女にジト眼で見据えられながら、ドラゴンは何時も寝ている定位置の直ぐ後ろに幼子を運ぶ。
そこにはいつの間にか魔法陣が出来ていた。
それを顎で示し、ドラゴンは千早を見る。
『そなた専用の転移陣だ。ここからはダンジョン一階の入り口の魔法陣に一方通行で専用。そなたにはこれを。触れて願えば、何処に居ようとも、この魔法陣に転移出来る』
ドラゴンはアダマンタイトで出来た繊細な作りの腕輪を千早の左手首にはめる。継ぎ目もなくピッタリとした腕輪は幅五センチくらいで、葡萄の蔓と葉が形どられていた。
一際眼を引く葡萄の実には、細かい細工で嵌め込まれた透き通った紅い石がキラキラと輝いている。
「ほへ~ ありがとう、爺様。この魔法陣は誰でも使えるん?」
裁定の間に設えられた魔法陣を指さす千早にドラゴンは頷いた。
『わっぱどもが帰りが難儀だと言っておったでな。奴等にも利用出来よう』
うっそりと微笑むドラゴン。敦達の事だな。基本的に優しいのよな、爺様は。
「ほな、面倒事片してくるわ。行ってきます」
『おう。気を付けてな』
とうとう時代が動くか。ドラゴンは感慨深げに魔法陣へ消えた幼子の後ろ姿を見送った。
千早は再び金にモノを言わせ爆買いする。
どうせこちらに置いていくお金だ。遣えるだけ使ってしまえ。
あちらの物価は高いしな。塩とか香辛料も売るほど買わないと。いざとなれば、転売にも使えるだろう。
砂糖に調味料。果汁なんかも欲しいな。寒天やゼラチンとか。あちら世界に無さげな物は他にあるかな。
純ココアに珈琲豆。日本クオリティな卵やスイーツ。ああああ、切りがないが不自由のない異世界ライフのために疎かには出来ぬ。
千早はタクシーを貸し切り、各種メーカーを回って直接買い付けた。
在庫が許す限り千早が買い占めたため、後に暫く物価が高騰するのだが、誰も預かり知らぬ事である。
「あとは親父様だな」
買い付けた物全てをインベントリに収め、そのまま千早はタクシーを実家へ走らせた。
岡崎市の岡崎駅から暫く歩いた山裾にある元屠殺市場跡地。今は住宅街になっているが、ここで良く遊んだものだ。
千早は近代的な住宅街の少し後ろにある家屋を見つめた。
山裾中腹にあり、半分木々に埋もれている。車道側には1ヘクタール程の畑。同じくらいの敷地に実家と鶏小屋がある。
今の御時世、かなりの山奥あたりにでも行かないと見られない景観だ。旧き良き時代の田舎の風景。
周辺が木々に囲まれているため、外からは見えない。ここに来る一本道には高さ二メートル程の柵があり、周囲にぐるりと張り巡らされている。
この山そのものが先祖代々からの親父様の持ち物だからだ。
この手入れの行き届いた山で育ったからこそ、千早は至高の間で狼狽えなかった。
森があるなら食いっぱぐれはないなとすら考えた。
我ながら図太いものだ。
千早は苦笑しつつ、門扉にあるセンサーに眼を通す。するとカシャンと音が鳴り門が自然と開いていく。
なんとここの開閉はオートで網膜認証なのだ。
人と接するのが苦手な親父様が、お母ちゃんが死んだ後に取り付けた物である。
親父様は人嫌いで山奥の自宅に引きこもり。畑と養鶏で細々と食い繋ぐ毎日だったらしい。
そして山に迷い込んだお母ちゃんと、何がどうしたのか知らないが結婚して私らが生まれた。
紆余曲折あったのだろうが、子供らが出来た事で一念発起。人懐こいお母ちゃんの助けも借りて、有機栽培のブランドを立ち上げて成功した。
時はバブル期。十年ほどで一山な財産を築く。
だが、お母ちゃんの進言で手を拡げる事はなかった。
お母ちゃんは、この状態が続く訳はない。過去の大恐慌に良く似てると預金などを分散させ、何かに備えるようだったが、それが後に大当たりする。
バブルが弾けたのだ。人々の阿鼻叫喚の中、我が家は多少収益が落ちたものの大した痛手は受けなかった。
私が成人を過ぎた頃の話である。
んっとに謎な御仁だったよ、あの人は。
普段は、あっぱらぱーなくせに、ここぞという時は切れる切れる。
今で言うギャップって奴だ。
しかし、そんなお母ちゃんも病には勝てず十五年前に虹の橋を渡った。まさかそれが異世界への扉だったとは、本人も思わなかっただろうて。
お母ちゃんが死んでから親父様は再び引きこもりとなり、今に至る。
小金持ちになったため、引きこもりの度合いもグレードアップし、私以外誰も門を開けられない。
件の姉弟二人は、とうに勘当されていた。
「奴等には一億ずつ振り込んでおいたし、残りは親父様に渡したいんだが、受け取ってくれるかな」
寡黙だが雄弁な鋭い眼差しの男。だが、ときおり仄かに灯る暖かさは子供を愛おしむ父親の物だった。
懐かしさに千早の顔が綻ぶ。
「元気にしてると良いな」
千早は実家に続く山道を、のんびりと登っていった。
つまり千早を含め、周囲は曲者だらけという事ですな。
( ̄▽ ̄;)