オカンのお母ちゃん ~前編~
ランダム投稿なりましたが、なるべく日にちがあかないようにします。m(_ _)m
「爺様、出来たどー」
『おお、待ちかねたぞ』
千早はBBQコンロの網で焼いたお餅を、磯辺とあべかわにして皿山盛りに運んできた。
醤油の香ばしい匂いが辺りに漂う。
そしてお決まりのように、ぽんっと現れたのは女神様。食い物出来ると必ず顕現なさる。神様なのに尊く感じられないのは何故だらう。
まぁ、いっか。嬉しそうだし。
「秋だからね、生秋刀魚もたらふく買い込んできたぜ。ついでに焼こうw」
餅を先に焼いたのは網に匂いが残るからだ。あとは間に合わせ。最初に秋刀魚焼いたら暴力的な匂いに爺様が我慢出来ないだろうと思ったから。
案の定、ドラゴンは餅を食べながらもチラチラこちらを気にしている。良い匂いだもんな、秋刀魚。
「爺様、秋刀魚は十匹くらいか?」
『うむ。もっと多くても良いぞ』
「阿呆ぅ。何事もほどほどが一番や。これと一緒に栗ご飯と茸ご飯のお握りもあるんやから」
そう言うと千早は秋刀魚を焼きながら、土鍋で炊いたご飯をお握りにする。
手が小さいので、御椀にご飯を入れて、同じく御椀で蓋をし、御椀同士をボールのように合わせると、中のご飯を転がすように何度か振る。
すると中から丸まったご飯がコロリと出てきた。
炊きたてご飯をお握りにするのに利用された方法だ。おもに戦国時代にww
雑学ほど役に立つもんだなぁ、ここでは。
感慨深げに千早がお握りを眺めていると、ドラゴンがお餅をモシャモシャしながら首を傾げる。
『鍋のままで構わぬぞ?』
あたしがかまう。
ってかペース早すぎだろ。すでに皿の餅が半分以上ないじゃないか。各百個は焼いたのに。
一口で十個は入れてるもんな。
うまうまと食べるドラゴンを余所に秋刀魚から良さげな匂いがしてきた。そろそろ頃合いか。
千早は用意してあったトングで秋刀魚をひっくり返し、さらに暫く焼いてから皿に移した。
「爺様、なんかかけるか? 醤油かポン酢か。大根おろしはいる?」
『良く分からぬが、そなたと同じで良い』
「したら大根おろしにポン酢な」
千早は大皿一杯の秋刀魚に、たっぷりの大根おろし、そしてササっとポン酢をかけた。
ドラゴンの前にはドンッと皿と土鍋を置き、テーブルには自分と女神様の分を置く。
二十号の鍋を振り回す幼女。身体強化の魔法って便利だね。
千早と女神様の分は各一個ずつ。残りは全てドラゴン様の腹に直行である。
ドラゴンは己の前に置かれた大量のご飯と魚に眼を輝かせたが、ふと千早達のテーブルを見つめ、某か物言いたげに眼をふせた。
『我のはお握りではないのか』
鍋で良いって言ったじゃんっ!
喉元までせり上がった言葉を呑み込み、千早は無言で鍋のご飯を御椀に入れて、カチャカチャ振り回す。
それを次々と皿にのせて、小山になるたびに嬉しそうなドラゴンが丸っと一呑みにしていた。
合間に秋刀魚を咥えつつ、ご満悦気に呟く。
『旨いのぅ。これが日本国の秋の味覚とやらか』
手間のかかる爺ぃだ。
うんざりした眼差しでドラゴンを見つめながら、千早は鍋のご飯全てをお握りにして、再びテーブルに戻った。
いささか冷めてはいるが、久々の和食である。いただきますと手を合わせる幼子に、女神様がポツリと呟いた。
《本当に。祈りが日常なのですね》
千早は一瞬きょとんとし、何気に合わせた自分の手を見つめる。
なるほど。これもある意味、祈りか。
「命をいただく訳だからね。感謝は当然だよね」
《弱肉強食。強い者が弱い者を糧とするのこそ当然なのでは? 感謝の意味がわかりません》
「人間は霊長類を名乗る知的生命体だ。野生の摂理を知恵で覆す生き物だ。生命学的にいうなら、人間は非常に弱い生き物なんだよ」
とつとつと千早は話す。
人間は野生動物に比べて身体能力は低いし、牙も爪もない。野生であれば、とうに淘汰されている生物だ。
しかし、それを覆す知恵があった。
大災害すら試行錯誤で乗り越える生き物は、自然の摂理をねじ曲げ、歪めて繁栄している。
「その罪悪感を拭うために人間は祈るんじゃないかな。特に日本は自然崇拝が根強いから。少しでも良心の呵責を減らすためにね」
《良くわかりません。何故罪悪感など持つのでしょう?》
「人間だからだよ。知恵があるから余計な事を考える。でも、それが人間である所以なんだよ」
《所以?》
「これは母の受け売りなんだけど、死んだら皆仏様なんだって。死んだあとの事なんか、当人にとっちゃどうでも良い事。生き残った側にこそ心残りがあり、罪悪感があり、何かをしたいという気持ちに駆られる」
《それは分かる気がします》
「手厚く弔ったりとか、全ては遺された側の欺瞞であり偽善だ。でもそれで良いんだよ。それで欺瞞でも満足し、平穏を得る。人間があみだした精神安定剤なんだ。つまり人間は知恵があるから余計な事を考え過ぎる生き物って事なの。祈りもその一つ」
自然に息吹を感じ、自分達が揺るがぬ大地に生かされている事を忘れぬよう、人間は畏怖と敬意を持つ。
多分それが信仰の起こりなんじゃないかと母はいっていた。
何故何期の幼子相手に向かい合わせに正座して、こんこんと宣った母は今思えば変な人である。
母に問えば正座して、こんこんと説明されるため、私のギャングであるべき年齢は一瞬で終わった。
その後も悪さしたりすると同じ目に合うので、千早は物分かりの良い素直な子になった。たんに面倒から逃げただけだが、それが今に生きている。
「そういえば.....」
《はい?》
「いや、さっきの話、母の受け売りっつったべ? 私の母ちゃんは変わった人でさ。年齢に関わらず平等だったの。良い意味でね。歌って踊って振り回されて育ったんさ」
普段お気楽暢気で賑やかだった母は、成績にも拘らず健康で素直で元気なら十分親孝行さ~と頭を撫でてくれる人だった。
「ただし、お前の人生だ。学歴が必要ないなら勉強しなくても構わない。お前の将来の選択肢が半分以下になるだけだから。周りと同じである必要はないが、お前の人生なんだから、舵取りはしっかりな。どんな事態になっても自己責任やから。そこんとこよろしく♪」
なんくるないさ~♪ と踊りつつ退場した母の言葉は忘れぬ。あれは一種の脅迫である。
そうならぬように叱りせっつくのではなく、そうなったら自己責任で~と放り出しやがる。
勉強しないと周りに見下され、人生が辛くなるなんて分かりきっていた。その意味を言外に含み、言うだけ言って踊りながら退場。そして襖の影からそっと覗きこむ。
「何してん?」
「おまいを見守ってるなり。ママたまは、何時でも見てるなりよ」
「阿呆かぁぁっ」
あまりのウザさに襖をしめると、きゃいんっとリアル口にしながら、家庭内暴力なりよ~と逃げていく。
あれが世の母親と全く別な生き物と理解するのは大学に入ってからだった。
私の人格形成の八割はアレの影響が強い。亡くなってるのが惜しまれる。
「お母ちゃんなら今回の騒ぎにも動じなかっただろうな。むしろ率先して楽しみそうだ」
《.........》
女神様の様子がおかしい。
首を傾げる幼女に、女神様はしばし思案し、ふんすと顔をあげた。
《これを申し上げるのはアンフェアかと思い黙っていましたが。貴女の御家族は親御様を含め、あちらの世界におられます。異世界転生です》
千早が固まり、手にしていた箸が音をたててテーブルに転がる。
凍りついた表情筋は働かず、ただ見開いた眼に驚愕が宿るだけだった。
女神様の言葉は、寝耳に水な爆弾発言である。
威力は抜群だ。
家族がまさかの異世界転生。千早はどうするのでしょうか。