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オカンと side~地球~ 3.

千早がアレらと呼んでいた姉弟の登場ですww


 予想外の結果にしおしおと項垂れていた千早だったが、最初の目的を思いだし、ふんすっと気合いを入れる。


「墓参りにゆかねばっ」


 意気揚々とダンジョン出入口に向かった千早だが、何も知らない人間にとったら、ただの幼女であった。早々に守衛に捕まり尋問される。

 違うの、大人なのと必死に弁明するも、全て空振り。

 守衛室に連行されそうになって、思わず守衛を氷づけにするというハプニングを起こし、慌てて駆け付けた神埼とともにタクシーに乗り込んだ。

 やっぱり見掛けだけで損をする。

 ブー垂れた千早はアムリタ量産を目論み、一日に数個しか取れない花で何とかなるとも思えず、焼け石に水かと諦めた。

 

 そうこうしている内に、問い合わせてくれた神埼のおかげで千早は家族の元にたどり着いた。

 千早の母も眠る岡崎の霊園。気を利かせた神埼がお坊様の手配もしてくれており、線香から献花までしっかり用意されていた。


 めっちゃ気の利く人やん。しかも魔法や薬学の素養もあるし、ダンジョン医療班、貴重な人材放置しとるなぁ。勿体ない。


 千早が余所事を考えてる内に御経は終わり、お坊様を見送ってくると神埼は席を外した。


 ホントに気の利くお人や。


 千早は家族の墓と向き合い、複雑な顔で笑った。


「まさかなぁ.....皆先に行ってもうたとは。ごめんなぁ、恨み事しか出てこんわぁ」


 線香の煙が眼に滲みる。千早は他愛ない事を話ながら、ハラハラと声もなく泣いていた。

 ダンジョン生成に捲き込まれた事。女神様やドラゴンに助けて貰った事。探索者達と出会い地上に戻ってきた事。

 滴る涙とともに嗚咽がまじり、戦慄く唇は言葉を紡げなくなる。


「なんで、あた....し、だ...け」


 連れてってくれとは口が裂けても言えない。どんなに願っても口にしてはいけない。

 言霊は生きる者から生気を奪う。悪い言葉を口にしてはいけない。千早は母からそう教わった。


「でも、お母ちゃん。あたし...守ってた..けど。この有り..様....やん」


 千早が呆れるほど前向きなのは母の教えだ。しかし、どんなに頑張っても限界はある。


「空元気...でも..元気のうち..って、無いより..マシて」


 もう無理だった。墓を前にして、もう家族はいないのだと。自分は一人きりなのだと自覚した途端に、心がバキバキに折れた。


 自分には何もない。振り返れば家族のために生きていた。家族と笑い合う日々が生き甲斐だった。子供の成長に眼を細め、他愛ない日常に一喜一憂する。

 なんと素晴らしい日々だった事だろう。


 自分には、ここにいる意味がない。


 そう考えた瞬間、千早はある言葉を思い出した。


《千早ちゃん、本当に地上に戻るの? 意味がないのに?》


 意味がないのに....? 


 何故シメジな女神様は、あんな事を言ったのか。


 一つの疑問がピースとなり、パチリパチリと音をたてて思考が構築される。


 女神様は私が家族の元に帰りたいと知っていた。そしてそれが意味のない事だとも知っていた。


 つまり女神様は、私の家族が全員死んでる事を知っていた!!


 千早の頭が瞬間沸騰する。


 知っていながら、素知らぬ顔で私を地上に送り出したのか。何のために?

 決まっている。ダンジョンのためだ。

 ダンジョンの効果を広めるのに、私ほど適した者はいないだろう。さながら広告塔のように、私はダンジョンの有益さを示してきた。

 恩返しとばかりに幾らかの便宜をはかってもきた。


 それら全てが女神様の思惑通りか。


 絶望と悲しみが千早の思考を暗闇の陥穽(かんせい)へと(いざな)う。人を疑い、怨み、疑心暗鬼に(おちい)る負の連鎖。

 

 しかし、そこに一条の光が差す。


「御家族との御話は終わりましたか? さぞお母さんの生存を喜んでくださったでしょう。御心配で家族全員で駆け付けられたのですから」


 何気無い神埼の労り。


 それが、女神様の更なる言葉を思い出させた。


《ここでも構わないから千早ちゃんには私の世界にいて欲しいわ、心配だわ》


 そうだ、女神様は心配してくれていた。


 勝手に解釈して憎悪にかられて、彼等の本質を見失っていた。彼等は私に親身になってくれたではないか。

 面倒臭い幼子相手に精一杯の事をしてくれた。


 何故こうも簡単に彼等を疑ってしまったのか。悲しみと怒りは瞬時に人を惑わせる。怖いな。

 女神様が知っていたのは間違いないだろう。地球の神々と懇意なのだ。知っていてもおかしくはない。

 だからこそ私をダンジョンに留めようとした。

 それは優しさであり、害意など欠片もない。

 悲しみとは、そんな簡単な事にすら膜を張って気づかせなくする。

 

 忘れていた。私は彼等に生かされたのだ。


 本来ならダンジョンの生成に捲き込まれただけでも即死ものだろう。それをダンジョンの中で、唯一人間が暮らせる至高の間に再構築してくれたのは女神様だ。

 そこからも至れり尽くせりで私を生かしてくれた。女神様の恩恵には何度感謝したか分からない。

 彼等が望む限り私が生きている意味はある。

 女神様からは妹認定されてるし、爺様からは誇れる弟子になれと言われていた。


 私には新しい家族がいたのだ。


 ふわりと微笑むと千早は、神埼に頷いた。


「たぶん。心配かけたから、これからをしっかり生きていくよ。でないと皆が浮かばれないし、女神様や爺様に泣かれそうだ」


 軽く眉を上げ神埼がシニカルに笑う。それに笑い返し、千早は落ち込んでいた心がすっかり軽くなっているのに気付いた。

 

 そして更に嫌な気配にも気付く。


 千早達の背後からやって来る人影。


「あんた何者よっ、千早が発見されたって聞いたけど、ただのガキじゃないっ、あの子はもう五十よ!!」


 そだねー。超棒読みで千早は頭の中で返事をする。


「若返りが流行ってるって聞くけど、こんなん可笑しいし。同じ姉弟で千早姉だけなんて可笑しいっ!!」


 相変わらずの語彙力ねー。脳裏で再び棒読み。


「この子は千早なんかじゃないわっ! 契約なんて白紙よっ、認めませんからねっっ!!」


 千早は振り返ってキャン×キャン(まく)し立てる二人を眺めた。相も変わらず陰気な顔だ。

 ひっつめ髪で、ちょいポッチャリな女は姉の千尋(ちひろ)。天パー気味な長髪をボサボサにした恰幅の良い男は弟の万里(ばんり)


《万里の道。千尋の海原。千早奮る我が人生》


 両親がちょいとマイナーな詩から名付けた三姉弟である。


 ぼへーと眺めている千早に、姉の千尋が喚きたてた。


「ちょっと聞いてるの! 私たちは認めませんからねっ! あの家の権利は千早の姉である私にあるのっ!」

「まてよ、千尋姉っ、俺にだってあるだろうっ?!」

「もちろん、あんたにも少しは分けてあげるわよ」


 勝手な妄想垂れ流し。千早は遠くなる眼を何とか引き寄せ眼窟にしまい直す。


「こちらが最上千早さんご本人である事は確認されています。権利書も登記簿も実印もお持ちでした。契約は既に終わっております」

 

 神埼の説明に二人が食ってかかった。神埼さん、コイツらに正論は無駄だって。


「そんなの偽造よっ! 自宅が消滅したのに、そんな物残ってる訳ないじゃないっ!!」


 となりで弟の万里がウンウンと頷いている。

 うんざりとした顔で千早は神埼に軽く手上げ、口論を止めた。


「あんたら相変わらず頭が足りてないな。民法では、子供が相続人なしで死んだ場合、遺産配分は親に1/2。残りを姉弟で分ける形になる。つまり生きてる親父様に半分が行くんだよ」


 ニタリと微笑みながら吐き捨てる幼女。

 途端、二人の顔色が変わった。忌々しげな者を見る眼で千早を見つめる。

 まあ、親父様は子供の金を当てにするような人ではないがな。

 そして畳み掛けるように二人を睨んだ。


「そんなに金かね言うなら、まずはこちらに返せや。千尋、あんた結婚式を挙げる金が無くて私から四百万借りっぱなしだよな。もう三十年も。利子つけて返すって約束はどうした?」

 

 千尋の顔がみるみる赤く染まる。


「そんなの時効よっ!」

「ならねぇよ。毎年書留であんたに催促状送ってるからな。あんたも毎年電話の口論で利子つけて返すわよって叫んでるじゃん。アレ録音してあるから」


 こちらが催促し、相手が返す意思を示している限り時効にはならない。


「万里も。貴金属屋の女に嵌まって作った借金。私が立て替えたよな。あの書類、未だに有効だから」


 赤から蒼白になった二人の顔色に溜飲を下げ、千早はとどめをさす。


「まだ私を千早と認められないなら、DNA鑑定しようや。あんたらとでも親父様とでも良い。親子である、姉弟であるという鑑定がおりれば文句ないべ。」


 もはや反論の余地もない。赤裸々な身内の話だけで十分だった。さらにいうなら開口一番の遺産配分の話。あれだけで、二人は目の前の幼女が千早だと確信していた。

 

 昔から人を食ったような口調で正論をかます忌々しい姉弟。今回の事件でようやく彼女から解放されたと思ったのに。

 彼女の土地がダンジョンとなり、政府から多額の買い取りが打診された時、あの手この手で何とか手に入れようとしたが法の壁に阻まれた。

 それもこれも千早が生死不明だったため。

 二人が相続権を手にするには七年の月日が必要である。

 それだけでも憤慨(ふんがい)ものなのに、なんと本人がダンジョンから生還したというではないか。

 もし本人なら必ず墓参りに来ると思い、しばしば見に来ていれば、それらしい人影を見つけ、慌てて弟を呼び出し、すっ飛んできたのだ。

 振り返った幼子は昔の千早そのものである。しかし認めたくなく、足掻いたが、ただ醜態を晒す結果に終わった。


 なんで千早ばっかり....!!


 円満な家庭も綺麗なマイホームも。今回の事件でも生き残り、更には人類の夢な若返りと多額のお金。


 千尋は悔しさに歯を噛み締めた。


 自分の結婚は破局し、子供は相手に取られ、多額の慰謝料を背負った。実家にも戻れず、安アパートで貧しい暮らしをしているのに。


 慰謝料が発生している時点で千尋が有責であり、実家に話せない時点で人道から外れた事をしている自覚があるはずなのに、千尋はそれを理解していなかった。

 貧しい暮らしも慰謝料支払いのために借金をしたせいであって、本人の自業自得である。

 

 多分、彼女は一生気づかないのであろう。


 千早は空を仰いだ。ダンジョンとは違う、雲が流れ太陽の輝く青空。


「土地の代金が手に入ったら一億ずつ振り込んでおくよ。贅沢しなきゃ食べるには困らなかろう」


 神埼が呆けた顔で千早を見た。

 だが千早は、この先の展開も読んでいる。


「十五億も手に入れて、たった一億? 馬鹿にしてるの?!」


 ほらな。予想を裏切らない姉の反応に千早は苦笑した。

 今度は神埼が憤慨したかのように、二人を睨めつける。


「最上さんは提示額の半分で土地を売ってくださいました。その内の一億です。大金じゃないですか」


 いらん事言わんで。千早は脳内で神埼に突っ込んだ。だが時既に遅し。千尋が神埼に掴みかかっている。


「半額?! 馬鹿じゃないの?!! なら、その差額、私に寄越しなさいよっ!!!」


 目の色を変えて捲し立てる千尋に、神埼は有り得ないモノを見る形相でひきつっていた。

 疲れたような溜め息をつき、千早は神埼の手を取ると、軽い風魔法で千尋を押し退ける。


「ダンジョンの外で魔法?」


 驚く神埼を余所に、千早は神埼を連れ、出てきたダンジョンの入り口に転移した。


 呆然とする二人を取り残し、目の前から千早は消え、小さなつむじ風だけが、その場に渦を巻いている。

ダンジョン外では使えないはずの魔法。その秘密は次回で。

(´▽`)

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しんで読ませて頂いております。 ただ一言だけ。 作品の前後から考えれば言い掛かりに過ぎませんので御不快ではありましょうが、千尋と万里の名はアイツらにはつかわないでほしかったなぁ。 小人さん…
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