オカンと魔石と夏祭り ~2~
お祭りです、美味いと楽しいのコラボです。オカンは爆走しますww
「なるべく簡単な構造なのが良いかな。改良はあちらでするべ」
千早はホームセンターで、簡易な量産品のかき氷機を手にする。魔術具に改造することも考えて、手動と電動の二種類をカートに入れた。
そして今度は調理器コーナーに向かい、シリコン製のヘラや、ディッシャーを手に取る。
そういや、料理とかにはスプーンで事足りるせいか、ディッシャーは作ってなかったな。
幼女は改めてディッシャーをカショカショと動かした。
綺麗な半円を作るコレは、アイスクリーム屋でお馴染みな道具である。
他にもポテトサラダやクラッシュゼリーを形よく盛ったり、何かと便利使い出来るアイテムだ。
にんまりとほくそ笑み、幼女は各サイズのディッシャーもカートに入れる。
そして会計を終わらせ、人気のない所でインベントリに荷物を放り込んだ。
「後は現物か。本社経由で業務用を手に入れるほうが早いな」
言うが早いか、幼女はスマホを駆使し、ナビに出た地図を頼りにタクシーで某有名メーカーの本社へと向かう。
いきなり現れたアポなしな幼子に驚いた人々だが、幼女の持つ身分証から特級探索者と分かり、丁寧に応対してくれた。
今、日本のダンジョンでは探索者は職業となっており、幾つかのランクが定められている。
探索者登録をすれば自動的に三級探索となり、中層で薬を得て納品すれば二級に。さらに下層でミスリルやエリクサーなどを発見し納品した上で、ドラゴンの裁定に挑み、一定の評価を受ければ一級。
そしてドラゴンに認められ、至高の間に入る事が出来る踏破者が特級と認められていた。
特級探索者は希少素材を持ち帰れる探索のスペシャリスト。両手の指数ほどしか存在しない彼等は、政府公認の要人に指定されている。
それぞれに政府公認のライセンスが発行され、電子チップが内臓されたライセンスは階級によって支払われる給与や報酬の振り込みや、各種支払い。政府管轄の要所に立ち入る許可など、色々なオプションがついていた。
特級なれば、そのオプションも豪華絢爛。
如何なる場合においても、犯罪に関わらない限り、特級探索者の要望は通る。
「全種類のアイスクリームとシャーベット売って下さい。ガロン単位で」
稀有な特級探索者特権を無駄遣いしまくるオカンである。
他にも卸売業者から各種アイスをドカドカと購入し、満面な笑みで千早は何時もの自衛隊拠点へ帰った。
「うん?」
千早が帰ると、拠点に変化が見られる。
地味に嫌な予感を感じ、幼女は隠密を発動して拠点の中へ入っていった。
すると拠点の回りには見慣れない黒塗りの車やワゴンか並び、拠点入り口では大騒ぎが起きている。
「異世界とこちらを自由に渡れる少女がいるんでしょう? 話を聞かせてくださいよっ!」
「ドラゴンの話は既に周知されているんですっ、神域とかいうスキルの取得条件とか、自衛隊は知ってるんじゃないんですか? 隠してるんでしょ?」
爺様エ....
爺様の事だ。たぶん他の探索者に聞かれて、正直に話してしまったのだろう。この様子じゃ、他にも漏れていそうだ。
アタシだって秘匿されてるとは思わなかったもんな。あんだけ渡り歩いてたんだから、周知されてるものとばかり思ってた。
口々に勝手な憶測や質問をする人々はマスコミ関係か。直立不動に立つ自衛官らは涼しい顔。
その横をするりと通り抜け、幼女は外から見えない位置で隠密を解いた。
すると幼女慣れしている拠点の人々が声をかけてくる。
「皇さん、厄介な人らが来ているんで、下層に戻られた方が良いかもしれません」
心配するかのように話し掛けてきた男性の名は中務。神埼直属の部下だ。以前、初めてダンジョンから上がってきた時に神埼の命令で迎えに出てきてくれた人である。
「厄介? 神埼さんは平気なん?」
「あの人は慣れていますから。皇さんのための苦労なら買ってでもしますよ」
ニヤリと笑う中務。周囲の人々も小さく頷いていた。
「しかし神埼さんじゃ分からない事もあろうも。アタシが直接...」
そこまで口にしたあたりで、大きな爆音か響き渡る。何事かと振り返った千早の眼に、煙を上げる入り口と、吹っ飛んでひしゃげた扉が見えた。
弾かれるように駆けつけ、中を覗き込むと、そこには神埼と十数人の人間。
肩を怒らせて立つ外国人数名と、その護衛らしい日本人達。
「こんな暴挙に出るならお引き取り願いましょう」
剣呑な眼差しで神埼は相手を睨めつける。
「貴様が理解しないからだろうっ、娘を失った親の気持ちがわからんのかっ!!」
「本人が自己責任で行った事でしょう? 探索者は全て自己責任で行動します。未成年であれば、親の許可があったはず。許可をだしたのは貴方でしょう?」
ダンジョンの中は裁定者であるドラゴンの言語翻訳の魔法がかけられており、言葉の壁は存在しない。
周囲を見渡すと、そこには爆散したテーブルらしき物が火を吹き、ブスブスと燃えていた。
こんな狭い部屋の中で魔法をつかった?
テーブルを挟んで反対側の神埼は結界を張っている。当然、被害は加害者側のみ。炎の余波にあたったのだろう。加害者側の何人かが傷を負い、呻いていた。
「日本のダンジョンは無法地帯ではありません。力の行使は法律に違反します。警察を呼ばれたくなくば、お引き取り願いましょう」
神埼さん、正論だけど火に油なもっ
相手が険悪な空気を醸し出した瞬間、千早は加害者を結界に閉じ込めた。
いきなり、キンっと硬質な音が響き、それぞれが小さな結界に封じられる。
それを見て神埼は、部屋の入り口にいる幼女に気づいた。
「話を聞こうか」
「はい」
訝る幼女に、神埼はとつとつと説明する。
「ようは、この人の娘御が異世界に渡ったって事か」
結界に封じた外国人の名は、スティーブ・アンダーソン。アメリカの富豪らしい。
あちらにもダンジョンが一つあるが、当然政府の管理下だ。一般人に立ち入る事は出来ず、渡りの配信を見た娘御は日本にやって来た。
日本には八つのダンジョンがあり、その一つが一般開放されている。そこで研鑽し、彼女は父親に内緒で異世界に渡ってしまったのだ。
後日それを知った父の衝撃と落胆はいかばかりなものだった事か。絶望の毎日だったらしい。
そしてそんな彼の元に一報が入る。
自由に異世界を渡る幼女がいると。
ならば、娘も帰ってこれるのではないか?
やもたまらず彼は件の自衛隊拠点までやってきたと言う訳だ。
「ほーん。それで? 人に向けて魔法を使ったってか?」
幼女の瞳が辛辣にすがめられる。
結界に閉じ込められた人々は、その冷たい眼差しに背筋を凍らせた。
だが、父親たるアンダーソンは全く怯まない。
「それはコイツが貴女に会わせてくれないから....っ、無理だの一点張りでっ、私も配信は見た、貴女が異世界に渡るのを。その貴女が、今ここにいるっ、娘だって帰ってこられるのではないかっ??!!」
すがるような眼差しのアンダーソンに、千早の剣呑な怒りが霧散する。
同じ親として気持ちは分からなくもない。
そういや渡りの第二陣に、ちらほら外国人がいたっけなぁ。
「神埼さんの言う通り、無理なんだよ」
そう呟きながら、千早はどう説明するか考える。神域が神々のスキルであり、通常の人間に得られるモノではない事を暴露すると、さらなる厄介事が舞い込みそうだ。
幼女はチラリと神埼の肩に乗る逆鱗様を見つめた。
「爺様、どこまで話した?」
『異世界転移するには、神域が必要だという所までだ』
「神域に関しては?」
『スキルの一つだとしか話してない』
幾分落ち込んでる様子を見ると、爺様も不味い事を口にした自覚はあるのだろう。
そこまでなら、別方向へ誘導出来るな。
幼女は、じっとアンダーソンを見つめた。
「異世界を渡るには、スキルの神域と魔力一万が必要なんだ」
千早の言葉に、アンダーソンは真剣に耳を傾ける。
「スキルがあっても魔力がないと渡れない。魔力一万は途方もない数値だ。レベル五十でも半分にも届かない。現実的に、レベル百五十を越えてるアタシにしか異世界は渡れないんだよ」
これは本当の事だ。チート補完のある地球人らとて、レベル五十に一年かかる。さらに高位を目指すなら、何年かかるか分からないし、一生かけても辿り着けない可能性のが高い。
開幕から女神様の恩恵があり、さらにはブッ壊れ装備とダンジョン踏破など様々な称号を持つ千早だったからこそ至れた境地だ。
説明を聞いたアンダーソンは、愕然と膝を着いた。
その悄然とした背中に、えもいわれぬ憐びんが沸き起こる。
娘を無くすか。ただの一人立ちではあるが、二度と会えないのはキツイだろうなあ。
異世界来訪の思わぬ副作用を目の前にし、幼女は少し考えてからアンダーソンの傍に座り込んだ。
「あちらから戻る事は不可能だが、あんたが行く事は出来る。ついでに、アタシがここにいるんだし、何かを届けるくらいも出来るなも。手紙とか、贈り物とか。な?」
にっと笑う幼女に促され、アンダーソンは娘に手紙をしたためた。
よほど溜め込んでいた想いがあったのだろう。
受け取った手紙は、A4封筒にぎっしり詰まった書類のような束である。
どこでも親は同じさな。
幼女は苦笑しつつ手紙をインベントリに入れ、神埼を振り返った。
「他にも誰かしら来とるみたいやが、ええん?」
「他は上役が対応しています。この方は....その。娘さんの話だったので....私が対応しました」
ああ、コイツも子供いたっけな。
幼女の眼が柔らかく弧を描いた。
利害や損得の仲裁や外交ではなく、子を思う親だったからこそ、他とは区別して神埼が対応にあたったのだろう。
その結果、魔法を暴発させた訳だが、特級探索者であり高位の治癒師である神埼が遅れをとるわけがない。
オカンは破壊された部屋を再生して、アンダーソン達を見送り、神埼と顔を見合わせた。
「これからも、こういうパターンが来るかもしれない。したら、同じ説明をして、手紙や物を届ける事は出来ると話してあげてな。あちらから返事や贈り物を届ける事もすると」
「...ありがとうございます、皇さん」
微笑む二人に邪気はない。
思わぬ異世界来訪の弊害が見つかり、むしろ安堵に胸を撫で下ろすオカンである。
こうして魔女の宅急便ならぬ、幼女の宅配便がはじまったのだった。
子を思う親の心は、みな同じ。オカンに新たな業務が加わりました♪