オカンと戸惑う人々 ~前編~
家族を探して三十階層ww しかし、予期せぬ展開が千早を待ち受けています。
「.....広すぎね?」
うんざりした千早の口調に、探索者達は然もありなんと苦笑いした。
実際、このダンジョンは上層部に行くにつれ、やたらめっぽう広くなるのだ。
形としては逆ピラミッド。最下層合わせて三十層のダンジョンである。
ようやく上層と呼ばれる地下十階で拠点に辿り着き、探索者達は揃って安堵の息を吐いた。
だが草部達二人には上への報告が待っている。
どう切り出したものか思案する草部の耳に、ざわつく周囲の呟きが聞こえた。
「子供?」
「え? なんでこんなとこに?」
「小さいな。三つ?四つ?」
「女の子かな? 髪ながいし」
「ってか、あの足見てみ。毛皮の靴? 可愛くね?」
「草部の子供?」
そこまで聞いて、草部はギロリと眼を剥き、勢い良く振り返った。
「くだんねぇ妄想垂れ流してる暇あるんなら、中層行けや。薬ぐらい自力で確保しやがれ」
空寒さを漂わせる極悪な笑顔で睨みつけられ、周囲は蜘蛛の子を散らすように脱兎の速さで逃げ出した。
「ったく。すまないが報告に行かないとならない。付き合ってもらえるか?」
「やだ」
「は?」
ギロチンの如き速さで即断られ、草部の眼が点になる。
「あたしゃ家族んとこに帰るんだ。ここまで案内してくれて、ありがとう」
深々と頭を下げて千早は踵を返し、再びダンジョン中央に向かおうとする。
「待った待った待ったーっっ」
慌てて草部は千早の肩を掴み、全力で懇願した。
「後生だから付き合ってくれ、俺じゃ半分も理解出来てない。変な誤解生まないためにも、御願いしますっ」
情けない顔で懇願する草部。五体投地しかねない彼の勢いに圧され、仕方なく千早は二人の後をテチテチついていく。
「入ります」
返事も待たず、草部は天幕の入口から中に入った。
前線にあたる中層の拠点はほぼ天幕のみ。大きい衝立のような物で仕切られてはいるが、プライベートは皆無な状況である。
ここは資源集積、運搬的な意味合いが強く、生活の中心は一階から三階にあたる初期層らしい。
物珍しげに周囲を見渡しながら、千早は責任者らしい男性を注意深く観察する。
草部と話している一人の男性。
年の頃は私と同じくらいか、こちらをチラチラ見ながら何度か頷き、草部に椅子を勧めていた。
すると草部が私を手招きする。
ヤバいな。話が長くなりそう。
手招きされるまま草部の横に座り、幼女は正面から男性を見据えた。
髪を短く刈り込み、全体的にゴツい体格で野性味のある美丈夫だ。若い頃はさぞや女性にモテた事だろう。....あらやだ、おばちゃん丸出しww
やくたいもない事を考えてた千早に、件の男性が静かに自己紹介をする。
「初めまして。私は陸上自衛隊一尉、小此木茂と言います。大体の経緯は草部から聞きました。詳しい事をお聞きしても宜しいですか?」
反射的に、やだと答えそうになるのを千早は賢明にも呑み込んだ。此の手の手合いは沸点が低い。面倒事は御免被る。
話せる範囲で千早は相手の質問に答えていった。
「なるほど。では異世界からの侵略という訳では無いのですね?」
「無いですね。あちらのスタンスは来る者は拒まずです。どちらかと言えば大歓迎。非生産的なニートや引き篭りを投げ込んでみるのも一興かと」
「いったい異世界側はどんな目的で、こちらの人々を欲しているのでしょう。怪しいですね」
訝る小此木は難しい顔で千早をチラリと見る。
まぁ、そう考えるわなぁ。
「さぁてねぇ。私は預かり知らぬ事。たまたまダンジョン生成に捲き込まれた、しがない一般人なんで。でも人の良い女神様とドラゴンでしたよ。おかげで私は生き延びたし、こうして地上にも戻れるし」
素っ気ない千早の言葉に、横の草部がオロオロしているのを感じた。上司が相対すれば多少は情報を出してくれるとでも思っていたのか? 馬鹿じゃねーの?
憮然とした千早の姿に溜め息をつき、小此木は暫し思案気に眼を閉じる。そして何かを思い出したかのように軽く眼を見開き、千早を一瞥して眉をひそめた。
....なんだ?
今の一瞥にはあからさまな同情が浮かんでいた。嫌な予感がする。
意を決したように小此木は千早を正面から見つめた。
「ダンジョン生成に捲き込まれて自宅ごとダンジョンに転移した。これが正しいなら、事例は一つしかありません。愛知県の最上宅です。間違いないですか?」
「はい」
「....ダンジョン出現により、自宅が消滅、奥方は生死不明。連絡を受けた御家族は現場に急行し、道中の事故でお亡くなりになりました」
千早の眼が驚愕に見開かれ固まる。
草部も木之本も絶句したまま固まっていた。
小此木の話によれば、突然住宅地に現れたダンジョン塔に現場はパニック状態。押し掛けるマスコミや野次馬が犇めき合い、車道に飛び出してきた人間を避けようとして玉突き事故がおき、それに捲き込まれたという。
「...全員?」
無様にも声が戦慄く。
「はい」
小此木の声も固い。極限まで感情を圧し殺した声音。
こういった対応に慣れているのだろう。その無感動さが千早の神経を落ち着かせる。先ほどの一瞥に同情が含まれてさえいなくば満点の対応だった。
戦慄く唇から細く長い溜め息を吐き、千早は小此木を見上げ頭を下げる。
「ご報告ありがとうございます。ではそろそろ失礼します」
千早が立ち上がると同時に、探索者の二人も立ち上がった。しかし、どう声をかけたら良いのか分からないのだろう。戸惑う二人が微笑ましい。
「大丈夫。墓参りしてくるよ。半年も遅れたからめっちゃ怒られそうだけど」
「良ければ、こちらでの生活は我々に世話をさせていただけますか?」
半分は仕事であろう小此木の提案。ダンジョンを詳しく知る者を手元に置いておきたい心情は分からなくもない。
だが残り半分は純然たる善意だろう。半分仕事なあたりで純然とは言い難いが、幼児一人で生きていけるほど世間は甘くない。
ただの幼児ならな。
「いらね。ダンジョンで半年も生き延びる事に比べたら、令和の日本なんて緩ゲーよ。ありがとさん」
じゃっ、と千早は三人に軽く手を上げ、ダンジョンに向かって走り出した。
「馬鹿なっ、一人でダンジョンに?! 誰か止めろ!」
止められる訳がない。
慌てて後を追う小此木を横目に、探索者の二人は肩を竦めた。
道中彼等に闘い方や魔法の使い方を指南する幼女である。今現在の地球上で最も強い魔法使い。
彼女を知る二人は、走り去る幼子の姿を見送りながら親愛を込めて敬礼する。彼女は敬うべき先人であり、師であった。
惑う我らに一筋の道を示してくれた。
いつかまた魔法談義に花を咲かせたい。再会するときは彼女に胸を張れる程度には成長していたい。
視線を見合わせる二人に邪気はなく、知らず微笑んだままハイタッチする。
そんな二人の脳裏に、いきなりシグナルが走った。
《全属性の精霊支援小を獲得しました。同系統はこれに統合されます》
「「は?」」
呆ける彼等を余所に、十階層拠点は蜂の巣をつつく大騒ぎとなっていく。
「どいた、どいたっ」
千早は身体強化をかけ、ダンジョンを疾走する。
探索者達を横切り、モンスターを蹴散らし、あっという間に次々と魔法陣に飛び込んだ。
十階層まで草部達と探索してきたのだ。大体の理屈は理解している。
娘に廃ゲーマーと呼ばれた五十を舐めんなし。
自分的には日常の家事やパートもこなしてたし、やる事をやった上でゲームを楽しんでいたのに廃扱い。解せぬ。
他愛ない幸せな記憶。迂闊にも鼻の奥がツンとして、千早は潤む瞳を瞬きで乾かした。
まだだ。泣くべき場所は、ここじゃない。
幼女は隠密を発動し、自分に出来る最大限の力と速さでダンジョンを駆け巡る。
地球の神々は見ていた。千早の試練を。新しき世界で神となるべき者へ与えられる試練。
生身のまま神となれば、彼女は永遠を得る事になる。それを突破すれば、彼女は家族にまた会える。
いずれ彼女は知るだろう。神となれば再び家族に会える事を。
それを為すには彼女は異世界の門を潜らなければならない。あちらの真実と向き合い、己の過去を知らなくてはならない。
用意された真実。用意された過去。用意された現実。全ての答えは異世界にあった。
神にいたる道は長く険しい。
そんな神々の囁きも知らず、千早はただひたすら、地上を目指して爆走していった。
しかし地下五層辺りから千早の速度が鈍る。
小此木からの連絡が広がり始めたのだろう。魔法陣から飛ばされた場所にしっかりした拠点があったからかも知れない。
きちんとした建物で個別に区切られた空間では、周囲を避けて逃げ出すのが難しくなってきた。
そしてとうとう地下三層で、千早は人間の壁に阻まれ歩みを止めた。犇めき合う肉塊を掻き分ければ、隠密が発動していようと気づかれる。
千早は隠密を解いて姿を現した。
魔法陣周辺に犇めく屈強な男性達。ステータスでは自衛隊や他特殊部隊の隊員である。幼女一人に御大層な事だ。
人海戦術でこられてはどうにもならない。千早は呆れたように天井を仰いだ。
それ以上に困惑しているのは周囲を囲う男性達である。
小此木一尉から連絡を受けていたが、本当に現れた幼女に動揺を隠せない。この幼女が最深層から草部達とやってきたのか。
ダンジョンの深層を知る者。同行した探索者の話では並み居るモンスターを瞬殺するほど卓越した魔法使い。
魔法を使えるのが未だに草部ら二人なため、下層あたりから強さを増すモンスターに対事出来るのも彼等二人しかいない。
その彼等が最下層に到達。ダンジョンの秘密を手に入れて帰ったという情報は、初期階層の人間達を歓喜で奮わせた。
あまりの歓声に物理で初期階層が揺れ、地上ではあわやスタンピードかっ!?と緊急確認が入ったくらいである。
その彼等が最下層で発見した幼女。
聞けばダンジョン生成で唯一被害が出た愛知県。そこで消滅したと確認された一般人宅。その家の行方不明女性だという。
名前は最上千早。五十代の主婦だ。
目の前の幼女が逆行現象の数少ない幼児化した者との説明は聞いているが、目の当たりにしても信じがたい。
そこには事態に当惑し次の行動に移せない男性達と、どうやって逃げ出してやろうかと思案する幼女が無言で向き合う、微妙に気まずい不思議区間が出来ていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。既読マークに星一個。面白いと思って頂けたら、も一個ください。電子の海の片隅でワニが喜びます。♪ヽ(´▽`)/